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5.幸せな結婚生活

「ジョー様との婚姻承りました。もともとお義父様は男爵家のご子息との婚姻を願っておられたのですからなんの問題もないでしょう?」


 この非常事態にも優雅にお茶を飲み、ゆるりと椅子に腰掛けるエリーゼ。


 ジャマル男爵は困惑した。息子の嫁にと言ったのは事実。しかし、それはサイラスのつもりで言ったのであってジョーの妻にとは思っていない。そもそも息子がジョーだけであったら願い出ていない。サイラスだから願い出たのだ。


 しかしそれを口にする度胸は男爵にはない。


「エリーゼ、だが………」


 公爵が物申そうとするのを視線で遮るエリーゼ。その視線を王に移す。


「成立したものを破り捨てるなどそのような蛮行を王がしてはなりません」


 ば、蛮行。自分はエリーゼのためにと思っただけなのに……ほろりと涙が出そうになるのを堪える王。だが確かに許可の取り消ししちゃうぞ。書類?破いちゃえー燃やしちゃえーなどをしては家臣からの信頼などなくなる。


 自分もいつそのようなことをされるかわからないのだから。


「これも何かの御縁。天が私にジョー様と婚姻するようにとのお導きかもしれませんよ?」


 う、うーむ……こんなアクシデント、そうとも取れるような不幸の前触れのような……それは今はわからないこと。


「もちろんサイラス様がよろしければ、でございますが。サイラス様はいかが思われますか?」


 少し考えた後、ふっと笑ったサイラスは柔らかな笑みを顔に浮かべたままエリーゼと視線を合わせた。


「エリーゼ様の恩情に感謝いたします。貴方様の義兄になるなど身に余る光栄でございます」


 胸に手を当て頭を下げるサイラスにありがとうと告げたエリーゼはおじさんズに視線を移す。


 宜しいですね?とばかりに。


 こくこくと頷くおじさんズにふわりと微笑み、ここにエリーゼとジョーの結婚は皆に認められることとなった。


「ジョー様これから末永く宜しくお願い致します」


 ドレスのスカートを摘み、片手を胸に当て頭を下げるエリーゼにジョーは言葉を返すことも、彼女を直視することもてきなかった。


 あまりにもの光り輝く美しさに。


 貴族たちはこの知らせに驚いたが、王と公爵が決めたことに物申す猛者はいなかった。あたかも最初からジョーが相手だったかのように、何事もなかったかのように振る舞った。


 容姿も財力も血筋も見事な格差婚。


 人々はジョーをなんと幸せな男なのかと噂した。こんな幸運に恵まれてエリーゼを大切にしないはずはない、と確信さえしていた。


~~~~~~~~~~



「あそこがまさしく私の運命の別れ道だったわね。私結構選択には自信があったのだけれど」


 ふふ、と笑うエリーゼにじいやは尚更悲しくなる。


「エリーゼ様、辛ければお泣きになって良いのですよ?無理して笑う必要等ないのです。このジジイの胸でも背中でも足でも腕でも頭でも、好きなところでお泣きください」


 じいやのフサフサ頭で泣くのは口に髪の毛が入りそうで嫌だ。


「大丈夫よ悲しいわけではないから。苛立っているだけよ」


「うぅっ!エリーゼ様お労しい……」


 だから悲しくないって言ってるでしょうに。


「悲しさは相手に情があるから湧くのよ?私が性悪根暗豚野郎の浮気や暴言が悲しいとでも?」


「それもそうですな。悲しいわけないですな」


 さっと目元を抑えていたハンカチを折りたたみ執事服にしまうじいや。


「でも最初は悲しかったわ。人は期待が裏切られると悲しいものね……」

  

 結婚初夜ジョーは緊張のあまりベッドに腰掛けたまま動けなかった。

 次の日ジョーは横たわったまま動けなかった。 

 更に次の日、エリーゼの肩に手を置いたまま固まった。

 そのまた次の日、顔を近づけたエリーゼのその美貌に気絶した。


 それからジョーは夫婦の寝室に現れなくなった。


「はあ……この見目麗しい顔のどこかに少しでも欠点があれば違ったのかしら。ね、じいや」


「左様でございますね」


 頬に手を当てるエリーゼは確かにとても見目麗しい。


「あら、でもあんなモラハラ野郎のためにこの美貌に欠点をなんて願うなんて……それもおかしな話よね」


「そもそもモラハラ野郎のために悩まれることさえ勿体のうございます」


 今となっては一度も関係がなくて良かったという思いである。もし一夜でもあれば夜な夜な思い出しては悪夢に悩まされていたかもしれない。


 ふぅと息を吐くエリーゼ。


 ジョーとて優しさを見せてくれた時もあったのだ。本当に最初だけだったが。


 大勢の人の前に出るのが苦手なジョーのために結婚式は中止。公爵ファミリーの美しい面々の前に出ることも不可能だったので家族だけの食事会さえできなかった。


 まるで光に弱い吸血鬼のようだができないものは仕方ない。


 でもある日のこと――


 公爵が結婚祝いで建ててくれた新たな男爵邸。エリーゼは親しい友人を呼び結婚報告を兼ねたお茶会をした。本当はジョーにも顔を出して欲しかったけれど引きこもりの彼にそんなことできるはずもない。


 楽しい時間だったがどこか寂しい気持ちを抱えながら部屋に戻るエリーゼ。


「エ、エ、エ、エリーゼ……さ……ま…」


 振り向くとジョーが顔を真っ赤にして立っていた。


「ご、ごめん……」


 そう言うとジョーは綺麗な花束を差し出してきたのだ。


 例え距離を取るためにめちゃくちゃ腕が伸ばされていようと、受け取るためにエリーゼが腕を思いっきり伸ばさないと手が触れられない位置に花束を差し出されていたとしても、その気持ちはとても嬉しかった。


 男爵邸に着て3日目のこと、毎日朝昼晩と食事を共にしていて気づいた。ここに来てからジョーの皿にサラダしか乗っていないことに。彼は照れながら言った。……顔は変えられないから痩せようかと思って、と。


「結局更にふくよかになってしまったけれど。子豚ちゃんから豚ちゃんにチェーンジってね」


 エリーゼがぽつりと呟いたのにじいやは気づいたが聞いていないふりをする。



 ジョーは彼なりに勇気を出してエリーゼと仲を深めようとしていたのだ。自分と違い類稀なる美貌、高貴な血筋を持つエリーゼにほんの少しでもふさわしくなろうと努力していた。


 王家や公爵家の縁者になったというプレッシャー、ただでさえ苦手な人目、格差婚とかあんな男がと言われることに負けじと己を変えようと頑張っていた。


 それは近くで見ていたエリーゼが一番よく知っている。



 これならうまくいくかもしれない。


 いや、きっとこの結婚生活は幸せなものになる。





 そんな思いは2ヶ月程で儚く消えた。





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