第二章 10 約束
俺達が舞い降りた場所。
そこはとてつもなくデカい建物の正面にある、これまたデカい門扉のすぐ前だった。
にしてもおっきい建物だ。ここは大魔王様の城……じゃないよな。
アレよりはもうちょっと小さめかな? それにここは「城」と言うより「お屋敷」と言った方がいいだろう。
「ここはですね、この世界のヴァンパイア社会の中において最高位貴族たる、ベイノール家のご邸宅です」
解説要員のチーベルが、俺の「なんじゃここはー」と言う表情を読み取り、親切に耳打ちしてくれた。
「へぇ、そうか。……ベイノール? はて? どっかで聞いた名だな……あ、それって確か!」
アメリアスへと指を差し、返答を求めた。
「そう、私の家よ」
「うはー、でっけぇ家だなーおい。アメリアスってこんな名家のお嬢様だったのか」
モンスターに名家云々ってのも驚いたが、魔界一のセレブのご令嬢ってのが、こんなガサツでワガママですっとこどっこいな頑固者だって事にも驚きだ!
「タイチ、あなた今すっごい失礼な事思ったでしょ?」
「い、いやいや! そんな、ちょっとだけしか思ってねぇあいでででで!」
その名家のお嬢様が、ぷりぷりと怒りながら俺の頬を抓り上げる。
「口を慎みなさい。本来ならあなたのような下賎な身分は、私と合間見えて立つ事すら憚られる事なのよ?」
なんか言ってる事が、さっきの神様に取り憑つかれた大地とかわんねぇな。
いや、仲間にこの態度だって分、こっちの方がタチ悪いわ。
「とにかく、あなたへの戦闘レクチャーはこれでおしまい。おつかれさま」
「は? 何言ってんだよ。レクチャーったって、二度ほど闘っただけじゃねぇか? 職務怠慢にもほどがあらぁ」
「あなたは本当にバカね? この私がいいって言ってんのよ」
「いや、そう言われてもだな……まだ二回しか戦って――」
「も、もう既に、一人前の戦士だって認めてやったって事よ! 恥ずかしい事言わせないでよ、バカ……」
「お……おう……それはどうも」
顔を赤くしながら吐き捨てるヴァンパイアお嬢様。俺も、しどろもどろで返す。
「じゃあ、私はもう帰るから。あなたはグレイビー……じゃない、大魔王様のところへ行って、戦いを報告してらしゃい」
「え、大魔王様って……あのなんとかキャッスルって場所?」
「そうよ」
「ちょ、ちょっと待てよ! どこにあるかわかんねぇよ。どうせなら瞬間移動で送って――」
「んー」と、アメリアスがぶっきらぼうに指差す先。
俺の背後の少し先に、どこかで見たような光景があった。そう、最初にここへ訪れたときに見た光景だ。
「あ、あった」
「あなたって戦いよりも、子供でも知っているようなアドラベルガでの常識を覚えることが先決のようね」
「まぁ、所詮田舎モノですから。私が出来うる限りフォローします」
俺の肩にちょこんと座ったチーベルが、胸を張り言う。
「そうね、よろしく頼むわ! チーベル」
俺としては、まずこのアホ案内人と、高飛車セレブ譲の躾こそが先決に思えるのだが。
「判ったよ。んじゃま、ちょっくら大魔王様に謁見してくるよ。今日はどうもありがとうな!」
俺の腹の中の感情はどうであれ、一応社交辞令的な笑顔の挨拶を送る。
が、そんな俺を、アメリアスは少し強張った声で呼び止めた。
「ちょっと待って……これだけ教えて。あいつは――何者なの?」
「あー……いや、何と言いますか(おい、チーベル。こんな時は助け舟出すもんだろ?)」
(んー、私じゃ全部バラす恐れがありますのでここは自重しますね)
まぁ、賢明っちゃ賢明だけどさ。
「別にアナタとアイツの関係を問うているワケじゃないの。ヤツよ! あの男の素性が知りたいの……」
ん? もう惚れちゃったのか? でもさっきのあの戦闘で、惚れる要素なんて皆無だったろうに。
「く、悔しいのよ! あんな屈辱、初めてだわ……いまでも……足がすく……いえ、なんでもないわ。とにかくヤツの正体――」
「神……だ」
「えっ? ……か、神?」
「そう、神様ってヤツ」
そう一言零して、絶句するアメリアス。
けど彼女の拳は、その名を聞いた途端、ぎゅっ! っと力強く握り締められたのを俺は見逃さなかった。
あーあ、なんか火ぃ付けちゃったかな? 俺。
「神……神ね。――――タイチッ!」
「うぉあッ、は、はい!」
咄嗟に名を呼ばれ、少しうろたえてしまった。また、なにやら突拍子も無い事を言い出しそうな雰囲気だな。
「あなたとあの男の間に何があるのか、それはあえて聞かないわ。まぁ、ちょっと興味はあるけど……」
どっちやねん。
「でもね! あいつを、あの『神』をぶっ倒すのは――あなた! そして……この私! 二人で、二人でヤツを倒すの! いい? これは私とあなたの『約束』よ!」
「うぇあっ? お……おう」
「絶対の……ぜったいに約束だからね!」
「……おうっ!」
奇妙なむず痒さの笑みと、こみ上げてくる高揚感。
うわ、なんだ俺。なんだか俺まで火が付いて……既に大炎上?
「言いたいのはそんだけ。じゃあね!」
アメリアスが、こちらを見ることも無くそう俺に一言告げると、無愛想に去っていく。
なんだよ、「会話する時は人の目をみながら」って小学校の時に教わらなかったのか?
「あ、ああ。じゃあな!」
しょうがなく、走り去る背中に声をかけた。
と――セレブなお嬢様の癖に、その優雅さとは無縁の行動をかましてきた。
振り向きざまに強烈な「アッカンベー!」をお見舞いしてきたんだ。
まったく、何だよあの野郎……ニヤニヤ顔であかんべーなんて、好きな子に意地悪する小学生かよ?
「とりあえず、一段落ですね」
「ああ」
チーベルがはたはたと俺の前を舞い、一言告げた。
「そろそろ元の世界にもどりませんか?」
「あ、そうだ! うっかり忘れるとこだった」
そうだ、元の世界ではベルーアがバスタオル一丁の姿のまま、俺と二人で爆睡してるんだっけか? そんなところ母ちゃんにめっかったら……きっとアワ吹いて卒倒するだろうな。
「ところで太一さん。さっき私の本体であるベルアゼールが気を失ったままでしたね?
「あ、ああ……だな」
「もしもです。私、チーベルが元の身体に戻ったとしても、ベルアゼールが戻らなかった場合、元の世界で眠っているベルアゼールは眼を覚ましません。逆もまた然りです」
「へぇ、そうなのか」
突然チーベルが、俺の顔の前にへろへろと飛んできて、真顔で一言。
「いいですか! もし元の世界の私の本体が目覚めなかったからって、変な事はしないでくださいね!」
「うぐっ!」
ちぃ、読まれていたか!
まあいい、とぼけちまえ。
「……へ、変な事って……なんだよ?」
「そ、それはですね……」
もじもじと赤くなり、身をくねらせて――
「ひ、額に『肉』の文字を書いたり……髭を描いたり……です」
……するか、アホ。
「あー! その目、もしかして……もっとひどい事を考えてますね!」
「ぎくぅ! い、いやそんな――」
「アレでしょ! 眠っている私の本体のまぶたにマジックで『黒目』を描き込んで、ケータイで写真撮って『寝ているのに起きている人』とか題名つけてネットの掲示板に貼り付けたりする気でしょ! ひどいですよ!」
いやまぁ、それも確かに酷いけどな。
「と、とにかくです! もし私が目覚めなくても、変な事はしないでくださいね! 絶対に『約束』ですよ」
「あ、ああ判ってるさ」
それは熱湯風呂を前に「押すな!」って言う「お約束」だろ?
だけど、俺は勿論しないさ……額に肉って書いたり、まぶたに目玉描いたりなんて、「そんな事」はな!
「では現実世界回帰のウィンドウを出して、回帰を選択してください」
言われるがまま、その現実世界回帰とやらのウィンドウを呼び出し、「回帰」と書かれたアイコンへと軽く触れた。
途端、俺の意識は一気に暗転。
うわっ、暗黒の空間に投げ出された!
そう感じ一瞬慌てる。
そう、ほんの一瞬だけ。
「真っ暗だと思ったら……目を瞑っていただけかよ。よかった……」
見渡せば、そこは俺の部屋。見慣れた光景、そして……見慣れない物体!
カーペットに横たわる白い肌。
バスタオルから伸びる、すらりと美しい肢体。
まだあどけなさが残る顔貌に、白金色の髪が少し乱れて広がる。
お風呂上りのリンスの芳香が俺の鼻をくすぐり、興奮の度合いを否応なく高めてしまう。
急激に喉が渇いてきた。心臓のドキドキが頭のてっぺんまで響いている。
俺をそうさせるのは、横たわり眠り続ける少女の、胸元にある丸いふくらみのせいだ!
ふ れ て み た い !
ふと脳裏に言葉が過ぎった!
きっとそこから俺にテレパシーで、「苦しいよ、開放して!」と懇願にも似た想いが送られてきているんだろう。
「「「いいからさわっちまえ!」」」
俺の中の悪魔達が一斉に蜂起した!
だが待て、相手は純真無垢な天使の化身だぞ!
そんな卑劣な行為に望むなんて、男として、人としてどうなんだよ!
なぁ、俺の心の中の天使達よ!
「「「いいから記念にさわっとけ!」」」
あ、天使も躊躇なく一斉に蜂起した! ダメすぎるだろ、天使!
だがいい。
俺の中で俺を止めるヤツは誰一人居ない訳だ。
それに俺は魔族だ! 鬼だ! 卑劣な悪役がお似合いなんだ!
こんなチャンス、ゲットせずにどーするよ! いざっ、おっぱいの国へ!
「タイチー、ベルーアちゃん、ごはんよ~」
ノックの音と共に、ドアの向こうで母ちゃんが俺のハッピータイム終了を告げた。
そして訪れる…… 地 獄 !
ちょ、やっべぇ! これどーするよ?
こんなトコ母ちゃんに見られたら、もしかすっと明日から俺は、住所不定になっちまう!
どうする? どうしようか? えーい、ここは――
「か、母ちゃん! 早く来てくれ! ベルーアが気を失って起きねぇんだ!」
咄嗟に口にする芝居じみた言葉。
さも女の子の危機を察して、親族の加護を求める。という、心優しい少年を装う。
「なによ、慌てちゃって――まぁ! ベルーアちゃんどうしちゃったの!」
「ああ、母ちゃん。今さっきベルーアが俺の部屋に来て、『気分が悪い』って……それで急に倒れちまったんだ!」
「あらあらたいへん! すぐ正露丸持ってくるわ!」
ああ、母ちゃんも余程気が動転してるらしい。
「いやそれより! ベルーアを隣の部屋に運ぶから手伝ってくれよ!」
「そ、そうね。正露丸はあとでいいわよね?」
「いや、母ちゃん。正露丸は腹痛のときだ」
「え、でも歯痛止めにも聞くのよ!」
「知らん! いいからドア開けろって!」
気を失っているベルーアをお姫様抱っこで抱え、よたよたと歩く。
女 の 子 っ て 軽 く て い い に お い で や わ ら け ぇ ー !
と、ベルーアを隣の部屋まで運ぶ間に、心の中で六回ほど絶叫した気持ち……判ってくれるよな?
次話予告
次の日、学校に向かう大地に、太一が声をかける。が、大地の態度はどこかよそよそしかった。
次回 第三章「学校にて」
最後まで目を通していただいて、まことにありがとうございました!
一日一話の書いて即投稿のためストックが無く、しかも今回は推敲無くぎりぎりで投稿したため、多く手直しする必要がある箇所がありました。
毎度の事ではございますが、誤字脱字意味不明文章等、ご迷惑をおかけした事を深くお詫びいたします。
どうか今後とも生ぬるい目で見ていただけますよう、よろしくお願いいたします。