第三部 第四章 7 天啓
御前試合当日の朝。
キューメリーとアルテミア以外(レベトニーケお姉さまお出迎えのため)の俺たちタイチ邸に住まう者は、久しぶりに和やかなムードに包まれていた。
というのも、ツングースカさんが皆と同じに、食堂に降りてきて朝食をとっているためだ。
「ツングースカさまぁ、スープのおかわりはいかがでごぜえますだか?」
「ああ、もらおうか」
終始笑顔で、ミラルダの作った東方のお国料理に舌鼓を打つ彼女。昨日までの、気落ちしていたかのような空気は一切無い様子だ。
「ほんまに、お元気になられて良かったですなぁ」
「紗雪、といったか。やはり我が故郷の食い物は格別だが、貴様の国の食事もなかなかどうして。ここ数日不抜けていたにもかかわらず、私の体重は1ポンドの変化も無いが、かといって筋肉の弱体化も無い。素晴らしい食事だな」
「左様ですか、それは料した甲斐があったというもの」
穏やかに語るツングースカさんの存在に、みんなが笑顔を浮かべる。
ただ一人、アメリアスを除いてではあるが……。
「アメリアス副官殿。どうした?」
そんな彼女に、ツングースカさんは気を回す。
「あ、いえ……なんでもありませんわ」
作り笑顔丸出しの返答は、演技派のアメリアスにしては、些か精彩を欠いているのがバレバレだ。
「さしずめ、私をこの御前試合に引っ張り出した責任を感じているのだろう。違うか?」
「それは……違うと言えば嘘になります」
「ん、正直でよい。が、どうやら考え違いをしているようだな」
「考え違い?」
ツングースカさんは一つ頷き、自分の考えを口にするのだった。
「そりゃあ、な。折角東方の地で、心穏やかに過ごしていたのだ……邪魔をされたくない、というのが本音だった」
「だった? 過去形ですな」
「そうだ、ベミシュラオ。ついでに言うと、貴様の隣にいるソレにも、事の真実を語ってもらいたくはなかった」
ツングースカさんは、食事を終えてナプキンで口をフキフキしているルシフォエルへと視線を移し、言う。
それに対し、彼女は――
「事実は事実として曝け出したほうがよいでしょう? 特にあなたのような気性の者には」
「はは、否定はすまい。が、騙し通せるなら騙し通しておいてほしかった」
意外にも、ツングースカさんから後ろ向きな発言が飛び出した。
いや、事勿れ、といった発言というべきか。
――と。
きっと俺の性格上、その意識が表情に垣間見えたのだろう。ツングースカさんは俺をチラリと見て、物憂げに言うのだった。
「シベリアスがな……言ったのだ」
「シベリアスが、ですか?」
アメリアスが目を丸くして問う。
当然だ。シベリアスは既にこの世の人ではないのだから。
三頭団……もとい、殺盗団に村を蹂躙され、その際にオルステッドさんと戦い――おそらくはその際……。
「そう、弟が夢にて語ったのだ。姉上、もう復讐はやめてださい、とな」
寂しい吐息のように、その名を口にするツングースカさん。
「やはり、私のなそうとした事は余計な事なのですね」
「そうではない、アメリアス殿。貴官の配慮が、この御前試合を生んだのだ。それは、僻地にて燻っていた私に、再度大魔王様の御為力を振るえという沙汰。言わば、我が使命を果たせという啓示なのだ」
ツングースカさんは「これは大魔王様のためだ」と胸を張り、答える。
常日頃から大魔王様を信奉しているツングースカさんからすれば、これら全ては天啓なのだろう。
故に。
そう自分自身に言い聞かせるがため、わざわざ食堂に出向き、ルシフォエルとも食卓を囲んでいるのかもしれない。
「言わば、貴官は運命からの勅使。といったところか」
また「にこり」と笑って、アメリアスをへと視線を移すツングースカさん。
まるで兄貴が弟に言って聞かせている、という表現がよく似合う光景だ。
「さて。今回私の『敵』となる、哀れな男……そう、オルステッドとかいう名の男だったか。ヤツに関する情報を、どんな事でもいい。教えてくれんか?」
食事を終え、一杯のジャム入り紅茶を楽しみながら、ツングースカさんが皆に問う。
その答えに一等早く口を開いたのは、
「……閣下。奴めの速さには……いかな閣下でもお気を付けくださいませ」
「そうか、ライトニウス。貴様の速さを以てしても、かの者は捉えられなかったか」
そう、オルステッドさんとは因縁浅からぬ仲のライトニウスさんだ。
「……はっ。かの者の早さ……装甲除外にての早さなら……我に分が上がりましょう」
「が、それでは意味が無いか」
「……左様。かの者ならば……完全には追いつけずとも……我に一手加えるのは易いはず」
ライトニウスさんの光速移動は、敵からの攻撃が「当たらない」という前提でこそ意味がある。
が、そこそこスピードで追いつける者にとって、クリーンヒットは無理でも、掠める程度なら可能性はある。
でも、掠める程度であったとしても、それはライトニウスさんにとって致命傷となる可能性があるんだ。
それをレフトニアさんは、大地を逃がす際の偽戦いで瞬時に察したのだろう。
「ん。心に留め置こう」
そう言うと、今度はルシフォエルへと視線を移すツングースカさん。
語らずとも、何かを尋ねようという意思が、彼女の視線からビシビシ伝わっている。
「何が聞きたいの? 魔蒼の戦士」
「いやなに。聞くところによると、貴様がヤツ等を作った。といっても過言ではあるまい?」
「そうね。オルステッドに関して言えば……一見軟そうに見えるあの衣装も、れっきとした神威武具。という事かしら」
「そうか、あれも神威武具か」
「そして、彼が持つ剣。あれはオーディンという神破の運命種の剣。そのシリーズのうちでは、最高峰の剣……サトウタイチの持つグエネヴィーアに引けを取らないほどの剣」
「ふぅん、そうか」
ツングースカさんは少し考える様子で、視線を空に泳がせる。
もしかして、弱気の風にでも吹かれたのだろうか?
「ツ、ツングースカさん?」
「ん、なんだ?」
「いくら相手が強い武器の持ち主だからって、弱気はだめですよ!」
激励のつもりの発言。が、瞬時にそれは無用な考えであると気付く俺。
「あほう。私がかつて、相手の強さに弱音を吐いた事があるか?」
「い、いえ! ないッス」
「ふふ、心配するなタイチ。今、過去に戦った天主の代行者たちに、思いを馳せていただけだ」
「過去の戦い、ですか」
「そうだ。白き天使だったか……ヤツとの戦いは五分だったが、持久戦という点では私が勝っていた」
「あぁ、タイチさんが魔法を暴発させちゃったせいで逃がしちゃいましたもんね」
チーベルが、またいらん記憶をほじくり返す。
「いや。もしあのまま延々と天主の代行者として闘っていたとしても、やはり私のスタミナのほうが勝っていただろう。そこはかの者も認めていた事だ」
そういえばツングースカさんって、白き天使ことセフィーアと酒を酌み交わした仲なんだよな。
でも本庄加奈子さん、未成年だろ? いいのかよ。
「それに、サトウダイチ。ヤツとの戦いは……正直なところ危なかった」
「「「ええっ!!」」」
その場に居る、俺以外の全ての者たちが、一斉に驚きの声を上げた。
「今だから言えるが、勝てる見込みが五分を割ったのだ」
「そ、それほど強いのですか? あのサトウダイチは」
アメリアスの驚きも無理はない。
最近、確認のために見た神威ランク。その一位に、なんと大地の名が燦然と輝いていたんだ!
……どうせ俺は二位ですよ。主人公じゃないし。
そして、堂々三位に輝いていたのが、オルステッドさん! そして四位にはネルさんの名前が挙がっていたんだよな。
何があったのかワカンネェけど、またぞろダイチの強さに磨きがかかった様子らしい。
あと、五位になんだか聞いた事が無いヤツが食い込んできてたなぁ。
たしか「さんがつねずみ」とか。
最後まで目を通していただき、まことにありがとうございました!




