名は体を表すと言いますが!
キャスリーンは転生者である。前世はおそらく日本人だと思われる。曖昧な理由は、個人情報をほとんど覚えていないからだ。
しかし、何故か日本の文化やらその時は興味もなかった歴史や化学などを思い返したりしていた。
こことは異なる世界を思い出したのが六歳頃。ちょうど貴族の子供が勉強を始める頃で、可愛らしい幼女と年齢不詳の女性が融合してしまった。
その結果、キャスリーンは物事を覚えるのに語呂合わせを使うようになってしまった。
とはいえ、口には出さず心の中で呟くので誰かに知られることはなかった。
女性も教育機関で学ぶ機会が与えられている世界で、キャスリーンは王都にある学園に通うことになった。
中央貴族に分類される父から婚姻相手を探してこいと言われたのだ。こういう時は親が用意するものじゃないの? と思ったが、三人目の娘になると中々良いところが見つからなかったらしい。
もし見つけられなければ王宮に女官として仕官するか侍女となるか、と言われ、別に働くことに不満は無いので本腰入れて未来の夫を探さなくてもいいか、と心に余裕が出来たキャスリーンは勉学に邁進した。
キャスリーンは知らなかったのだ。
勉強よりもはるかに困難が待ち受けていることなど。
「名前が……名前が、多い……ッ!」
失念していたのだが、貴族は国民全体から見たら少ないが、それでも貴族社会の中にいれば多く感じる。
しかもこの世界、本家と分家とか多すぎる。伯爵位までは少ないけれど、子爵位から倍増し、男爵位など馬鹿みたいにあるのだ。
子爵位までは世襲可能な爵位で、一代ということは無い。
問題は男爵位だ。
永代の世襲男爵位の他に、功績を上げたことによる三代爵位と金銭を払うことで得られる一代爵位、それから本家のある分家として興し、その際に王家に金銭を納める分家爵位とこと細かにあるのだ。
前世とは違いこの世界独特の貴族制度なのだろうけれど、これを間違えると厄介なのだ。
永代世襲男爵位――通称王宮男爵は、本家が存在しない。そして大抵は特別なお役目を持っている。例えば王宮の薬草園を代々管理しているヤークソン家や王宮の庭園を代々管理しているテーイェン家は王宮に出入りする為に男爵位を与えられているし、敷地内に家を持っている。お役目と共に爵位を世襲しており、給与は王宮から出される代わりに領地を持たない。
功績を上げた三代爵位はその名の通り、受け取った本人から孫までは男爵家を名乗れるが、孫の子供は名乗れない。それまでに新たな功績を上げて再び三代爵位を受け取るか平民に戻るだけだ。これは貴族俸禄を三世代分受け取るに相応しいと判断されなければ授けられない。
金銭で購う一代男爵は、言わば貴族社会で商売をする為の保証である。商人が爵位を買うことが多く、他国での商売の際に貴族だと信頼されるという点で数がとにかく多い。
分家爵位はその名の通り本家から分かれて興す家である。元から貴族なので世襲可能だが陞爵は出来ない。本家から領地を与えられることもあれば代官として赴任することもあるが、嫡男以外が貴族に残りたい場合、王家に金銭を納めて許しを得る。
王宮男爵は専門的な一族に限られていて、天文施設管理者のティエンモン家など十もないので何とかなる。
分家爵位は本家を覚えていればどうにか出来る。
残り二つが厄介なのだ。最低限有名どころを覚えておけば良いのだけれど、それでも数が多い。
キャスリーンは決して物覚えが悪い訳では無い。
ただ、それを上回るくらいに覚えなければならない名前が多すぎて頭がおかしくなるかと思った。
歴史などは語呂合わせで覚えた。
「人の特徴で家名を覚えられないかしら……」
ふと気付いたのは、この世界、何となーく連想出来る家名多いな、と。
薬草園管理はヤークソン家。庭園管理はテーイェン家。天文施設管理者はティエンモン家。
どんなギャグなのか、と思いながらも気付いてしまったのでキャスリーンは調べてみた。
そうしたら出るわ出るわ。
かなりあくどい商売をしているという噂のある家はアークダイカーン家。
善人ばかりの家はジェーニン家。
輝く頭部をお持ちの一族はピカトゥール家。
ふくよかな体の一族はポチャット家。
キャスリーンは目を輝かせた。日本語なら思わず噎せてしまうだろうがこの世界に日本語はない。家名に意味はあっても日本語的意味ではないのだ。
これならば何とかなる。なんなら他の上位貴族だってそうだ。
ギャグかダジャレか分からないけれど、前世日本人の記憶があるキャスリーンはそこから随分と名前を覚えるのが楽になった。
代償は頬と腹筋と背筋だけである。筋肉痛になったけれど、それで済むなら代償は軽いものだった。
因みに、キャスリーンの家はクゥールクル家。外部から真っ直ぐな髪の毛の嫁や婿が来ても生まれる子供は必ずくるくるの髪の毛になるのだ。なるほどクルクル。
己の髪の毛を指でクルクルしながらキャスリーンは机に突っ伏した。
因みに嫁に行ったり婿に行ったりして子供が出来ても必ずクルクルになるとは限らない。家の名前に対しての呪いか、とキャスリーンは疑っている。
そんなキャスリーンは貴族令嬢らしく婚約者が決まった。
「お前の婚約者が決まったよ。コォイガーオ公爵家のソルト殿だ」
家名を聞いた時点でキャスリーンは腹に力を入れて必死に耐えた。
淑女教育のお陰でほぼ笑みを浮かべてはいられたが、全身に力を入れて必死に耐えたのだ。
「コ、コォイガーオ公爵家ですか」
「そうだ。かなり良いご縁だ。ソルト殿はお前の四歳上だから学園で会うことは無いが……その妹君は存じ上げているだろう?」
「ええ、存じ上げておりますわ」
高位貴族の方々は真っ先に名前を覚えた。その中にコォイガーオ公爵家のシャイニー様がいる。一つ上の先輩で、キャスリーンは友人と共に挨拶に行ったことがある。
侯爵家の娘としてはやはりそういった縁は大事にすべきだと思ってのことだが。
その家名通り、濃かった。物凄い濃かった。
昭和の少女漫画のような長いまつ毛がバシバシとした、ブォンブォンと音を鳴らしていそうな金髪縦巻きロールを持つご令嬢だった。
周りが平成や令和のような作画の中、数少ない昭和テイストのお顔立ちで、キャスリーンは一発で覚えた。
この世界は日本語もなければ英語もない、フランス語もイタリア語もない異世界言語の世界なので、シャイニーが英語では輝くという意味を持っていても、この世界では違う意味を持つ。簡単に言えば「雅」とかそんな感じだ。
作画テイストが違っていてもこの世界ではそれが当たり前なので誰も気にしない。異世界の記憶があるキャスリーン一人が苦しんでいるだけだ。
さて、そんなコォイガーオ公爵家のソルトが婚約者になったとのことだが、キャスリーンにはどうしても気にしなければならないことがあった。
「濃い顔家だけど、ソルト……塩……塩顔なの!?濃い顔なの!?どっち!」
キャスリーンは知っていた。
コォイガーオ公爵は世紀末覇王のような顔であることを。ヌゥゥゥンという擬音語が良くお似合いで、公爵より国境にたっているだけで敵が撤退しそうだなと思っていた。
夫人は外からのお嫁様で白百合のような美しい方だけど、生家はゴウターン家なので見た目ではなく性格が豪胆なのだろう。
その嫡男がソルトという名前なのだ。
「気になるけど、夜はしっかり寝るわよ」
夜も眠れないほど繊細では無かったのでキャスリーンは、香油をしっかりと揉みこんで手入れをした髪の毛をナイトキャップに押し込んで五分後には爆睡していた。
侍女に起こされ快眠したキャスリーンは、一週間後に顔合わせをするからと言われてからずっとモヤモヤすることになった。
はたしてソース顔なのか塩顔なのか。キャスリーン自身は目鼻立ちがはっきりしているけれど濃すぎない男前が好きだった。小綺麗よりは男臭い感じの。因みに塩顔は好みではなかった。
なお、学園でシャイニーに呼び出されたキャスリーン。
「お兄様と婚約をされたのよね。ふふ、嬉しいわ。年上の義妹になるけれど仲良くしてくれると嬉しいわ」
「はい。シャイニー様と親しくなれることがとても嬉しいです」
と、まだ公にはしていないけれど気にかけてもらえて非常に嬉しかった。
シャイニーの背中に薔薇が現れたような気がしたのは気のせいだ。
歓談の中でソルトの見た目について聞いてみると「お兄様は少し地味かもしれませんわ……」と言われたが油断は出来ない。
公爵やシャイニーが比較対象だと誰でも地味になりそうだからだ。
もやもやが解決しないまま約束の顔合わせの日がやってきた。
緊張しているけれど、キャスリーンは侯爵令嬢として恥を晒せないと気合を入れて応接の間に行き、ソルトの顔を見て意識を飛ばしかけた。
地味ってなんだ~~~~~~???
公爵と夫人の良いところを抽出してこねくり回した結果がこちらです!と言わんばかりの、キャスリーンの好みど真ん中をぶち抜く男前がいた。
確かにコォイガーオ公爵家の基準としては地味かもしれないが、いやちょっと待ってよ、ガチガチのイケメンやん、とキャスリーンは震えた。
公爵が背中に世紀末を背負い、シャイニーが薔薇を背負っているのに対して、ソルトはキラキラエフェクトが現れるタイプだった。迫力はないけれど、昭和演出が平成演出になった感じである。本当に待っていただきたい。
「キャスリーン嬢、申し訳ない。俺は家族の中で一番地味で……目立たなくて」
「いえ、ソルト様。そんなことはありませんわ」
本当にそんなことは無いのだ。
は?このお顔が地味?皆様の視力はどうなっているの?
キャスリーンは混乱しながらも、庭園を案内してくれると言うソルトのエスコートを受けていた。
結婚したら死ぬまで一緒なわけで、この素敵フェイスをずっと見て過ごすの?飽きることはないわね?え、課金しなくてこの顔を何時でも見ていいの?無課金詐欺では無いの?
キャスリーンは完全に混乱していたが、それでも淑女らしい微笑みはきっちりと浮かべていた。
「父上のような顔であれば」
「いえ。ソルト様。わたくしはソルト様のお顔が大好きですわ。好みですわ。貴方様はそのお顔で良いのです」
思わず言葉を遮りながらずいずいと迫りつつ熱弁したことは反省している。だが後悔はしていない。
ぽぽぽと顔を赤く染めるソルト様、え、ちょっと可愛いわ。
冷静に見せかけていたけれど情緒が乱れまくっていたキャスリーンは、己ががっつりとソルトに迫っていたことに気付いていなかった。
侍女に慌てて引き止められて何とか立て直したけれど、嫌われなかったかしらと不安になったキャスリーン。
だがそんな心配はすぐに消し飛んだ。
キャスリーンの手を取ったソルトは、ハニカミ笑顔を浮かべながらキャスリーンに告げた。
「こんな俺の顔を好きだと言ってくれるのはあなただけだ。必ず幸せにします」
「はぃぃ」
一目で推しになった相手からの無課金甘々ボイスをダイレクトにぶつけられたキャスリーンは限界突破してぶっ倒れた。
その後、キャスリーンはソルトと無事結婚した。
毎日がファンサを受けているようなものだし、課金したいのに出来ない気持ちは慈善活動の寄付に回した。神様へのお布施なら広義的な課金になるだろう、と。
やがて子供が産まれたが、その子供は背景に薔薇を咲かせキラキラエフェクトが舞うようなくるくる髪の毛の、とんでもない顔面が眩しい男の子だった。
名付けの際に思わず「ブリリアント……」と呟いた結果、その子供の名前がブリリアントとなった。
相変わらず家名を覚える時は苦労するけれど、キャスリーンはこの世界が大好きだし、最高の夫と輝く我が子と楽しく幸せな日々を過ごしている。
嫌味ったらしく嫌いな奴に対してキャスリーンは(ハーゲロに改名したらいいのに!)とおもってます。
ハーゲルでも可。
ジャンルに悩みました。コメディでいいのかな?
私、ギャグセンスもコメディセンスもないから……恋愛にするには弱いかな、と。




