第四部 第三章 8 大正門前広場の戦い
近衛師団第二部隊と、一部のグレイキャッスル守備隊が堅守する、大正門前広場。
通称=グランド・ハーデス・グラウンド。
距離を置いて睨み合うのは、滅殺威夜旅団率いる、魔物と幽鬼の混成邪神軍部隊。
この両軍が、一触即発状態で互いを牽制し合っているのには、少々訳がある。
邪神軍が我々大魔王軍に対し、挑発行動のみで煽っている辺り、陽動として時間稼ぎの策をとっているのだろうと考えられる。
そして、大魔王軍が動かないのは、レフトニア師団長殿より「まだ動くな」との命が下っているかに他ならない。
その訳は――俺と大地が、二人揃って(ワダンダール一向含む)グレイキャッスル敷地内に潜むオーリンの前に立ちはだかり、神夢起現書記のシナリオ通りに「事」を運ばせるためである。
だが!
それを知っているのは、一部の隊長・指揮官クラスだけ。
末端の者達には、事情が伝わっていないと考えるのが正しいだろう。
したがって、今この状態でワダンダールからお越しのロキシアの団体さんをお城へとご招待なんてしちゃったら、どうなるか。
きっと、「由緒ある魔物の総本山に、敵対種族であるロキシアを招き入れた」という噂が広まってしまうのは確実だ。
けれど今なら、守備隊の面々に拒否られても、メルボアの一喝で、道を譲ってくれるかもしれない。
いや。事情を話しさえすれば、もしかしたらその点を加味され、何の噂も起たず、すんなり通してくれるかもしれないな。
しかしながら、それは「今」と言う一時期だけの事。
この後。再びゴーンドラド領内に平穏が訪れた時……この「グレイキャッスルにロキシアを招き入れた」という事実が、どんな形であれ、誰かに悪用される「ネタ」として、後々まで禍根を残す悩みの種になりかねない。
特に、権力争いになった場合。ソイツを矛先に、痛くもない腹を突つかれたり、謀反の兆しと危ぶまれたりする――かもだ。
その辺りを見越して、ベイノール卿やアップズース卿は、ツングースカさんとレベトニーケさんに「大地一行のグレイキャッスル召喚」を押し付け、しかも押し付けられた両名は、事もあろうに、ソレを俺へと丸投げするという始末。
まぁ俺なら、この先権力争いも派閥争いも無縁だと思うし、このまま何の考えもなしに「はーい。こちらが大魔王様のおわすグレイキャッスルですよ~! みなさん、城内ではお静かに願いますね~」と、ガイドさんよろしく、大地達を引き連れて、お城へと入っちゃってもいいだろう。
けどさ。
どうせなら、そんな後顧の憂い無く、この宿題をクリアし、姉御殿やお姉様、果ては二卿にいいトコを見せたいじゃん?
てなワケで、俺の取った行動とは――
「た、た、た、たっけてくれ~!」
「「「待てこのクソ魔物めー!」」」
両軍睨み合う、緊張感にあふれた大広場の中央を、数人のロキシアに追っかけられる魔物がいる。
はい、もうお分かりですね?
無論、俺です。
「がるる? あのアホは何者ぞ……否! あんなアホはサトウタイチしかおらん。ゴガァ、サトウタイチ! 貴様、何をやっておるか」
「見りゃ分かんだろ! 天主の代行者に追っかけられてんだ」
「がる? 意味が分からん」
「い、いやさ。この混乱に乗じて、ワダンダールに忍び込んで、女王様にエロい事してやろうと思ったんだが見っかっちゃってさ!」
「で、追われておるという事か……あほうめ、お前らの隊長殿は何をやっておるのか」
呆れ顔のメルボアが、援軍として残っていた第七部隊の副隊長さんへと零した。
「太一さん。今のお言葉は本当なんですか?」
「げげっ! べ、ベルーアさん……いやその」
「……隊長殿……ちょっと来い」
「い、いや、だってさ」
って、ライトニウスさん! マテリアライズ化してるし! 激怒モードじゃないッスか!?
「せやかて。や、おへんえ主殿。お灸をすえてあげますさかい、ちぃとこっちへおいでなさい」
「そうですよ隊長殿ぉ! こちらに来てきちんと弁明をしてくださぁい」
「やっべぇ! 流石に皆さん超・激怒してらっさる……大魔王軍へは逃げらんないから――なら、こっちだ!」
と、俺が逃げを打つ進路を変えた先。
それは勿論――
「むっ! あれはサトウタイチ……しかもサトウダイチらも一緒か」
「ど、どうする怒鳴奴。たたかっちゃう? ねぇ、たたかっちゃうか?」
「あぁ、そうだな白雪。奴ら、封印されてる筈だったが……やはり、運命って奴は変えられなかったか」
「もしも奴等が封印を脱したら……その時は俺達が足止めをする。当初の作戦通りだな」
「そうだ、クマプー。ここで俺達が、あのサトウズを足止め……いや、仕留める!」
第七部隊の面々より殺る気満々な、滅殺威夜旅団の連中。
そんな敵部隊の中央を、俺はひたすら走って駆けた!
「とまれ、サトウタイチ! 尋常に勝負しろ」
「へへ~ん。この状況で止まれっかよ」
「皆かまわん、奴を始末しろ。足を止めた奴には恩賞がたっぷりでるぞ!」
「「「ははっ!」」」
俺に向かって群がる(邪神産)雑魚天主の代行者を華麗にスルーしつつ、
「おいおい。俺にばっか気を向けてたら、ワダンダール印の正義の味方にヤラレっちまうぞ!」
後方から追いかけてくる、鬼強集団の存在をアピール!
その言葉通り、俺を追ってきていたワダンダール防衛軍の方々が一転!
「これはこれは……アホを追い回しているうちに宿敵・滅殺威夜旅団のクソ共と再会とはな。野郎共ォ、三人の仇だ! たたっ斬っちまえ」
「「「おうッ!」」」
狙いは、俺から邪神軍団へとスイッチ。
そのせいで、大広場は完全な戦闘状態突入となった!
「へへ、しめしめ。これにて作戦の第一段階は終了……と」
皆が戦闘へと集中している隙に、俺は一人、一旦物陰へと身を潜める。
そして、こっそりと近衛師団第二部隊陣営へと近付き、作戦の第二段階へと移るのだった。
「よぉ、みんな」
「「「隊長殿!」」」
「太一さん、おかえりなさい。ここまでは、さっき伝令妖精で伝えられた手筈通りですね」
そう。さっきの第七部隊の面々の煽りは、俺を敵勢へと仕向けるための小芝居。
前以てくいだおれ太郎により、ベルーア達に作戦を指示していたんだ。
「さぁ、メルボアさんがお待ちですよ」
「うん、そうだな。メルボア」
「がる、サトウタイチ」
「ロキシアとの共闘になるが、第二部隊をあの戦いへと投入してくれ」
「その言葉、待っていたぞ。早く戦いたくてイライラしておったのだ」
「あぁ。だが気を付けろ? 相手は一筋縄ではいかない連中だ」
「ガルル、誰にモノを申しておる。我の戦ぶり、そして第二部隊の奮闘、この大正門広場の伝説として語り継がれる戦いになろうぞ!」
「はは、心強いや。そんじゃ、頼んだぜ」
「任せよ!」
そして、まるで遠足直前の小学生のように、やたらハイテンションで持ち場へと戻ったメルボアは――
「ゴガァァッ! 皆の者、よく聞け!! これより第二部隊は、眼前にて繰り広げられている不当な騒乱を鎮めるため、当事者共を駆逐・排除する!」
「「「オヴッ! オヴッ! オヴッ!」」」
「第二部隊、出陣! 全ては大魔王様のため!!」
「「「ウオオオッ!」」」
出陣の気合を込めた雄叫びも勇ましく、第二部隊は野に放たれた獣のように、一直線に獲物へと狙いを定め、突き進む!
特に特筆すべきは、猪族のドドンガが繰り出すブロウ、
「暴力戦車だブー!」
武闘大会で見せた、猛突進だ!
が、あの時の技に比べ、今回見せた突進は、まるでそよ風と暴風雨程の開きがあるじゃないか。
「ドドンガすげぇ! 立ち塞がるものを皆、弾き飛ばしてんぞ」
「獣人族は皆、戦闘のプロだかんね。ほらご覧よ、隊長クン……メルボアのヤツ、水を得た魚のように暴れまくってるよ」
「はは、ホントだ。側によりたくねぇ」
「とは言うものの。サイの字さんも、戦いとうてウズウズしてはるんちゃいますか」
「うん、正にその通りだよ」
「……隊長……もうそろそろ良いのではないか」
「あはは、ライトニウスさんも戦いたくて仕方が無いという様子ですね」
「太一さん、そろそろいい頃合いの混戦状態です」
「あぁ。そんじゃ皆さん、そろそろワダンダール勢とスイッチしてくれますか?」
「「「了解!」」」
そして、作戦の第二段階の締めは、この混戦状態に我等第七部隊が切り込み、更なるカオス状態を巻き起こし……この隙に、大地らワダンダール勢を、密かに城内へと導く。というもの。
そう。「どさくさに紛れて、大地達を城内へ」という、最も俺らしい作戦だ。
それにしても。
この眼前に繰り広げられている、凄まじい戦い。
まさに、この大広場の――いや、大魔王領・ゴーンドラド史に残る、伝説の一戦となるのは間違いないだろうな。
まぁ、その大いなる一戦の直前。
アホがひとり、なんかわワチャワチャやってたって事実は、どうか消していただきたいもんだ。
最後まで目を通していただき、誠にありがとうございました!




