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第二部 第一章 6 酒と涙と男と女(武具庫編)


 日付が変わり、小一時間ほど回った頃。

 俺は火吹き竜亭での皿洗い作業から解放され、やっとこさ自由の身となった。


 眠い目をこすりつつ、疲れ果てながら帰宅の途へとつき……が、その前に!

 グレイキャッスル地下の武具庫へ――そう、ベミシュラオさんを説き伏せに行った結果の是非を伝え、そのお礼を述べるべく、パル婆様に会いに行かなきゃだ。


「ふぇ~、疲れた……ただいま、婆様……うをっ! ここも酒くせぇ!」


 見ると、長椅子に腰掛けているパル婆様の足元には、見るからに葡萄酒の入っていたと思われる瓶が数本横たわっており、婆様自体も頬をほんのりと朱に染めている様子だ。

 もしかしてヤバいところへきちまったか?


「おやおや、こんな時間まで説得かい? えらく長引いたモンだね」


 だが、言葉遣いはまだマトモそうだ。然程酔っているとも思えない様子なんだけど……大丈夫かな?


「いやさぁ、説得はすぐにカタがついて――あ、もちろん成功したぜ? これも婆様のアドバイスのお陰だよ、どうもありがとう」

「いや、なぁに。お前さんの力量さね」

「いやいや、そんな事無いッスよ。そんでさ、帰ろうとしたんだけど……酒代が足んなくって、その代償に今まで皿洗いさせられてたんだ」

「ほう、そいつは難儀じゃったの」


 と、俺の災難をコロコロと上機嫌で笑うパル婆様。

 いやまぁ、そこまでだったら笑い事で済むだろうさ。


「けどさ、難儀はそこからなんだよな。常連客達から変に気に入られちゃって、酒を勧められたんだけどさ『下戸なんで飲めないッス』って断ったら、酔っ払いの常套句の『なにぃ? 俺の酒が飲めねぇってのか!』と、こう来て――吐くわ倒れるわで散々だったんだぜ? しかも皿洗いや接客のスジが良いって店のマスターに『お前さん、うちで働け!』って見込まれて、ずっと引き止められてたんだ。俺は近衛師団の部隊長だから無理だって言っても『そんなのよりこっちのほうが向いてる!』って言われちゃって……危うく『そ、そうかな?』とか納得しちゃうところだったよ」


 更に、人事だと思ってカラカラと笑う。

 よく笑う人だと思う印象を受けていたけれど、酔うと更に笑い上戸になるらしい。


「いや、すまんすまん。しかしお主はおもしろいのう」

「え~、笑わせようとしてる気はないぜ?」

「きっと、太一さんの存在自体が面白いんですよ……おもちゃとして」


 チーベルが茶々を入れる。うっせぇ、人を何だと思ってやがる!


「いやいや、そうではない。面白いというのは――お主は他の者を惹きつける何かがある、と言う事なんじゃろうな」

「惹きつける? 俺がッスか?」

「左様じゃ。ツングースカも『何か解からぬが気を引く魅力……そこが面白い』とお主の事を言うておったでな」

「ふぅん、そんなもんスかねぇ……?」


 そういった事ってのは、俯瞰で自身を見れない俺にとって解かり辛い事なんだよな。

 んな訳で、こんな風に俺って人物を評してくれる相手は、実にありがたい存在だ……つい最近、その役を引き受けてくれていた「長年の友人」を無くしたばかりだからなおさらだよ。


「それはさておき……帰り際にいっぱいお土産をもらっちゃったんで、婆様のために持ってきたんだ。これなんか美味いよ! マンイーターとシーサーペントの煮付けだってさ。三日間煮込んでるらしいから、スッゲーやわらかぜ?」

「おうおう、丁度酒のアテが切れたところじゃ。それにその煮付けはワシの好物じゃてな。ありがたく頂戴するよ」


 屈託ない笑顔でお土産を手にする婆様が、ふと俺を見て言う。


「しかしながら……お前さんのもろうてきた土産じゃろ? ワシに寄越してよいのかえ?」

「ああ、俺はもうしこたま食わせてもらったからね」

「じゃが――お主の家の連中への土産はどうするのか?」


 一瞬心配そうに俺を見る。

 けど、そんな心遣いはご無用! きっと今頃は食いきれない程の甘いものに囲まれて、皆ヘヴン状態だろうからな。


「その辺は大丈夫! そんな消えモノより、もっと重要な土産をもらってきてあるんだ」

「ほう、重要とは――もしや、あの界隈の呑んべぇ達から、なにがしかの情報を得てきたね?」

「へへ、あたり」


 それは俺よりも、俺の上司――アメリアスに、ともすればヴァンパイア族全体に関わる重要な話だ。

 ただ、噂話の域を出ないというのもまた事実だったりするんだよな……なにせ呑んだくれの戯言なんだから。


「そこでさ、婆様にちょいとその噂の真偽を伺いたいと思ってね」

「ほう……むしゃむしゃ……言うてみれ」


 シーサーペントの煮付けを一口頬張りつつ俺を見る婆様の目は、ほろ酔い気分をどこかへと置いてきたような、そんな真摯さを伺わせた。


「うん。あのさ……今現在、アメリアスは近衛師団の副官とヴァンパイア族の部隊の部隊長を兼任してるんだけどさ……上級貴族連合の、その中でも一二を争うヴァンパイアの名家が、元老院に取り入って、ヴァンパイア部隊の隊長の座に就こうと画策しているらしいんだ」

「ふぅむ、そんな事ならそれに越した事はないだそうさ。なにせあの嬢ちゃんでは兼任は手一杯じゃろうからな」

「うん、皆もそう言ってたんだけど――問題はそこじゃないんだ! その手段さ」


 途端、婆様の眦が一瞬ピクリと反応した。なんか心当たりがあるのかな?


「そのヴァンパイア部隊の長に就こうと画策しよる貴族とやらは――メジエス家……じゃろ?」

「そうそう! メジエスとか言う名前だった」

「なるほど、さもありなん」

「……つか、よく判ったね。流石は年の功だ」

「あほう。歳は関係なかろうに」


 フンっと鼻を鳴らして、ゴブレットに満たされた葡萄酒をクイッと空けるパル婆様。

 それは、その名から漂うきな臭さを払拭するかのような、そんな態度に見て取れた。


「アレの家系は代々、裏での工作を生業としておってな……故に小細工を弄する術に長けておる。どんな手を使うかは知らぬが、かの家の者はそうして現在の地位を得たでな。気の抜けない輩ばかりじゃ」

「うん、情報をくれた下っ端ヴァンパイア族の客もそんな事言ってたよ。気を付けなって」

「で、その手段とやらは? 一体何を企んでいるのかの」

「それはさ――あっと……」


 俺は一瞬言葉を飲み込んだ。

 信頼出来る婆様と言えど、こいつはベイノール家にとって最重要機密事項なんだよな。


「いや、あのさ……とある事情があって、詳しくは言えないんだ。簡単に言うと……先のヴァンパイア部隊失踪の件、婆様は知ってるかい?」

「おう、知っているとも。アメリアスの嬢ちゃんの任務に、あのグランゼリアの坊主が付いて行った時のことじゃろう? なにやら連絡も寄越さずにしばらくなりを潜めとったとか……」


 ベイノール卿をグランゼリアの坊主って……流石は五千年以上生きてるバアさんだ。外見は中学生くらいのかわいい女の子だけど。


「そう。その件に関して、何か重大な秘密を得たとか……そしてそいつを切り札に、何か企てているって話なんだ」


 言葉を眼を閉じて聞き入っていた婆様が、ふと俺に尋ねてきた。


「ツングースカから聞いたのじゃが……お主、グランゼリアの坊主の家に居候しておったそうじゃな?」

「う、うん……ほんの数日だけどね」

「その時、例の失踪事件があったのじゃな?」

「いやまぁ、その時はツングースカさん家に居たんだけど……その後、とある理由でベイノール邸へと呼ばれたんだ」

「と、言うことは……そのとき何かあったんだね? そしてお前さんはそいつを知っている」

「あ、ああ……一応」

「ふむ。もしもじゃ……ワシがメジエスの悪ガキなら、お前さんに探りを入れるね」

「探りって……えっ!? も、もしかして俺……」


 一瞬、眩暈にも似た感覚が俺を襲った!

 なんだかフレンドリーに接してきたヴァンパイアの紳士、もしかしてあいつ……メジエスって一族の息のかかった者だったのか?


「うぐぅ……で、俺の反応を見て『こいつは何か知っている』『やはり何かあった』と、確信を得たかもしれないって事?」

「じゃろうな。あれでもベイノールに仕える、そしてかの部隊に属するヴァンパイア連中の結束は固い。そこでお主に目をつけた……と言う事じゃろう」


 げげっ! お、俺ってもしかしてとんでもない事をしでかしちまったのか?


「いやいや大丈夫、そこまで深く考えることは無い」

「で、でもさ! これって、俺がベイノール家のピンチを招きかねないミスを犯したって事だろ?」

「が、逆に考えれば――お主に接触してきた辺り、メジエス側は未だ何も掴んではおらぬと言う事よ」


 畜生やられた! 焦りと怒りと己への情けなさが、心のドアをドンドンドン! とノックしてやがる。

 が、婆様はそんな俺を見て、いつもの笑顔を浮かべ、優しく言ってくれた。


「なぁに、心配はいらんよ。なにせあの坊主、ああ見えて思慮遠謀に長けた隙の無い男じゃてな。それにじゃ……今回の事、グランゼリアに話してみぃ? よくぞ知らせてくれたと、これにて良い防衛の糸口を見出したと、お主を褒め称えるやもしれぬぞ?」

「褒める? ついうっかり表情に出しちまって、メジエス側に有利な展開を招きかねないミスをしたってのにかい?」

「左様。怪我の功名とでも言うかの? まぁそんな感じじゃ」


 なんだかよく判らないけれど、けらけらと無邪気に笑ってみせる婆様の表情に、なんだか安堵の感情がわき上がって来るように思えるよ。


「なるほどのぅ……よく判らんかったが――今やっと判ったよ」


 と、クスクスと笑いながら、婆様が落ち込み気味の俺の顔を覗き込んできた。


「な、何を?」

「お前さんから漂うなにかしら引き付けられるものの正体が、じゃよ」

「ば、婆様、顔が近い……酒臭い」


 潤んだ瞳で、なんだか妖しく俺を見る。

 と、年下の女の子にしちゃあ、激しいほどの色香が漂っているぞ! これが年季の違いってやつか。


「ふふふ……お主、良いモノを持っておるのう……」

「よ、良いモノって……そ、そんな! お、俺のはすごくお粗末で――」

「謙遜するでない。こんなに硬く真っ直ぐなソレにはとんとご無沙汰じゃ」


 硬く……まっすぐな! ま、まぁ硬さには少し自信がありますが――だ、大丈夫か? 俺の理性! 

「魔物にはないモノ、そしてロキシア達も今はもう持ち合わせていないモノ――そう、かの英雄『コンドゥーハ』が見せた――」

「!! 婆様、英雄のを――みちゃったのか?」

「おうよ。なにせ共に戦うた仲間じゃからな……お主はアレ以来の、固く真っ直ぐなモノを持っておる」

「い、いやでも俺――他人に誇れるような……その……ちん――」

「硬く真っ直ぐな『心』。お主にはソレがあるのじゃ……今では魔物にも、ロキシアにも無い、熱き心じゃて」

「…………こ、こころ?」

「うむ、心じゃ」


 う、うわぁ~! 俺のドアホ! 何考えてたんだよ、この変態野朗!

 ま、まさか婆様に気づかれてないだろうなぁ?


「故にな、お主には惹かれるのかもしれん……同性も、そして異性もじゃ」


 ふぅ……俺の変な誤解は、どうやら感付かれていない様子だな。よかった……って、婆様! さっきよりも顔と顔の距離が近い!


「フフフ、おまけにその純な心よ。お主、本当に魔物かえ?」

「あ、当たり前だろ? お、おお、俺はロキシア共の村を襲って男を皆殺しにし、女は奴隷にするって目標を立ててるくらい極悪なんだぜ……」

「ふふふ、左様か。ならばじゃ……この婆を快楽で喜ばす事など造作も無き事よの?」


 長椅子に腰掛ける俺へ、パル婆様が擦り寄るように近づいてきた! 俺、なんか変なスイッチ入れちゃったか?

 肌同士の密着に、灼熱に焼ける鉄でも押し付けられたかのようにビクンと反応を見せてしまう。そのせいで、慌てて後退りを見せてしまった。


「おう、初心よの……良いぞ、ならばこの婆めがよろしゅう手ほどきしてやるわ」

「い、いや、パル婆様。それは遠慮しておきます」

「なんじゃ? 惚れた女子に操でも立てておるのか?」

「い、いや……そんなんじゃないッスけど……」


 婆様が着ている赤を基調とした色彩豊かなサリーっぽい服。その肩口から、すべすべの肌が露出している。

 そりゃあこんな状況、普段なら大枚を叩いてでもお願いしたいだろうさ! 大きなお友達なら、逮捕覚悟のシチュエーションだ。

 でも、もう一歩のところで……俺を、俺自身が止めるんだ。


「さ、酒クセェ!」


 そう、何もかもその俺の「弱点」のせいで、そんな気分にはまったくなれず――


「ば、婆様! クセェからくっつくなってば!」

「おお、照れておるのか? 愛い奴よの」

「ちがうってば! お願いだから離して~!」


 と! そんな俺の身の危険に、一縷の光明が!


「――コンコン、パル婆様? こちらにアホ茶色がお邪魔してません――」


 ガチャリ、と開かれたドアから、ひょっこりと覗く見知った顔が二つ。

 そいつは俺の上司と部下――アメリアスとベルーアだ! 俺の帰りが遅いんで、心配して探しに来てくれたんだ!


「けひゃひゃひゃひゃ。茶色の色男ならここにおるぞ?」


 俺にべったりとくっつく酔っ払いが、高笑いで答える。


「ア、アメリアス……ベルーア……たっけて~」


 渡りに船とはこの事だろう。

 蜘蛛の糸よろしく、酒臭い地獄から俺を救ってくれる二人の美少女救世主登場!


 ――と、思ったが。


「ぎぎぎぃ~……バタン」


 アメリアスもベルーアも、無表情でドアを閉めて、どこかへ行っちまいやがった!


「ちょ、ちょっと待てよオイ! 俺もつれて帰ってくれぇ~!」

「あひゃひゃひゃひゃっ! お主はおもしろいのぉ~! よいおもちゃじゃ」

「やっぱり太一さんって、おもちゃ的存在なんですね……」


 チーベルが、まるでギャグ漫画の終わりのように、やれやれと首を振りながら言う。


 その後、婆様から発せられる酒臭だけで酔いが回り、マンイーターとシーサーペントの煮付けを豪快にリバースし、泣きながら掃除し終えたところで、ようやく開放してもらえた。


 もういやだ、こんな軍隊……酒を扱わない接客業にでも転向しようかな?




最後まで目を通していただき、まことにありがとうございました!

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