第六章 6 不安な一夜 後編
一日一話書いて即出しのため、誤字脱字意味不明文章になりがちです。
それでもよろしければ、どうか生ぬるい目でご一読お願いいたします。
「ツングースカ師団長殿、おられますか?」
彼女の執務室へのノックと共に、在室の有無を伺う。
「タイチか、入れ!」
相変わらずの凛々しい一声により、入室の許可が下りた。
「失礼します。ツングースカさん、先ほどは申し訳ありませんでし――た?」
ふと見ると、そこには見慣れぬ二人の魔物の姿があった。
ツングースカさんの机の傍らで、休めの姿勢を保って立っている。この方々はいったい誰?
「おお、これはレフトニア殿、ライトニウス殿。お久しゅうございますな?」
ベミシュラオさんが二人に向かって一礼を見せた。どうやら俺達よりも、上の身分の方らしい。
右に立つ、外套にフードを目深にかぶったヒューマンタイプの魔物さんが、言葉なく返礼だけを見せる。
「ベミシュラオ殿か。聞いたよ、また酒で失敗したって? 剣の中での暮らしはどうだったかね?」
そして、左に立つ小柄な半獣半人の虎縞猫耳少女が、礼もそこそこに、ハキハキとした口調で問いかけてきた。
「これはお耳が早い。いやはや、天界で神の玉座前に引き立てられた気分でした」
「さもあろうて!」
はははと笑う半獣半人の猫耳少女。
ベミシュラオさん、つまりそれは「地獄でした」って事かな?
「タイチ、さっきはすまなかったな。だが、いきなりぶっ倒れるものだから、流石にちと焦ったぞ。で、もういいのか?」
ツングースカさんが心配そうな瞳で尋ねてきた。勿論、一ミクロンの心配も要りません! と返す。
「そうか、よかった。ならばいい……が、貴様をここへ呼んだ覚えはないぞ? もう良い子は寝る時間だ、我が家でおねんねでもしていろ」
「そう言う訳にはいきませんよ! ヴァンパイア部隊の消息が途絶えたと言うのは本当なのですか?」
俺は少し興奮気味に、ツングースカさんへと詰め寄った。
――と、その瞬間! 外套の人がすばやく反応を見せる。
外套の隙間から覗き見える、羊の蹄を模った柄頭の剣――そこに掛けられた黒鉄色に輝くの手甲冑を見るに、顔は伺い知れないが、きっと殺気立った表情をしている事だろう。
「まぁ待て、そう慌てるなライトニウス」
ツングースカさんの制止により、剣に掛けた手をどける、ライトニウスと呼ばれた人。
そして一歩下がって、ツングースカさんへと一礼を見せた。
「タイチ、紹介しよう。こいつらは私の右腕左腕――副官の『虎獣族』であるレフトニアと、『幽鬼種・レイス』のライトニウスだ。このゲーベルトの少年が、先ほど言ったサトウタイチだ。呼称はタイチでかまわん」
一応俺も、畏まっての礼を見せる。
返礼を頂いたあと、諸先輩方の種族について、軽く質問してみた。
「レイスって確か幽鬼系のモンスターですよね? そんでワータイガーって虎とロキシアの中間的存在……つーか俺、失礼ながら猫かと思いました」
「おいおい君、猫とは失敬ではないか?」
少しわざとらしく怒った素振りで、俺に非礼を訴えるレフトニアさん。
「も、申し訳ありません。ただ、あまりにもかわいかったもので、つい……」
「まったく、可愛いとは斯様にも罪なのか……少年、我輩はこれでも誉れ高き虎獣族であるのだ。間違えてくれるな?」
「は、はい。肝に銘じます。申し訳ありませんでした」
「ならば結構!」
俺の謝罪に、仔猫のような虎人が、うんうんと納得を見せる。
「ところで――さっきの件だが」
「あ、はい! そうでした。ヴァンパイアの部隊は? アメリアスは無事ですか?」
「心配するな。今回の部隊を指揮するは、かのベイノール卿だぞ? 何があろうと心配はない」
「ですが、連絡が途絶えたと言うのは……」
「なぁに、伝令妖精がサボる事もあるさ……それともなにか? 貴様はアメリアスが下手を打つとでも思うか?」
「いえ、あのお嬢様は蛇よりも狡猾で、それに殺されたって死なないでしょう」
「ははは、ならばそう言う事だ。なに、我が隊の選りすぐりの偵察部隊を向かわせた。じきに一報が入ってくるさ」
そう笑ってのけるツングースカさん。が、彼女の表情は、どことなく晴れていない……そんな気がする。
「でも、アメリアスのお父さん――あ、いえ、ベイノール卿が指揮を執ってるって……かの方は近衛師団所属だったんですか?」
「いや、今回の急務に突然『最近暇すぎるので私も同行する』と仰ってな。しからばと部隊の指揮をお願いしたのだ。本来ならば卿は、自らのアンデッド部隊を指揮する大魔王軍最高五幹部の一人なのだが――親子ともども越権行為の好きな方々だ。まったく、貴族の気まぐれはよくわからん」
やれやれと零して、鼻から一息吐く。
「ところでヴァンパイアの部隊へ急な任務とは何です? 差し支えが無ければお聞かせ願えませんか?」
「ああ、よかろう。ここゴーンドラドより南へ歩いて半日ほど行った場所に、ヴァンパイア族の街があるのだが、そこへロキシアの部隊が攻め入ると言う情報をつかんでな」
「え、ヴァンパイアの街ですか? そこはベイノール卿の故郷とか?」
「いや、違う。卿は生粋のゴーンドラド育ちだ……だが同族の危機を知り、義憤に駆られ、立ち上がられたのだろう」
何だろう、この違和感は? 貴族ってそこまで同族への義理人情的なモノを大切にするものなのか? つか、あの奇妙なテンションだが抜け目なさそうなおっちゃんが、理由も無くただ「暇だから」だけで動く方とも思えないんだけどなぁ。
「あの、もしかして……卿は何かに気付かれたとか?」
「何かとは……何だ?」
「あ、いえ。例えば何らかの策略の意図に気付かれたのでは……」
途端、ツングースカさんの瞳がギラリと光る。そしてレフトニアさんが、強張った表情で俺に尋ねた。
「聞き捨てならんな。君の言い分では、我が軍団に謀や裏切りがあるとでも?」
「あー、いえ。ただ、こう言った展開には、きな臭い裏があるものかと」
ラノベやアニメなんかでは、権力闘争の謀話は結構よくある事だからなぁ。
もし、俺の趣味が反映されたとなると、そこいらへん、やばいかも……って事は、やっぱ俺のせい?
「タイチ、面白い言だ。が、その様な『誰かさん』の不和不興を買う世迷言は、心に秘めていろ。でないと狙われるぞ?」
「と言うことは、閣下はお心当たりがおありで?」
ベミシュラオさんが口を挟む。
「無い訳ではない。が、それこそ世迷言だ……我等大魔王軍はそこまで腐ってはいない……が、そこまで一枚岩でないのもまた事実」
暗澹たる面持ちで、「ふぅ」と溜息をつくツングースカさん。
口では「それはない」と言い切ってはいるけれど、本心ではきっと「懸念アリ」って事なんだろう。
「とにかくだ。一報が入るまでタイチ、貴様のこの場への残留は許可しよう。が、ベミシュラオ! 貴様はとっとと帰れ」
「なっ、閣下! 小生も――」
「あほうめ、私の目が節穴とでも思ったか? 貴様の怪我、気付かないとでも思うか?」
「あ、いや……これはですな」
「いいから、さっさと医療施設へ出向き、身体を直して来い。貴様はまだ休暇中なのだぞ」
「ははっ。それでは小生はこれにて……傷が癒え次第、出仕いたします」
そう言い残すと、ベミシュラオさんは一礼の後、残念そうな表情で退室して行った。
「さて、と。まったく、ただ待つというのは性に合わんな」
「閣下、いけませんぞ? それをお諌めするための我等ですからな」
レフトニアさんの忠言に、ツングースカさんが「しゅん」となる。
「わ、判っている……そうだ、タイチ。明日の御前会議のためにいろいろと教えておいてやろう。まず出席するのは、大魔王軍最高五幹部――つまり私と、ベイノール卿、そして獣族の長であり、レフトニアの父であるワータイガーのアップズーフ卿、さらには『デミリッチ』である幽鬼王のラーケンダウン卿だ」
「あれ、、四人ですが? もう一方は」
と、俺の問いに、なんだかわざとしらばっくれていた様に、付け足して言う。
「ああ、忘れていた。あとはオマケだが、魔族一の変態女――サキュバスのレベトニーケという、どうしようもないアバズレがいてな……そいつが、どこでどう罷り間違ったのか、我等魔族の最高貴族として君臨していてな……」
レフトニアさんがくくくと声を殺して笑っている。おや、ライトニウスさんの方が小刻みに揺れてるぞ? いったいどんな人なんだ?
「誰が魔族一の変態ですって? この戦馬鹿女」
そんな談笑的な空気が一瞬で固まった!
ノックもせず、いきなりドア開けて入ってきた女性が、開口一番ツングースカさんに言い放った。
「なんだ、ノックぐらいしろ。そしたら『入ってくるな!』と言ってやったのに」
「まったく、おばかさんは昔っからね。いつになったら治るやら……」
な、なんだか雲行きが怪しい?
突然の来訪者に、空気が緊張に震えているような……あっ! ツングースカさんが動いた! サキュバスの人につかつかと歩み寄り、手を上げ、掴み掛かり――!
「久しぶりじゃないか、レヴィ! あいかわらず貴様の気配は遠くからでも感じるほど、異彩を放っているな! 明日の御前会議のために北方から戻ってきたか?」
「当然よ、ツィンギー。あと、噂のチェリー君を拝見しにね」
そう言うと、立派な角を生やしたサキュバスのおねえさんが俺のあごに指をかけ、くいっと引っ張りあげて、まるで品定めでもするようにじろじろと見つめだした。
「この子がアミューゼル寺院襲撃の? 意外と可愛いじゃない」
「こら、そいつはうちのルーキーだ! 勝手に品定めするんじゃない」
「いいじゃないの、ちょこっとくらい……結構タイプだし♪」
言って、エロい目でウインクを飛ばしてきた。
「あ、あの……サキュバスさんって、もしかして男性の精気を吸い取るってあの……」
「あったりぃ~。いい子ね、ご褒美におっぱいくらいなら触らせてあげるわよ」
赤と黒のボンテージファッションと、ツングースカさんに負けず劣らずのエロエロボディーで俺を誘う、蝙蝠翼のお姉さん。
ライトグレーの直毛から、悪戯に甘いトワレの香りが漂い、俺の鼻腔をくすぐる。
だめだ、やばい! いろいろな不安が、えろえろな不安になってしまうじゃないか!
「す、すみませんレベ……レベッカさん? 今はそれどころではありませんでして……」
「レベトニーケよボ・ク。でもえらいわねぇ! 私の誘惑に打ち勝つなんて。そんないい子ちゃんには抱擁の大サービスよ!」
いきなり頭を抱きしめられ、彼女の胸元へぐいっと押し付けられる。
むにゅん! 顔面に超やわらかい物体の感触が! 本日二度目の窒息死覚悟完了モード突入!
「いい加減にしないかレヴィ。今はそれどころじゃ――」
その言葉に、抱きすくめていた俺をぽいっと打ち捨てるように手放すレベトニーケさん。
俺のおっぱい確変は残念ながらこれにて終了……そして彼女はマジな目で語りだした。
「そうそう、それどころじゃないの。こっちへ向かう途中の事なんだけど、ワダンダール方面へ向けて、どこかの一群が隊列をなして攻め寄せていたわ。あそこってブェロニーの地獄森があるじゃない? ひょっとしてそこにいくんじゃなくって?」
「「……っ!」」
俺もツングースカさんも、動揺を隠せなかった。
もしかすると――いや、もしかしなくても、そいつはレネオ殺盗団! どっちへ行くんだ? 森か、はたまた城か?
「ツ、ツングースカさん! いえ、閣下! 願わくば、俺にワダンダール国偵察の任務をお与えください!」
「うむ、そうだな……」
「なに、テレポートで状況を見て、すぐ帰るだけです」
「だが貴様、テレポートの秘術は使えるのか?」
「はい、これがありますので!」
と、ポケットからヒスイの翼を取り出して見せた。
「ヒュー。これはこれは。それでヴァンパイアのお嬢様の心配を……」
レフトニアさんが冷やかして言う。
「そ、そんなんじゃありませんよ! これは借り物なんです!」
なんだか必死になって否定を見せる俺。が、こんなときってみるみるドツボにはまるんだよな。
「貴様らはいいコンビだものな。照れる事はないさ」
「ツ、ツングースカさんまで!」
「ひゅーひゅー! いいねぇ、若さ溢れる恋愛って言うのは……私にもあったなぁ」
「何遠い目して語ってるんですか、レベトニーケさん! そんな関係じゃなく、俺とあいつは兄貴と舎弟と言うか……そう、あいつに言わせれば飼い主と犬と言う感じで――」
「まぁ、ドレイとご主人様? いいわぁ……若い身空でス・テ・キ・!」
だから違うって! しかも外套オバケさんまでうんうんと頷いてるよ! つか、なんか喋れ!
「まぁいい。タイチよ、許可しよう。ただし、だ! 詳しい情報は必要ない。主観で結構だ。ぱっと見てさっと帰って来い、いいな?」
「はいっ! では行ってきます――ワダンダール!」
行き先を心に念じ、叫ぶ。
どうやら魔界でもワダンダールはワダンダールと呼ぶらしい。
ってな訳で、俺の視界がきらめく光で満たされた直後、上空にグイッと引っ張られる感覚に見舞われた。どうやらテレポートは成功したらしい。
で、降り立った場所なんだが……見覚えのある広間の壁には大きなタペストリー、そして見覚えのある白髭のじーさん。さらに見覚えのある側近のおっさんと――おまけに見覚えのある三人のロキシア……。
特にその中の一人には、イヤってほど見覚えがありすぎて――って、だだだ大地じゃねぇか!
最後まで目を通していただき、まことにありがとうございました!