第四部 第三章 3 運命に歯向かう者、従う者
「あぁ……タイチ様」
「や、やぁエリオデッタ……えっと、その……元気?」
不意に現れた彼女に対し、このグダグダとした返答。いかに俺がテンパっていたのかが、よく伺えるだろう。
だが、そんな俺にも、彼女は
「はい。おかげさまで、すこぶる元気です。タイチ様もご健勝そうで何より」
健気にも、俺を気遣う言葉を掛けてくれる。
この心の優しさ、ウチのゴクツブシ共に爪の垢でも煎じて、ついでにその辺にいるダンゴムシと一緒に「正露丸だよ」といって飲ませてやりたい。
おっと。そんな女王に、改めて心を奪われている場合じゃなかった。
「エ、エリオデッタ。実は、大地の野郎を探してて……君に会いに来た訳じゃないんだ。いや、いやいや! 君には毎日毎晩会いたいと、心から想っているんだが……その……」
「良く心得ております、タイチ様。わたくしも気持ちは同じ……ですが、今はワゴーン大陸全土に及ぶ危急存亡の秋。一国の王女と、一介の魔物が、人目を忍んで逢瀬など……到底許されぬ事」
彼女は、俺の心を読んだかのように、この再会を「個人的な密会」とせぬよう、ピシャリと言い放った。
けど、少し厳しすぎるかも? とも思える言葉に、少々面食らったのも事実。
もしかして俺……エリオデッタに嫌われた?
「そう……そうだね、エリオデッタ。だが、これだけは知っていてほしい。俺は――」
そんな俺の言葉を遮り、エリオデッタはさらに続ける。
「タイチ様が、私を欲しておられる。それは重々承知しております」
「ほ、欲しているだなんて! ……そんな事」
「も、もちろん欲しております!」と、心の中で叫ぶ位俺を、誰が咎められよう。
が、彼女の体を性的に欲しているとか、ましてや食欲的に求めているとか、そんなふしだらな感情で欲求しているんじゃなく……上手く言えねぇけど、心と心で惹かれ合っているというかなんというか……。
――だが。
そんな、しどろもどろな俺を見て、彼女は美しい笑顔でこう答えるのだった。
「タイチ様。わたくしはね」
「う、うん」
「この一連の大騒動が一段落したら、この国を、ワダンダールを、サトウダイチに譲ろうと考えておりますの」
「はぁ!?」
い、今この聡明なロキシアの女王様は何と仰られた!?
大地に、王の座を譲るだって?
「太一くん。大地くんはこの国の摂政。エリオデッタ女王が不在となれば、彼がこの国を治めるのは道理」
「そ、そりゃあそうだろうけどさ、セフィーア……いやいや、そうじゃない! 問題は、だ。なんでエリオデッタが、この国の女王様が、居なくなんなきゃいけないんだ! って事だよ」
「タイチ様。わたくしは、この騒動の終結を確認したのち……責任を取って、女王の座を辞そうと考えていますの」
「女王をやめる? なんで!」
「平和のためとはいえ、先の出兵で、多くの人材を失い……ましてや、教皇まで連れ去られる事態となってしまいました。誰かが責任を負わねば」
「責任って。それはエリオデッタが負うもんじゃないだろ」
「いえ。最終的に、美奈さん……いえ、教皇自らに出陣の命を出したのはわたくし。その責は免れません」
「責任問題? そ、それはそうかもしれねぇけど……そんなバカなこと、大地が、なにより美奈が――」
認める訳がない!
ぜってー止めるに決まってるさ。
が、そう言おうとした矢先。俺を制して、エリオデッタは、信じられない言葉を、俺へと投げかけるのだった!
「そうなれば、わたくしは幽閉される一介の貴族。いえ、罪人となるでしょう。しかも、極刑を免れぬ、大罪人に」
「極刑を免れぬ……って? 極刑っていやぁ、死刑とかだろ? なんでさ」
「この国や、ロキシアの首都・ワーデンガードのような神教国家は、教皇の存在は絶対的なもの。それに、王族の極刑――即ち最も重い刑は、王位継承権及び、王族権の剥奪。命までは奪われません」
「命は助かるって……だけどそんなの、大地が許しても、この俺が許すワケないだろ!」
「太一くんが許そうと許すまいと、これは、ワダンダールという国が決める事よ」
「それはそうだろうけどさ、セフィーア。エリオデッタが罪人になるなんて、ましてや幽閉状態にされるなんて……んな事になってみろ、俺が大地を敵に回してでも、エリオデッタを救ってやる!!」
「ええ、救ってくださいな。タイチ様」
「おう! まかせとけエリオデッタ」
「そして、どこぞへと、私を連れ去ってくださいませ」
「おっけーおっけー! 魔物らしく、どこぞへ連れ去って…………へ?」
何だか彼女の言ってる意味を、俺の脳の中の人が処理しきれず、「ちょっとまった!」を掛ける。
「あら、タイチ様。大罪人のわたくしに、興味はございませんか?」
「何、太一くん。エリオデッタ様が女王だから、姫様だったから、好きだって言ってたわけ?」
「いえいえいえいえ、それはぜってー違う!」
脳みそが鼻や耳の穴から出るんじゃないか? と言うくらい、頭をブルンブルンと横に振る。
そんなバカげた理由で、彼女を好きになった訳じゃない。
「なら……わたくしを、攫ってくださいまし」
「太一くん。我が君の……いえ、美奈ちゃんの心意気を汲んであげて」
神妙な顔つきの二人に気圧されながら、
「……うん」
俺も真摯な面持ちで、一つ頷く。
今回の美奈の出陣の裏には、こんな思惑があったなんて……。
「ああ。魔物らしく、正々堂々、君を奪いに来るよ」
そう呟き、エリオデッタの手を、優しく握る。
そして、彼女の潤んだ瞳に、小さく俺が映っているのを見つけ、そこへと顔を寄せた。
近付くにつれ、彼女の瞳は閉じられ、一筋の煌きが零れ落ちる。
そいつは、後悔の涙なのか……それとも、嬉しさの結晶なのか。
けれど、そんな考えは、すぐさま愚かな思考だと気付かされる。
だって、唐変木な俺でも分かるさ。触れ合った唇から感じる暖かな感覚が、精一杯「嬉しさ」を伝えてくれているんだもん。
「こ、コホン。太一くん、エリオデッタ女王。あまりお時間もない事ですし」
と、セフィーアが、この心地よいキッス確変タイムの終了を告げる。
「ふぅ。エリオデッタ……この騒動が終わるまで、もう少しだけ待っていてくれ」
「はい……はい! タイチ様」
満面の笑みの中。頬を伝う涙を、俺はそっと拭ってやる。
そんな俺に、エリオデッタは、古よりのまじない言葉を送ってくれた。
「どうかタイチ様の『運命』に、ベルニクリルの追い風が吹いてくれる事を願っております」
運命、か。
実は、その運命とやらはもう既に決まていて……大地の表情を察するに、俺はエリオデッタと結ばれる事は無い様子。
それ故、大地や美奈は気を利かせて、エリオデッタに自然な形で退位出来る「策」を授けたのだろう。
まぁ、大罪人と言うレッテルを張られてしまうという事に目を瞑れば、これはこれでいいアイディアなのかもしれない。
アハハ、大地の野郎。
なんだかんだ言って、俺より運命に対して、ジタバタ足搔きまくってんじゃないか?
……ちょっと待てよ?
足搔く? ジタバタと抵抗……か。
俺はふと、とんでもない賭けを思いついた。
それは、例の神夢起源書記の強制的な運命を利用した、一つの作戦だ。
「エリオデッタのまじないのお陰で、ペイルモンド城の封印……解けるかもしんね」
「封印を解く? 太一くん、何かいい方法を思いついたのね?」
「あ、ああ。でもこれは、ある意味負ければ、全てパァな賭けなんだけど」
「なら、大丈夫よ。タイチくん」
「なんでさ、セフィーア」
「エリオデッタ様のお言葉に、ヒントを得たんでしょ?」
「うん……まぁ」
「女王様の加護は、ハンパ無いわよ?」
「あ、あはは。そうかも」
俄然、俺の中で、作戦の成功率が跳ね上がる! 気がした。
「で? その賭けとやらは一体」
「うん、至極簡単……俺も、その封印の中に入るんだ!」
「えっ!?」
呆気にとられるセフィーアの表情とは対照的に、エリオデッタは「大丈夫!」という、信頼の笑顔。
その笑顔に、俺は「テメェの運命」とやらに、全賭けする決意を固めたのだった。
最後まで目を通していただき、誠にありがとうございました!
クッソあちぃです。夏バテにはご注意を!




