第二章 8 ぐったり
急に別人へと変貌と遂げた大地。
どうやら俺達は、触れちゃいけないスイッチを全開で連打しまくったらしい。
これが例の「神様の世界でニート生活に甘んじていた神様」ってやつなのか?
だけどこの程度でキレるのは、最近のゆとり世代より我慢が足りないのではないですか? 神様!
「ゴミの分際で、私の目の前に現れる事、それだけでも死に値する」
なんか無茶苦茶言ってんなぁ。もっと温厚そうにモノを言う設定じゃなかったけかな?
おっと、こんな余裕で構えている場合じゃない。下手をすれば、いや、しなくても、俺達の運命はここで終了宣言だ!
「に、逃げるぞアメリアス! 一旦引こう」
「バ、バカ言わないでよ! こ、こんなロキシアごときに……」
強気を口にするアメリアス。
だが、そのか細い肩が小さく震えているのは、武者震いとは思えないぞ。
「逃げるだと? 愚かなゴミだ。私から逃げられるとでも思うのか」
「いやいや、俺達なんてザコを相手にしたって、経験値の足しにもなりませんよ?」
「ゴミが喋るな!」
――ヴンッ! と、右の手を前に突き出すスーパー大地。
その衝撃波だけで、俺の身体は数メートルほど後ろに持っていかれてしまった。もちろん踏ん張っているのにも係わらずだ!
きっと今のは挨拶代わりにもならない、ただ「撫でた」程度の攻撃だろう。
ふとアメリアスに目をやると、彼女も緊張と怯えをはらんだ顔つきで、大地の一挙手一投足に細心の注意を払っている。
無理も無いさ……目の前の相手は、おそらく彼女ですら見たことも無い、雲の上の存在――「神様」なんだろうからな。
「貴様等、天に仇名す魔に神威の力を使うは勿体無き事。この我を預かりし人の子の身体のみで、地の獄へと送り返してやろうぞ」
指をバキボキ鳴らしながら、ゆっくりと近付く大地「さん」。あの、あまり指を鳴らすと指が太くなっちゃうってうちのばーちゃんが言ってたから、やめたほうがいいで――
「逝ねいっ!」
「ひえぇ! ろ、ロート・シルトぉぉぉぉ!」
――音が聞こえた。
「 ド ゴ ッ ! 」と言う、鈍く嫌な音だ。
何が起こったんだろう? 俺の意識は、一瞬で深い闇に閉ざされてしまった。
いや、何かを見ていたのだろうけれど、そいつを俺の脳が理解する事を放棄したのだと思う。
たった数秒が、数10秒、いや……数分にも感じる。奇妙な感覚だった。
以前にも似たような経験をした事があったよな……そう、それは小学3年生の頃だ。
俺が大地とふざけながら下校している時、よく確認もせずに、交差点へと飛び出した時だった。
軽い接触だったけど、車にはねられて、吹き飛ばされたんだっけか。
ランドセルがクッションになって大怪我を免れたけど、頭から着地していたら相当やばかったらしい。その時と同じ感覚だ。
ただ、あの時と違うのは……俺の左顔面の感覚が麻痺していると言う事。そう、痛さも何も感じないんだ。
けれど、本能的に判る。このあとすぐ、じわじわと痛みが襲い掛かってきて、きっととんでもない激痛に見舞われるんだ。
――ほら、だんだんと感じてきただろ? 顔の左半分が、麻痺状態から徐々に目覚めて……ズキンッ! ズキンッ!! っと――
「うっぎゃああああああ!! いってぇー!」
顔の左半分を襲うあまりもの激痛に、途切れていた意識が再び目を覚ます。
うおっ! やっべぇ! 一瞬だけど気ぃ失って、なんか昔の事故った時の夢とか見てた!
一瞬すぎて何がなんだかわかんなかったけど、なんかどえらいもんで顔面をシバかれ、恐らく5~6メートルはぶっ飛ばされているんじゃないか?
「だ、大丈夫ですか!」
「大丈夫じゃねぇよ、チーベル! めっちゃ痛いって!」
「で、でもガマンできるほどの痛みでしょ?」
「我慢は――そりゃ、出来るけどさ……でも普通に痛いぜ!」
「よかった。我慢できるなら大丈夫でしょ? 何せこの世界では、痛みはある上限以上は感じませんから」
「な、なに? どう言う事だよそれ」
「それはですね! 切り付けられたり刺されたり、死ぬほどの痛みを感じてもショック死しないようにとの神様の粋な計らいなのです! ありがたいですね」
どうせならもうちょっと痛みを和らげてくれてもいいじゃないか……気の利かない神様だな。
「今の一撃で楽になれたものを……咄嗟に防御魔法で防いだか。カスの分際で小ざかしい」
そうだ、危機感を覚えて無意識に赤い盾を唱えていたっけ。
そのお陰かどうかは判らないけど、俺はまだ生き伸びていられるんだな。 おっと、ステータス表示……うわ、ヒットポイント140が、残り30ってあんた……余程強い攻撃だったんだな。
いや、ヒットポイントを見るまでも無く、アメリアスのドン引きしている表情を見るに、どんなにエゲツない攻撃だったか一目瞭然だ。
正直なところ、足がガクガクで動けない。踏ん張って立ってるだけでやっとと言う状況だ。
が、この程度で許してくれる筈も無く、歩一歩と俺へと歩み寄る大地さん。残念だけど、ここまでかな?
「こ、このアホロキシア! あなたの相手はこ、こ、こ、こ、この私よ!」
と。よしゃいいのに、アメリアスが大地の気を誘う。
きっと俺の瀕死の状態を見て、勇気を振り絞ってくれたんだろう。
「小娘、死に急ぐか? よかろう!」
言うが早いか、大地がさっきの衝撃波のようなものをアメリアスに向けて放つ。
だが間一髪! 突然アメリアスの背中に蝙蝠のような羽が生え、上空へと回避の場を求めたのだった。
「ほう、面白い。その茶色いゴミより少しはやるようだな」
「と、当然よ! なんたってヤツは私の下僕なんですもの!」
(誰が下僕だ! 撃ち落とされろ)
と心に思うだけで口にはしない俺。
それは意外にも、大地の攻撃を紙一重でかわしている姿が、ちょっとかっこよく思えたからだ。
なら俺も! ここで黙ってくたばるのはちょっとかっこ悪いよな?
「た、タイチさん。今のうちに回復魔法を――」
チーベルが耳打ちしながら、俺へと初歩の回復魔法とやらを施してくれた。
が、一度くらいじゃぜんっぜん足りない。
でも今は、そんなことよりもっとやるべきことがある。
それは――
「チーベル、俺の回復はいい。それよりも、もう一度俺が大地の気を引く。その隙に、アメリアスに伝言を頼まれてくれ!」
「は、はい。ではなんと?」
「うん。俺がヤツの注意をひきつける。その間に彼女の十八番である……なんてったか、抜き足差し足? それで気配を消して、やつの背後に回ってくれと」
「はい、判りました。で、そのあとは?」
「ああ。俺が合図したらさっきの赤いビーム砲みたいなのを大地の背中にぶち込んでやれって言ってくれ」
「でも……大地さんに防がれるのでは?」
「大丈夫! 俺がヤツの時間を、一瞬だけだが止めてみせる」
「時間を止めるって……そんな機能、太一さんにありましたっけ?」
もちろんある訳ねぇよ。
だが、策はある! で、俺はその内容をチーベルに語った。
「ええ! そ、そんな事言ったらあなたがタイチさんだってばれてしまう――」
「大丈夫、その先もちゃんと考えてあるさ! まぁ、まかせなって」
見てな、大地の野郎を一瞬だけ呆けさせてやるさ。
成功すればの話だけどな……。
「わ、わかりました。では――」
「あー、まて。それと……攻撃がヤツに防がれたり、ぜんぜん効かなかったりした場合、アメリアスは瞬間移動で逃げろ。と伝えてくれ」
「…………」
「いやさ、だって俺は死んでも、ただゲームオーバーで、元の世界に戻るだけだけどさ……彼女は違う。俺のアホみたいな願望に巻き込まれて命を落とすなんて、ぜってーバカげてるよ」
「タイチ……さん」
「だから、何があっても絶対に逃げろって伝えてくれ!」
「は、はい! わかりました。では……」
神妙な顔つきのチーベルが、はたはたとアメリアスの元へ向かう。
さて! じゃあちょっとおっかないけど、大地にちょっかい出して、また俺に集中してもらおうかな。
「や、やいこのニート神様! 大昔に何があったかしらねーけど、いちいち出てこねーで、今まで通りうじうじと辺境にすっこんでろよ!」
「……ゴミが。まだ喋れたか?」
ゆっくりとこちらを向き、一睨みする大地。うひーおっかねぇ! いやしかし、俺も男の子だ! ここは一つ臆した心に気合を入れて――
「ティガー・ファング! 速射連打!」
獰猛な牙獣の群れを撃つ! 撃つ! 撃つッ!!
相手にダメージなんてあるはずは無いのは判ってる。
だがこれは時間稼ぎだ! 頼む俺の魔法力よ、もうちょっとだけ持ってくれ。
「ティガー・ファング! ……あれ? ティガー・ファング!!」
掌から、まるで「スカッ」っと言う擬音が出たんじゃないかと思うほど、何も出なくなった。動物園でタイガーショーが出来るほどいた、たくさんの虎さん達は一体どこへ?
「足掻きは終わったか? では、今度はこちらの番だ! ……フフフ、そのしぶとさに免じ、特別に神威の力で葬ってやろう。幸せに思え」
ゆっくりと、大仰に、右掌を俺に向ける大地だった人。
ふと気付くと、アメリアスの気配がすっかり消えている!
学校の教室でいつもボッチな大田くんよりも気配が消え――いや、今はそんな問題発言的な例えを言ってる場合じゃない!
チーベルが飛んでいる位置からすると、大地の真後ろに付いているはず……機は熟した……多分。
「祈りはすんだか? なに、駿刻だ。痛みなどあろうものか」
大地の形相が鬼気迫るものとなる。
俺を魔法か何らかの力を使い、一瞬で蒸発させる気だろう。
やべぇ、めちゃくちゃおっかねぇ! だがあいつは大地だ。俺の幼い頃からの親友だろ! 何を恐れるよ? 臆するな、そして―――― 言 え 、 俺 !
「ではそろそろくたばれ――」
「なぁ大地。美奈にちゃんとメール打ったか? 『心配かけてごめん』ってさ」
いつもの俺が、親友へと語りかけた。
そいつはまるで、朝の挨拶の後にかけるような、何気ない一言。自然な会話。
俺達がほんの数時間前に交わした言葉への、些細な確認だ。
大地の身体が、一瞬反応を見せた。固まって、事の整理が付かないといった様子だ。そして表情が――いつもの大地のそれに近くなり――。
「ッ! …………た、太一……か?」
つまりそれは――俺が大地の時間を、一瞬だが奪ったんだ!
「今だ、アメリアス!」
「食らえ! 真紅色の巨砲!」
一直線に伸びる、赤い閃光! それは呆けて事態を飲み込めないでいた大地の背中へ、見事なまでの着弾をみせた!
「うわぁぁぁぁッ!!」
「どわっ! あぶねぇ!」
俺まで巻き込まれそうになった間際、咄嗟に身をかわして事なきを得た。
背後に感じる、吹き飛ばされたであろう大地の気配。
モロに直撃だ! これは流石に大地に取り付いた神様も、ヤバいと感じて逃げるだろ――
「くっ……太一……どうしてお前が……?」
ふらりと立ち上がって、俺に尋ねる大地さん。
うひゃー、効いちゃいねぇー! どんだけタフなんだよ、この神様!
次話予告
絶体絶命に追い込まれた太一。だがそんな時、太一に隠された特殊な能力が……。
次回 「帰還」
最後まで目を通していただいて、まことにありがとうございました!