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王都へ出向いてから、一週間。
お母様の茶飲み友達の集まりについていったり、お父様の同僚の家に顔を出したり、私はあちこちで成人の挨拶をする事になった。
もちろんラソット家にも成人の日の緑色のドレスを見せびらかしに行った。
今後は、度々そんなふうに世間に自分の存在を主張していくことが、学もなければ特技もない私の唯一の仕事になる。
ハース子爵家の名が世の女性たちの間で囁かれようとも、その娘である私はこれまでろくに外を出歩きもしてこなかったわけだから、全くその存在を世間に知られていない。
とりあえず『娘が大人になったよ!』と言っておかなくては来る縁談も来ないものだ。
一応、ディリアの名門貴族『ディリアの10柱』に名を連ね、文官にも武官にも優秀な人材をだしてきたラソット家の血が流れているわけだから、うまくいけばラソット家の血を望む貴族の旦那さんがみつかるかもね。
───って言っても、私はほぼお父様似だけどね!
正直ラソット的な部分は非常に薄いと思う。
~・~・~・~・~・~
そんなこんなで何かと落ち着きのない一週間が終わり、さらに三日が過ぎたある日。
人生最大の『転機』は、手のひらに少し余るくらいの封筒に詰め込まれて、唐突に我が家にやってきた。
その時私は昼過ぎの暖かいリビングで、お気に入りのお店のケーキ──これもまた服同様にディリアでは白いクリーム地をどんな果物を用いていかに彩るかが腕の見せ所だ。──を食べながら紅茶を飲んでいた。向かいの椅子ではアルスに送るシャツに刺繍をするお母様。
派遣された税管理の役人として私達の住む街の領主様の元に通い、度々王城でも働くお父様はこの日お休みを頂いていて、リビングの隅のカウチでうたた寝中。
と、我が家の前を通っていたらしい馬の蹄の音が急に止んだ。つまりは、我が家の前に馬が止まったようだ。
カンカンカンっと、我が家の扉の呼び金具を打ち付ける音がする。
馬の進む音は緩やかで、どうも急ぎの用には思えなかったからだろう。うちの通いのお手伝いさんの一人、中年女性のケルネさんが廊下をゆったり進むのが見えた。というか、恰幅のいいケルネさんが急ぐような姿を私はまだ見たことがない。一生見ないかもしれない。
自分には関係ないと判断して、止まっていた右手のフォークを再びケーキに進める。私の向かいではお母様が刺繍を垂らしたままのシャツを両手で広げて、難しげな顔をしている。
───平和だなぁ。
口の中に果物の酸っぱさが残っているうちに、濃いめに淹れた紅茶を啜る。お茶会やパーティーでは、静かに口をつけるのがマナーだし出されるお茶は温めに淹れられているけれど、私はこうやって熱い紅茶をずるずるやりながら飲むのが好きだ。
「ふぅ。」
熱い紅茶を飲みたがる私のために、お父様が王都の陶器職人さんに頼んでプレゼントしてくれた、厚手で持ち手も太いカップをテーブルの上にそっと戻す。
『扉の呼び金具』なる謎の物体は、あいつです。
ドアノッカーです。丸い輪っかがあるやつです。
どうにかカタカナを回避しようとした結果なのです!
『厚手で持ち手も太いカップ』。そりゃあ、マグカップです。
どうにかカタカナを(以下略。