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今いる、広場を突っ切って、白亜の扉の向こうは、外の広場よりも畏まった雰囲気のする空間で、外より貴族が集まりやすい。仕事に関する出会いを求めるなら外へ、結婚相手を求めるなら大広間の中へというのは成人のパーティーの貴族間の暗黙の了解だとお母様は言っていた。
開け放たれた扉の向こうには成人を迎えた同い年の子たちが私と同じように親から離れて好き好きに話をしているのが見える。逸る心臓を抑えて、扉をくぐる。何だか急に騒がしさがなくなった不安に扉を振り返れば、
───うわぁ。素敵!!
思わず横から回り込んでうっとりと眺める。壁に対して直角に建物の中へ開らかれた扉の、内側にあったのは豪奢な竜の彫り物。
翼を広げた竜が浮き出す形で彫られていて、鱗の一枚一枚まで細やかだ。
───さすが、王城ね。ほしいなぁ、この扉!
竜を図案化した絵や置物なんかも、作られてはいるけれど、どうしても空を飛ぶ竜をすこし見たくらいではこんなにはっきりした姿を捉えきれなくて、どことなく不自然で歪な、私の見た竜とは程遠い形のものばかりが出回っている。その点、王城の扉を作る彫り物師なら特別に竜を見る機会を得るのかもしれない。
───素敵、素敵、素敵・・・
「あの。」
知らない女性の声に振り返る。そこにいたのは、ほとんど黒に見える藍色の髪の、お母様程の年の女性。
「ええ、合ってますよ、あなたのことです。」
私は不思議そうな顔をしてしまったようだ。扉の彫刻の前にだらしなく緩んでいた口元を意識的にきゅっとしめる。
「何か、御用でしょうか?両親でしたら、外におりますけれど。」
「うちのお嬢様があなたをお部屋にお呼びするようにと。」
「お嬢様・・・ですか?」
どうやら、この人はどこかの保護者ではないらしい。保護者代わりに仕事としてついてきた人だろう。
───に、しても。わざわざ、人に呼びに行かせるなんて。
相当位が高い家のお嬢様なのか、お嬢様の気位が高いのか。私、何か人に恨まれるようなことはしていないはずだけれど、ついて行って平気かしら。
うちもそうだけれど、それなりの貴族になるとパーティーの間に休憩用の部屋が貸し与えられる。もちろん大抵の人は休憩に使うけれど、中には、怪しい取引だったり、はたまた恋人同士の逢瀬だったり・・・とにかく、おいそれとよそ様のお部屋に入るのは淑女として、よくないことだ。
「はい、お嬢様が。」
───だから、『お嬢様』ってどこの誰よ!
「お嬢様のお名前を伺っても?」
「・・・リュカ様です。」
───駄目だ。知らない名前だわ。
正面に立つ女性は、なにやら優しげに微笑んでいらっしゃる。
───どうにか、お断りしたい・・・。
「扉の彫刻を熱心に眺めていらっしゃったでしょう?うちのリュカ様も竜がお好きなんですよ。」
ぴくり、とドレスの裾を掴んでいた指先が反応した。
───ごめんなさい、お母様。竜好き悪い人はいないと信じて、リナリアは知らない人に付いていきます。
「リュカ様、にお会いしてみたいです。」
───うん、大丈夫。多分、 大丈夫。