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23.報い2

 父親の言葉を聞きマリベラは憎悪が渦巻くのを感じた。エリーゼ……憎い、憎くて仕方がない。自分が今こんな目にあっているのはあの女のせいだ。アリアドネにへこへこする父親の姿を見るのも。父親が自分に酷いことを言うのも。アリアドネがまるでここにマリベラが存在しないかのように無視するのも。


 全部全部あの女のせい。


「なんと……どこまで愚かな娘なのでしょう」


「お、お前は自分がどんなことをしでかしたか理解していないのか?」


 2人の視線がいつの間にかマリベラの憎悪に染まる顔に向かっていた。しまった、表情に出し過ぎたと思ったものの、今更気づいても遅い。


「あ、あの……お父様……私は「お前!」」


 父親の怒声に言いかけた言葉が詰まる。


「なんだその顔は!自分がしでかしたことも理解していないのか!?お前は何様だ!たかが愛人の娘の分際でエリーゼ様に、公爵家に喧嘩を売るとはどういうつもりだ!今まで育ててやったのに恩を仇で返されるとは思わなかったぞ!お前が!お前が悪いんだ!お前が全て悪いんだ!」


 マリベラはその言葉に顔を引きつらせた。頭の悪い自分にもわかる。父親が全部マリベラのせいにしようとしていることに。


「早くこの家から出ていけ厄病神が!二度とその顔を見せるな!」


 心が折れ表情が消えるマリベラ。これでいいですよねとばかりにアリアドネを見る侯爵の顔色がさあ……と青褪めた。彼女の持つ扇子が真ん中でぽっきりと折れていたからだ。


「あなた、このまま何もなかったことにできると思っているの?」


「い、いや……そんなことは思っていないよ……」


 再び侯爵の顔から冷や汗が噴き出す。


「そうですか。ではあなたはその座を退いて婿殿にさっさとお譲りくださいね」


「そ、そんなまだ早いだろう?それに婿殿って……まだ婚約しているだけじゃないか!」


「ああ、今回の件で早急に結婚することになりましたの。あの子もとても喜んでいましたよ。あの子ったら婿殿に夢中ですからね。見た目も磨き、教養、領地のこと、政治についてもとても頑張って勉強していましたもの。家を妻を良い方に導ける婿殿を迎えられて我が家は幸せですわ」


「いや、だが……」


「しかもこの前また陛下からお褒めの言葉と褒美をいただいたそうですよ?本当に我が家に来ていただけることに感謝し大切にしなければなりませんね。…………同じ婿でもこうも違うとは虚しくなりますわね、ねぇあなた?」


 満面の笑みで言われた言葉に侯爵はもう何も言葉が出なかった。


 用はないとばかりに夫から視線を外したアリアドネは初めてマリベラと視線を合わせた。ビクリと身体が跳ねるマリベラ。


「今回のことはあなたの責任。ですが何も教育してこなかった無責任なそこの男の罪も大きいでしょう。そして私も見たくないものから目を背けてしまった罪があります」


 誰かが彼女の行動を把握していれば起こり得なかったことと言える。ジョーの愛人であることは把握していたものの、まさかエリーゼにそんな態度をとっているとは思ってもいなかった。


 もちろんマリベラが一番悪いのだが。愛人の娘であろうと家を背負うものとしてそれを傷つける可能性があるものは管理するべきだった。


「この屋敷は壊す予定です。そこの男はこれ以上あなたの面倒を見る気はないでしょう。そして私もまた見る気はありません」


 はっきりと突きつけられた現実に唇を噛むマリベラ。


「自ら住む場所、職を探しますか?それとも娼館にでも行きますか?」


 娼館は絶対に嫌だ。でも働く……できるだろうか自分に。視線を彷徨わせるマリベラの耳に息を吐く音が聞こえてきた。


「エリーゼ様とその夫に近づかないと誓えますか?」


 その言葉にこくこくこくこくと頷くマリベラ。近づかない、いやむしろもう近づきたくない。もうエリーゼなどどうでも良い。あの醜男も。


「1人男を用意しました。顔は醜く、稼ぎは普通。その者に嫁ぎなさい」


「え……」


「あら、そんなに嬉しいですか?ほほ、あなたは醜い男が好きなようですからね」


 そんなことはない。醜い男など嫌いだ。


 でも、言えるわけがない。


「は……い」


 マリベラはそう言うしかなかった。





~~~~~~~~~~



「……奥様、随分と甘いお裁きでごさいましたがよろしかったのですか?」


「あら、そうかしら?」


 侯爵邸に戻る途中、侍女がアリアドネに話しかける。


「旦那様には情もお有りでしょうが……あの愚かな娘に対しては甘すぎると思います」


 しかも醜男と言ってもジョーほどではないし、何よりも性格が良いと評判の男だった。


「マリベラは母親もなく、頭も悪く、父親と母親の愛欲の末に生まれた可哀想な娘でしょう?貴族たるもの哀れなものには優しくしてあげなければ……そうでしょう?」


 教育もまともにされていない娘。愛人の娘。父親から薄っぺらい愛情しか向けられなかった娘。エリーゼを嘲る程自分が愛され偉い人間だと思っていた彼女がそのことを認めるのはとても屈辱的なことだろう。


 だがそもそもその姿こそが彼女なのだ。


 ただ彼女が自分の価値を勘違いしていただけで。



 ふふふふっ……なんとおめでたい頭なのか。なんと滑稽なのか。


 ああ――可哀想で仕方ない。




「どちらかといえば情がある分あの人の方が憎いかもしれないわ。あの人にとっては甘い裁きなどではないわよ?貧乏伯爵家のお坊ちゃまが侯爵としてちやほやされてきたのよ?急な侯爵交代……皆何かあったと気づくわ。離れていく人々、好奇の視線。あの人に耐えられるかしら?ふふ、彼に居場所なんてないわよ」


 ライカネル公爵家程ではないが、ブリンガー侯爵家もなかなかのお家柄。皆地雷には触れないだろう。どうせ居場所がないのならば命尽き果てるまで敷地内にある畑でも耕していればよいのではないだろうか。


 離婚はしない。


 自分の手元から離してやらない。


 エリーゼと違い自分は夫を愛しているから。


 なんやかんやいって父から侯爵家を任されて数年家を共に守ってきたのだ。全てを奪って放り出すことはできない。


 惚れたら負けということなのか。




 では夫になんの感情も抱いていない彼女はどこまでやるのだろうか?いや、考えるまでもないこと。彼女にとって今や制裁対象でしかないあの男には地獄しか待っていないだろう。




 エリーゼには自分の分まで思う存分やってほしいと思うアリアドネだった。






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