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true end  作者: 笹野優衣花
3/3

新しい出会い

今回長めです。少し回想入ります。


 

 美しさを誇っていたディモス国。


 今では美しさを忘れ、国の至る所で影気しょうきによる魔物が見られるようになった。人々は魔物から逃れるように場所を転々とし、身を寄せ合って生活する日々が続いていた。


 

「あーあ。全く、アニキもアニキだよなぁ…。なんで今日も俺たちは居残りなんだろう」


 特に魔物が多いと噂されている『クルギの森』。地元の者ならばまず近寄らないこの場所で、普段ならば見られない大きな積み荷を乗せた馬車が停留していた。その馬車の前で、少年が不貞腐れたように唇を尖らせていた。彼の金の髪が風になびき、さらさらと流れていく。彼はその様を碧色の瞳でぼんやりと眺め、特に意味もなく毛先を指でクルクルといじり出した。


 彼特有の『拗ねています』という態度に、隣に佇む少女は呆れた様子で告げる。


「もう、カインったら、いつもそうなんだから。団長はまだ子供の私たちには危ないからって、馬車の番を頼んだのよ。それに、今の私たちには何もできないもの…。足手まといになるのは目に見えているわ」

「うっ…! そ、そうだけど…」


 そうだけど、そうなんだけどっ…!


 カインと呼ばれた少年は、少女の言に言葉に詰まった、全く持ってその通りなので、何も言い返すことが出来ない。ギリギリ…と歯ぎしりしそうな勢いで恨みがましく見つめてくるカインに、少女は更に追い打ちをかけた。


「それに、素手のあなたよりも素手の団長の方がよっぽど強いわよ。カイン、魔法仕えなきゃただのへっぽこだもんね?」

「うっ…! シルフィ、それを言うなよ!!」


 気にしているんだから!


 そう詰め寄ろうにも、少女−−−シルフィの言うことは全て正論で、カインは尚更言い返すことなど出来なかった。なので、盛大にため息を吐くと、ガシガシと頭をかいて項垂れる。−−−そう、あの時である。


(あの時、あいつらに魔力を奪われていなければっ…!!)


 カインは悔しさに涙を呑んだ。


***



 カインは幼い頃に両親を亡くした。死因は今この国で不治の病とされている『心の結晶化』。畑仕事の途中で両親が倒れ、胸元には印が浮き出ていた。赤く映えるその痣に、カインは無駄と知りつつも村中の薬師を訪ね彷徨った。


 誰でもいい、父さんと母さんを助けて!


 この病に効く薬や魔法など無い。そう知ってはいたが、それでもカインは必死で村中を駆けずり回った。


 しかし、カインの想いも空しく、両親はわずか一週間後に結晶となって消え去った。


 一人になったカインを引き取ったのは、隣村に住んでいたカインの祖父だった。父方の祖父は、父と母の死を悼み、カインを引き取ると申し出てくれた。何度かあったことのある祖父であり、会う度にカインに美味しいお菓子や料理を出してくれる祖父が大好きだった。両親がなくなってしまったことは哀しいが、祖父と共に過ごす内に、カインの哀しみも癒えていった。祖父も祖父で、カインを実の子のように育てた。厳格な祖父であったが、勉強や魔法がうまくいったときなどは誰よりも褒めてくれ、美味しい料理で祝ってくれた。


 両親の死を乗り越えて、このままこの村で祖父と共に暮らす日々。−−−隣家に住むシルフィとも直ぐに打ち解け、カインは次第に新しい生活にも馴染んでいった。



 そして、カインが十五歳になった日のことである。


 祖父の胸にも両親同様に、印が映えた。そして、祖父もまた、たった一週間で両親と同じように結晶となって消えたのである。−−−また、カインが何も出来ぬ間に…。


 

 どうして、こうも自分は失うばかりなのだろうか。


 両親と祖父。同じ病でこの世を去ったことは、何かの因縁なのだろうか。もしかしたら、自分が何かしてしまったから三人は死んでしまったのだろうか。


 考えても考えても、答えなど出るはずもない。−−−ただ、悔しかったのだ。


 何も出来ぬうちに失ってしまったことが。自分の力でどうにかできるものでは無いものに、自分の大切なものを奪われたことが。


(なら、俺は…この病を治してみせよう)


 奪うことしかない不治の病ならば、自分が治す手段を見つけよう。


 そう心に決め、カインは村を出る決意をした。村では十五歳から成人とみなされ、自立することを促される。カインは翌日、村長に自身の決意を話した。村長は最初こそ心配そうな顔をしていたが、こちらが本気なのだと解るともうそれ以上は何も言わなかった。


 気をつけなさい、と微笑を浮かべながら村はずれまで見送られる。村長から手渡された袋の中には、数枚の金貨と幾つかの魔導石だった。家からカインが持ってきたものと合わせると、当面は寝泊まりに困らないだろう。

 思いもよらぬ心遣いに感謝する反面、まだ自分は子供だと思われているのだと実感させられる。むくれたカインに、村長は豪快に笑いながら背を叩いた。


『俺にとって、いつまでもお前は子供のようなものだ! これは、年長者からの餞別だと思えっ!!』


 そう言って何度も何度もたたかれた背中は、いつもより少し痛い気がした。その痛みに胸にこみ上げてくるものを堪えていると、不意に村長の背後から人影が現れた。


『あー! カインったら、泣きそうな顔してるっ!』

『なっ!? ば、馬鹿っ、してねーよっ!!』


 大きな声で笑ったのは、幼なじみのシルフィだ。出発間際になって見送りにきた彼女に、カインは少しほっとするものの、子供扱いされたような気がしてムッとした顔で声を荒げた。余計なお世話だと食って掛かろうとしたところで、彼女の異変に気づき固まる。


『って、シルフィ…。それ…』

『ん? ああ、これ? 見て分からない?』

『え? いや、どうも俺には旅支度にしか見えなくて…』


 カインの視線は、シルフィの装備に集中していた。普段着の上から自分と同じ旅用の長いケープを纏っている。彼女の背に担がれた少し大きめのリュックは、どうも自分と同じくらいの荷物が入っていそうな…。


 こちらの言いたいことが分かったのだろう。言葉を途中で切ったカインに、シルフィは呆れたような表情を浮かべて宣言した。


『何言ってんのよ。私もこれからカインと一緒に旅に出るんだから、当たり前でしょう?』


 ふんと鼻を鳴らして腰に手をあてた彼女に、カインはぽかんと口を開けた。視線だけで村長を見上げれば、村長は知っていたのか苦笑を浮かべたまま「シルフィは女の子なんだから、お前が守ってやりなさい」と言われた。


(いや、うん。守るよ? 守るけどさあ。俺、シルフィに村出ること、言ったっけ?)


 釈然としない気持ちのままうーんと考え込めば、いつまでも動かない自分に焦れた彼女が「ほら、行くよっ!」と先を急ぐ。−−−しっかりと、カインの手を握って。


 相変わらずな幼なじみの対応に、カインは戸惑いつつもどこかで安心感を抱いた。






 しかし、二人の旅は行き詰まりを見せる。



 村を出てからしばらくしてからだった。カインとシルフィが暮らしていた村は、人口が密集している町に近くまだ魔物も現れていない。村から数十分ほど歩いた先に、この日に泊まる予定だった町がある。二人は、そこを目指していた。


 町までの道のりには、平坦な道と大きな川がある。その川を渡れば、町が薄っすらと見え始めるのだ。そこに何度かお使いで行ったことがあった二人は、特に問題なく歩いていた。軽口を言い合いながらも、着々と進んでいく。−−−その、途中だった。


『おい、お前たち!』

『!!』


 川を目前にした時である。その川の近くから、見慣れない男たち五人が現れ、ぐるりと周囲を囲んだ。見ると、彼らは皆同じ鎧姿で佇んでいる。カインは瞬時に胸元の紋章を見て、王城の兵なのだと理解した。

 

『カイン…』


 眉根を寄せたシルフィが、きゅっとカインに身を寄せた。長いケープ越しから掴まれた腕に彼女の心境をくみ取って、カインは落ち着かせるためにも彼女に笑みを向けてから前を見据えた。


『俺たちに、何か御用ですか?』

『見慣れない者だな。一体、何しにここに来た?』


 カインが見据えた先にいた兵の一人が、くいと顎で服装を示しながら問うてきた。明らかに旅人の服装をしているのに、それをわざわざ指摘してくる。そこが気がかりだったが、カインはこちらからは突っ込まずに答えだけを告げた。


『何って、旅の途中ですよ。今晩泊まる宿を探しに、そこの町を目指しているんです』

『旅って…お前たちのような子供が、か?』


 カインの言に、男が鼻で嗤いながら尋ねた。馬鹿にしていると思うと胸糞悪いのだが、ここは事を荒げない方がいい。カインは自分自身に言い聞かせて、笑顔を張り付けて頷いた。


『ええ。一応、俺たちの村では、二人とも成人なんで』

『へえ、歳は?』

『−−−十五です』


 その答えに、カインたちを取り囲んでいた男たち全員が噴き出した。世間一般では成人がどのように定められているのか知らないが、彼らにとって十五歳はまだまだ子供のようだ。腹を抱えた者たちまでいて、カインは益々機嫌を悪くした。


 兵の一人がこちらに近づいて来る。その顔は、どこか馬鹿にしたような表情を浮かべていた。にやにやと笑いながらやって来ると、男は少し身を屈んで告げた。


『今、お国では検閲が厳しくなっていて、役人の許可が無い限り町を渡ることが出来ないんだ』

『許可? たかが町を移動するのにそんなことが必要なのか? この辺じゃ、魔物出現の情報はまだ何もない筈だ』


 通常、魔物出現の情報があった町から役人が関所に入る。魔物被害を町の外から未然に食い止めることと、町民の不安を取り除くためにだ。勿論、関所に入る役人は、城から遣わされた兵たちである。魔物が町民を襲わないように役人は見張るが、あまりに魔物の数が多すぎたり被害が出過ぎれば、人々は移住を余儀なくされる。それが、この国のシステムだった。


 だが、まだこの町周辺には魔物出現の情報は無い。そこを突けば、取り囲んでいた男たちの顔色が変わった。笑みが瞬時に消え、急に顔色が悪くなる。無表情ともとれる眼差しを二人に向けると、男は声をあげて吠えた。


『ごちゃごちゃとっ…! 子供が大人のすることに、一々口答えしなくていいんだよっ! とにかく、お前たちはとっととお家へ帰りなっ!!』


 そう言って、男は手にしていた杖を振り回し始めた。寄り付く野良犬を追い払うかのような態度に、遂に、カインの我慢も限界を迎える。カインはへえ、と口だけで笑うと、「じゃあさ、」と身を翻した。


『なら、俺たちが大人だって証明すればいいの?』

『カインっ!!』

『ほう? なら、やって見せろよ』


 明らかな挑発に、男は乗りかかってくれたようだ。カインは以外と単純なこの男に内心で「ラッキー」と笑いつつ、前を見据えたまま手を大きく振り上げる。それを見て隣に立つシルフィが止めようと口を開いたが、彼女が話す前に行動に移った。


『なら、俺の実力…見せてやるよっ!!』


 瞬間、カインとシルフィの周辺で突風が巻き起こる。渦のように蠢く熱風は次第に橙色を帯び、目に見えてそれが赤色へと変化していった。


『みんな、焼かれちまいな!』


 告げた途端、ぼうっと炎が生じた。カインたちを取り囲んでいた男たちは、その炎に一気に顔色を変える。目の前に迫る炎に悲鳴をあげ、足をもたつかせながら離れた。

 その様子に、カインはやった、とほくそ笑んだ。勢い付く炎にカインの緋色・・・の瞳が煌めく。魔法発同時特有のその輝きに、兵たちは眉根を寄せながら遠方から「魔法持ちかっ!?」と呻いた。


 この国では、魔力を操れる者はごく稀だ。皆、それなりに魔力を持って生まれてくるが、それを魔法として使える者と使えない者に別れる。しかも、制御できるようになるまで時間が掛かるのだ。兵たちはそんな魔力を魔法として、しかも、自由自在に操っているカインを見て、自分たちから離れた場所で青ざめた顔で身を寄せ合っていた。


『あれ? どうしたの? ほら、かかってきなよ』

『−−−ぐっ!』


 にやりと笑いながら告げたカインに、初めに馬鹿にしてきた男が言葉を詰まらせる。まさかの魔法持ちの出現に、想定外だとその顔は語っていた。


(このまま、町に入れてもらうか)


 脅して、自分たちに通過許可を出させる。勿論、子供だと散々馬鹿にしたことをきちんと謝らせた後で。


 そう考え、カインが交換条件を提案しようとした時だった。


 杖を握っていた男は「仕方ないっ…!」と呻くと、その杖を天高くかざした。


『?』


 男の行動が分からない。カインは炎で自分たちの周囲に盾を形成しながら、その様子を見守っていた。対する男は、杖を片手に何やらブツブツと呟いている。何かの詠唱とも捉えられるそれに、眉根を寄せた時、シルフィが声をあげた。


『だめ、カインっ! 魔法を止めてっ!!』

『−−−え?』


 その慌てように驚いて振り返る。急に何を言いだすのだと思ったら、向こうからにやりと嗤ったような声が聞こえてきた。


『もう遅い』

『!?』


 突然、カインの身体から力が失われていった。何が起こったのか理解できない。男が告げた途端に起こった出来事に、混乱する頭でカインは歯を食いしばった。


『ぅっ…!』


 しゅうう、と音を立てて炎が小さくなっていく。見ると、杖に吸い込まれるようにして炎が全て橙色の光になって消えていった。ぐっと眉根を寄せたカインに、男はにやにやと笑いながら口を開いた。


『まさか、お前のような子供が魔法持ちだとは思わなかったが、たまたまこれがあって助かった。本来はお前に使う予定ではなかったのだが、こればっかりは仕方がないしな』

『く、そっ…!』


 カインは男を睨み付けながらも、これ以上の被害を出さないようにと魔法を止めようとした。しかし、男の杖の効果は一度吸ったら止まらないのか、こちらがいくら働きかけても発動した魔法は止められない。悔しさにぎりっと歯を噛むと、男は哀れむような視線を向けてきた。


『そこのお嬢ちゃんの言うことを素直に聴かないからだよ、坊や?』

『くそっ…!』

『お前の魔力は、残らずもらうからな』


 しゅう、と音を立てて最後の魔力が杖へと吸い込まれた。それと同時にカインはがくっと膝をつく。立っていられないほどの脱力感が全身を襲った。例えることが出来ないほどの虚無感は、魔力を失われたことに対してなのか、自身の浅はかさを感じてからか。ただ悔しさに相手を睨み付けることしか出来なくて、カインは皴が寄りそうな程強く眉間を寄せて男を見据えた。


『カイン、大丈夫?』


 シルフィが両肩を抱くように寄り添う。そんな二人をみて、男たちは笑いながら踵を返した。


『せいぜい自分の愚かさを彼女に慰めてもらうんだな。お家に帰ってから、たっぷりと…ね?』


 あはははと笑う声だけがあたりに響いた。兵の男たちの傍に、また新たな兵が一人やって来る。その兵は早馬らしく、何事か連絡をとるために来たようだ。その場にいた五人の兵たちの内、カインから魔力を奪った男が頷きながら早馬の兵に続いていく。他の兵たちも、自身の持ち場につくために川辺に設置された関所へと戻っていった。


『……カイン』

『−−−くそっ…!!』


 ダンっ…! と土を拳で叩く。実際には音は出なかったが、それでもカインは自身の想いをぶつけるように強く地を叩いた。


 こんな筈ではなかった。甘く見ていた。


 今更ながらに思っても、もうあとの祭りだ。しかし、ほんの数分前の出来事が頭から離れられず、自身の甘さを悔やんでも悔やみきれない。項垂れるカインを、シルフィはどうしたらいいのか分からずにただ見つめる。背をさすってくれる彼女の優しさが余計に自分を惨めにさせた。慰められている。それが、どうしようもないほど情けなかった。


 思わず、止めろと顔を上げた時だった。


『−−−え?』

『よう、坊主。お前…なかなかいい度胸してるじゃねえか』


 自分を見つめるシルフィの背後に、大きな男が佇んでいた。仁王立ちで自分を見下ろすその男は、茶色がかった短い髪をなびかせてにかっと笑う。陽に焼けた肌から覗く白い歯が、妙に印象的だった。


『−−−あの?』

『カイン?』


 茫然と見つめるカインに気が付いたシルフィも、その視線を追うように顔を上げる。自分の背後に立っている男を見て、彼女も不思議そうな表情を浮かべた。


『おや? こっちはなかなかに別嬪さんじゃねえか』


 シルフィを見た男が、にかりと笑みを向けた。別嬪さんと呼ばれたシルフィは、明らかに困惑したように身を寄せてカインの傍に寄る。警戒した様子に、男は残念そうに「あれ? 怖がられた?」と肩を落とした。


 しかし、直ぐに笑みを浮かべるとその視線をカインへと向けた。そして、面白そうなものを見るかのような表情で、口を開く。


『お前たち…案外面白そうだな。どうだ? 俺たちと一緒に旅しねえか?』

『『はい?』』



 それが、この団長ことニコラスとの出会いだった。 

 



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