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7.地獄に落とす

 ジョーが変わったのは近寄ってくる者たち、特に女性によるものが大きそうだ。俺に夢中な子猫ちゃんとか言っていたから、その子猫ちゃんたちだろう。


 何一つ敵わないエリーゼの夫があんなのだった。近寄ってみると頬を赤らめる。これは誘惑できるのでは?エリーゼの夫を自分に夢中にさせる。エリーゼより自分の方が価値がある、それはとても甘美な優越感というものなのだろう。 


 エリーゼは羨望の的であると同時に妬みも受けやすい。だが公爵家の血を引くエリーゼにそんなことを仕掛けられるのはよっぽどの阿呆か命知らずの性悪か。


 なんにしてもそんなくだらないことで自分の価値を高めたり、人より優位に立とうと思わない方が良いのではないかと思う。


 頭の良いもの、常識のあるものは絶対にしない。


 そんな相手はエリーゼが関わるに値しない。


 いや、これは誤りだ。相手にする価値はないがその存在はエリーゼにとってはとぉっても価値がある。 



 もうジョーと仲良くやっていこうという気がなくなった。


 咎める?


 心を変えさせる?


 ありえない。


 そんなものは相手に変わって欲しいとこちらが努力して動かなければならない。なぜわざわざそんなことをしなければならないのか。


 しかし、夫婦である以上夜の問題が出てくる。しかし愛人がいれば避けられる可能性が非常に高い。


 そもそもジョーはエリーゼを下に見て、モテる夫と夫含め誰にも相手にされない妻と思っているようなので手は出してこないだろう。


 心の通わぬ、馬鹿にしてくる夫。超絶イケメンなら我慢しなくもないが、あの見た目にあの性格であるならばぜっっったいに触れられたくない。


 失礼ながら、デブでブスのモラハラ野郎なんてぜっっっったいにぜぇっっっったいに嫌だ。


 


 そう思うと愛人万歳!


 父が別れさせると怒っていたが、とんでもない。


 そのままーそのままーと落ち着かせるのが大変だった。下手に口出しされてジョーが夜偲んできたら……ぞぉっと粟立つ肌。


 とにかく何もする必要なしと伝えた。


 ジョーは実家と交流がないから捨てられたと言うが、そもそも嫁に行った身で頻繁に実家に帰る必要はないと思うエリーゼ。


 それに彼は気づいていないがたまに公爵邸に顔は出している。姉は嫁にいっているし、父も兄もよく倒れないなというくらい忙しい。ジョーと違って仕事狂いなのだ。母親と義姉とお茶を飲むくらいだが彼女たちも多忙の身。


 それに義姉はよくできた人で嫌な顔一つせずエリーゼを迎えてくれるが、やはり小姑には気を遣うものだろう。だからたまにしか行かないだけなのだが、どうやらジョーの都合の良いように脳内変換されているよう。

 

 彼の愚行は一度だけ苦言をした後もとどまることを知らず、増える愛人。エリーゼから旦那を奪ったと自慢する愛人たちの類友が彼に近づいてくるよう。


 とはいうもののそんなことは知ったこっちゃない。


 エリーゼに害はない。優越感に浸る眼差しも表情も特に気にならない。お相手があれでよくそんな表情ができるなぁと思うくらいだ。


 

「それにしても興味が無さすぎるというのも罪だったのかしらねぇ」


 しみじみと言われた言葉にじいやは目を瞠る。


「そんなわけございません。なぜエリーゼ様の貴重な時間を割かなければならないのでございましょう」


 じいやはそう言うが過ちを正すのも大事だったのかもしれない。母親が子供に物事を教え諭すように……。


 いや、ジョーは大人だし普通にやっていいことと悪いことくらいわかるお年頃のはず。


 まあ多少エリーゼも悪いところがあったのかもしれないかが、きっと些細なこと。ジョーの常識はずれの行動に比べたら可愛いもののはず。


 家に女を連れ込む、まあこれだけだったらもしかしたら目を瞑ったかもしれない。だが彼は公爵家を侮辱した。しかも愛人と一緒に。


 彼が今持っているものは公爵家がもたらしたものだというのに。エリーゼと結婚したからこそ得られたもの。


 公爵家の侮辱――それはエリーゼにとって許しがたい愚行。


 

 なにはともあれ、あの豚野郎には地獄に落ちてもらおう。


「それにしてもジョーは私と結婚したおかげで浮気ができているって理解しているのかしら?」


 エリーゼへの優越感のために女が近づいていることに。


 エリーゼが止めているから公爵家から何も言われないことに。


 エリーゼが嫁いで支援があるから愛人に貢げることに。



「理解しているわけございません。あの男にそんな頭はございません」


「そうよね、自分中心で自分の都合の良いようにしか物事を捉えていないものね」


 その通りですなぁと頷くじいや。


「では現実を思い出させてあげないとね」 

 

「現実を見せるではなく現実を思い出させるとは……エリーゼ様もお人が悪い」


 じいやの言葉にふふふと笑うエリーゼ。


「あら、だってもともと彼は自分の見た目に対する周りの評価をよく理解していたはずでしょう?」


 だからこそ引きこもったのだ。貴族社会で見た目というのは非常に重要。特に貴族は美形が多いので、醜いものは目立ってしまう。蔑みの対象になりやすい。


 まして彼は肉体も肥満体。


 体型はさておき生まれながらのものでそんなことをされてもと思うかもしれないが、それが現実というものなのだ。


 こればかりは運命を呪うしかない。


「話術を磨いたり、お金を稼いだり、できることはあったはずだけれど彼は逃げ出してしまった、引きこもりという道に」


 うまくいかなかったかもしれないがまずは挑戦してみても良かったと思う。


「一度は変わろうと思ってくれたのにね……」


 闇に囚われた彼に与えられた一つの光、エリーゼ。その光の為に彼は少しずつ変わろうとした。体型を……そして人に関わろうと……優しさを与えようと……。

 

「何も持っていないと自信がつかないし、急に与えられすぎたら勘違いしちゃうし、人間は厄介ね」


 面倒そうに吐き捨てるエリーゼからは感傷的な雰囲気が霧散した。


「ほっほっほっ、何をおっしゃいますエリーゼ様。どんな境遇であれ輝くものは輝き、落ちるものは落ちていくものですよ。与えられたものに感謝し、その恩を忘れないものはたくさんおります」


 ふむ、確かにその通り。ではジョーは


「ただ性根が腐っているだけなのね」


 何も自慢できるものがないなら、馬鹿にされるくらいなら引きこもる。自慢できるものができたから嬉々として外に出て、自分が一番のように調子に乗る。


 自分の力で得たものでもないものを、人から与えられたものをそこまで自慢できるとはなんともおめでたいやつである。


「なんか子供みたいね」


 子供は性根が腐っているわけではないが。自分に素直なのだ。それは時に人を苛つかせることもあるかもしれないが、その子供らしさにほっこりとする部分でもある。


 エリーゼの頭の中に親に飛行機を買ってもらった子供が友達と一緒に走り回る姿が浮かぶ。


 ジョーのような大人がなんの努力もせずただ運よく人に与えられたものを自慢し、それに感謝もせず俺ってすごいだろーとなぜか自分の力として誇示する様はとてつもなく見苦しい。


 エリーゼの頭の中に飛行機のおもちゃを手に持ち、走り回るジョーの姿が思い浮かぶ。


 う、と口元を押さえるエリーゼ。


「エリーゼ様、それは世のお子様に対し大変失礼にございます」


「そうね。あんな男と重ねるなんて超絶失礼よね。重ねてしまって気分が悪くなったわ」


 子供は自分の行動による周囲の反応を見て様々な大人へと成長していく。良い方向に行く子、悪い方向に行く子、何も変わらぬ子。でもどんな子に育っていくのか見守り、時に口出しをするのが大人の役目である。


「ま、子供じゃなし。見守るなんてしないけどね。あそこまで腐ってしまったら改善の見込みなしよね」


 まだ若いけれどあれは無理だ。

 

 というか改善の余地があっても、良い方向に導いてあげたいと思わない。


 そんな情はない。


「地獄に叩き落とすのみ」


 それはそれは愉しそうに微笑むエリーゼはとても美しい。


 じいやは静かに承知いたしました、と恭しく頭を下げた。




 




 

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