第四部 第三章 4 いざ、封印の城へ
「封印された城にわざわざ出向くなんて、一体どういう事ですの?」
それは意味不明な行動だと、セフィーアは心配そうな表情で言う。
まぁ、誰しもそう考えるだろう。
「けどさ、セフィーア。俺がそこへ出向く事により、あの本はまた『運命』を元に戻そうとするだろ? それはつまり、俺も大地も、封印から抜け出て、共にオーリンと対峙する事になるんじゃないかと思うんだ」
俺の考えに、セフィーアはようやく納得し、一つ頷く。
だが、彼女は更なる疑問を浮かべ、俺へと問うのだった。
「なるほど。まさに危険な賭け、ですわね。でも、であれば、何もタイチくんが自らを危険に晒す事は無いのでは?」
セフィーアの言う事は最もだ。
つまり、俺が封印の中に入らずとも、運命は大地を俺の元へと向かわせるのではないか。
だけど、俺にはあの封印城へと向かう理由がある。
「それはさ……俺が封印の中に行かなきゃいけない理由が、まだあるんだ」
「理由? それは何ですの」
「うん。魔魂封刀の内部は、封印されても一応意識があるんだって、前に封印された事がある人が言ってたんだ」
「意識がある、ですか」
「その城の中には、大地達と時を同じくして、大魔王軍第八部隊のツワモノさん達が封印されていてさ……かの城の中で鉢合わせになってるかもしんないんだよ」
「となると、敵同士という認識で――戦闘に!?」
「その可能性は低いと思う……が、双方共にとんでもない強さが、目に見えて分かる程だ。お互いけん制し合って、一触即発状態になってるかもしんない」
まぁ、大地とツングースカさんは一応の顔見知りだから、事の重大さを鑑みれば、そんな事にはなってないだろうと思うけど……どのみち、仲介役が必要なハズだ。
「とにかく。俺も封印の城に飛び込み、神夢起源書記の出方を見る」
俺の考えに、またセフィーアはひとつ納得を見せる。
が、それとはまた別に、とある考えが彼女を支配した様子で……暫く何か考えを巡らせ、とんでもない事を言い出すのだった。
「あの本が示す運命……ちょっと待ってくださいな、タイチくん」
「どした? セフィーア」
「わたくしも……封印の城の内部に、連れて行ってくださいまし」
「え? いやだって君は――」
そう。セフィーアは、エリオデッタの身辺を警護する役目を仰せつかった身。
そして、大地により「せめてセフィーアだけは、生き残って欲しい」という、神夢起源書記にあがなう意思表示だ。
「私の事なら、心配ご無用ですタイチ様」
「エリオデッタ!? だが、誰が君を守るんだ」
「その点は大丈夫よ、タイチくん。現在、ドアンド国の国主であるマックスが、この城を守備してくれてますの」
「マックス……あぁ、中の人がとんでもない不良のアイツね」
なんだか、久しぶりに聞く名前だ。
アイツ、結局本当に大地を主と仰ぎ、ドアンド国をワダンダール傘下の国にしちまったみたいだな。
――と。
マックスの名前を出した途端。エリオデッタは何かを思い出したかのように、クスクスと笑みを浮かべるのだった。
「ん? どうしたんだ、エリオデッタ。何がおかしいんだい?」
「タイチ様、聞いてくださいな。かのお方は、サトウダイチの命を受けて、留守中のワダンダールの守備を任されたのだけど……あの人、面白いんですのよ」
「や、やめてくださいまし。エリオデッタ様」
悪戯っぽい眼差しで言うエリオデッタに対し、セフィーアは、ちょっと困惑そうに慌てて言う。
「おもしろい? 俺は実際の中の人を知って、ちょっとおっかないけど」
「つい先日の事ですけど。あの方、セフィーアさんに出会ってすぐさま、その場で愛の告白をなさったのよ」
「ま、マジ!?」
「もう、エリオデッタ様ったら」
新鮮な驚きが、俺を襲った。
あの不良の吹き溜まりの「バカ城高校」のてっぺん張ってる超・硬派が、セフィーアに一目惚れだって?
「もう。内緒にしておいてほしかったですのに」
「ウフフ、ごめんなさいセフィーアさん。でも、あの時のマックス殿の告白のなされ様、そしてセフィーアさんの慌てぶりようといったら」
「あのひと、変ですのよタイチくん。出会っていきなり『結婚してくれ!』ですって」
うわ……なんかどっかで聞いたことあるような、スッゲーバカ行動だわ。
そんな、一瞬だけ「今は戦いの最中」だという事を忘れさせてくれる出来事から、改めて迫り来る現実に相対する。
「そ、そうか。じゃあ、エリオデッタの事、そしてワダンダールの事は、マックスに頼むとしよう。じゃあセフィーア、ペイルモンド城へと通ずる部屋まで案内してくれるかい?」
「勿論ですわ、タイチくん」
「それじゃ、エリオデッタ。また……またあとで」
「はい、タイチさま……お待ちしております」
再び軽い口づけを交わし、愛しい人との暫しの別れを惜しむ。
そして、セフィーアを先導に、(村長のジイさんから借りた手ぬぐいでほっかむりしつつ)城内の地下へと駆けるのだった。
その道中。
「なぁ、セフィーア」
「はい。なんです、タイチくん」
「さっきさ、君も一緒に行くって言ったとき……何か考え込んでたね?」
俺の心に、小さな燻りとして残っていた心配を、敢えて聞いてみた。
するとセフィーアは、少し悲しい表情となり、
「運命、ですわ」
と、小さく返した。
「運命?」
「そう。あなたが言う運命というものについて考えれば、私が封印の場へ――いえ、皆の……仲間達の元へと行かなければならない。という事が分かるはず」
「う~ん……わかんにゃいよ」
「クス。私の運命は、我が君を守って、全員玉砕するというもの。それがため、ダイチ君は『私だけでも』と、エリオデッタ様の元へと残したの」
「うん、それは分かる」
「でも……運命は、神夢起源書記は、必ずその定めを実行しようと、私を殺しにかかるハズ」
「そう……かもしれない」
「では、わたくしのような『タダでは死なない厄介者』を仕留めるのは――誰?」
「そ、それは……だれかな?」
俺は、敢えてしらばっくれた。
ただ、その名を出すのが怖かったんだ。
「もし、わたくしが仲間と共に死ななかったら……わたくし以上の強き敵が、ワダンダールのお城へと罷り越しましょう。そうなると……」
「ぐっ……エリオデッタが危ない、か」
「そう。エリオデッタ様は本来、あの本の中で存命です。が、プレイヤーのわたくしの運命は決まっておりますが、NPCである女王の生死は、神夢起源書記においては、誤差のようなもの」
「巻き添えを食らう……かもだな」
そのためセフィーアは、敢えて死中へと赴く決心をした。
そんな葛藤が、さっき見せた一瞬の躊躇いなのだろう。
本来仕えるハズの美奈を失い、そしてまた、忠誠を誓うエリオデッタを危険に晒す。
そんな事、彼女の性格からすれば、自らの死ですら生ぬるいと考えるだろう。
畜生、あのクソ本の中の人め!
なんでまた、そんなバッドエンドをわざわざ選んで、俺達に演じさせようとしてやがんだよ。
「さぁ。そんな些細など、どうでもよろしいですわ。それ、そこの扉こそが、封印の城へと飛ぶ魔法陣が描かれている部屋ですのよ」
セフィーアが立ち止まり、指し示す木製の古びたドア。
どうやらその部屋から、絶賛封印中のペイルモンド城へと飛んで行けるらしい。
「今なら、まだ引き返せますわよ?」
「いや、行こう。向こうにいる連中が、俺を必要としていると思うし……なにより、だ。主役級の奴等が、俺を差し置いてみんなで楽しくやってんだ。『俺も仲間にいれろ!』ってのが本音だったりするかも」
「フフ、流石はタイチ君ね。いいわ、行きましょう」
「ああ! そうこなくっちゃ」
こうして俺は、無謀ともいえる賭けに、全掛けした。
その見返りは――とてつもなく大きな、でっけぇ財産だった。
しかしながら。
その代償も伴い――
最後まで目を通していただき、誠にありがとうございました。




