最終章 破 5 戦いの後始末、そして戦いの準備
戦いの後というものは、戦っている最中よりも頭を悩ませる事が多い。
ルシファーが去った後、一夜明けての早朝。ワダンダール城・会議の間にて。
俺達残された者は、今後の後始末に苦労していた。
最大級の課題として、女王・エリオデッタの身柄が拉致されたという事を、どうワダンダール国民に伝えるべきか。
この大いなる問題に際し、一応年長者であり、ワダンダール・クルセイダースの隊長でもあるヤマノさんに意見を伺いたいところではあるのだが……。
「す、すまねぇダイチ……裏ブロウ『一か八か・裏モン』を使っちまったら、相手に勝たねぇ限り、2~3日は身体が休業になっちまうんだ」
と、このクソ忙しい時に、自室に籠ってスヤスヤと眠っている始末ときた。
なんでそんな技、こんな時に使うんだよ……まぁ、勝てると踏んでのブロウの発動なんだろうけどさ。
けど正直俺も、ウオルトの野郎があんなに良い動きをするとは思わなかった。
あの動きこそが、幽鬼に身を変えてまでの、奴の執念なのかもしれない。
セフィーアさえも、同様に使えない様子だ。
気丈にも、意識をしゃんと保ってはいるものの、心ここにあらずと言った感じで、時折溜息をついている。
「そんな二人を見るに忍びない」といった表情の美奈が、俺やベルガやマルりんにとって、これまた忍びない。
こんな葬式気分の会議では、決まる事も決まらないだろう。
「左様ですな。が、ダイチ様――あんた様がおられるではありませんか」
そんな俺を気遣ってくれたのは、エリオデッタに付き従って付いて来た、パレーステナという村の元・村長だった。
「ありがとう、村長さん。だが俺は、一介の高校生……じゃなかった、まだ年端もいかない子供だ。この難題を乗り越えるには――」
「いやいや。歳などは関係ありませんよ。聞けば、あなた様はエリオデッタ様不在のこの小国・ワダンダールを、その才覚のみで、大国にまで伸し上げたとか」
「それは……」
それは、非情に徹したやり方だった。
国王や大臣を排除し、周辺諸国を力でねじ伏せた。ただ、力を以ってすれば、だれにでも出来得る事だった。
でも、今は違う!
エリオデッタを女王と掲げ、一丸となって国を作っていく。その最中に、国の長たるエリオデッタが攫われちまったんだ。
「国民は、きっと俺を疑うだろうさ……女王を屠り、国の主導権を簒奪したのだと」
だが、目の前の爺様は、そんな俺の懸念を「いやいや」と首を振って否定すのだった。
「とあるお方がのぅ、以前に『ダイチを信頼し、サポートしてくれ』と、ワシらを頼って、そうお言葉を残されたのじゃ」
「俺を、サポート?」
その言葉の主は、すぐに分かった。
「それはきっと、太一だね」
「ほほ、ご明察です」
村長は、アイツの名を出すと、にこりと微笑んだ。
「あのお方は、ワシらや姫……あ、いやエリオデッタ女王を救ってくれた大恩人。こんな老体に、せめて出来る事と言えば」
そう言うと、村長は一人の女性を、会議の場へと招き入れた。
俺は、その女性を目にして、思わず声を出して驚いてしまった。
「エ、エリオデッタ女王!?」
その声に、ベルガやマルりん、そして美奈、更には意気消沈していたセフィーアまでもが振り返り、共に驚きの表情を見せるのだった!
――だが。
「い、いえ。なんだか、ちょっと違う気が……でも、雰囲気や仕草なんかは、エリオデッタ女王そっくり」
「ほほほ。流石はセフィーア様ですじゃ。これなるは、エリオデッタ様に付き従っておった侍女・デオランスでございます」
そう言われれば、少し違和感がある気がしないでもない。
けれど、遠目からみれば、彼女はまんま、エリオデッタで通用するだろう。
「そうか、影武者を立てる。ってワケですね?」
「左様でございます、ベルガ様。エリオデッタ様に付き従い、早10年。あのお方の仕草や身のこなしは、完璧にトレースできますわ」
「背格好も似ておるし、髪を染めてちょいとメイクをして、エリオデッタ様の衣装を身に纏わせれば……これ、この通り」
その、突拍子の無いアイデアに、俺達は自然と笑顔になった。
「でもね、でもね! お城の大庭園が爆発して吹っ飛んだんだよ? それはどう説明するの」
「それは大丈夫だ、マルりん。最近幽鬼の目撃例が頻繁だったから、それを退治していたのだと、影武者の女王から発表してもらえば」
言ってて、俺は酷く心が揺れた。
こんな嘘を、いけしゃあしゃあと口にする自分は、はたして「正義」なのだろうか? と。
「仕方ないよ、大地くん。こうでもしなきゃ、この危機は乗り越えられないよ」
俺の、一瞬曇った表情を察し、美奈が声を掛けてくれた。
「ああ、そうだな。そのためにも、一早く、この問題を解決しなくちゃ」
「そうだ、早く解決しないと。そのためには、ツワモノの頭数が必要だろ?」
ふと聞こえた、聞き覚えの無い声。
そんな声に、会議場入口へと振り返れば……そこには、ローブを目深に被った、一人の男性の姿があった。
「やぁすまない、挨拶が遅れた。私の名は、オスカルド・フィブル・ペイルモンド。大魔王軍第三師団、第一部隊隊長だ。そう……こちらで悪さをしていた魔族・バルベリトのペイルモンド卿が嫡子。と言えば、よくよく見知り置けるかな?」
ローブを脱ぎ去り、少し怪しげな笑みでの自己紹介は、俺達に最大級の緊張を生んだ。
が、オスカルドなる魔族は、それを見て取るや慌てて「おっとっと、誤解しないでくれ」と、今度は言葉を選び、俺達に語る。
「すまない、軽率だった。ツングースカ閣下から、極秘同盟の盟約により遣わされた使者。というべきか」
「ツングースカの姐さんから? えらく早いな」
「あぁ、事が事だけにな。それに、タイチのアホに気付かれる前に、さっさとケリを付けたいんだ」
「そうか、太一の……アイツは今、どうしてる?」
「心配いらない。ちょうどいい目くらましのイベントに、躍起になってるところだ」
そう言うと、赤で統一された衣装の伊達男は、「ハァ……」と、でっかい溜息をついたのだった。
それだけで、俺には分かる。
「そうか。お前も太一に振り回されてるクチか」
「わ、分かるのか? お前」
「ああ、それはもう!」
お互い目を見て、そして同時に、ふか~い溜息を一つ。
「そんなに、タイチちゃんをイジメてやんないでよ。ダイチちゃん」
――と。
今度は、俺もよく知る女性(?)の声がした。
「あんたは――レイチェル?」
「おう。ネルさんもいるぜィ」
「オルステッド、ここに見参。ってね」
続々と顔を見せる、三人のロキシア勢。三頭団だ!
「来てくれたのか、みんな」
「ああ。及ばずながら、手を貸すぜィ」
「タイチがこっちに気付く前に、ケリをつけっちまおう」
「って事ね!」
この援軍に、俺達の意気は、すこぶる上昇した。
そして、万に一つの可能性が「もしかしたら?」にまで上昇した事を、俺は肌で感じたのだった。
最後まで目を通していただき、誠にありがとうございました!
まだまだ寒い日が続きます。
皆様、くれぐれもお体に気を付けて読書生活をお送りくださいませ!




