プロローグ
はじめての冒険ファンタジーです。よろしくお願い致します。
草原は、この日も美しかった。男は、この日もこの場所へとやって来た。
空は青く澄んで、頬にあたる風が心地いい。ざあっと吹いた風が草花を揺らし、彼の足もとを賑わせた。彼は顔にかかる髪に構うそぶりを見せず、ただ目の前にある墓石に視線を向ける。
「…また、ここに来たよ」
そう墓石に告げて、彼は膝をついた。全身を覆うように纏った長いケープから手を伸ばすと、そこに刻まれた文字を指で辿る。藍色の瞳に宿る色は哀し気で、ひどく切なげだった。彼は憂いを帯びたその表情のまま、言葉を繋ぐ。
「君が死んでから…、後悔ばかりなんだ」
絞り出すように紡がれたその言葉は、聴いているだけで胸が締め付けられそうな程である。彼は文字をなぞっていた指を放すと、そのまま自身の手を握りしめた。指が食い込むほどきつく握り、悔し気に呻く。
「あの時っ…、俺が、もっと早く君に気が付いていればっ…!!」
もう、何度思ったのか分からない。長年抱き続けてきた思いを吐き出しては、自身を責める。彼はこの場所に来るたびに、自身の罪を赦せないでいた。
その時である。
突然、ざあっと強く突風が吹いた。身体を叩くような激しい風に、彼はまともに瞳を開けていられずに目を細める。遠くのものを見かのようにその正体を探すと、彼は息を詰めて身を強張らせた。
丁度、数十メートル先で、大きな渦が出来ていたのだ。−−−それは、15年に一度発生する時の歪だった。
彼はあたりの草花や木の葉を飲み込みながらこちらに近づいてきた渦を見て、瞬時に「不味い」と思った。
このままでは、自身も歪に飲み込まれてしまう。それだけは避けなければと思ったが、時は既に遅かった。
「ぐっ…!」
ごおおっと大きな音を立てて、渦が目の前までやって来ていた。吸い込まれていく反動から、彼の肩までかかった漆黒の髪が渦の方へと流れていく。下腹部に力を込め、両膝で態勢をとりつつも踏ん張ったが、対して役に立たなかった。
ふわりと身体が軽くなる。地上についていた膝が浮き上がり、彼は渦の中へと吸い込まれた。宙でもがいてみたが、四肢に長いケープが絡まって彼の動きを阻む。こんな時に、と苛立つ心を止められなかった。
渦の中へと下半身が呑まれていく。必死で伸ばした腕の先にあるのは、先ほどまで自身がいた墓石だ。地上に埋まっているそれは被害がないのか、今でも変わらずそこにある。彼は、切なげに眉根を寄せながらも墓石に向かって腕を伸ばした。
しかし、無情にも身体が呑まれていく速さは変わらない。
ずぶずぶと底なし沼に嵌っていくような感覚を味わいつつ、彼は飲み込まれる最後の最後まで墓石から視線を逸らさなかった。