第六章 5 不安な一夜 前編
一日一話書いて即出しのため、誤字脱字意味不明文章になりがちです。
それでもよろしければ、どうか生ぬるい目でご一読お願いいたします。
「こんこん――」
不意にノックの音が響く。「はい」と返事……それはきっと、あの緑のちっこい人――
「タイチさん、もうお加減はよろしいの?」
思った通り、ばーちゃんが様子を見に来てくれたようだ。
「あ、どうもすみません。おかげでこの通り、もう大丈夫です!」
「そう、それはよかった。あの時は何事かと思いましたよ……うふふ。にしても、あんなうろたえた嬢様を見たのは久しぶりですねぇ」
含み笑いのばーちゃんに、その訳を伺ってみる。
「いやね、急に大騒ぎしながらあなたを抱えてくるもんだから……あんなおろおろした嬢様、シベリアス坊様がお風邪を召したとき以来でしたかねぇ」
懐かしむような目でクスクスと笑む。ううむ、それは是非とも見たかったなぁ……。
「あ、そうだばーちゃん! ツングースカさん、突然の招集だって? それってなにかあったのかい?」
「はい……それがですねぇ……」
なんだか口ごもる。
「言いにくいことなのかい? 機密事項なら聞かないけどさ」
「いえ、それが……昼頃に任務地へ出立したヴァンパイア部隊との連絡が途絶えたとかで……」
「な、なんだって!」
眩暈にも似た感覚が俺を襲う!
まさか……いや、絶対に何かの間違いだよ。
「アメリアス達大丈夫かな? ちょ、ちょっと俺もお城へ行ってくる! ばーちゃん、姫様と侍女ちゃんを頼む!」
「ちょっとタイチさん、もうお体は――?」
「へへ、もうぜんっぜん平気ッス! チーベル、行くぞ!」
「あ、はい!」
何はともあれグエネヴィーアを携え、とり急ぎグレイキャッスルへと向かった。
本当に……ただの杞憂であればいいんだけど。
屋敷の外は、相変わらずの昼か夜かわからない、どんよりとした空だ。
けれど、昨日見たお月さんが、だいたい同じ高さにある……て事は、きっと今は夜の九時か十時ごろなんだろう。
「城まで走るぞ、チーベル!」
「はい、太一さん! ……って、あれ!?」
と、小気味よく返すチーベルが何かに気付き、指をさして声を荒げた。
「ん、なんだ……あれ? もしかしてあの人」
人気無く薄暗い道を、少しふらつきながら歩く、見知った男性。
それは――ベミシュラオさんだ!
「ベミシュラオさん!」
走り寄り、声をかける。
と、俺の声に気付いて振り向いた途端、バランスを崩してその場へとへたり込んだ。
「ちょ、大丈夫ですか!」
「あ、あはは……タイチくんか。いやぁ、酔った酔った」
と言いつつにへら、と笑う。
だが俺は気付いていた――さっき振り向きざまに見せた表情が、苦痛に歪んでいたのを。
「な、何が酔ったですか! 酒の臭いなんてこれっぽっちもしてないっすよ!」
「それは――そう、最近の酒というものは、臭いがしないようにできているらしくてね……」
「何言ってんスか! 囚われの少女達をワダンダールまで送り届けてきたんでしょ? 知ってますよ。ツングースカさんがそう言ってました」
「これはしたり……閣下にバレていたとは……うぅ……いちち」
見ると、脇腹に血が滲んでいる! これほどの傷、我慢の限度はとうに過ぎているだろうに……一体何が?
「と、とりあえずチーベル、回復魔法だ!」
「はい! 少ししか効きませんけど、応急処置にはなるでしょう」
珍しくチーベルが役に立った。
そのちっこい手から、闇色の星屑が鈍く輝き、傷口へと放たれている。
さっきまでの冷や汗と青ざめた顔に、徐々に赤みが差してきた。どうやら流血は収まり、幾分痛みも和らいできた様子だ。
やれやれ、これで一安心。
「や、どうもありがとうチーベルくん。君は命の恩人だな」
「私だってお役に立つんですよ? 『珍しく』ですけど」
嫌味っぽく言う。なんだチーベルのやつ、俺の心でも読むスキルでも覚えたか?
「まぁ、それはさておきだ。一体何があったんスか? 女の子達は? 無事に送り届けたんですか?」
「ま、まぁ待ちたまえ。順を追って話そう」
俺も道の端に腰を落とし、じっくりと話を伺う。
「そう。あの後お察しの通り、小生はかの乙女等を王国までエスコートしようと、後を追ってね……いや、ちょうど危ういところだった」
「危うい、ですか?」
「ああ、ロキシア売りの商人一行に囲まれていてね。まぁ、それらは軽く蹴散らしてやったのだが、その戦いぶりを見ていた別の目があったのさ……小生が商人を退治してすぐだ、三人のロキシアがやって来てね」
「そ、それは……援軍?」
「いや、ちがうな。たまたまそこに居合わせたのだろう。そして小生をモンスターと認識した上で、戦いを挑んできたのさ」
「もしかしてそいつら、代行者なのでは?」
「ご明察! しかしながら見た目がまだ若かったし、しかも一人は少女だったので、図に乗ってしまってね。受けて立っては見たものの……いやはや、奴ら強いの何の。それが三人もだから、あっという間にのされてしまってこの様さ」
へへへと笑って言う。
笑いごっちゃ無いっすよ! 俺達が来なけりゃ死んでたかもですよ?
「もうちょっと気をつけてくださいよ! あなたの命はそんな場所で散らすものじゃないでしょ? ツングースカさんのためにこそ、散らすべきじゃないんですか!」
少し興奮気味に叱咤してしまった。
本当なら、誰かの為に死ぬべき、なんて事も言いたくは無いんだけど、この人にはこれが一番の薬になるだろう。そう考えての言葉だ。
「あいや、痛いところを……まったくその通り」
やはり今の一言はかなり効いたようで……猛省と言う表情で俺に頭を下げるベミシュラオさん。
「今度からは負けると判ったら一目散に逃げてくださいね」
「ははは、そうする事にしよう……が、逃げ仰せられる状況じゃ無かったってのもまた事実でね」
「それは何故です? 現に逃げて――」
ベミシュラオさんが俺の言葉を遮り、苦い顔で言う
「見逃してくれたのさ」
それは普段飄々として勝ち負けになんぞ興味を持たないと言った感じの彼には見られない、「屈辱と悔しさ」に満ちているようだ。
なんだかんだ言って、この人も「戦士」なんだな。
「奴ら、小生にトドメを刺そうとした、そのときだ。ロキシアの乙女等が、小生をかばってくれてね……命乞いってやつだ」
「それで……見逃してくれた、と」
「ああ、いかにも。『この方は我々を二度までもお救いしてくれた――』云々と、相手のロキシアに涙ながらに訴えてくれてね」
「そ、そうですか……それはまた心の広い代行者もいたものですね。普通ならモンスターだからって、問答無用でぶっ殺されるでしょうからね」
「いやまったく、運がよかったのやら悪かったのやら……」
そしていつものように、笑って頭を掻く。おっと、そう言えば――。
「で、少女達はどうなりました?」
「ああ、彼らが保護して送り届けてくれると言ってくれてね。そこは助かったよ」
「だ、大丈夫なんですか? ソイツら信用しちゃって!」
「ああ……信用できる理由があってね」
そう言うと、俺の目を覗き込んで、ベミシュラオさんは微笑み語った。
「君とよく似た目をしていたからね」
「俺と……スか? そんなんで信じちゃって大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫さ。モンスターの君ですら、ロキシアに情けをかけてやれるんだ。ましてや同胞ならば……まぁ、あくまで想像の域だがね」
一応、俺の事も褒めてくれている様だけど……情けを知るモンスターて、なんだか微妙な立ち位置だなぁ。
「ああ……そうだ、似ていると言えば、もっと君と似ている点があったな」
ふと巡る、「似たもの」と言うキーワードからのトラウマ。ま、まさか――
「年恰好が似ていたと言うのもさる事ながら、君の名『タイチ』とよく似た名前だった。えっと、たしか――」
「大地……そいつはダイチ、では?」
「ああ、そうそう! おや、なんだ知り合いかね?」
「すごく知り合いです」そう言いたかった。でも、そう言えない訳がありまして……。
「あ、ああいえ。やつとは二度ほどやり合ってまして、二度とも逃がしてもらいました」
「ほほう、君も逃がしてもらったクチか。ひょっとすると彼は、代行者としてはまだまだ未熟なのかな?」
「とんでもない! 目的のためならなんでもする……そう言った奴です。この剣、グエネヴィーアを奪おうと、アミューゼル寺院を襲った真犯人。それが奴なんです」
ベミシュラオさんが息を呑んだ。
「なるほどね、さもありなんだ」
そして一人頷き、納得する。そしてはたと何かに気が付き、顔を上げた。
「となると、かの乙女等は……」
「それは恐らくは大丈夫かと。奴はそう言った非道な行いはしない筈。まぁ、『筈』ですが」
「ふーむ、そこは彼らを信用するしかあるまい」
大地に、あいつに限って、それは無いだろう。
けれど……それを何かに利用する、と言う考えはあるかもしれない。
猛烈な「いやな予感」がこみ上げてくる。また俺の心配事のノートに、新たな一ページが加わったようだ。
「とにかく俺達、今からツングースカさんのところへ行くんですよ」
「おや、閣下はご自宅ではないのかね?」
「はい、緊急の招集がありまして」
「ほう、何かあったのかな?」
「なんでも、夜間襲撃の任に当たっていたヴァンパイア部隊からの連絡が途絶えたとか」
「それは一大事だな、すぐに向かおう!」
「はい、でも……ベミシュラオさん、身体は大丈夫なんスか?」
「なぁに、チーベルくんの治癒が特別効いたのさ」
そう言って、チーベルへとウィンクして気さくに笑う。いつもの飄々として垢抜けないベミシュラオさんだ。
なんとなくいやな予感が漂う夜。
こんな日は早く寝てしまうに限る……けれどそうも言ってはいられない状況が、ひとつ、またひとつと増えていく。
お願いだから、これ以上は不安の種を増やさないでくれ!
最後まで目を通していただき、まことにありがとうございました!