第二部 第一章 1 おばけ退治
ご無沙汰しておりました。
これより第二部を開始いたします。
なお、第二部は毎週日曜日、19:00の更新とさせていただきます。
以前と同様に格別のご愛顧を賜りますよう、よろしくお願いいたします!
相変わらず昼だか夜だかわかんねぇ魔物の国、ゴーンドラド。
ミスベレルの闇陽、と呼ばれる月が真上に昇っていることから、かろうじて現在が夜だと認識できる。
時刻は、だいたい午前の二時くらい――ことわざで言うところの、草木も眠る丑三つ時ってヤツだ。
そんな時間にお前は何をしているんだ? と問われれば、こう返すしかないだろう。
「 お ば け 退 治 」
現在我が大魔王軍に弓引く魔物の存在――オーリン・フレリオール・ラーケンダウン王というデミ・リッチ率いる幽鬼たち。
その尖兵たるクラウゼーロ男爵なるリッチの情報収集部隊が、事もあろうに俺たち魔物の首都であるゴーンドラド周辺をかぎまわり、面倒事の種を植え付けようとしているらしい。
そこで俺の部隊「第七特殊遊撃部隊」通称「第七部隊」が、二週間ほど前に男爵討伐の命を賜り、一度撃退させてはいるのだが……。
「ハァ……ハァ……こ、これで雑魚共は全て片付けたぜ? クラウゼーロ男爵」
「これはこれは……腕を上げましたな、タイチ殿」
「まぁね。アンタを取り逃がした日、アメリアスから夕飯抜きにされるわ、特訓と称してボッコボコにされるわで大変だったんだぜ?」
ゴーンドラドの北部に位置する「死霊の街マイカロウザ」の、とある朽ち果てた教会にて。
かねてから討伐の命を受けていたクラウゼーロ男爵を今度こそ倒すべく、出没時間であるド深夜に、わざわざやって来たという訳だ。
「それはご苦労様でした。で、今日はそのリベンジな訳ですかな?」
「ああ。まぁ俺の腕試し、ってところッスよ」
「腕試し、か。一人で来るからには余程自信がおありだね?」
「一応はね」
あの日、この男爵をもう一歩のところまで追い詰めたはいいが、幽鬼の十八番である「消失移動」により、文字通り消えていなくなりやがったんだ。
「逃げんな、卑怯だぞ!」と言いたいところだが、それもまた戦いの手法。相手の出方を吟味し、万全を期さなかった俺の落ち度だ。
「さて。となれば、タイチ殿の強さは先日以上と見てよいだろうが……知っておりますぞ? あなたの神憑は未だ不完全であると言う事を。それに今日は一人での到来、先日のように守るべき者の存在がない状態で、果たして神憑が起こせますかな?」
「へへ、バレてたか」
そう。未だ俺に取り憑いている神様「アポルディア」は、俺の意思ではなく、てめぇの気まぐれでしか神憑を起こしてはくれない状況なんだよな。
前回、この男爵と刃を交えた時。
その時はウチの新人隊員である「ギュレスタ」というギュミリーズの妹の危機に、俺の中の「奴さん」がやっとこさ重い腰を上げてくれたのだが……その圧倒的な力に、戦い慣れたクラウゼーロ男爵は即座にこれを危険と判断。咄嗟に逃げを打った……とまぁ、そんな実に惜しい結果となったんだ。
だが、幽鬼たちは「念」に縛られる存在。
一度与えられた使命は最後まで果たし通す、そんな傾向にある行動パターンからして、またぞろこの地に舞い戻ると踏んで、網を張っていたんだが――見事ビンゴ! 再戦の機会を得た訳だ。
「まぁ、今回は胸を借りるつもりでここに来た次第。どうか手合わせ願いたいッスね、クラウゼーロ男爵」
少し余裕を見せ、両の手を頭の後ろで組んでニヤリと笑む。
何も余裕をぶっこいてこんな態度を取ってるわけじゃない。
これには二つの意味があるんだ。
一つは、男爵の敵愾心を煽る意味として。
そしてもう一つは――
(今だ、くいだおれ太郎)
(おう、まかさんかい!)
頭の後ろで組んだ左手。その薬指にはめられた金色のリングをチョンチョンと二回指で突っつき、合図を送る。
俺の背後で、伝令妖精のくいだおれ太郎が、かねてからの打ち合わせ通り、伝令を飛ばすためにスッと現れ、ふぃっと消えた気配を感じる。
そう。男爵にバレないように、皆に伝令を送ったんだ。
なんのため? それはもちろん、今度こそこの男爵を逃がさないでブッ倒すためさ!
「やれやれ。中級幽鬼達十人を一人で倒せたのはいいが……相当息があがってますぞ? それで私と戦えるのかね?」
よし、いいぞ。俺の「スペクターと全力で戦って、もうふらふらッス」という芝居を信じてくれているみたいだ。
「心配御無用! 俺だって、昔の俺とは違うところを見せたいッスからね」
「よろしい、ならば掛かってきたまえ!」
男爵が腰の見事な装飾の物をスラリと抜き去り、俺へと身構えた。
「っと、その前に……ひとつ聞きたい事がありまして」
「む、聞きたい事? 何かね、命乞いをするなら聞き入れてあげてもよいが?」
「あはは。それは手合わせして、倒すのが無理だったときに是非……けど、俺が聞きたいのはそんなことじゃないです――男爵」
神妙な顔つきで、俺は目の前の「敵」である紳士に尋ねた。
「なぜあなたほどの方が、大魔王様へ翻意を見せたのか? よろしければお聞かせ願いたい」
本来、これは作戦実行までの時間稼ぎの手段だ。
会話は何でもよかった……が、俺はあえて、先日来の疑問を、この際だからとぶつけてみたんだ。
実際、この身形のいい幽霊貴族の身辺を調べるにつれ驚かされた。
大魔王軍への貢献度の高さは、そこいらの威厳だけの魔物貴族たちなど足元にも及ばないほどだ。
過去に龍の背山脈の麓の平原で行われた、初のロキシアたちとの大きな戦争。その戦いにおいて、スペクター部隊を率い、勇猛果敢に戦った歴戦の勇士。そんな猛将でもあるこの小洒落た紳士の強さは、腰に控えた剣「フェンリル」の力も大きいが、戦いに際した機知と勇気の賜物が大きいと言えよう。
故に、大魔王様への特別な謁見を許され、その際に涙したと言う話を、アメリアスの父であるベイノール卿から聞いたことがある。
そんな忠誠心の高い男爵に、もし原隊復帰の心が微細なれど残っていれば……そんな小さな可能性に望みをかけるのは、俺が甘っちょろい性格だと公言しているに等しいのは判ってるさ。
でももし――
「タイチ殿。貴公は直属であった上司ツングースカ殿から、大魔王様を裏切り私について来いと声をかけられればどうするかね?」
「は? んな事決まってるじゃないッスか! 即座に断ります!」
「本当に、かね?」
うぐぐ、なんだか俺の心を見透かしているような、そんな射抜くような目で問い返してくる。
「む、無論!」
……自信ないけど。
「そうかね、ならば良いが……我々幽鬼はね、心にある『怨』や『念』から生まれたもの。その根元に関わる方からの指示には逆らえないのだよ。生前のこと……かのお方、オーリン・フレリオール・ラーケンダウン様とは、南の都『フレリオール国』の危急存亡を、命という代償を支払い、共に守り抜いた主従なのだ。かの方を裏切るは、我が存在意義の消失となるのだよ」
過去を思い描くように静かに目を伏せ、男爵は言った。
「そうですか、残念ッス」
「で、あるから――我等幽鬼には懐柔など無意味。そう心に刻みたまえ」
「わかりました……では、尋常に勝負といきましょうか」
そろそろ頃合いだ。
俺はグエネヴィーアを正面に構え、改めて男爵と対峙した。
と、そのとき――
「ん? むぅ、この感覚は――タイチ殿、結界を張りましたな?」
そう、気付かれないようにベルーアたちに連絡を取り、テレポートで飛んできた俺の部隊が「今度は消失移動を使わせないよう、俺が男爵の気を引いているうちに、周囲に結界を張り巡らせる」という、かねてからの計画を実行に移したんだ。
今まさにベルーア、アルテミア、ギュレスタ、そして新たに配属された牛獣族の「センセリーテ」が、今俺たちがいる廃教会の周囲を密かに囲み、四人の氣力を原動力とした結界を張り巡らせている。
「すいません。あなたに逃げられないよう、少々小細工を弄しました」
「これはしたり。今のうだ話は、その時間稼ぎでしたかな?」
「いえ! 今の話は……俺の本心です! こんな無益な戦い、不毛な勝負は避けたいんだ……大魔王様のためにも」
こいつは俺の本音だったりするワケだ。元々仲間同士が、こんなバカげた戦いをしなきゃならないなんておかしすぎるぜ!
「これはこれは……聞きしに勝る甘ちゃんぶりですな? タイチ殿」
ふ、ふん! 何とでも言え。
「まぁ嫌いではないですよ? が、そんな甘い性格は、戦場で真っ先に命を落とすものッ!」
言い終える間もなく、男爵が素早い身のこなしで俺との距離を縮めてきた。その手にした剣の切っ先は、迷う事無く俺の心臓の位置を狙い、空を貫いてくる!
突然の攻撃にイニシアティブを取られた。が、俺は気後れせずに――その太刀筋を見極め、初撃をかわした。
「残念ですが、男爵の太刀筋は前回の戦いで見切りました。故に、今回は神憑無しでも俺が有利です! 何故なら――」
何故なら、俺は男爵を取り逃がしたあの日以来――ベルーアに情報収集役となってもらって、毎日のようにロキシアの野盗や蛮族などのねぐらを襲い、これを殲滅させ続けてきたんだ。
自然、俺のレベルは七十まで上がり、二週間前とは打って変わったような強さを手に入れているんだ。しかも、俺の相棒であるグエネヴィーアは、幾人の不良ロキシア共の血を啜ってきたかわからないほど、相当にレベルアップしている。
そしてその恩恵は、おそらくレベル百ほどのプレイヤーと互角に渡り合えるであろう、ステータス補正!
と、そんな言葉は必要ないだろう。
ただ、剣を交えて、「力」で男爵へと語ろう。
そう想いを込め、初撃を外した一瞬の隙に、グエネヴィーアの一振りを見舞った!
「そりゃあッ!」
胴を真一文字に狙った一撃! が、流石は戦慣れした御仁。
初撃自体が様子見だったのか、咄嗟に制動をかけてその身をかわしたのだった。
今の俺の攻撃で得た戦果は――クラウゼーロ男爵の羽織る、粋な漆黒のジャケットの脇腹付近を切り裂いただけ。
「ほほぉ! やりますな!」
「よく言うよ。普通あんな風にかわせねぇって。また俺の未熟さが露になっちまったかな?」
「はは、またまたご謙遜を」
まるでひり付くような緊迫した空気を楽しむかのように、微笑を浮かべて男爵が言う。
その気持ちが手に取るようにわかるのは――俺も同じ気持ちであろうからに他ならない。
「では本気と参るか。お覚悟、タイチ殿! 疾風の狼!」
数歩の間を開き、男爵が叫ぶ! その瞬間、彼の持つフェンリルの剣尖から、狼の幻影が洪水の如くに押し寄せてきた!
そう、それは「幻影」。
相手をナイフの刃で切り裂く程度の攻撃力を持った殺傷魔法に、狼の幻影を合わせた目くらましだ。
少々身体を切り刻まれるのは痛いが、こんなものアメリアスやキューメリーの折檻に比べりゃ、どうって事無いぜ?
あらかじめ、男爵の技の情報を仕入れていた俺には、このなかなかの技も通じない。そして幻影に紛れて止めを刺しにくる、その本体は――
「 そ こ っ ! 」
まるでグエネヴィーアが俺を誘うかのように、見えざる敵の体へと、その刀身を走らせる。
狼の群影へと真一文字に切りつけ、返す刀で二斬目を入れる。グエネヴィーアの切れ味のお陰で、てんで手ごたえを感じないが……微かに手に伝わる感触が、そこに何かが居た事を、そして相手の敗北の訪れを、しっかりと教えてくれた。
「 セ イ ヤ ッ ! 」
そして最後に、感覚的な衝動で捕らえた「敵」へと、渾身の突きを見舞う。
手ごたえ――――――――あり!
「く、くく……見事ですな、タイチ殿」
「その言葉、ありがたく頂戴します…………クラウゼーロ男爵」
狼の群れが一斉にその姿を消失させると、そこには俺がさっきまで立っていた場所に刃を突きたてている、男爵の姿があった。
俺の剣、グエネヴィーアに左胸を貫かれた状態で……。
「最後にお聞かせ願いたい……男爵」
「な、なにかね?」
「…………わざとでしょ?」
男爵がにやりと笑った。
この二週間で、対峙した相手の力量を見抜く目を養えた事が、俺に幾許かの「辛さ」を植え付ける結果となるとは思いもしなかった。
「なぜ……そうおもうかね?」
苦しそうな言葉で問いかけてくる。
「あなたのそのブロウは、誰もが知るもの……幽鬼相手に結界などの準備をしていた俺が、あなたの情報を仕入れないワケは無い。その技はもう対策されているもの……なのに何故です? 何故そんな技で――」
「さてねぇ、何故かねぇ……。ともあれ、この程度のブロウを見切れぬ者に、この先我が幽鬼軍と戦い、大魔王様をお守りする資格は無いさ……さて、その点でタイチ殿は合格ですかな……?」
「だ、男爵……あんた」
「気にしなさんな。私は我が剣のとびきり一番のブロウを君に見舞ったのだ……情報を知っていたとはいえ、かわすのは困難なはず。君は……私に……勝ったのだ……」
ふと満足そうな笑みだけを残し、男爵の姿が宙に消えてゆく……。
俺は、こんな不毛な戦いがこれからも続くのかと、項垂れるしかなかった。
もしかしたら、クラウゼーロ男爵は……そんな何も生み出さない戦いに「いち抜けた」をしたんじゃないのだろうか?
けれど――そんな事を俺が気に病んでも、それこそ仕方が無い事!
大魔王軍に仇名す者たちを排除する。それが俺の使命なんだよな……俺如きの身勝手な思い込みや考えを持つべきじゃないんだ。
そう、俺は――俺は所詮、大魔王様に命を捧げた、一魔族に過ぎないんだから。
最後まで目を通していただいて、まことにありがとうございました!
明日はクリスマスイブですが、アベックとか爆発しろ




