第二部 第一章 4 神威武器の祖
「あ、あの……は、はじめましてパルバーティ殿。俺はアメリアスの――いや、自分は副官殿の命により、この剣『フェンリル』を保管して頂くために参った次第であります」
目の前の美少女が探していた約五千歳のばーさんと聞かされ、俺の頭はなんだか少し混乱状態となり……変にかしこまって、ぎこちない態度の挨拶となってしまった。
「ふふ、そんなに気を張らんでもよいぞ。ワシの事は、皆と同じくパル婆様とでも呼ぶがいい」
子猫のような眼差しの少女が、気さくな笑顔を俺へと向ける。その愛らしさ、人懐っこさに、緊張で固まっていた俺の体がほぐれていく様に感じられるよ。
しかしながら――アメリアスを兄貴呼ばわりするのになんら抵抗なかった俺が言うのもなんだけど、こんな見た目俺より年下の女の子に「婆様」と言うのは、なんだか気が引けるよな。
「あ、えっと……じゃあパル……婆様、こいつをよろしくおねがいします」
「うむ、それでよい……さて、と。よう来たのぅフェンリルよ、できうる事ならもう主探しはやめて、ここで静かに暮らすがよいぞ?」
パル婆様が、まるで知人に語りかけるようにフェンリルへと声をかけ、そのつるばみ色の鞘へと優しく手を置き、撫でる。
「なんか、その剣とお友達のような語りようッスね?」
「ん? なんじゃ。お主神憑を起こせるに、神威武具の事をなんも知らぬのか?」
と、パル婆様がまるで一般常識も知らないのか? とでも言うような口調で、俺に問いかけてきた。
そりゃ、神威武具には意思があるとは聞いてはいたけれど……。
「あぁ……俺の中の神様って、テメェの気が向いた時しか現れないし、肝心要な記憶の共有は拒否しやがるんスよ」
そんな俺の愚痴にも似た言葉を聞いて、パル婆様がからからと笑いながら言った。
「うむうむ、そうじゃろうな。アポルディアの奴めなら、さもあらんて」
「え、何? 婆様ってアポルディアの事知ってるんスか?」
「おうよ。奴とは先の『アドラベルガ』……つまり、今の奴らの言うところの『古の神々と邪神との戦い』にて、共に戦うた仲じゃ」
ニヤリと笑って言う。こ、この少女……いや、ばーちゃん、一体何者だよ?
「なぁに、大きい声では言えんがの――ワシも『神』のはしくれなのじゃよ」
「えぇっ! も、もしかして神憑を?」
「いやいや、『神』そのものじゃ」
「――っ!」
イッキにドでかい衝撃が、俺へと押し寄せた!
こ、このパル婆様なる人物が、か……神様そのものだって?
「まぁ、些か容姿は変えておるが――ワシは正真正銘、神妃パルバーティよ」
そ、そう言えば……インドの神様か何かにそんな名前の人がいたような……よくは知らないけれど、体が真っ黒でたしか腕が六本生えてて、めっちゃ強いイメージがあったような気がするんだが――。
「ほう? お主、ワシの怒闘神姿を知っておるのか。それは戦構えをした時の姿じゃ……その姿の時は、もっぱら『カーリ』と呼ばれておるがの」
「あ、はい。知ってます……なんでもあまりの猛り狂い様に天地が揺れ、世界が壊れそうになって……それで旦那であるシヴァ神が慌てて足元に滑り込み、衝撃を緩和して事なきを得たとか……」
「ぬ? シヴァのやつめがワシの旦那とな? アホ言うでないぞ、あの者如きがワシを御しうる筈もなかろうて」
「あれ? そうなんスか? なんか俺の知ってるインドの神様のお話とちょと違うな」
つー事はこの婆様は独身――もしかして、攻略対象ロリBBAとかって俺の都合で改ざんされてしまったとか……? いやまぁ、それはぜってーあり得ないよな。
つか、この老練そうな婆様に手を出そうなんて、考えただけでおっかねぇよ。
「まぁ、そんな事はよい。それよりもじゃ……あのクマ公めはどうやらトンズラした様子じゃし、どうじゃ? 一局指さぬかえ」
そう言うと、婆様は目の前にあるボードゲームを目で指し示し、挑発的な笑顔を俺へと投げかけてきた。
「え? 指すって……このチェスみたいなのッスか?」
「チェスではない、魔棋じゃ……なんじゃ、こんな事も知らぬのか?」
「えっと、なんつーか……俺って所々記憶がないんスよ」
「ほう、それはまた難儀じゃな? しかし困ったのぅ……これではまた暇をもてあましてしまうのぅ」
と、口を尖らせて呟くその姿は、見た目の年相応の仕草そのもので、なんだか……結構かわいいじゃないか。
だが中身は五千歳超のばーさんなんだよな? ここは妙な事に付き合わされる前に、この場から退散したほうがよさそうだ。
「んじゃ、っつー訳で……俺の用事は済みましたんで帰ります。どうもありがとう――」
「んぬ? もう帰るのかえ! もそっとゆるりとしていきあれ」
「あ、いや――ゆるりとって言われても……」
「ねぇ~ん、お・に・い・ちゃん! 私ヒマなの~。少しの間付き合ってよぉ」
突然、パル婆様が少女のような口調で身を乗り出し、俺へフレッシュな色香の懇願を送ってきた!
だが悪いけど婆様、こっちゃ夜勤明けでねみーんだよ。キモい仕草で俺を惑わせんな!
…………なんて言える筈もなく、
「は、はい! おおお俺でよかったら添い寝でも話し相手でも何でもお付き合いいたします!」
「うむ、そうか。お主は素直な良い奴じゃな」
ニヤリと笑ってうんうんと頷く。あぁ、まんまと騙されてるよな、俺。
「では、そうじゃな……この魔棋のルール説明から――」
「あ、いや――それなら! もしよかったら、神威武具の話を聞かせてもらえませんか?」
そう、どうせなら神威武具の事や、神様達の事、過去の戦い、などなど……婆様の知りうる情報を聞き出すほうが有意義だ。
「おう、そうじゃのう。年長者から教えを請おうという気構え、お主なかなかに勉強家じゃな?」
「い、いやぁ……それほどでもないッス」
まぁ、俺の死活問題にも直結する事だし、もしかしたら「あの人」に関する情報を聞けるかもしれない。
今、俺の部隊の中で一番の懸念事項である「あの人」のさ……。
「そうじゃのぅ、まずは神威武器から話すかの……この世には、特別な力を宿した武器がたくさんあってな――まぁ、大きく分けて五つに分類されるのじゃ」
「五つにッスか?」
「左様。ライトニウスやレベトニーケが所有するタイプの『十二座宮種』、このフェンリルなどのような『神破の運命種』、お主の部隊におるサキュバスの娘が持つ『神龍種』、そしてそれ、お主の腰におるグエネヴィーアなどの『円卓の六雄神種』、そして五大元素に基づく陰陽五行種の五つじゃ」
「へぇ、グエネヴィーアは円卓の六雄神種ってのの仲間なのか……じゃあ元・俺の剣だったエクスカリヴァーもッスよね?」
「おう、そうじゃ。剣社会の序列で言えば円卓の六雄神種が最高位でな、その後に神龍種、十二座宮種、神破の運命種、陰陽五行種と続いておる。それらの中でもエクスカリヴァーとグエネヴィーアは、最高峰の剣じゃ」
大地と俺、二人の主人公にはもってこいの剣って訳か。
「本来はな、円卓の六雄神種と神龍種しかなかったんじゃが――アドラベルガが起こり、戦いのために急遽作ったのが十二座宮種、神破の運命種、陰陽五行種じゃよ」
ゆっくりと、馬鹿な俺にもわかるような口調で、五種類の剣種を語る。流石は神威武具庫の番人だ、説明慣れしてんなぁ。
「円卓の六雄神種はの、神々の秩序を守るために作られたものじゃ。そこいらの神威武器とは別格でな、意思や感情、そして成長までもする逸品ではあったが――アドラベルガ以降、神々がバラバラになってしまってからは、グエネヴィーア以外、その行方がわからんかったんじゃ……まったく、どこで何をしとったのやら」
まるで放蕩息子を思いやる母のような口調だな――って、もしかしてパル婆様って、神威武器製作に何か携わっていたとか?
「うむ。円卓の六雄神が持つ六本はの、ワシが心血を注いで作った品じゃ」
「ま、マジっすか!」
「おう、嘘など付くかよ。それぞれが我が六本の腕の骨から削りだした、言わば我が分身じゃて」
「神様の骨肉から作り上げた剣! って事は、パル婆様はこのグエネヴィーアのかーちゃん!」
「うむうむ、まぁそう言う事じゃな」
からからと笑って答えるパル婆様。なんだかこの愛らしい笑顔が、婆様のトレードマークみたいに思えてきたよ。
「じゃ、じゃあ他の剣もッスか?」
「いや、作るには作ったがの……円卓の六雄神種と神龍種以外は手慰みで作ったようなもんじゃよ」
「も、もしかしてパル婆様ってスッゲー人……いや神様なんじゃないの?」
そんな俺の驚きように、婆様はケラケラと笑って言った。
「なぁに。心血を注いだ故にな、力がそがれて――今ではホレ、こんな狭き場所で我が子供達の番をしておる、ただの婆よ」
そう言って、周囲に飾られている神威武具の数々を、慈しむ様な眼差しでぐるりと見渡し、フフっと笑みを浮かべたのだった。
「じゃ、じゃあ、古の神々と邪神との戦い……婆様が言うアドラベルガでは、神様一人一人に神威武具が与えられていたという事なんスかね?」
「左様、神と――あの時代におった一人の「ニンゲン」なる種族の英雄それぞれに、その『宿命を背負った剣』が与えられていたのじゃ」
それを聞いて、俺はハッと息を呑んだ。
「ニンゲン」の英雄――! そう、俺の部隊での一番の懸念事項である「あの人」の事……ベミシュラオさんだ!
「ば、婆様! そのニンゲンってのの英雄は、一体どんな剣を持ってたんスか?」
「ん? それはじゃなぁ……そこの壁の中央に飾られているなんとも素っ気無い剣があるじゃろう?」
部屋の奥の壁中央に飾られた、朴訥で飾り気のない一振りの剣。それを指差して、婆様がため息を一つ零した。
「ありゃあの、全ての神威武器の始祖じゃでな……神威武器は皆、あ奴を手本にワシがこさえたのじゃ」
「全ての神威武器の祖って……そんなに古くからあったんスか?」
「うむ、古くは主神ゼルスの所有物じゃったが――アドラベルガの際、ニンゲンの英雄に授けたのじゃよ」
「へぇ。じゃあさ、そいつを入れれば神威武器って六種類に分類されるよね?」
俺は何の気なしに、ふと浮かんだ疑問を聞いてみた。が、婆様の答えは――なんとも奇妙なものだった。
「アレは剣ではない……何か別なモノよ」
「別なモノ? 生き物ってこと?」
「さての。何かはわからん……まぁ生き物といっても差し支えはなかろうさ」
「そっか! で――神威武器は意思を持っているのか」
「左様。だが、アレは未だワシに心を開きよらんでな……真似て作っては見たが、ワシが作った神威武器は、どれもアレの劣化模倣に過ぎんよ。現に、ワシはあ奴以上……いや、あ奴と同等の剣を、終ぞこさえられなんだ」
さっき婆様がふともらした溜息、その理由はそこにあったんだろうな。
「ところでさ、パル婆様……その英雄の事はどのくらい知ってるんスか?」
「ん? そうさな……やたらと強く格好のよい、正しく英雄と呼ぶにふさわしい男じゃった――が」
一瞬の間を置き、婆様が続けた。
「奴め、邪神ルシファーを封じるために、その命を投げ打って共に封印されたと聞く。この剣はな、この最近にツングースカの元へと配属された記憶喪失のドッペルゲンガーが持っておったそうでな……『奇妙な威力を秘めており使いこなせぬとの事』じゃからと、ワシのところへまわって来たのよ」
「そうか……もともとはベミシュラオさんの剣だったんだ」
「おう、ベミシュラオ! 確かそんな名前じゃったわ」
笑顔でうんうんと頷き、一人得心するパル婆様。
だが、その後の俺の言葉に、いつも笑顔を称えている印象のその表情が、にわかに険しくなったんだ。
「もし、もしもだよ――婆様。その英雄ってのが、邪神ルシファーと共にこの時代に復活したているとしたら……どうかな?」
「なん……じゃと?」
パル婆様の子猫のような瞳が一転、トラのような眼光を放つ眼差しへと変貌を遂げた。
「詳しく聞きたいものよ……ふふ、今宵はなにやら心が躍るわい」
「こいつは信頼できる、教えてやれ」俺の中のぐーたら神であるアポルディアが、俺の心にそう語りかける。
まったく、自分の都合だけで出てきて引っ込んで……けれど、この件はアポルディアの言う通り、パル婆様に相談した方がいいのかもしれない。
そう……俺の部隊へ配属されたにもかかわらず、未だ酒を飲んで登城拒否を繰り返しているベミシュラオさんへ、何らかの有効なアクションが起こせるかもしれないぞ。
最後まで目を通していただき、まことにありがとうございました!
そして新成人の皆様、おめでとうございます!
お年玉ください!




