3.お嫁にください
社交界はピリピリ、王の胃はキリキリという状態の時であった。
王の側近が主催した狩猟大会で王が暗殺者に襲われた。それを助けた者がジョーの父親である前ジャマル男爵だった。
王に向けて銃を構えていた暗殺者の近くにたまたまいた男爵。なんとも変な黒ずくめの男が構える銃口の先に王がいることに気づきとっさに飛びかかったのだ。銃口はそれ、弾は王ではなく近くの木に当たり暗殺者は無事捕獲された。
王が無事で良かった、男爵も褒美がもらえてホクホク。
ちゃんちゃんで終わるはずだった。
王の執務室にて何か欲しい褒美があるか尋ねる王に対し、男爵が王宮で土下座をしながら
「お、お願い申し上げますぅぅぅ!へ、陛下のめ、めめめ姪子様であああらせられるぅぅエリーゼ様を息子のお嫁様にぃぃくださいませんかぁぁぁぁぁぁ!!!」
と言うまでは。
王は男爵の緊張を越えたド緊張の様子に引いたものの、頭にある閃きが浮かんだ。
今になって王は思う。ただでさえ疲労困憊の中、王を危険に晒した責任を取り側近が謹慎となり疲労がピークに達していたのだ。謹慎となり嬉しそうな側近に殺意を抱くほどには疲れていた。正常な判断ができていなかったのだ。
――――――――――
男爵の叫びから数分後、彼らの目の前にはぜーはーと至急の呼び出しと聞き慌てて駆けつけた公爵の姿があった。弟に仕えること十数年、至急の呼び出しは王の暗殺未遂のときくらい。
この前命を狙われたばかりの弟を虐めるクソ野郎は誰だと息巻いていた公爵。話を聞き、先程とは比にならない程眦は吊り上がり、怒りのオーラが轟々と燃え上がる。
ひえぇぇぇぇと尻餅をつく男爵。
「こんな情けない家には嫁がせられない!」という公爵ににやりと笑う王。
「だからこそいいのだ」
と。
下手に高位貴族や低位貴族でも金があるもの、しかも顔の良い男だとエリーゼに張り合ったり家同士の問題やら浮気やらと苦労するかもしれない。
じゃあ金のない低位貴族から選ぼう。誰にする?
ちょうど目の前にいるじゃないか、探す手間が省けたイヤッホー。
それにこれだけ自分達に対し恐れや緊張を抱いているからエリーゼが蔑ろにされることなんてないはず。大事に大事に扱われるに決まっている。
イヤッホーは余計だが王の言葉にも一理ある。相手に金がなければ援助すれば良いだけ。むしろ有り難く思ってエリーゼを大切に……それはもう大切にするはず。
とはいうもののやっぱりエリーゼを低位貴族にやるのは勿体ない気がする。しかも……ちらりと男爵を見る公爵。目が合うとひぇーとまた伏せてしまう。
うむ……と渋い顔をする公爵。
顔が、失礼ながら顔が……
いわゆる中の下レベル。
親がこの顔では……。顔ではないと思うものの、やっぱりあの美貌にはイケてるメンズの方がしっくりくるというもの。いや、でもと悶々と考える兄を見て王はにやりと口角を上げ声を張り上げる。
「入れ!」
その言葉で室内に入ってきた人物に公爵は目を丸くする。
近くに寄ったその人物の隣に男爵を立たせるとジロジロと間近で顔を見比べる。
兄よ、いくらなんでも失礼ではと思うものの気が済むまで好きにさせる王。
公爵が口を開く。
「人類の神秘だ……中の下顔から上の中顔が」
バシッと王に背中を叩かれるもまだジロジロと2人を見る公爵。その言葉に苦笑いが零れる2人は逆に緊張がほぐれてグッジョブ公爵と思っていた。
「う……うむ…………まあこれなら。ちなみに婚約者、恋人はおらぬな?男色、ロリコン、ショタコンではないな?お、おお、そうだ!エリーゼを大切にすると誓えるか?」
なぜかテンパる公爵に男爵の息子はないですと引き気味に答えるが一旦間を置き表情を引き締めると言った。
「お互いに支え合えるような夫婦になれたらと思います」
その瞳の力強さに公爵の口からほぉと言葉か吐息かわからぬ音が漏れる。
まあ色々と調査して問題がなければ彼で良いかもしれない。それに弟にもいらぬ苦労をかけているようだし。公爵とて悪いという気持ちはあったのだ。うんうんとああしてこうしてとこのあとの段取りを思案する公爵に公爵様……と声がかかる。
ん?と視線を男爵の息子に向けると1つ問題があるとのこと。
話を聞き大した問題ではないと判断した公爵だったがこれが誤りだった。しかし、このときはそんなこと誰にもわからなかったのだ。
公爵はあることに気づく、
「私は公爵位を預かっているダラス・ライカネルだ。君の名を教えてもらえるかな?」
「は、失礼いたしました。私はこちらにおりますジャマル男爵の長男サイラスと申します」
サイラス・ジャマル――エリーゼの愚夫となったジョーの兄。
この後、1年程で身辺調査と当事者たちの顔合わせ、結婚式、支援額、新居などについて話は進んでいった。そしてエリーゼとサイラスの間に愛は芽生えはしなかったが親愛の情くらいは芽生えていた。
エリーゼに恋焦がれる男性陣は悲しみに暮れたが、それも一時のことだった。我先にと条件の良い令嬢にアプローチをし始めたからだ。
適齢期の未婚の女性がいる家の悩みは無事解決し、幾人もの親父たちがうれし涙を流した。
婚姻まであと数日。
世の人々は思ったような相手ではなかったが、彼女の姉たちのような大変な気苦労も駆け引きも必要がない穏やかで大切に扱われる結婚生活がエリーゼには待っているだろうと噂した。
本当にエリーゼの人生は順風満帆、幸せに満ち溢れたものだった。多くの者がそれを望み、そうあるように考え努力したからこそ得られた幸せ。
それが当たり前だった。
エリーゼは幸せすぎたのかもしれない。
少しの躓きも不幸もない人生。
その不自然なほどの過剰な幸せは
溢れて
流れていくということに
気づくものはいなかった。