第四章 5 ベイノールの館にて
一日一話書いて即出しのため、誤字脱字意味不明文章になりがちです。
それでもよろしければ、どうか生ぬるい目でご一読お願いいたします。
テレポートアウトした先は、既に見慣れた感のあるでっけぇ建物の前。
ベイノール家の御邸宅だ。
アメリアスは先に入ってしまっている様子……その代わりと言っては何だが、屋敷の前には燕尾服を着た長身の男性が、深々とお辞儀をして俺達を待っているのが見えた。
きっとあの人がさっきアメリアスの言ってた「セルバンデス」さんなんだろう。
「ようこそ、お待ちしておりましたタイチ様、ベルーア様、チーベル様」
物腰柔らかな声と、丁寧な口調。
一礼を終えて頭をもたげると、少し長めの銀灰色した髪の毛がサラリと揺れた。
その容姿は――若い! そして男前! いや、男前と言うより……かわいい! もう美少年と言おうか中性的と言おうか、それは俺達と次元が違う「美しさ」を備えた形姿だった。
「皆様の事はお嬢様よりお聞きしております。さ、どうぞこちらへ」
節目がちな目で手を差し出し、すいっと館の入り口へと向けられる。
その手が指し示すまま、俺達はぞろぞろと中へと入っていった。
格調ある装飾の施された柱に、金の刺繍が入った血のように赤いカーペット。
そして長く暗い廊下には、転々とランプの薄明かり。恐怖と幻想的とが交じり合った空間を、おっかなびっくり歩く俺。
「大丈夫ですよ、太一さん。あなたも魔族なんですから」
言われてはたと思い出す。そうだった、俺もバケモノなんだったっけ。
だが――びびってるのはそこじゃない。この「気品溢れる恐怖感」はどうも慣れそうに無いんだ……貧乏人の悲しい性ってやつだろうな。
「では、こちらでお待ちくださいませ」
流れるような丁寧口調で通された一室には、溜息が出るほど美しい工芸品や、息を呑むほどの躍動感を見せる彫刻像。そして感動に心を奪われる絵画が並べられている。
そこだけで俺ん家くらいありそうな広さを誇る、いわゆる応接室といった感じの一室だ。
え、何これ? 拷問? と言わんばかりの堅苦しい室内に、二人と一匹がぽつんと立つ。
おかげで、なんて俺はちっぽけな存在なんだと再確認できたよ。
「どうぞお掛けになってお待ちくださいませ。ただ今、当館の『主』がご挨拶に伺います」
「は、はい! どうぞおかまいなく!」
あまりの豪勢さ、緊張する空間に、上擦った声しか出ねぇよ……畜生、死ぬほど落ち着かねぇ! みんな貧乏が悪いんだよな。
「太一さん、とりあえず座っては?」
一足先に腰を落ち着けたベルーアが、自らの右横の開いた空間をぽんぽんと優しく叩き、俺も座れと促している。
右手に持っていた「グエネヴィーア」を手すりに立て掛け、ちょっと緊張気味にベルーアの隣へと腰を下ろした。
改めて横に座ると……ベルーアのかわいさってやつを、やっぱものすごく意識してしまうよな。
「あ、あのさベルーア。さっきの事なんだけど」
「はい、何でしょう?」
「さっき……ここへ来る前。なんだかすごく不安げな表情をしていたけど……あれは一体――やっぱ大地の事か?」
俺の心の片隅に絡みついた懸念を、ベルーアに尋ねてみる。
やはりと言うべきか――一瞬ピクリと反応したっきり、彼女は何も言わなくなってしまった。
きっと自分でも頭や心の整理が付かない事が、彼女の中で不安の色をばら撒いているんだろう。
「そ、それは――」
言い辛そうに俯き、憂い顔を見せる彼女。
と、そんな時。応接室の大きな扉が音も無く開いた。
俺とベルーアは会話を中断し、そちらに意識を向けて立ち上がる。
で、やってきたのは――。
「いやー諸君、お待たせしちゃって申し訳なーい! 私が当館の主、グランゼリア・レヴァ・ベイノールでございますよ。どうかお見知りおきを!」
金髪のオールバックを渋く決め、仰々しく……と言うより、変なテンションでやってきた英国紳士風の男性。なるほど、この人がアメリアスの父ちゃんって訳か。なんだか容姿や風貌じゃなく、世間ズレしているあたりが、あいつと良く似ている気がする。
「やや、どうぞどうぞ掛け給えよ。遠慮は無用だ――なにせ、最愛の娘の窮地を救ってくれた大恩人様なんだからねぇー!」
「あ、ああはい。ではお言葉に甘えて……」
なんだかキッツいテンションの紳士だな。
「ただ今、娘は着替えとシャワーの最中でしてね。その間、私があなた方のお相手を勤めさせていただきますよ」
「そ、それは恐縮です」
ぎこちない笑みでベルーアが返した。俺も釣られて愛想笑い。
「にしても、だ! 諸君の勇敢さは賞賛に値するよ! 娘から聞いたけどね、なんでもクレイジーなほど強いロキシア達が現れ、娘が窮地に追い込まれたそうじゃあないか」
「はい、『天主の代行者』なる者らしいです」
「――ッ! なんと、娘の言う強いロキシアとは代行者だったか! 噂には聞いてはいたが……なるほど、それで合点が入った。いやなにね、我が娘がロキシア如きに遅れをとるなど、にわかには信用できなかったのだよ」
膝を叩きながら高らかに笑う紳士。
いやもう、紳士と言うよりは近所のおっさんだな。
「ときに……君のその傍らにある剣だが――それはもしかして神威武具ではないのかね?」
そんなおっさんが、急に神妙な表情となって俺に尋ねる。
テンションの触れ具合が極端だなおい。
それはともかく……神威武器? 意味は判んないが、神様愛用の武器って話だし、多分そんな感じのものなんだろうな……話を合わせて頷いておこう。
「あ、はい」
「それは見たところ……アミューゼル寺院に厳重保管されていた逸品では?」
「ご、ご明察恐れ入ります」
うって変わった鋭い視線に、俺の緊張がぶり返す。
「ううむ、かの地は我等魔王軍最高貴族の面々が駆る精鋭部隊を以ってしても、落とすに辛い場所……いかな手段でそれを手に入れたのか、もしよろしければ聞かせて頂きたいな」
真剣なまなざしで俺を見るおっさん。
だけどなぁ、どうやって手に入れたか……っても、運だけで手に入れたようなものだし。
「一計を練り、策を弄し、後は少々運が良かっただけです」
またしてもベルーアが助け舟を出してくれた。
「ほう、して一計とは?」
「はい、天主の代行者をそそのかし、彼らに寺院を襲わせたのです」
「な、なんと。それはおもしろい! ぜひ、ぜひその詳細を教えてくれ給え!」
急に興奮して、ぐいっとを身を乗り出すおっさん。キモいから顔を近づけるな!
ん? つか、この一連の動作、どこかで見たような……?
「ヴァンパイアの血を宿す私が、その正体を隠し、天主の代行者等に接触。情報を与えて奴らをそそのかし、襲わせて……後は双方弱り果てたところへ出向き、まんまとせしめたと言うわけです」
とつとつと語るベルーア。いつもながら彼女の嘘八百はたいしたもんだ。
「ほほぉ、そいつはすごいぞ! どうかね、諸君。良かったら我がヴァンパイア軍団への参入を希望するのだが――」
「それは無理ですわ、お父様」
と、気付かぬうちに室内へと入ってきていた、パジャマ姿のアメリアスが言う。
これまた、いつもながら彼女の抜き足差し足には驚かされるよ。
……まぁ、早々に寝る準備をしてきた事にも驚かされるけど。
「タイチはこう見えて、大魔王様の直属、近衛師団の一員なのよ」
「ほう、これは驚いた! 男で、かの師団に編入されたとは!」
大げさな驚きようだな。それに好きこのんで入れられた訳じゃないんだし。
「まぁ、明日からは私の部隊で使ってあげるから、ありがたく思いなさい。大魔王様には私から言っといてあげるわ」
この大魔王軍において、余程俺の意向ってのはまったく問題にならないらしい。
まぁ、お誘いはありがたいんだが……。
「あー……でも、もう明日からの出所先は決まっててさ」
「え、既に決まってるの?」
「ああ……昼間、アメリアスと別れてから、ツングースカ師団長の所に行く事になって――」
「 え え え え え え え ッ ! 」
アメリアスが身を乗り出して、吼えるように驚きの声を上げえた!
「ど、ど、ど、どーゆー事よ!」
「え? え?」
「なんであなた如きが、ツングースカ様の所に行くのかって聞いてんのッ!」
「し、知らん」
「ああ~! 私も城に顔を出せばよかった~」
「そ、そうなんだ? そんなに憧れなのか?」
「あったりまえでしょ! 我が大魔王軍における女性最高位幹部にして、最強戦闘能力保持者! 私達の憧れ、目指すべき星! あのお方の力になれるだけで……いえ、目に止まれるだけで、この上ない名誉なのよ!」
パジャマ姿の御令嬢が、口角泡を飛ばして力説する。
「つってもさ。俺はただロキシアの軍勢に襲われてた村に付いて行って、あの人のトレンチコートを預かってただけだぜ?」
「 ヒ ィ ィ ィ ィ ィ ッ ! コ 、 コ ー ト を !! 」
今度は悲鳴にも似た絶叫! まるで卒倒する勢いだ。一体何なんだよ?
「あ、あ、あ、あ、あなたがあのお方の……コートを!?」
「あ、ああ……そうだけど?」
「ありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえない…… ぜ ぇ っ た い に あ り え な い ぃ ぃ ぃ っ ! 」
頭を抱えて、まるでノイローゼにでもなったかのように呟き……そして大爆発! なんかだんだん雲色がおかしくなってきた。
「なんで! なんであなたがあの方の『コート持ち』を任せられたの!? なんでよ!」
「そんなの知らうぐえっ……」
そう叫びながら、俺の首を「確実に落とす勢い」で締め付ける。
すごくきれいなお花畑が見えたあたりで、とりあえず開放されたのだが……アメリアスはまだまだ興奮している様子だ!
「げほっ! げほっ! う、うう……な、何興奮してんだよ! たかだかコートを持っただけ……言わばハンガー代わりにされたんだぞ?」
「ハンガーですって! 手足を切り取って、マジで本物のハンガーにしてあげようかしら!」
「いや、あの……ごめんなさい、前言撤回します」
「いい? あの方のあのコートはね、大魔王様から直々に下賜されたと言う逸品なの! あの方曰く「命より大事」なコートなのよ! それをお預かりできるなんて……これ以上の栄誉は無いんだから!」
アメリアスの瞳の色が赤く光っている。
さっき戦いの時にも見た、シャレにならない本気の色だ!
「あ、ああ……悪かったよ。だって俺は何も知らされずに、ただ『持て』と言われただけなんだ」
「まったく、なんでこんな茶色のガラクタに……ツングースカ様はコートを……」
一人怒りと苛立ちを見せながら、ブツブツと呟くアメリアス。
憧れのポジションを俺如きに取られたとは言え、これはひどい言い草だ。
そこで少し俺も頭にきたせいもあり、そんな彼女へと反撃に出てしまった。
「アメリアス。ツングースカさんや、そのコートを称えるのはいいけどさ……さっきの言い草、肝心の大魔王様にはちょいと無礼なんじゃないのか?」
そんな俺の一言を耳にして、彼女の瞳の色が普段通りに戻る。
一瞬見せた反応は、まるで「心の急所」を射抜かれ、全ての感情を一度強制的にリセットさせられたと言う感じがした。
「ツングースカさんにお熱はいいけどさ、憧れの人の物とは言え、その賜り物の方を至高に考えるのはどうよ? まずは大魔王様を称えるのが先だろ? それに、だ。昼間も大魔王様には謁見しないで帰るとか……なんかおかしくね?」
「だ、大魔王様の事は……いいのよ」
「な、何がいいんだよ? 俺達は大魔王様あっての――」
「 い い の よ ! 」
ぷいっと顔を背け、力任せに叫ぶ。流石に俺でも判る……これは地雷だ。
「あー……っと。す、すまない……アメリアス……その」
「まぁまぁ、今日の所はそれくらいでいいじゃないか。それより諸君、お腹が減っているだろう? 怒りっぽくなるのは、きっとそのためであるよ。夕餉の支度をさせているから、食堂へと行こうじゃないかね? んん?」
まるでフォローするように、アメリアスの父ちゃんが間に入る。
その言葉に従い、それぞれに複雑な思いを秘めつつ、俺達は食堂へと向かった。
――満腹中枢が満たされれば、荒んだ心も満たされるだろうと信じて。
最後まで目を通していただいて、まことにありがとうございました!