29.狩猟大会
やって参りましたジャマル男爵家主催の狩猟大会の日。
ジョーは男爵家主催と声高らかに言っているが、仲間内のほんの数人の集まり。
エリーゼは用意されていた椅子に腰掛けゆったりとじいやと2人で豊かな自然を眺めていた。実に立派な木が生い茂る山。
この山はライカネル家所有の山の一つである。あまり狩りを好まずほとんど利用しない山なので公爵は狩りをしたいものに金と引き換えに貸し出ししているのだ。
ここで起こったことの責任は負いませんという条件付きでだが。
「エリーゼ待たせたな!」
いえ、あなたが予定より1時間早い時間を告げたことは知っていたので先程到着したばかりです
と言いたいところだが言葉には出さない。
エリーゼをやり込めてやったと嬉しそうなジョーは友人と娼婦たちを引き連れ至極ご満悦のよう。
取り巻きたちがエリーゼに向かい胸に手を当て頭を下げるのを見てジョーの顔がムッとする。
「何やってるんだお前たち!こんな落ちぶれた女に挨拶なんかする必要ないだろ!?」
その言葉に一瞬ゲッという顔をしたが、あんな美人に声かけるチャンスなんてないだろ?君が羨ましいよ!僕たちにもその幸運を少しわけてくれよと彼を持ち上げ機嫌をとっている。
うん、なんとも面倒くさそうなのによくやるものである。
取り巻きたちの努力の末、再びご機嫌となったジョーは娼婦たちの腰を撫で回しながら声を張り上げる。
「おい、お前たちこれが俺の妻だ」
さあ、戦え!と言いたげなジョー。自分を巡るバチバチの女の戦いを想像する彼の鼻が膨らむ。
だが、その場は静まり返ったままだった。
「お、おい…………「「「きゃーーーーーっ!」」」」
うおっ!エリーゼと男性陣は急に上がった黄色い歓声にたじろいだ。
「本物のお姫様よ!」
「めっちゃ綺麗!え!?人間!?」
「わかるー!超女神様ー!」
「ていうか、肌綺麗すぎない!?」
「ほんとじゃん!めっちゃ羨ましいー!」
きゃあきゃあと騒ぐ娼婦たち。
これは褒められているのよね?
「あ、ありがとう?」
引きつりながら微笑んで言うとまたきゃーーーーーっと悲鳴が上がる。
「「「笑顔綺麗すぎー!ご馳走様です!」」」
「お、お粗末様です?」
エリーゼを取り囲む彼女たちは安値のあまり教養のない娼婦だった。だからこそ自分を取り繕わない彼女たちは本音を表に出しまくる。
「帰れ!!!このブスの役立たずどもが帰れー!!!」
ジョーは暫く呆然としていたが、自分の置かれた状況に気づくと叫んだ。なんだ、この状況は自分と思ったのと全然違う。
色街を歩いている時に声をかけてきた女たち。俺に惚れたんじゃないのか?だから妻と引き合わせたらケンカになると思ったのに。女たちが自分を取り合う様を友人に見せて、自分がいかにモテるか見せつけてやろうと思ったのに。娼婦たちに不快な視線を向けられ、言葉を吐かれ悔しがるエリーゼの顔を見るはずだったのに。
ドスドスと足音を立てながらその場から離れるジョーを慌てて追いかけていく取り巻きたち。
そして娼婦たちは悪態を吐きながら山を降りていった。
エリーゼはほっと息を吐いた。なんとも嵐のようだった。
「エリーゼ、慌てる君を初めて見たよ」
「あら、サイラス。ご機嫌よう」
エリーゼの前に現れたのはばしっとキメたサイラスだった。エリーゼお抱えのデザイナーが腕によりをかけ仕上げた狩猟服を身に着け、髪の毛をバシッと整えたサイラスは文句無しにかっこいい。
この場にまともな独身女性がいたら彼の周りは人集りで大変だったに違いない。
ジョーの友人たちもちらちらとこちらを見てはなんとも惚れ惚れとした妬ましげな表情をしている。
男から見ても今日の彼は極上の男のよう。
「ふふふふ、あちらを覧くださいお義兄様。弟君が怖い目で睨んでいますわよ」
「はははは、本当に大丈夫なんですよね?義妹殿」
小言は勘弁だ。
サイラスに恨みがましい視線を寄越すジョーを見ながら、エリーゼは目をそっと細める。
本当に小さい男。
自分の方が上だと言いながら、サイラスには近寄らない。だって明らかに彼の方がイケメンだから。本当の自分をわかっているのに認めない、直視しないのだ。ダサいこと極まりない。
「大丈夫よ、ほらもうそろそろメインディッシュが来る時間だもの」
人をメインディッシュ扱いとは――失礼である。がその瞳は心の高鳴りが現れているのかきらきらと輝いている。
ずっと見ていたいほどの美しき光景。
だが、そういうわけにもいかない。姿はまだ見えないが複数の人の気配と微かな足音。
その姿が木々の間から現れると同時に人を魅了する空気が漂うよう。
正真正銘のカリスマ。
エドモンド・ハーメルの登場だ。
皆が見惚れる中、悠然と歩くエドモンドはジョーの前で足を止める。
「本日はお招き頂きありがとうございます」
「………………………っ、はっ……!」
声をかけられて暫く後に正気を取り戻したジョーはろくに返事もできない。皆が見ていることに気づき、慌てて何か会話をしようと試みるが何を話せば良いのかわからない。