28.憧れの男
「むふっ、くふっ……むふっ」
気持ち悪い笑い声がジョーの部屋に響く。笑うジョーの手元にはまたまた手紙がある。手紙を届けにきた侍女は背筋にゾゾゾォと寒気が走ったので慌てて視線をそらし退出する。
「あの人が……あの人が我が家の狩猟大会にやって来る……っ……くふっ」
嬉し笑いが堪えられないジョーは引き出しの中を漁る。
ぐちゃぐちゃに入れられた書類。その中からあるファイルを取り出し開く。
そこにはある1人の高身長のイケメンが美女と写っている新聞の記事がたくさん綴じられていた。ちなみに美女は全員違う女性。
男性の名はエドモンド・ハーメル。
この前サイラスが手紙を渡したあのエドモンドである。
この世の全ての人が認めるであろう絶世の美男、貴族界で抱かれたい男3名に挙げられる男。
ある一つの新聞記事を撫でるジョー。
そこには大きく
『夜の帝王!自分が女性たちを好きなのではない!女性たちが自分を好きなのだ発言!』
と書いてあった。
エドモンドに夢中になっている女性を好いていたある失礼な記者が彼に向かってこの女好きが!と叫んだことがあった。そのときに彼が言った言葉だ。
エドモンドは多少遊んではいるが自分から近づいているわけではないし、女性から近づいてきているのに女好きとは心外だと思って素直に言っただけなのだが……。それをなんかこんなふうに大々的に記事にされちゃったりして、彼にとっては大恥をかいたと思っている黒歴史だったりする。
だがそんなことをジョーは知らない。
爵位は伯爵だが、歴史が深いながらも事業にも成功している超お金持ちのハーメル家。そこの嫡男。人生勝ち組。
そして、高身長、イケメン!
女にモテる。
モテる!
モテる!!
ジョーの憧れの人。
自分もこんなふうになりたいと思っていた。なんとかお近づきになりたいと思い、食事会やパーティーの招待状を出したりしてきたのだが一度も良い返事はなかった。
だが今回狩猟大会に参加すると返事が来たのだ。嬉しくないはずがない。
ジョーにとって手の届かぬ天上人。
だが今まで断り続けてきたのになぜ?
ハッとするジョー。
自分でも最近思っていたことだが……。またぐふふと声が漏れる。
彼に認められたのだ。
金を持っている、黙っていても女が近寄ってくる、たくさんの女を囲っている(エドモンドは決して囲っていない)、友人もたくさんいる。
自分でも最近の自分は彼に近づいていると思っていたのだが、彼もそう思ったに違いない。
もしかしたら大親友になれるかもしれない。
ぐふふふふふ……笑いが止まらない。
視線を横に向けるとそこには醜い顔に肥え太った身体、薄い頭髪の男が映った姿見があった。視線をばっと逸らす。
自分は何も見ていない。
再びちらりと見るとやはり先程目にした太った醜い男がそこにいた。ブンブンと頭を振る。自分はあのエドモンドに認められるようなナイスガイなのだ。
夜会で見たエドモンドの姿を思い出す。そして、姿見に視線を移す。エドモンド、エドモンド……憧れの男エドモンド。最近似てきているエドモンド……。そこにはエドモンドが映っていた。
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自室の椅子に腰掛けるエリーゼはとても気分が良かった。きらきらと輝く目、自然と緩む頬、上がる口角、隠しきれぬほどの喜びが彼女から溢れ出している。
~~~~~♪
「エリーゼご機嫌だね」
おっと鼻唄を歌っていたようだ。
「あら、失礼。ええ、とっても上機嫌よ」
エドモンドからの諾の返事を伝えに来たサイラスはエリーゼの様子に目を細める。
「なあに?」
「そんなにうれしいかい?」
「ジョーの苦渋の表情を思い描くとちょっとね……ふふっ」
今回の作戦はよっぽど自信があるのだろうか。でも少し面白くない。
「……ジョーの顔など浮かべても気分が悪くなるだけだろ?」
あの醜い顔を思い浮かべても面白いも何も無いだろうに。
「まあ、酷い兄上ねぇ」
酷いと言いつつ、その目はとても愉快そうにサイラスを見つめている。
「ね、ね、あなたも狩猟大会に参加してよ。一緒にジョーの面白い顔を見ましょう?」
なんやかんやいって彼の悔しそうな顔をまだ見ていないエリーゼ。今回は見られるはずなのだ。せっかくなら日々彼に馬鹿にされているサイラスにも見せてあげようと思う。
「あいつが許可するかな?」
「大丈夫よ。許可も何も彼の方から何が何でも参加しろ!当主命令だ!って命令してくるわよ。きっとジョーはまた大いなる勘違いをしているから」
うーん……サイラスが申し出ると断る可能性が高い。しかし、自分がいかに上の人間かを見せつけたいジョーなら参加させようとするかもしれない。
賭けでしかないが、とりあえずジョーから声がかかるのを待ってみようか。エリーゼのこの嬉しそうな笑みを曇らせたくもないし。
きっとジョーの苦渋の顔を見た時のエリーゼは美しい顔を見せてくれることだろう。ジョーの顔には興味はないがエリーゼのその顔は見たい気がする。
「じゃあ、参加しようかな」
その言葉に一層目を輝かせるエリーゼ。本当に眩しい笑顔にサイラスは微かに目を細める。
「仕事は休みを取れるようにお父様にお願いしておくから」
「ありがとう」
「あ、それと」
うん?まだ何かあるのだろうか?
じろじろと何やら身体を見ているが……。
「その顔に相応しいかっこいい服を着てくるのよ?ああ、私が手配するからそれを着てちょうだい」
「えー……それは」
大丈夫なのだろうか。きっと後からごちゃごちゃ言われるような気がして嫌なのだが。
「大丈夫よ。きっと彼はあなたのことなんて気にしていられないから」
「うーん、まあそれなら」
彼女のお願いだし、彼女がそう言うならきっとそうなるのだろう。彼女はそういう星の下に生まれた女性だ。それにせっかくのエリーゼからの申し出を断りたくもない。
「ふふふ、あなたのその顔と身体にふさわしい服を早急に仕立てるわ!
たまには目の保養をさせてちょうだい?」
こてんと首を傾げてのおねだりに薄っすらと頰が熱くなるサイラスだった。