第八章 8 暗躍する影
一日一話書いて即出しのため、誤字脱字意味不明文章になりがちです。
それでもよろしければ、どうか生ぬるい目でご一読お願いいたします。
不意に聞こえた、ここにいる誰のでもない声。俺が初めて聞く声だ。
その物腰柔らかそうな口調の言葉が意味するところを理解するには、少し時間がかかった。
何せ咄嗟に、俺の――いや、ここにいる皆の理解を超える出来事が起こったのだから無理もないだろう。
その出来事。
「そいつ」が合体攻撃発動直前の、全くの無防備だったレベトニーケさんの背後に突然現れ……剣を突き立て、おもむろに――グサリッ! と刺し入れたんだ!
背中から腹へと貫通する、細身の刀身。のけぞり、悲痛の表情を浮かべるレベトニーケさん! 一体いつの間に……どうやって?
「ぐっ……カハァッ!」
「「お、おねえさま!」」
二人のサキュバスが、悲壮な声を上げた。
「レヴィ!」
ツングースカさんが叫ぶ。それは、一瞬で意識を全部そちらへと持っていかれた証拠でもある。
そんな刹那の隙を狙って、邪神アスタロスはツングースカさんへと手をかざし、無表情に言い放った!
「――死ね」
真一文字にツングースカさんへと放たれた、イカヅチを孕む禍々しい闇色のエネルギー波!
咄嗟に取った防御の構え! しかしながら、放たれた攻撃の威力は絶大らしく、しかも中途半端な身構えしか出来なかったのが災いし――
「ぬぐぅ! ぐあああああっ!」
防御を弾かれ、後ろの岩壁まで吹き飛ばされるツングースカさん!
爆発にも似た強烈な衝撃音が響き渡る。そして轟音を放ちながら崩れ落ちる岩に、すっかり埋もれてしまったのだった。
「ツ、ツングースカさん!」
「閣下!」
「師団長殿ぉ!」
「 ダ ア ァ ァ ァ ァ ァ ァ ッ !! 」
気合と怒りの入り混じったような叫び声! 崩れ落ちていた瓦礫が爆散し、煙の中から、ユラリと揺らめくツングースカさんが現れた!
「お、おのれ……邪神め!」
憤怒の形相の師団長殿。だが、受けたダメージは半端ではないらしく、ガクリと足を折り、地面に膝を付いたのだった。
「むぅ、大技を決める最中の、緊張極まる一瞬を狙われたか……これは不覚を取ったねぇ」
三人の最高幹部のうちの二人の「技を放つ氣」が消失し、ベイノール卿の氣も弱まり失せた。
ここは邪神討伐に徹し、非力なれど俺達全員と力を合わせ、アスタロスへ攻撃を食らわせる……それがこの場合のセオリーだろう。
だが、ベイノール卿はそれをしなかった。
……いや、できなかったんだ!
「お、お父様!」
全く気配を感じさせず、アメリアスの背後へと剣を突き立てている三人の人影。
目深に被ったフードのせいで、その表情をうかがい知る事はできないが、この姿やこのフィーリングは誰かとよく似ている……そうだ、ライトニウスさんに似ているんだ!
「動くんじゃないアメリアス……我々の負けだよ」
「流石はご賢明なベイノール公です。この場は我々が制圧いたしました……残念でございましたね」
レベトニーケさんから剣を引き抜きつつ言う、涼しい顔をした長髪の貴公子。
その瞬間、足元から崩れ落ちるレベトニーケさん!
剣での一突き程度なのに意識を失うあたり、余程その一撃のダメージは大きいものなのだろう。
「死んではいません。エナジードレイン……大量の精気を吸い取ってやりました。しばらくは身動き取れないでしょう」
クククと笑って、刀身に付いた彼女の鮮血をマントで拭い去る。笑顔がいけ好かないキザ野郎だ!
「これはしたり……幽鬼の諸君、いつの間に忍び込んで来たのかね?」
「何も陰業の者は、ヴァンパイア族の専売特許という訳ではありませんよ?」
そう、こいつらは幽鬼! オバケさん達だ。音もなく忍び寄るのはお手のもの……って事は、ベイノール卿が仰っていた邪神復活を目論む「奴等」って、幽鬼達の事なのか!
「新入り君、言葉に気をつけたまえ」
言葉はかけるものの、こちらには見向きもしない。
下賎な雑魚は目に入れるのも憚られるってのか?
余程気位が高いんだろうな……そんな高慢なヤツの横っ面を思いっきりぶん殴ってやりたいぜ! その上で、皆の前で土下座させてやりてぇな……ちくしょう、俺に力があれば……力が、さ。
「ブエルトリク……貴様、何故?」
ライトニウスさんがヤツをそう呼び、尋ねる。それはまるで、青天の霹靂であるかのような表情だ。
「ライトニウス……君には黙っていたのは謝るよ。しかし、この件を知れば、真っ先に私を斬るだろう?」
「……当然だ」
同族のオバケさんでも、この件に関わっていない人は、何人かいるんだろうな……ライトニウスさんのように。
「まぁベイノール公には、同じ『屍族』のよしみで以前からお誘いはしていたのだが……なかなか聞き入れてくれなくてね」
「わ……わかったぞ……ブエルトリク。貴様だな? 先日のヴァンパイア部隊失踪を裏で仕組んでいたのは」
「流石は近衛師団長殿ですね」
「狙いは……アメリアスか? 彼女を人質に、卿を仲間に引き込もうとしたのだろう?」
「左様でございます。が、まさか公爵自らがご出陣なさるとは思いもよりませんでした……我が未熟さ故の失態です」
「未熟による失態? ―――― 笑 わ せ る な 、 無 能 故 の 失 敗 だ ろ う が ぁ ! 」
ツングースカさんが、受けたダメージを堪えつつ吼える!
あ、あまり無理なさらない方がいいですよ! つか、闇医者チーベル! 出番だぞ! ツングースカさんとレベトニーケさんを、少量でも回復してきてくれ!
「は、はい!」
と、治療に向かおうとしたチーベルを、ベイノール卿が静かに制した。
「今はまだやめたまえ……奴等に手の内を晒すのはよくない」
「ぐっ! 仲間を見殺しにしろと仰るのですか?」
「その小さなホムンクルスに回復魔法があると知れば、やつらは真っ先にそれを封じるだろう。君は、大切な友人を――チーベル君を死なせてもいいのかね?」
「うぐぐ、それは……」
「……それにだ、彼女達の生命力を甘く見てもらっては困るよ」
静かに、温厚に、俺を諌めるベイノール卿。
が、その拳は、血が滲むほどに握り締められ、わなわなと振るえていた。
「わ、わかりました……チーベル、お前は大事な身だ。隠れていろ」
「……はい」
小さく返すチーベル。なんだかそれは、自分の小ささ、非力さを悔いている様にも見受けられた。
「さぁて、改めてお答えを伺いましょうか? ベイノール公爵」
「う~ん、困ったねぇ……私は無理強いされるのが一番嫌いなのだよ? 分かるかね」
「申し訳ありませんが……そのような事を言っている場合では無いかと存じますが?」
涼しげに笑って言う、キザな幽鬼。と、そんなキザ太郎に、ツングースカさんの怒りが向けられた!
「ブエルトリク! 貴様そこまで卑怯卑劣な輩だったのか!」
「申し訳ありません、我が主の命は絶対であるます故、如何なる手段も用いる事を躊躇いません……例えば、貴女に対してもですが――」
温雅な物言いで笑みを浮かべつつ言う、キザ野郎のブエルトリク。
だが、その微笑の奥には……とてつもない恐ろしさが隠されている気がする。
「一応、本日も連れてきてはいるのですがね……未だ自我さえも思い出せずにいるらしく、ただのバロウワイトと化しているのですが――なぁに、心配は要りません。不死鬼の長であるベイノール公爵に仲間になっていただければ、彼を一端のヴァンパイア、もしくは我々の力でレイスにもしてあげることが可能で――」
などと意味不明の言葉をつらつらと語る幽鬼の貴公子へ、ベイノール卿が遮るように言葉を制した!
「ま、まさか、『彼』を連れて来ているのかね!」
「まぁ、何かしらの役に立つかと思い、ジョーカーの意味も兼ねて連れて参りました」
「ちょ、ちょっとブエルトリク! あなたなんて事を! 絶対ここへは連れて来ちゃだめなんだから!」
アメリアスが、怒りとも必死の懇願ともつかない声で叫ぶ。
「それは公爵のお心ひとつでございます」
「ぐぐぐぅ~……無茶を言うねぇ」
ベイノール卿の言葉を詰まらせるほどの、なにかしらとんでもないカードを引っさげてきているらしい……もしかしてそれは、先のヴァンパイア部隊消失の際、卿が傷を負わされた事と何か関係があるのか?
「公爵。他人の事に心を痛めておいでの場合ではないでしょう? それ以前に、美しいご令嬢がどのようになってもよろしいので?」
「わ、わかった……我が娘の命は何者にも代え難い……ここはひとつ――」
と、ベイノール卿が項垂れつつ、悪意に屈しようとしたその時だ。
「 ウ ガ ア ア ア ア ア ア ア ア ッ !! 」
まるで野獣の雄叫びのような咆哮が、辺り一面に響き渡った!
「おやおや、せっかちな奴だ。そんなに家族との対面が待ちきれないのかな?」
叫び声の方向へと目を移す。と、そこには――剣を手にした一人の若者の姿があった。
まるで墓場から舞い戻ったような、たどたどしい歩みと、青黒くくすんだ肌。
生気と知性のない顔つきは、人や魔物としての人格がまったくないように見受けられる。
けれど……なんだかどこかで見たような顔だ……はて?
「ああ……来てはダメ!」
アメリアスの悲痛な願いは相手に届かず、無常にも地面へと転げ落ち、消えた。
そしてとうとう俺達は……その新たな侵入者の素性を知る一言を聞いてしまった。
「 ま さ か ………… シ 、 シ ベ リ ア ス ………… 我 が 弟 ! 」
最後まで目を通していただき、まことにありがとううございました!