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【05】







 きれいな服はうれしいが、自分がここにいてもいいのか、と言う気持ちになる。使用人たちもきっと、納得していない。態度があからさまだ。こぼれそうになるため息を飲み込み、案内されて食堂へ向かう。男爵家の使用人たちは、職務をちゃんとこなす。実家にいるよりは断然ましなのだと思う。


「おはよう、グレース」

「おはようございます、アメリー様。遅くなってしまい、申し訳ありません」


 すでに朝食後の紅茶を飲んでいた男爵夫人にあいさつをする。グレースの口上を聞き、アメリーは小首をかしげた。


「遅い、と言うことはありませんよ。さあ、座って朝食になさい。それから、少し話をしましょう」

「はい」


 朝食はいろいろな種類のパンに野菜のスープ、サラダに卵、肉、デザートに果物と、見たことがないくらい豪華だった。色々食べてみたいが、そんなに食べられない。柔らかい白パンとスープ、サラダと果物だけ食べた。


「それでいいの? 遠慮せず、もっと食べていいのよ」


 アメリーが心配そうに言った。グレースは苦笑して「朝はあまり食べられないんです」と言った。どちらかと言うと、ここまで実家で培ってきた少量の食事のせいで胃が小さいのだと思うが。


「そう? お昼はあなたの好きなものを作らせましょうか。どういったものが好きかしら」


 アメリーが気を使ってくれているのがわかっていたたまれない。好み、と言っても、好き嫌いを考えて食べたことがない。嫌いなものでも食べないと生活できない。そんな状態だったからだ。


 だが、せっかく聞いてくれたので必死で考えた。


「ええっと、果物がおいしかったです」


 果物は高価なので、実家ではあまりグレースの口には入らなかった。いいものはこんなにおいしいのだな、と思った。野菜も、傷みかけではなく、甘かった。


「果物は食事にはならないわね。お茶の時間に、果物たっぷりのタルトでも作ってもらいましょうか」

「い、いいのですか」


 自分でも明らかに目が輝いたのがわかったから、アメリーも気づいただろう。苦笑して「いいのよ」と言った。


「急な結婚だったし、バカ息子が無理やり連れてきたようなものだけれど、私はグレースさんと仲良くしたいと思っているの。好きなものを教えてもらえるとうれしいわ」

「あ、ありがとうございます。すみません、押し掛けて……私も、アメリー様と仲良くしたいです」


 押し掛け妻の様相だし、面倒ごとを押し付けている自覚はあるし、駆け落ちした姉に代わって妹を娶った。フォートレル男爵家がなんと言われるかと思うと気が気ではないが、それはそれとして、グレースも円滑な関係を築きたいとは思っているのだ。


 場所を移してアメリーとおしゃべりをすることになった。そこで、グレースは頼みごとをしてみる。


「あの、できればフォートレル男爵家のことがわかる資料などを読ませていただけませんか? 一応、概要は王立学院で習っているのですけど」


 まだ信用されていないことはわかっているので、細かい資料を見ることはできないだろうが、ざっくりまとめたものでもいいので見られないだろうか。頼むと、アメリーは驚いた顔をしたが、すぐに「いいでしょう」と許可をくれた。


「ありがとうございます」


 ほっとして礼を言う。何もやることがないのは苦痛だが、結婚した状況が状況なので、許可をもらうのは難しいと思っていたのだ。


「そうね。嫁いできたのだから、家のことを知りたいわよね。まずは表面的なことだけだけれど、教えておきましょうか」


 ざっくりとアメリーが説明してくれる。フォートレル男爵家は商会を運営している。主に服飾品、衣服や装飾品も扱っている。輸入する場合もあるので、交易も行っているようだ。


「初めに言っておくけれど、私たちには商品を宣伝する広告塔としての役割もあるわ。心しておいてね」

「広告塔、ですか」


 つまり、店の商品を身に着け、人の購買意欲を刺激する、と言うことで合っているだろうか。尋ねると、そうだ、と言われた。途端に動揺する。


「どうしたの?」


 不審に思ったアメリーに尋ねられ、グレースは口を開いた。


「いえ……私などでは、広告塔は務まらないと思いまして……」


 姉のナタリーなら問題なくこなしただろう。ナタリーは美人だ。体のメリハリだってあるし、明るくて人懐っこい性格だ。華麗なドレスもきらびやかな装飾品も似合っただろう。


 だが、グレースはナタリーほど美人ではないし、華奢、というより貧相な体をしている。性格だってナタリーのように明るくない。


「そうかしら。こんなことを言うのもおかしいけれど、若い女性と言うだけで充分行けると思うのだけど」


 アメリーが頬に手を当てて小首をかしげる。グレースはぐっと口をつぐむ。やれ、と言われればやるが、できればやりたくない……。


「……そうね。グレースさん、今着ているワンピースはどうやって選んだのかしら」

「ええっと。このお屋敷の中で着ていてもおかしくないものの中から選びました」

「選んだ基準は?」

「一番シンプルで着やすそうだったので……」

「そう……」


 取り繕ってもすぐにばれる気がしたので正直の応えると、アメリーは考えるしぐさをした。何か駄目だっただろうか、とグレースはドキドキする。


「そうね。今用意してあるものは、あなたに合わせてあつらえたものではないものね」


 それはそうだ。オーダーメイドでなくても、ナタリーの雰囲気に合わせてある。そんなに似合わなかっただろうか。思わずスカートの部分をつまむ。


「気に入っている仕立て屋があるのなら、呼んで構わないわよ」

「特にいませんので、大丈夫です」


 グレースが仕立て屋に何か注文したことなどほとんどない。祖父が生きていたころは、お茶会に着ていくドレスをあつらえてもらったことがあったが、今よりも子供のころの話だ。祖父が亡くなってからは、デュノア伯爵家は急速に傾いていった。


「大丈夫……ではないと思うのだけど」


 アメリーが首をかしげてそう言うが、グレースは何が問題なのかわからなくてやっぱり首をかしげる。義理の母娘で首を傾げあう事態になった。


「……シンプルなのが好みなのかしら」

「あまり考えたことがないので、わかりません」


 いつもグレースの着るものはナタリーのお下がりだった。体格が同じくらいだったので、普通に着ることができたし、両親は良縁が見込めそうな美人なナタリーには多少の金をかけたが、グレースにはかけなかった。グレースがそれなりの年齢になるまで祖父が生きていたので、多少の目利きはできると思うが。少なくとも、似合う、似合わないくらいはわかると思う。


「なるほど……そうね。自分に似合うものを探すところから始めましょうか」

「……」


 難易度が高い気がしたが、賢明にもグレースは口を開かなかった。郷に入っては郷に従え、フォートレル男爵家に嫁いだのなら、その流儀に合わせなければならない。


 お昼を食べて、午後からはいろいろな装飾品を見せられた。見たことがあるものからないものまで様々だ。アメリーがグレースを将来の男爵夫人として仕込もうとしてくれるのがわかるので、グレースもふんふんうなずきながら聞く。いくらか話をした後に、アメリーは言った。


「あなた、随分と頭がいいわね……」

「そうでしょうか」


 アメリー曰く、呑み込みがよいらしい。あまり褒められることがないので嬉しいが、少し気恥ずかしい。グレースはそう思ったのだが、アメリーは「失礼な言い方だったわね」とハッとしたように言った。よくわからなくて首をかしげると、アメリーは苦笑した。


「あなたを侮っていたようなことを言ってしまったわ。あなただって王立学院を卒業しているのに」

「あ、いえ……そんな風には思っていなかったので」


 それに、グレースは確かに王立学院の卒業資格を持っているが、飛び級を重ね、五年かかるところを三年で卒業した。これだけ聞くと頭がよさそうだが、のっぴきらない事情があったのだ。なので、必要な経験をすべて積んでいる、とはいいがたい。


「そうかしら。卒業できない人も一定数いるのだから、立派だと思うわよ」


 グレースは思わずうつむいた。飛び級したため、同級生がいないし友人も少ない。五年間通学することで、他の貴族や、平民の富裕層などと交流し、つながりができる。勉学だけでなく、そう言ったことも考慮された学院なのだ。


 確かに、アメリーの言う通り卒業できずに退学となる生徒もいるし、そもそも入学試験に受からない場合もあり、貴族なら必ず入学しなければならないわけではない。だが、卒業資格がないと侮られるのは確かだ。一種のステータスなのである。だから、貧乏な貴族家では男児を優先的に通わせることが多い。


 グレースとナタリーの学費は、祖父が生前、先払いですべて払っていた。祖父が、自分がいなくなれば、女性である二人の学費を、自分の息子夫婦が払わない、とわかっていたのだろう。そして、祖父の予測は正しかった。


 祖父が亡くなって身持ちを崩したとき、新しいデュノア伯爵はどこから金を工面するか考えた。そして、まとまった金である、娘たちの学費を思い出した。先払いの場合は、退学などになった時は返金されるのだ。


 それを利用して、父は金を工面しようとしたのだ。ナタリーはあと一年で学院を卒業するところで、グレースは後三年学院に通わないと卒業できない。ナタリーの方が器量がよく、卒業まで金がかからない。そうなれば、グレースが退学させられ、祖父が先払いした学費が手元に返ってくる方がいい。


 ナタリーの方が将来的な有用性が高くて、優先されるのはいつものことだし、合理的だと思う。だが、さすがのグレースもただで引くつもりはなかった。いくらグレースの将来性が見込めないとしても、学院を卒業しているのとしていないのでは、貴族女性の価値が変わる。ナタリーほどは見込めないが、グレースだって学院を卒業している、という価値がついていた方が後々得になる。飛び級してあと一年で卒業するから、通わせてほしい、とグレースは父を説得した。


 その際に将来的な収支を含めた見込みをプレゼンしたのだが、これで父は説得することができた。やってみるものである。母は最後まで渋ったが、家長は父であるし、母は目先のことに目がくらんでいただけだと思う。


 そうしてグレースは自分の学院卒業を勝ち取ったが、三年かけることを一年で学ばなければならず、勉強が大変だったのは事実だ。しかも、同級生とは交流がなくなり、ほとんど友人もいないありさまである。







ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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― 新着の感想 ―
ここまで伯爵家の息子の影が一切なくて不気味。
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