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第二部 第一章 3 神威武具庫の番人

新年明けましておめでとうございます

本年も私ならびに私の作品等をよろしくお願い申し上げます。

「ただいま戻りました、師団長殿……って、あれ?」


 未だ誰もが眠りについているであろう時間帯。

 しんと静まり返っているグレイキャッスル内の近衛師団長執務室へ、俺とベルーアが任務完了の知らせを持って参上したのだが――そこに居たのは、副官であるアメリアスただ一人だった。


「ん、おかえりタイチ」

「あれ? レフトニア師団長殿は?」


 執務室をきょろきょろと伺い、小柄な虎族の少女を探す。が、この部屋にはアメリアスがただ一人、来客用のソファーに座ってお茶を楽しんでいるだけだった。


「あぁ。師団長殿は今、キューメリーと彼女直属の魔族のみで構成されている第三部隊を率いて、南にあるロキシアの小国へと『策を弄し』に行かれたわ。そして私はお留守番……」


 なんだか不機嫌に零す。一緒に行ってひと暴れしたかった、という感情がむき出しになっているようだ。


「策を弄しに? なんでまた……そんなの師団長殿一人で壊滅させられるだろうにさ」


 まぁ、あまり考えたくはない大虐殺的な光景を思い浮かべつつ、アメリアスへと問う。


「そうしたいのは山々なんだけどさ……一応我が魔王軍にも、近衛師団以外の軍団がいる訳よ。でも奴等ってばザコいでしょ? そこには天主の代行者がいるらしいから、まずそいつを倒すなり追っ払うなりしなきゃいけないワケ。奴等にも手柄を満遍なく与えなきゃいけないってんだから、私達が裏方として動かなきゃいけないの。ま、これも近衛師団の大事なお仕事なのよね」

「そ、そうなのか……俺達近衛師団ってのは、何かと大変なんだな」

「まったくよ」


 そう言うと、アメリアスがやれやれと首をすくめ、ティーカップに口をつけた。

 「中間管理職はつらいよ」と、酒飲んでよくとーちゃんが愚痴っていたのを思い出すよ。


「とにかく、いよいよ遥か南にある邪神派幽鬼等の本拠地である『亡国フレリオール』へ向けて動きだしたんだな。まずはその足掛かりを切り取りに出向いたって事か。しかしながら、今はもうない自国への執着……考えようによっちゃ、幽鬼ってのは哀れだな」

「そうね。でも敵は敵! 大魔王様への反旗を翻す以上、我々の障害でしかないのよ……それはそうとタイチ、首尾はどうだったの?」

「あ、ああ……ベルーア」

「はい、隊長殿」


 俺は後ろで控えていた副隊長へと声をかけ、その首尾が一目でわかる品物の提示を促した。


「それは――クラウゼーロ男爵の愛剣、フェンリル! ……そう、やっと彼を討伐できたのね」

「あぁ……後味の悪い仕事だったぜ」


 アメリアスが、ベルーアから受け取ったフェンリルを哀れみの篭った目で見つめる。それはきっと、俺と同じ「想い」を抱いているに違いない……そう、「惜しい者を失った」だ。

 だがそいつは、考えても口には出しちゃいけない事。そこの所は役目上、アメリアスの方が俺よりもよく分かっている。


「ご苦労。この主なき剣は――我が軍の神威武具管理人であるパルバーティ殿のところへ持っていって頂戴。それが済んだら、今日はもう帰っていいわ」


 これ以上私情を芽生えさせたくないとばかりに、まるで事務的な口調で、俺にフェンリルを手渡したのだった。


「了解……って、パル……誰?」

「パルバーティ殿よ。この城の地下にある武具庫の番人にして、魔王軍最長老のおばあさまよ。なんでも五千年は生きているんだって」

「へぇ、そんなバケモノばーちゃんがこの城に潜んでいるなんて知らなかったよ……でもさ、こんなド深夜に出向くのってちょっと迷惑なんじゃないか?」


 若干常識のないアニキの事だ。今自分が起きているんだから、世間も皆起きている! なんて超勝手理論でモノを言ってるんじゃないか? そう思って一応意見具申してみたが――


「ん、大丈夫よ。あのおばあさまはここへ来てから、ずっと眠った事がないの。多分、今も起きてらっしゃるはずよ?」

「へぇ、不眠症のばーちゃんか……なら別に迷惑かける事にはなんないだろうな。んじゃあ行ってくる――じゃない、行ってまいります、副官殿!」


 一応敬礼みたいなのをアメリアスに捧げ、その不眠症のばーちゃんのところへ向かおうとしたそのとき――アメリアスがベルーアを呼び止めたのだった。


「あっ! ちょっと待ってベルーア。大事な事を忘れていたわ」

「はい、何でしょう?」

「これ、タイチのお給金。こいつに渡したらバカな事にパァー! と使いそうだから、あなたに管理してもらうわね」


 などと抜かしつつ、ずっしり! と、なかなか重そうないい音を立てる獣皮の小袋を、事もあろうにベルーアへと渡したのだった!


「はい、確かに受け取りました。ではこれで買えるだけのお茶とお菓子を買って、皆でスイーツパーティーを開きましょう」

「それはいい考えだわ! 流石はベルーアね、いいところに気がつくじゃない」

「ア、ア、アホかぁー! 今しがたお前自らが『バカな事にパァー! と使うな』的な事を言ったところだろうが!」

「そうよ? だからこそ、有意義な事に使おうってんじゃない」

「この金で菓子買いまくるのが有意義なのか?」

「うん」

「『うん』じゃねーだろ! アホ吸血鬼!」


 この俺の上司の人は一体何を言ってるんだ? あまりの眠たさに、頭がクルクルパーになってんじゃねぇのかよ?


「あん? 男がツマンナイ事いつまでもグチグチ言ってんじゃないわよ! さっさとその剣パル婆様のところへもって行きなさいよ!」


 ――どげしっ!


 俺の訴えるような瞳にイラッとしたのか、アメリアスがやおら立ち上がり、俺のケツにいつもの蹴りをお見舞いしてきた。


「いってぇ! わ、わかったよ。行くよ、行きますよ! ベ、ベルーア! お願いだから、俺のお小遣い位はちゃんと残しといてね……」

「はいはい」


 ちょっと哀れみをはらんだ笑顔で、俺に答えるベルーア。

 ちくしょう! かーちゃんの尻に敷かれているとーちゃんの気持ちが、なんだかわかるような気がするよ……。






 この二週間というもの、グレイキャッスルの内部を迷子になって――もとい、好奇心に駆られるがまま探索したお陰で、粗方の構造の把握はできている。だが地下施設ともなると、何かと厳重な警戒がなされ、用も無しの立ち入りは厳禁とされていたんだ。


 が、今日は違う。

 あの情け容赦のない上司のご命令で、この神威武器「フェンリル」を保管してもらうという任務を与えられたんだから、今回は大手を振って行けるって事だよな。

 てな訳で、俺も初めて足を踏み入れる地下施設。じっとりと湿った空気が体にまとわりつき、時折黴臭さが鼻を突く――そして勿論の事、初めて足を踏み入れた俺を待っていたのは……


「あれ……あれぇ? ここどこだ?」


 迷路のように張り巡らされた「いかにも」な雰囲気を持つ地下通路。なんだか地下の牢獄があって、そこに囚われのロキシア女性とかいて、酷い拷問を受けていたりというシチュエーションがピッタリ合うような雰囲気で……うぅ、そんな現場に出くわしたらどうしよう? 俺の性格からして、ついつい助けちまうなんて事になるんじゃないのかよ? いや、ここは魔物の総本山であるグレイキャッスルだ。ひとつ心を鬼にして、そんなシーンを見たとしても、無視を決め込んでだな――



「 ひ ぃ ぃ ぃ ぃ ! だ 、 ダ メ ぇ ! 」



 突然! 湿気った地下通路に響き渡る、少女らしき乙女の悲鳴!


「な、何事だ! この通路の先から聞こえたが……い、いやいや。俺には係わり合いの無い事! 乙女の悲鳴なんて、そんなのは聞かなかった事に――」



「 い 、 い や ぁ ! や め て ぇ ー ! 」



 またもや聞こえた、少女の叫び!

 見れば、俺の歩く薄暗い通路の少し先、鉄製のドアのぞき窓から光が漏れている。おそらく声はそこからだ……ヤバい! 俺の中の魔物らしからぬ心が、一斉に騒ぎ立ててきたぞ。


「か弱い少女の悲痛な懇願……い、一体何をされているんだ! お、落ち着け俺! こんな所で騒ぎを起こしたら、どんな懲罰が待っているか……いや、俺だけならまだいいさ。最悪、俺の周囲にまでお咎めが及ぶかもしれないんだ! だからここは一番、何も聞かなかった事にしてだな――」


 だがそんな時! 地を這うように、低く粗暴な声が、俺の耳に聞こえてきた。


「ぐへへへ、今こいつをここへ差し込んでやるからな……」

「こんなところにそれをさされたら、私おわっちゃう…… ご 、 後 生 だ か ら か ん に ん し て ぇ ー ! 」

「ぐふふ、そんな風に泣いたって無駄だぁ! もうワシは早うイキとうて我慢できんのじゃあ!」


 う お ォ ン !  俺の中の何かが荒ぶり叫ぶ!

 と、とりあえずだ! 光が漏れている扉をこっそりと覗き込んでんだな、中を確認してみない事には……。


「い、一体中ではどんなうらやましい光景……じゃない、何が起こってるんだ…………!!」


 光が漏れるのぞき窓から、部屋の中を窺う――と! そこには、俺の不必要な正義感を刺激しまくる光景があった!

 涙目で慈悲を懇願する、黒髪ポニーテール美少女と――その少女に迫りつつある、俺の倍はあるであろう巨躯の、熊らしき獣人! これはまさに、か弱き乙女の一大事じゃないか!

 

「み、見てみぬ振り……見てみぬ振り……なんてできるかぁ!」


 途端に俺の中で、何かがはじけた!


「 う ぉ い コ ラ ッ ! そこのでっけぇの、それまでだ! こんないたいけな乙女に何やって――――――?」


 と、駆け込み……俺が目にしたもの。

 長椅子に向き合いながら腰掛け、驚いたような顔で、突然の乱入者に振り向く二人。

 その間には、なんだかチェスのようなボードゲームがあり……


「な……何じゃお主は?」

「び、びっくりしたのう! うぐっ、い、今の衝撃で……も、もれそうじゃ……もう我慢ならん! ホレ、チェックメイト。ワシの勝ちじゃ! ト、トイレに行かせてもらうからのぉ~!」


 慌てて部屋から飛び出した熊獣人。そして「あ~あ……」と残念そうな吐息を漏らす少女と、頭にはてなマークを乱舞させる俺。あれ? 熊獣人がロキシア少女をレイ……あれぇ?


「うぬぬ、そこのお主! そなたのせいで負けてしもうたではないか!」

「え? は……はぁ……えっと、ご、ごめんなさい」


 何がなんだかわからないけど、とりあえずは謝っておこう。


「で、何じゃ? お主」


 呆気にとられていた俺へと、ポニーテールの少女が不機嫌そうな表情を作って尋ねてきた。


「へ?」

「だ・か・ら、お主は何用でこんなとこまで来たのじゃ? と聞いてお――おお? お主、そいつはフェンリルではないか!」


 ポニーテールの表情が一瞬で変わった。真摯な中にも、なんだか残念さを物語る面持ち……どうやら俺がこの剣を持っている意味を、一瞬で察したかのようだ。


「は、はぁ……そうだけど」

「と言う事は……あの洒落者め、とうとう無に帰しよったか……」


 まるでアメリアスの時と同じく、「惜しい者を失った」と言わんばかりの表情。この少女は男爵の知人か何かか?


「き、君。クラウゼーロ男爵を知っているのか?」

「うむ、あ奴とはこの魔棋盤を指し合うた仲じゃ……そうか……と言う事は、お主がタイチとか言うルーキーか?」

「あ、ああ……そうだけど、なんで知ってるんだ?」

「なぁに、お主の事はツングースカに聞いておったからな」

「ツ、ツングースカさんに?」

「おうよ。なんでもお主、面白い逸材らしいじゃないか?」


 ふむふむと頷き、俺をしげしげと見る、きりりとした眼差しの少女。どうやら俺よりも少し年下といった感じの女の子だ。


「い、逸材かどうかはわかんねぇけど……そっか、ツングースカさんがそう言ってくれてたのか」


 なんとなく嬉しさがこみ上げてくる。ツングースカさん、元気にしているだろうか?


「なぁに、謙遜謙遜。それ、その腰のモノが、お前さんは逸材じゃと申しておるよ」


 ポニーテールがそう言って、俺の腰に差してあるグエネヴィーアへと目を移し、笑んだ。

 なんだか俺の事は、万事知りえている様子だな。何者なんだ? こいつは。


「それはそうとさ……俺、パルバーティ殿っておばーちゃん探してるんだけど……知らないか?」

「おお、それならばここに居るぞ?」

「へ? ど、どこだよ……」

「それ、お主の目の前じゃ」


 そう言うと自分自身を指差し、にっこり微笑む女の子――って、この子が五千歳のばーちゃんだって? とんでもねぇロリBBAじゃねぇか!


 ――――――――こ、これはアリだな。


最後まで目を通していただき、まことにありがとうございました!

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