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2.じいやの涙

「じいや」


「は、こちらに」


 エリーゼの呼びかけに誰の姿も気配も無かったはずの廊下に1人のナイスミドルな白髪の執事が現れる。


「彼はしてはならぬ罪を犯しました。愛人と夫婦の寝室で行為に及ぶ、そして公爵家を馬鹿にするなど……許しがたい愚行。あの勘違い豚野郎を地獄に叩き落してやるわ」


 この国では貴族や金持ちが愛人を持つことは珍しくない。だが自宅に招き入れることはタブー。愛人のために家を建てる、借りるなどするのが紳士の心得。愛人は金があることの象徴にして家庭とは別で楽しむものであくまで娯楽。


 だから愛人の子には継承権もないし、愛人を後妻に迎えることもタブー。稀に迎える者もいるが貴族社会で白い目を向けられることになる。


 そもそも愛人を囲うことに紳士の心得とは意味不明だが、基本的に男社会。男に都合の良いように考えられているのは致し方ない。


 何よりもあの男は公爵家を馬鹿にした。今の彼が手にしているものは全て公爵家のお陰だというのに――。恩知らずにも程がある。


 

「賢明なご判断にございます。この時をじいは心よりお待ち申しておりました」


「あら、じいが喜ぶならもっと早く決断すればよかったかしら?」


「私の心でエリーゼ様が何かをお決めになるなど滅相もございません。全てはエリーゼ様の御心のままに」


 その言葉に甘いんだからと微笑むエリーゼにじいやは泣きそうになる。


 真っ直ぐに伸びた腰まで届く髪の毛は光り輝く美しい金色。瞳は美しい海を思わせる神秘的な透き通るような青色、鼻梁はすっと通り、紅いらずの桜色の唇。それらが絶妙なバランスで配置された顔。手足はすらりと伸び、引っ込むところは引っ込み、出るところは出ている見事ながらも下品にならない美ボディ。


 なぜこの女神も嫉妬する美貌と尊い血筋を持つ姫様がこんな目に遭わないといけないのか。


 幼い頃から面倒をみてきた、いや恐れ多くも仕えさせていただいている公爵家の大事な姫君。


 本来であればあんな男爵家の次男ごときが顔を直視することさえできない存在なのだ。


 エリーゼの夫ジョーはジャマル男爵家の次男で22歳。エリーゼと結婚したことで父親から爵位を受け継ぎ男爵となった。


 ジャマル男爵家は昔ちょこっと仕事ができた先祖が上司の伯爵が機嫌が良かった王に男爵位余ってるからやるよと言われたものの、いらないっすからこいつにやったらどうっすか的に与えられたのが始まり。


 なんかしょうもない始まりだった。それにふさわしく特別な功績も挙げられず、優秀な者も輩出できず、領地もないまま貴族手当だけもらう今の名前ばかりの貴族に至る。


 そしてジョー自身についてだが、才がないのは言うまでもないのだが……


 見た目について


 言葉を選べば


 ・下の下のお顔ですね。

 ・身体につくお肉は重くないですか?


 言葉を選ばず言ってしまえば


 ・ブス

 ・デブ


 であった。


 ちなみに髪も瞳も帝国で一番多い無難な茶色。


 そして性格はもともとはじめじめと暗く引きこもりがち、現在は最低モラハラ浮気野郎である。



 それに比べエリーゼ御年19才はここ世界最強国と謳われるフラメリア帝国に存在する3つの公爵家の1つライカネル家の5人兄弟の末っ子としてこの世に生を受けた。


 父は現国王の兄で母はライカネル公爵家の一人娘。長兄は東隣の国の王家の姫を迎え、長姉は西隣の国の皇太子妃に、次姉は国内の公爵家の嫡男と婚姻している。


 ちなみに次兄はまだ独身だが侯爵家からの猛アタックの末その家の娘と婚約中である。


 お見事としか言えないお家柄。


 しかも美形と結びつくことが多かったからだろうか、皆とてつもなく顔がよろしかった。それは他国の王や姫を虜にする程に。


 その中でもエリーゼは特に美しく、家族も使用人もそれはそれは大事に育ててきたのだった。何か悪いことをしても微笑めばだいたい許してもらえたエリーゼは我儘に育った……


 ということはなく与えられた優しさを人に与える優しい少女と評判になった。その穏やかな微笑みに優しい心根に、何よりもその美貌に多くの求婚が国内から他国から届いた。



 家族や使用人からの惜しみない愛情、最高の血統、最高の教育、彼女の生活は完璧だった。数多くの良い男からの求婚、その中から最高の男を選べばもう超超超完璧だった。


 そうエリーゼには生まれて没するまで輝かしい人生しかありえないはずだったのだ。


 それが様々な要因が重なりこんなことに…………。


 じいやの目からほろりと一筋の涙がこぼれた。




 娘を溺愛する公爵はなかなかエリーゼの婚約者を決めることができなかった。いや、決めようとしなかった。


 彼の口癖は


『まだ早くね?』


 だった。


 このときエリーゼ15歳。




 この国では16歳から結婚が許されている。高位貴族であれば家同士の関係などで早く婚約を結ぶものだがライカネル家が末っ子の婚約者を決めないことで貴族社会はざわついていた。


 エリーゼと同じようなお年頃の男の子がいる有力な家々が婚約者を決めなかったのだ。


 なぜか?


 エリーゼと結婚できる可能性があると思っていたからに他ならない。


 美貌、血筋、性格と申し分ない。むしろ拝むほどに持ち合わせている。


 それだけではない。公爵が以前多くの貴族がいる前で言ってしまったのだ。


 『エリーゼの夫には身分は問わない。彼女を最も幸せにできる男と結婚させる』と。


 有り余る権力、華麗なる家系図、これ以上は求める必要がないのだから、末っ子くらいには幸せ優先の結婚を……そして良い相手がいなければ家にいていいんだよ、という下心からの発言だった。


 高位貴族だけでなく低位貴族でも金のあるもの、歴史のあるもの、権力のあるもの、多くの家が男がエリーゼを妻に嫁に欲しかった。だからエリーゼの婚約者が決まるまでは婚約者を決めないという事態になってしまった。



 それに伴い困ってしまったのは誰か?


 婚約者が決まらないご令嬢とその家だ。


 昔からの友に、知人に、金持ちに、権力者に、うちの娘をご子息の婚約者にいかが?


 と申し出ても


『エリーゼ様がまだ婚約されていないから』


 と断られてしまうのだ。


 早く婚約者を決めるということは、幼い頃から婚約し交流させることで政略結婚であっても心が通い合うかもしれないという親心から。


 そして有望株の首に縄を付けておきましょうという下心から。


 だというのに何年経っても決まらぬ婚約者、娘は年を取るばかり。


 いや、もう16歳過ぎちゃったのに婚約者いないんですけど状態になる令嬢多数。


 

 いい加減エリーゼ様の婚約者を決めてください!と表立ってエリーゼラブの親バカ公爵に言える勇者は貴族内になし。その矛先は公爵の弟である王に向けられた。


 毎日貴族から来るエリーゼの婚約催促の書状。


 エリーゼの婚約催促を願う謁見。


 それに伴い自分の家こそがエリーゼの嫁ぎ先にふさわしいという書状。


 息子を自分を推してくれと願う謁見。




 王は思った。


『自分はエリーゼの父ではない』と。



 王にとっても可愛い姪。本当に、本当に可愛い姪である。兄の気持ちも痛いほどよくわかる。


 

 だが


『兄上よ、いい加減に早くエリーゼの嫁ぎ先を……いや、せめて婚約先を決めてくれ』と心から願う王。



 王は少々お疲れモードだった。


 






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