第九章 16 エリオデッタの決意
一日一話書いて即出しのため、誤字脱字意味不明文章になりがちです。
それでもよろしければ、どうか生ぬるい目でご一読お願いいたします。
咄嗟の機転で叫んだ場所名と、思い描いた場所。
そこは新たに「俺の自宅」となった、旧ツングースカ邸。
息せき切って駆け込んだのは、北に面した館の二階にある、自分の部屋。
ちくしょう! 大地のヤツめ! 何て事をやっちまったんだ! 何が正義のためだ? 正義は人を殺めてまで成す事じゃネェだろ! ちくしょう……ちくしょうッ!
――こんこんこんこん。
ノックの音がする。
出たくない……もし、彼女だったら――怖い! 俺はなんて言えばいいんだ! 自分の一言で、彼女に更なる不幸を与えてしまう――それを見るのがおっかねぇ!
「あの……太一さん? どうかなさいました?」
ベルーアだ。
どうする、中に入ってもらって、俺の話を聞いてもらうか? だが何の話を聞いてもらうんだ? 俺の言い訳を? それとも彼女に、エリオデッタにどう説明するかのアドバイスをもらうのか……ええい、何をパニくってんだ、俺!
とりあえず落ち着け! そして、冷静になって、今起こった出来事を受け入れろ。
「あ、ああ……どうぞ」
ベッドの脇に立ちすくんでいる俺を、心配そうな瞳で見つめるベルーア。
「あの、どうなさったんですか? 酷く慌ててらっしゃるようですけど……」
「ワダンダールが……大地に……乗っ取られた」
「――――――――ッ! 乗っ取られた……さまか、国王は」
「……大地の手によって討たれた。しかも、俺に罪をかぶせやがったんだ……俺はヤツに、ハメられたんだ」
ベルーアが口に手をあてがい、驚きの表情で絶句する。
言ってしまって思い出す。そう言えば、間違えてダイチを主人公にしてしまった事への罪悪感に苛まれていた事があったっけ。
もしかして、ベルーアの更なる自責にはなりはしないか?
「タイチさん……大地さんが犯す罪は私の罪です……それはいつか必ず、清算します。ですが、今は――姫の事を最優先に」
「ああ、そう言ってくれると助かる。が! だ。勘違いするなベルーア、大地の罪はヤツ自身の罪。お前のせいなんかじゃない!」
「太一さん……」
「それにな、まだ問題はあるんだよ……」
「まだあるのですか――それは一体?」
俺は一息置いて、その忌まわしい事実を、ベルーアへと明かしたのだった。
「姫と一緒に助け出して、ワダンダールへと連れて行った、パレーステナって村の娘達が……姫ともども亡き者扱いにされちまった」
「亡きもの……もしかして殺された――ですか?」
「そうだ。重臣であるロングワートっておっさんは、この先ワダンダールの実権を握るため、後継者である姫には帰ってきて欲しくなかったらしい……だから、戻った姫や娘達は既に殺盗団に殺されていて、皆偽者だったと国民に発表するために――」
声が出せないほどのショックを受けているベルーア。
俺だって、未だショックを隠せないでいる。
そして、どう村のじーちゃんばーちゃんに説明しよう。
俺が下手にぬか喜びさせちまったんだ……真実を知れば、一体どうなることやら……考えるだけでも胸が苦しいぜ、くそったれめ!
「おれが……俺が大地からの呼び出しに、つい浮かれて何の装備も無しに出向いて行ったのがそもそもの間違いだ。いやそれ以前に、あの時、村で気付いた違和感の事を、もっと深く考えていれば……もしかして、ロングワートの本性を見抜けていたかも、だ。そしたら対策だって練れていたかもしれないじゃないか。全ては俺のバカが付くほどのお気楽さが生んだ失敗だ! ちくしょう」
悔しさと己の情けなさが、俺をタコ殴りにするように襲い掛かる。
「落ち着いてください、太一さん! あなたのせいなんかじゃありません」
「いや、気休めはいいんだベルーア! ちくしょう……姫に、村のみんなに何て言って謝ればいいんだよ……」
へたり、と座り込み、途方にくれて項垂れる俺。そんな俺へと、新たな「声」がかかる。
「村へ事実を知らせるその役目……それはわたくしの仕事ですわ」
心臓が一瞬張り裂けそうになった。
その声。今は――今だけは聞きたくなかった……エリオデッタ姫。
「ひ、姫! も、もしかして、聞いて……いたのか?」
「はい……失礼かとは存じましたが、聞かせていただきました」
毅然とした表情で、俺の目を見て言う姫様。
そこには、弱く助けを請うだけの、年相応のか弱き乙女の意思は見られなかった。
姫として、いや……王国の王位継承者としての威厳に溢れた眼差しが、俺に語りかけていたんだ。
「我が領土の民へ、我が国の不手際による訃報を伝える役目。それはわたくしでなくて、だれが務まりましょう? ですわね、セフィーアさん?」
そう言って、背後に付き従っていたセフィーアに意見を求める。
「そうですわね……仰る通りですわ、姫」
「姫……だが――」
「お気遣い無用です、タイチ『殿』。父王が亡き今、ワダンダールの正統後継者はこのわたくしなのですから、当然です」
俺は……俺はどうやら、またもや大きな考え違いをしていたようだ……。
姫は――いや、このエリオデッタと言う女王は、髪の毛の先までしっかりと「王族」なんだ。
俺が想い描いていた、そこいら辺にいるような、普通の女の子とは、気構えが根本的に違うんだ!
そうだよ、初めて会ったあのクソいまいましい部屋での事を思い出せ。
今までは、ただ胸が痛くなるだけだと、記憶の底に、触れないように埋没させていたが……あのときの、あんなに酷い状況下でも、毅然としていた態度をとっていた彼女。
王家の人間として、どんな辱めの最中でも威厳を失っていなかった事……。
そう、この娘は――いや、この女性は強いんだ!
――無論、その強さは王家の者としてのプライドなんてモノが生んだ、偽りの姿だって事も、俺は分かっている。
でも今は、エリオデッタがその強さをまとって、立派に己の立場を全うしている。
ここで過剰な同情は、かえって失礼に当たるだろう。
「姫……いや、女王エリオデッタ。俺と共に――パレーステナへと出向いてもらえるかい?」
「もちろんです。さぁ、参りましょうタイチ殿、セフィーア」
「はい。お供いたしますわ、我が君」
畏まった一礼で、主君の命に服するセフィーア。
「じゃあ、ベルーア……行って来る」
「いってらっしゃいませ、隊長殿」
「パレーステナ!」
ベルーアが、幾分心配が残る眼差しで見送る中。
俺とエリオデッタ、そしてセフィーアが、忌まわしい知らせを携え、パレーステナへと向かったのだった。
「おお、魔物さんがまた来てくれたぞ……な、なんと! こんどはかわいこちゃんを二人も連れてきよった!」
「な、なんじゃと! ベロベロウルフさんは手が早いのぅ――これはうちのばーさんも心配じゃわい」
俺を見て、楽しげな会話で集まる村人達。
が、長老が顔を見せた途端、エリオデッタを見て慌てて平伏したのだった。
「もしや……姫様? ぬあ! 間違いない、こっ……これはワダンダールのお姫様! このような場所に何故!?」
その言葉を聴いた周囲のじーさま達も、同じく慌てて平伏する。
「如何にも、わたくしはワダンダール国のエリオデッタ・ベイル・ニクラリウス。皆さん、どうかお立ちになってください」
恐る恐る立ち上がるじーさま達に、優しい笑顔を見せるエリオデッタ。
そして、皆が立ち上がると、一瞬強張った表情を見せ、緊張感をまとい直したのだった。
「みなさん、お聞きくださいまし。わたくしは、レネオ殺盗団の地下砦にて、この村の娘達と共に虜とされていたところを、この魔物であるベオウルフ殿に助けていただいたのです」
「おお、知っておりますわい。この魔物さんに、事の経緯は伺っておりますよ」
「そして、私と一人の侍女以外は、皆ワダンダールへと、その身を保護されて――保護され……」
言葉を詰まらせるエリオデッタ。
俺が変わりに――と、身を乗り出そうとしたところを、セフィーアが手を差し伸べて制したのだった。
分かった、最後までエリオデッタに――それが、彼女の女王としての最初の仕事だ。
「姫様よ、娘らは保護されたんじゃろ? 皆、元気なんじゃろ? ならそれでええがな」
「ええよ姫様。孫娘らは――向こうで暮らす言うておるのじゃろ? こんな田舎より都会のほうがええもんな」
エリオデッタの涙の訳を察してか、じーちゃんらは何かを悟ったように、優しく語りかけた。
「わしらは、ワダンダールを抜け出し、国のはずれでコソコソと生きておる身。そんな者達に、姫様の涙など……過分すぎですじゃ」
「み、皆さん……わ、わたくしは……」
そこからの二の句が継げない彼女に、一人のじーさまが、悟ったような目で首を振りつつ言う。
「姫様よぉ……こんな田舎の村でものぉ、ワダンダールの不穏な噂は聞こえておるよ。あんたを邪魔とする大臣が、あんたを野盗に売り渡したとか……そんなやつらがよぉ、わしらの孫娘助ける訳ねぇべや?」
何も言えず、ただ立ちすくむエリオデッタ。と、じいさん達はそんな彼女に跪き、頭を垂れて、敬意を払った礼を見せたのだった。
「わしら、国王の御妃様に仕えていたブレメア騎士団はのぉ……大臣ロングワートの策で御妃様を亡くして以来、この地に身をやつし、隠れ住んでおりましたのじゃ……姫様は御妃様によう似ておいでじゃのぅ」
長老が、懐かしさを湛えた目で、エリオデッタに語った。
「わたくしが……かの者の邪な心に気付かなかったばかりに……皆さん、申し訳ありませんでした……」
感情の洪水が、一気に押し寄せたのだろう、エリオデッタはとめどなく涙を流す。
周囲で跪く爺様等も、声を忍ばせて泣いていた。
「そのロングワートは……さっき城内で討たれたよ」
「な、なにっ! そ、それは真ですかの? 魔物殿が討って下さったのか!?」
「いや、俺じゃない……客将である、大地って奴だ」
「ほうかいのぅ! 誰だか知らんが、感謝するべ!」
「できる事なら、ワシらの手で八つ裂きにしてやりたかったんじゃがのう」
小さな喜びに沸く爺様達。が、俺の一言で、また暗雲が立ち込めたのだった。
「実はその大地って男、ワダンダールの国王にも手を掛けたんだ……」
「 「 「 な 、 な ん じ ゃ と ! 」 」 」
鎮痛な面持ちでエリオデッタを見る爺さんの面々。
彼女はそんな爺様らに、涙をぬぐい、毅然とした表情で語ったのだった。
「ですが、まだわたくしが居ります。ワダンダール正統後継者であるわたくしがいる限り、簒奪者は我が国を奪った事にはなりません!」
「「「おお! そうじゃ! 姫様の仰る通りじゃ!」」」
途端、じじい達に元気が戻る。今の一言で十歳は若返ったようだ。
「タイチ殿……ありがとうございます。わたくしをここへと連れて来て下さって……」
「お、俺は感謝されることなんてしてないさ。君が、君の意思が、ここへ来る事を望んだんだからさ」
「いえ、全てはあなた様のお計らいが功を奏した結果です……本当にありがとうございました」
俺に、礼節に則った感謝のお辞儀を見せるエリオデッタ。
それは、一つのけじめを付ける、感謝の表れなのかもしれない。
そう、彼女の次の言葉に――俺は胸が少し苦しくなったんだ。
「タイチさま……わたくしはここに残ります」
「エ……エリオデッタ……」
小さく頷き、俺に笑顔を見せる。
女王としての自立。そんな決意が、彼女の瞳の奥に見て取れた。
「そ、そうか……君の選んだ道だ。俺は何もいえない――けれど! 何かあったときは、すぐに知らせてくれ。何があろうと、すっ飛んで助けに来るから……」
それ以上、言葉が出なかった。いや、要らないと感じたんだ。
ただ、彼女の瞳を覗き込めば、それだけで気持ちが分かる気がしたんだ。
「それじゃあ、俺は行くよ……くれぐれも、体には気をつけてくれよな?」
「はい、あなた様も……」
……そして俺の心が、ごく自然に――彼女の唇を――求めた。
そっと肩を抱きすくめ、エリオデッタの柔らかさと温かさを心に刻む。
「エリオデッタ……」
「タイチさま……」
彼女の温もりが離れたとき、世界がまた動き出した。
頬を染めて俯く彼女から、背後にいるセフィーアへと目を移す。
一瞬、悲しみの表情を浮かべたセフィーア。
だが、すぐさま「私情」を捨て、「エリオデッタを守る」と言う同じ目的を持つ者として、俺と向き合ったのだった。
「セフィーア、君の鎧と侍女ちゃんは、後で送り届けるよ。これからはエリオデッタをよろしく頼む!」
「はい、お任せくださいな……ベオウルフ」
そして俺は、エリオデッタやセフィーア、じーさんばーさんに村人達、そしてがきんちょ共へと手を振り、光の結晶となって天高く舞い上がったのだった。
最後まで目を通していただき、まことにありがとうございました!
なお、次回で第一部終了となる予定です。




