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34.矛盾

 あり得ない――。


 先程の出来事はなんだったのか……。


 茫然自失状態ながらも男爵邸に戻ったジョー。顔面蒼白で自室の椅子に腰掛け頭を抱えていた。


 本当なら今頃エドモンドと一番の親友になっているはずだったのに。なぜ今自分は自室に1人でいるのだろうか?


 こんなに似たもの同士が仲良くなれないわけがないのに。違うのか自分たちは?ふと横を見ると姿見が目に入る。


 醜い醜い、肥え太った男がそこにいる。


 ガシャァァァァァン!!!


「はははは、消えた消えた。あんなものは存在しないんだ」


 投げられた酒瓶と割れた鏡の破片が床に散らばる。


「ちっ!」


 誰かに片付けを――。いや、今は誰にも会いたくない。


「くそっ!最悪だ!!」


 今日は最高の日になるはずだったのに――おかしい。



 自分は完璧だったのに。


 クズどものせいで――本当に使えない奴らが多い。


 エリーゼもサイラスもエドモンドの知り合いなら彼が喜ぶものを用意したり、話に加わり場を盛り上げても良いものだろうに。


 妻なら夫の為に家臣なら主人の為に動くのが当たり前。


「気が利かない奴らが……っ!これだから出来損ないはダメなんだよっ!」


 目を閉じると今日の出来事が頭を駆け巡る。友人たちがこそこそと自分を見て嘲笑っていたことを――。


 あいつらもあいつらだ!


「どれだけ助けてやってると思ってるんだ!」


 金が無い金が無いと言うから奢ってやったり金を貸してやっているのに、誰一人としてほんの一部でも返したことはない。いや、まぁもしかしたらやるって言ったかもしれない。


 だが、友人ならそう言われても返すものだろう。


 彼らを助けてやっている自分に感謝してどれだけ持ち上げても崇めても足りないというのに、こそこそと嘲笑うなんてあり得ないだろう。


「クソがっ!!!あいつらなんかもう捨て……」


 彼らがいなくなったら新しい友人……できるだろうか?


 ちょっと想像ができない……かもしれない。


「ま、まああいつらは許してやるか」


 エドモンドは伯爵家、彼らよりも上位の爵位なのだから本心はどうであれ、彼を持ち上げるのは当然と言える。しかも伯爵家と接する機会なんてないだろうし、感動した故の愚行だと思っておこう。


 それにそれは言い換えれば自分がエドモンドを呼んだからこそ彼らは彼と接する機会ができたのだ。自分のおかげで。きっと奴らも自分に感謝していることだろう。そう思うとまあ悪い気はしない。



 …………

 

 …………そうだ。


 そうだったのだ。


 急に頭が冴えてくるジョー。


 悪いのはエドモンドだ。


 所詮血筋が良くお高く止まっているだけの高位貴族。エリーゼと仲が良さそうだったし、きっと血筋でしか人を見ない最低野郎だったのだ。


 それにサイラスとも友人のようだったし、あんな底辺野郎と付き合うようなやつなんて低次元の人間だったのだ。


 うんうん、そうだそうだ。自分は自分に相応しいものと付き合っていこう。


 ジョーは自分の矛盾した考えを全肯定し、再び出掛けた。



~~~~~~~~~~



 翌日


「ふふふ、昨日のジョーは面白かったわね」


 男爵邸の庭園に続く道を歩きながら嗤うエリーゼの隣をサイラスは思案顔で歩く。


 確かにいろいろな意味で面白かった。そもそも奇想天外な行動が面白かったし、顔面蒼白になり怒りやショックで身体もブルブルと震えていた。それなりにダメージを受けていた気はするが……。


「君の趣旨とはちょこっとズレていないかい?」


 ジョーから何も奪っていない。強いて言うなら憧れの君を奪ったと言えるのかもしれないが。


「皆の前で怒鳴られるし、噛みつかんばかりの顔で睨まれていたし、君の方がダメージを負ってしまったじゃないか。ジョーの非常識ぶりは皆に披露されたけれど」


 だからといって彼らはジョーから離れるわけではない。そもそもあんなやつだと理解した上で付き合っているのだから。だからこそそれを彼らは利用していると言うべきか。


「あらあら、サイラスは意外とせっかちさんねぇ」


 コロコロと笑うエリーゼの顔には何の焦りもない。歩くスピードもおっとりとスローペースだ。


「ジョーがちょこっと怖い顔をしているのが何?正当な理由なく感情のままに怒るなんて愚か者のすることだわ。そもそも豚さんがお腹すいたよーご飯おくれよーとブヒブヒ鳴いていたところで何が怖いの?」

 

 自分を見てくれ、褒めてくれ、持ち上げろ……あれもこれも欲しい欲しい欲しいと叫んでいるようなもの。そんな叫びなど怖いものか。


 あらあらと呆れるのみ。


 子供ならば小憎たらしくも可愛らしいのかもしれないが、可愛いもへったくれもない大の大人がそんなことをしても恥でしかない。


「まあ君が気にしていないならいいんだ」


「言葉なんてどうでもいいやつから何を言われても気にならないものよ。まして豚さんがブヒブヒブヒブヒ言っていても理解なんかできないし、理解しようともしないでしょ」


 即ちシャットダウン。ジョーが言う言葉などスルーである。彼の言葉は人間の言葉にあらず。まともに取り合う必要などない。


 サイラスの顔が引きつる。


 ひ、ひどいな……そんなおきれいな顔でそんなことを思っていたのか。自分とて弟に良い感情は抱いていないが、それなりの対話は試みているつもりだ。


 これが夫婦といえるのか。


 いや言える。2人は王に認められたれっきとした夫婦。


 世の中は不思議なものである。


「これからが本番よ」


「これから?」


「ええ、狩猟場で巻き散らした菌が彼を蝕もうとしているわ」


「あれだけ叫んでいれば菌も飛ぶだろうね」


「ええ、とても」


 いつもと同じようで違うことに彼は気づいているのだろうか。


 いつもは菌が発生してもジョーにとって悪いことは何も発生しなかった。周囲の者がうまくそれを抑えているから。だから彼は自分の言動が人にどう思われているかなど考えてもいないだろう。


 だから好き勝手大声をあげ、傲慢に振る舞うのだ。それが許される立ち場ではないのに。


 でも今回は彼に不幸が襲いかかることになる。


 ジョー自身のせいで――。


 そして、エリーゼが少ぉしだけ手を加えるだけで、それは取り返しのつかないところまでいくことになる。




 エリーゼは微笑む。


 その顔には見事な悪の華が咲き誇っていた。

 

 


 


 

 


 

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