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第二章 5 ばったり

「へぇ、『ラッシー』じゃん。あんた結構運がいいわね?」


 宝箱の中身を覗き込むアメリアスが言う。


「なんだ? 欲しいか?」

「そ、そんな……流石にそれは貰えないわ。私はそこまでずうずうしくないもの」


 ぷいっと顔を背けて、横目でチラチラと幸運のタネを見るヴァンパイアの美少女。やたらと無理な自制をしているのがアリアリと分かる。


「いいよ、君にやるよ」

「えっ? で、でも……」

「遠慮するなよ?」


 俺は普段使わない顔筋を総動員して、無理やりにも笑顔を作って見せた。

 アメリアスさんよ、こいつが欲しいんだろ? んー? 無理するなよ、うけとれよ。

 つーか、頼むからさっさとこの厄介者を引き取ってくれ!


「そ、そう? そこまで言うんなら頂くわ。い、一応言っておくわね…………ありがと」


 俺に恵んでもらうことが恥ずかしいのか、それともおそらくは生涯で始めて言った『ありがと』なる感謝の言葉に、自分自身を恥じたのか……アメリアスの生白い頬が、ほんのりと紅色に染まる。

 こうして見ると、案外かわいいもんだな。いやまぁ俺が望んだのは分かっているけどさ……改めてその人の内面が少し伺えて……こう、嬉しいと言うか、更なるポイントアップと言うか……。


「で、でも! こんなラッシー1個程度で私を篭絡したなんて思わないでよね!」


 うん、やっぱ前言撤回だな。


「はいはい、そんな事一ナノも思ってませんよ。それにしても、だ。何だよそのラッシーってのは? ヨーグルト的な飲み物か? それとも犬か? 名犬なのか?」

「ホンっとバカ茶色って何も知らないのね! 幸運のタネ――通称ラッキーシード。それを最近では略して『ラッシー』て呼ぶのが常識よ?」

 いい加減人を茶色呼ばわりするな、このツンデレ吸血鬼め。

 しかしながら常識って言われてもな、俺はまだこっちの世界に来て小1時間程度なんだ……あ、そうか。こいつらには俺の正体――中身は異世界の人間って事は知らないんだな。


 って事は――


(なぁ、もしかして俺が呼び出してるステータスウィンドウとか、敵の名前やレベルが見れる機能って俺だけか?)

(そうですね、元々この世界に住む住人はそんな機能備わってません。なにせこの世界で暮らしていた『普通の』住人なんですから)


「何? またヒソヒソ話? 気持ち悪いわね……このキモ茶色!」

「あ? なんだお前、また茶色ってったか? お前なんか蚊の親分じゃねぇか!」

「な、なんですってぇ!」

「大体だな! 俺にだってちゃんとした名前があるん……だ」


 言って、はた(・・)と気が付いた。

 そうだ、名前! 俺の名前はもしかしてそのままなのか? この世界での名前とか、決めた覚えないんですけど!


「あ、そういえばそうでしたね……慌てていたせいで、名前登録で変更せずに来ちゃったから、元の世界と同じ『さとうたいち』さんで登録されちゃってますね」

「な、な、なにぃ! じゃあ大地とばったり会っちゃったら、俺だって即バレしちまうじゃねぇかよ!」

「だ、大丈夫ですよ、太一さん。モンスターで中身が人間というのは、今のところあなた一人なんですから。わざわざ名前を見たりしませんよ……たぶん」


 洒落にならん案内役だ。


「で、何なの?」

「え? 何が」

「名前よ、な・ま・え! 私はまだ、アナタの名すら紹介されてないのよ? 礼を欠いているのはアナタの方なんだから、本来なら『茶色』呼ばわりされても文句は言えないんだからね!」

「ああ、そう言えばそうだよな……これは失礼しました。で、俺の名前は……その……さとうたいち」


 ごにょごにょと、小さく自分の名前を披露する俺。こういう場で本名ってのは、なんだか気恥ずかしいもんだな。


「何? きこえない!」

「さ、 さ と う た い ち 、だよ! 大声で言わせんな、恥ずかしい」

「ぷ、ププ……サ、サトウタイチ? ぷはは! えー、変な名前ー!」


 だろうと思った。横文字世界じゃ、和名ってのは奇妙な響きだもんな。


「ねぇ、あんたってホント変わってるわよね? 初歩魔法もわかんなかったり、ラッシー知らなかったり、変な名前だったり……なんか怪しいわね?」

「え、あ……いや。それはだな――」

「えー、それはですね。この太一さんは先日とあるロキシアの戦士に頭を殴られて以来、記憶を失って――そう、すっごいバカになっちゃったんですよ」


 言うに事欠いてバカってか? 上等だこのちんちくりんのアホ案内人。からし醤油つけて頭からバリバリ食ってやろうか。


「そう、それは哀れよね……仕方が無いわ、そう言う訳なら今までの無礼は許してあげる。ただし、今後はバカなりに、ちゃんと私に従うのよ?」


 同情を湛えた瞳が俺を見つめる。

 やめてくれ、自分自身の恵まれない環境を思い起こして今にも泣いてしまいそうだ……。

 主人公の座は奪われるわ、案内人はバカだわ、同僚はクソだわ、社長はサディスティック小学生だわ。

 ……もう、やめちゃおうかな? こんな魔王軍おしごと


「そんな冗談言われたくらいでヘコまないの! さ、今度はちゃんとあなたの適正レベルに合わせた村へ連れてってあげる。ホラ、さっさと手を出して」

「へ?」

「へ? じゃないの。こんなところでボーっとしてたって仕方が無いでしょ?」

「お、おう……」

「そ、それに! ……ホントの事言うと、ちょっとビックリした。少し生意気なあなたを脅してやろうと思ってここに連れてきたんだけど……あんなゴツいヤツを一人で倒しちゃうなんてさ。当然、イザとなったら私が助けてあげようと思ったのに、出る幕ないんだもん。正直おどろいた」


 少し恥ずかしそうに目線を下に向け、少し「デレ」の部分を見せながらアメリアスは言う。

 俺はと言えば、とにかく必死だったって事だけしか覚えていない。

 けれど、褒められるってのは……なんだかその……悪くないな。


「ありがとう……アメリアス」

「そ、そんな事はどうでもいいの! ホラ、さっさと行くわよ?」


 照れ隠しに声を張り上げながら、白くか細い手を俺へと差し出す。


「あ、ああ……そうだな」


 その手に答えようと、俺も手を差し出し、一歩足を出した。けれど……。


「うおっとと!」


 安堵感からか、気力が完全に抜けてしまって、足に力が入らない!

 そのまま前のめりに倒れ込み、その手が見事着地した場所は――「ぷりんっ!」っと、たわわに実るアメリアスさんのでっかいオッパイ畑!

 更には、あとに続けとばかり、俺の顔面も「ぱふん!」っとナイスなタッチダウン!

 今まで生きてきて十六年、こんな柔らかさの物体に遭遇した事は一度たりとてナッシングだ!

 ああ、こんな事ならもうちょっとだけこのお仕事を続けようかな?


「な、何すんじゃこのエロボケ茶色がぁーッ!」

「いやこれは事故でべれけッ!」


 華奢な腕の割にはいい拳骨もってるな、アメリアス。お前の拳ならモスキート級で世界狙えるぜ!


「今すぐ脳みそ引きずり出して、今得た記憶の部分を全部引きちぎってあげる!」

「だから事故だってば!」

「うっさい! この変態茶色男! 死ね!」

「死ねってなんだよ! お前は俺のトレーナーだろ、もうちょっと優しく躾けてくれよ」

「うっさいうっさい! バカ茶色! いえ……このう○こ色マン!」

「年頃のうら若き美少女がうん○ってか! それ聞いて俺に変な性癖が開花したらどうしてくれんだよ!」

「知るかバカ! このスカト――」

「あのー……お取り込み中すいませんが」


 俺とアメリアスのほのぼのとした会話に割って入る、遠慮がちな声。


「あ? なんだよチーベル。今、俺の新たな性癖が目覚めるか否かの重大局面だから、あとに――」

「そんなくだらない事より、もっと重大な出来事がですね……」

「……くだらないとか、そんなガチで落ち込む事言うなよ。で、何だ?」

「はい、アレを……」


 改めて、チーベルに目を向ける。

 彼女の小さな目が見据える先――平原のはるか遠くに、小さな二つの影がある。


「ん、あんだありゃ? ……人……じゃなかった、ロキシアだっけか?」

「なに? 新手? もう、アホ茶色がぐずぐずしてるから、またロキシアが現れちゃったじゃない! 今回はあなたのせいでのエンカウントだから、自分ひとりで戦いなさいよね」

「む、無茶言うなよ! 相手は二人なんだから、二人で仲良く戦おうぜ?」

「ったく、しょうがないわね……わかったわ、一緒に戦ってあげる。でも足引っ張んないでよね?」

「あ、ああ……一応がんばるよ。なんたってさっきより体力も増えてるし……あ、魔法も増えてるよな? チーベル」

「はい、でも問題はそこではありません」


 深刻な顔で答える案内人。

 そいつは今まで見せた事の無い、ちょいとヤバめって空気漂う表情だ。


「ん、そんなに強い相手なのか? どれ、レベルはいかほど――」


 目を凝らして、遠くにいる二つの影のレベルを確認する。


 そんな俺の目に飛び込んできたもの――そいつの名に、俺は息を呑んだ。



「なんてこった……レベル 13 さ と う だ い ち ――」



次話予告

早くも大地と出会ってしまった太一。ここは逃げようと提案するも、アメリアスの答えは「ロキシア如きに、逃げることは許さないからね!」

次回 「誇り高きヴァンパイア族」


最後まで目を通していただいて、まことにありがとうございました!

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