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───ケルネさんが戻って来ない。
周囲の家より少々広いとはいったって──この街の貴族は領主様と我が家だけだ──、リビングと玄関はさほど離れてはいないし、庭だって二十歩歩けば充分門まで抜けられる。我が家に馬車でなくて馬に乗った人が緊急の用以外で来るなら、手紙の配達しかないはず。
生憎、リビングの窓を開けても玄関は見えない。
───手紙じゃないのかなぁ。
何だか妙に引っかかるのだ。喉の辺りにつっかえるような感覚を取り除くために紅茶をずるずる。
ケルネさんの知っている人なら家に招き入れる。知らなくても、相手が名乗ったなら取り次いで、リビングに伝えに来る。手紙なら受け取って戻ってくる。
名乗らないような人はすぐに追い返しているだろう。
───道を聞きに来た人?
わざわざ貴族の家を選ばないはず。それなりに賑わう街だから、その辺にたくさん人が歩いている。
ずるずる、ずるずる。
───強盗?に、しては静かだよなぁ。
やっぱりうちに用のある人なんて手紙の配達の人ぐらいだと思う。
───手紙?
「手紙!!」
───リュカの手紙だ!!!
それなら、リュカの家からの使者さんが来ることを知らないケルネさんは、──国営郵便局を通していないその手紙を──不審がって受け取らないかもしれない。そんでもって、渡さなきゃいけない使者さんは困っているだろう。
「リナリア?どうしたの、急に。」
驚いたお母様が広げていたシャツを取り落とした。
「リュカからの手紙かもしれないの。」
「リュカ?」
「お城で会った女の子よ!」
走り出したいのをどうにか抑えて、速くなっている胸もどうにか撫で付ける。
そうして、玄関に向かった私が見たのは。
予想に反して、いや誰が予想できるか。
口を半分開けたままのケルネさんと、そんなケルネさんの脇に腕を通しほとんど抱える様にして支える、若い男の姿だった。