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27.エドモンド

 エリーゼに手紙を託されたサイラスは硬すぎず、柔らかすぎない絶妙な座り心地の椅子に腰掛けていた。


「入るぞ」


 ノックもなしにガチャリと扉を開けて入ってきたのは、すらあと伸びた長い手足、筋肉が程よく付いた肢体、切れ長の色気のある紫色の瞳。柔らかそうな手触りの栗色の髪の毛を持つ絶世の美男だった。


「急にすまないな、エド」


「いや、構わないよ」


 入室してきた男は机を挟んでサイラスの正面にある椅子にドカッと座りその長いお御足を組む。そんな様さえも一つの絵画のような男。


 エド――彼の名はエドモンド・ハーメル。


 その美貌から社交界で抱かれたい男3人に挙げられる御年22歳独身男。


 いや、彼は美貌だけの人間ではない。ハーメル家は爵位こそ伯爵だが、歴史が深いながらも事業に成功している超超超お金持ち。彼はそこの嫡男である。


 環境に甘んじず学園を首席で卒業。親の事業を手伝えば、他国の大商店と契約を結ぶスーパーやり手マン。今独身女性たちの間で人気ナンバーワンの独身男。女性だけでなくたくさんの友人にも恵まれており、皇太子とも非常に仲が良い。


 ライカネル公爵家とも交流があり、サイラスとは仕事の関係で気が合い出会ってわずか1年程だが大の仲良しである。


「これエリーゼ様から君にだって」


 そう言ってサイラスが差し出したのはエリーゼから頼まれた手紙。


「エド……どうしたんだ?」


 なかなか伸びてこない手。


 エドモンドは恐怖に引きつった顔で固まっている。


「エド?おーい、大丈夫かい?」


 目の前で手を振られてハッと動き出したエドモンドは、慌てて目の前にあったお茶を持ち上げゴクゴクと音を立てながら飲み干した。ふぅーっと自分を落ち着けるように深い深呼吸をした後、恐る恐る手紙を受け取った。



 だが、なかなか開けない。



「………………本当に大丈夫かい?」


「あ、ああすまない。エリーゼ様からの手紙とか恐怖でしかないからな。手紙っていうかもうエリーゼ様の名前を聞くだけで怖いぐらいだよ」


 その言葉に苦く笑うサイラス。


 そう彼こそエリーゼが夢で見た男の子。こんなに可愛い子がこの世にいるのかと思い、足を引っ掛けたり、わざとぶつかったりして気を引いて仲良くなろうとしたのだ。


 今思えばそんな行為普通に嫌がらせでしかないのだが、子供心にどうすれば仲良くできるか考えての行動だった。


 だがある日またぶつかったら彼女のブローチが落ち、それが隣国の皇太子からの贈り物だったからビックリ。そして泣きじゃくるエリーゼにもビックリ。周囲の怖い視線にもビックリ。


 そして何より抱きつかれて


 「おいたはほどほどにね」


 と言われたことに大仰天。


 彼女の言動がわざとであること。涙も演技であることを理解した衝撃といったら……もうトラウマでしかない。


 女ってこえーと軽く女性恐怖症になった。年を経て、怖いのは女性ではなくエリーゼだと理解し、多くの女性と新聞に載っちゃったりしているので自分もれっきとした男なのだと我ながら呆れているところ。


 だが一応一線は越えていないし、女性を見極めるためのデートだというのに夜の帝王とか書かれちゃうし新聞記事というのは失礼だと思う。


 それはさておき、思いっきり手紙を睨みつける。が、この薄い封筒から何かヤバいものが飛び出してくるはずもなし。


「と、とりあえず読んでみよう」


 ペーパーナイフで丁寧に開封していく。封筒一つさえ粗末に扱ったら何かされるんじゃないかと恐怖なのだ。


 彼女は本性を見せたからだろうか、あの後何かとこき使われるようになった。主に彼女に嫌がらせしてくるやつを成敗する手伝いを。そんなことをしているうちに皆目が腐っているのか仲が良いと周囲から思われるようになっていた。


 15歳のときだったか息子ならいけると鼻息荒く父親が婚約の申し込みをしようと言い出した。希望と欲望に満ちあふれた目をキラキラと輝かせる父には悪かったが、思いっきり鼻水を垂らしながら大泣きしてそれだけは嫌だと父親の足にしがみついたのは良い思い出だ。


 あの時の父親のドン引き顔は今でも覚えている。


 久しぶりのエリーゼからの指令。


 緊張で震える手でそっと手紙を取り出し、丁寧に折りたたまれた手紙を開いてゆっくりとじっくりと読む。


 なんやかんやいって無茶振りもあったが何か攻撃されるわけでもなく美味しいお菓子やジュースを出してもらえるは、誕生日には高価なプレセントをもらえるはの好待遇を受けていた。


 気づけばそれなりの友人としての関係性を築いていた。

 

 お願いは聞いてあげたいと思う。無茶振りでさえなければ。まあイエッサー!以外の返事はあり得ないので、そう願うばかりなのだが。


 頭に刻み込むように何度も何度も繰り返し字を追い続けていたエドモンドの目の動きが止まり、サイラスに視線が移る。


 その手はもう震えていなかった。


「エリーゼ様に承知しましたと伝えてくれ」

 

「あ、ああ」


 すっとどこか含みのある視線を向けられドキリとするサイラス。つくづくいい男だと思う。決して恋愛感情ではないが。


「お前と結婚していればエリーゼ様もこんな目に遭わなかったし、報復なんかしなかっただろうにな」


 その言葉にサイラスは再び苦い笑みを漏らす。どうなのだろうか。弟の豹変ぶりを見るに人なんて環境で変わるものな気がする。自分だってどうなっていたかなんてわからない。


 とはいうものの、あんなふうにはなっていないと思いたい。


「いや、違うか」


 ?


「エリーゼ様は神々に愛されているからこそか」


 ?????


 何を言いたいのかわからず首を傾げるサイラスにんー……と言葉を探すエドモンド。


「今の彼女とても生き生きとしているだろ?」


 神々が彼女を愉しませたいが為に与えたとでも言いたいのか。いやいや、あんなやつに蔑ろにされるなんてどんな罰ゲームだよ。


 とはいうものの……まあ、確かに最近の彼女はとても愉しそうで生き生きと輝いている。その理由が報復であったとしても。サイラスの同意顔を確認したエドモンドは先を続ける。


「あと本物の運命の相手であるお前への教訓の提示」


「は?」


「彼女を蔑ろにしたらこんな目に遭うんたぞーってお達し」


「なんだよそれ」


 そもそも彼女と結婚するのは自分だったはず、それなのになぜそんな遠回りなことをする必要があるのか。  


 むしろ


「……俺とは結ばれない運命なんだと思ったけどな」


 本当に結ばれるものであるならば、あのときに結婚できたはず。本来であれば話すこともその姿を間近で見ることさえ叶わなかったであろう高貴な高貴なお姫様。それがなんとも不思議な縁で繋がったと思ったら何の予兆もなく急に断ち切られた。


 それが神の意志でなかったらなんだというのか。それほどまでに自分はエリーゼの相手として相応しくないということではないのか。


 エドモンドは考え込むサイラスを観察するが彼の言葉にどのような感情が乗っているのかまではわからなかった。


 ただありのままの事実を受け止めているだけなのか、そこに悔しさ、悲しみはあるのか?じーっと見つめ続けるがやはりわからない。


「…………エド、俺の顔に何かついているかい?」


「いや、今日もお前は安定のイケメンだよ。これで23歳独身恋人なしなんて勿体ない」


 君に言われても現実味がないな、と笑うサイラスにむしろ感情を顔に書いてくれと思うエドモンド。


 いや、もしかしたらサイラス自身にも自分の気持ちがわからないのかもしれない。



 サイラスの友として、彼がエリーゼのことを恋い慕っているというのならば少しばかりキューピッドになろうかと思ったのだが。エリーゼの友としてもきっと彼女に幸せが訪れると思うし。うんうんと心の中で頷くエドモンド。


 でもなんとも思っていなかったら余計なお世話というもので。うーんと首をひねるエドモンド。






 ま、とりあえずエリーゼ様の指令を遂行するとしますか。

 


 考えることをやめたエドモンドだった。

 




  

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