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6.豹変

 婚姻後、ジョーは父親から男爵位を譲り受けた。エリーゼを平民にするわけにはいかないからだ。後継者でも良かったのだが、義父が自分が家長の家にエリーゼ様が!?エリーゼ様に何か物申すなど滅相もない!と泣いたのだ。


 後継者だったサイラスは就職先が見つかったしとあっけらかんとその座を手放した。


 領地もない名ばかりの男爵にやることはない。仕事はしていないが、貴族手当と公爵家からの援助もある。


 ジョーは母の思い通り、健やかに穏やかに過ごせるはずだった。


 しかし世の中は無情だった。


 彼の本質なのか、それとも環境が人を変えたのかはわからない。しかし人目のあるところに行こうというジョーの頑張りが、努力が裏目に出た。



 夫婦同伴のパーティーにエリーゼと勇気を出して参加したジョー。


 そこは眩しい世界で彼の苦手とするもののはずだった。その世界は彼の醜さを際立たせ、周囲から悪意を受けるものだったから。


 だが


「エリーゼ様ご機嫌よう」


 品の良い老婦人がエリーゼに声を掛ける。


「ご機嫌よう」


「あら、そちらはご主人ですか?」


「ええ、ジョーですわ」


「まあ、あなたが幸運を掴んだラッキーボーイね」


 ふふふ、と笑うその瞳はとても温かい。それは幸せになりなさいというエリーゼへ向けた瞳だったが彼は自分に向けられたもののように感じた。


 その後も


「君がエリーゼ様のパートナーだね。なんと羨ましい」


 そういう男性の瞳には言葉の通り羨望の色が浮かんでいる。


「エリーゼ様と結婚できるなんて安泰ですなぁ」


 そう言う男性は朗らかに笑っているものの、目に悪意がある。それは嫉妬というもので。


 エリーゼの友人、彼女を慕う女性たち。彼女たちはエリーゼに声を掛けているのだが、ジョーは自分が美女に囲まれているような錯覚に陥る。


 だって彼女たちの視線が彼にも向くから。


 男性からは羨ましいと羨望の的。見た目の醜さや地位から嘲笑われることはあってもそんな言葉や視線など受けたことがなかったジョー。


 彼の目の奥に仄暗い光が灯ったことに気づけなかったエリーゼ。


 彼は今まで感じたことのなかった快感の虜になってしまった。そして勘違いした。本来の自分は皆にちやほやされる人間だったのだと。 




 その後ジョーはエリーゼを連れ頻繁にパーティーに参加するようになった。妙な胸騒ぎはしたものの、少しでも自信がついた方が良いだろうとエリーゼは思ってしまった。


 そのうち1人でも夜会に参加するようになったジョー。エリーゼがいなくても寄ってくる人、人、人。彼らはジョーを羨み、媚びへつらいチヤホヤと持ち上げた。


 そして――女から誘われるようになった。


 それがエリーゼに勝ちたい、あの気高き美しい姫様から奪ってやりたいという思いからだとは気づかぬジョーは、調子に乗った。


 自分には魅力があるのだと。


 そのうち、帰りが極端に遅くなるようになった。時には朝帰りする日もあった。どうするべきかと考えるエリーゼのもとに不快な噂が耳に入るようになった。


 エリーゼ様がいるにも関わらず浮気する身の程知らずな男。醜いくせに浮気三昧の男。近い内に王家や公爵家に消されるだろう男。


 そんなふうに言われ始めた。


 噂が立ち慌てたジョーは暫く大人しくしていたようだが、エリーゼからも公爵家からも何も言われないのをいいことに再び、いや、更に派手に遊び始めた。


 それでもエリーゼも公爵も黙ったままだった。


 愚行は更に酷くなった。 




 ある時ジョーに無理矢理関係を結ばされたとまだ10代前半の少女が男爵邸に飛び込んできた。


 それはもはや調子に乗るとか以前の問題で、もはや犯罪だとエリーゼは朝帰りのジョーをエントランスで捕まえ、苦言を呈した。


「他に女を作ることはよくあることですが、無理矢理はなりません」


 そう言うエリーゼをジョーは真っ直ぐ睨みつけてきた。いつからエリーゼの顔を正面から見られるようになっていたのか……久しぶりに会った夫の変貌ぶりに一瞬息を呑んでしまったのがいけなかったのか。


「ああ?嫉妬かぁ?お前みたいな高貴な女でも嫉妬なんてするんだなぁ!はっはっはっ!醜い俺の為にお前が嫉妬?やったことも、ほとんど会話したこともないのになぁ?」


 大声で叫び、笑い声を上げるので酒の匂いが辺りに漂う。思わず顔を顰めたエリーゼ。ジョーが手に持っていた酒瓶がその頬を掠めた。エリーゼに向かい振り回したのだ。


「なんだその顔はぁ!俺は男爵でお前は俺の付属品なんだよ!俺がいなくなればお前はただの平民なんだよ!もっと俺を敬え!頭を下げて生きろ!血筋がなんだ!今が大事なんだぞ!」


 夫のあまりにもの変わり身にただただ言葉を失うエリーゼ。


「酷いこと言われたって父親に泣きつくのかあ?無駄無駄!だってお前は俺みたいなやつと結婚させられて捨てられたんだよ!俺がどれだけ遊びまくろうが何も言われないのがいい証拠だろう!?」


 あっはっはっはっと何が楽しいのかわからないが楽しそうに笑う夫にエリーゼの心は冷えていく。


「俺に夢中の子猫ちゃんたちが色々と教えてくれたんだよ!妻より旦那が偉いのは当たり前!身分が高い家の女が身分の低いやつに嫁いだら家族から捨てられるのは世の常識だってな!」


 どうだと言わんばかりに胸を張る夫に何を言っても無駄だと感じたエリーゼは何も言わない。


「な、なんなんだよ、その顔は!なんで何も言わないんだよ!?この、調子に乗んなよ!このクソアマがあっ!」


 その言葉と同時に手のひらが頬に近づくがビクリと止まる。


 ジョーの喉からヒッと悲鳴が漏れる。


 静かな怒り。


 声を荒げるでもなく、暴力を振るうでもない。


 圧だけで人を制する怒り。



 エリーゼの様子に恐怖を覚えたジョーは、生意気な女がっ!と捨て台詞を吐き逃げ出す。


 その背に向かいエリーゼは言葉を発する。


「無理矢理はなりませんよ」


「う、うるさい!どうしようと勝手だろう!」


「それは犯罪です。あなたは自分に自信があるようですし……なぜ無理矢理する必要があるのです?ああ、無理矢理でないと誰も相手にしてくれないのですか?」

 

 冷たく笑うエリーゼにそれ以上言葉を返せず、部屋に逃げるジョー。




 それ以降とりあえず同意なき行為はしていないようだったので好き勝手にさせていたのだが……。


 何も言われなさすぎて踏み入れてはならぬ境界もわからぬ愚か者になっていたようで非常に遺憾である。




 





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