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19.愛人たちの末路

  《赤い口紅の愛人視点》



「ねえ落ち着いて、これを外してちょうだい」


「僕は落ち着いているよ」


「聞いてちょうだい。私は嫌だったの。ジャマル男爵に無理矢理関係を迫られたのよ。ほら、彼大きいから怖くて断れなかったのよ」


「うんわかっているよ。君が僕を裏切るわけないよね」


「そうよ。わかってくれてうれしいわ!」


「でも今回のことでよくわかったんだ」


 何をわかったというのか。いつものようにその笑みは爽やかなのに、嫌な胸騒ぎが止まらない。


「やっぱり君は魅力的なんだって!外を出歩いていたらまたいつ襲われるかわからないってことをさ!」


「じ、侍女もいるし大丈夫よ。と、とりあえずこれを外して?ね?」


 彼女が身動きするとじゃらりと手と足に付けられた枷の鎖が音を立てた。


 夫が穏やかな微笑みを浮かべながらふりふりと黙って頭を振る姿を見て頭に血が昇る。


「私にこんなことしてお父様とお母様が黙っているわけないわ!」


「ああ、ご両親の許可はとってあるから大丈夫だよ」


 妻の激昂に気を悪くするでも動揺するでもなく、平然としている夫。


「う、嘘よ」


「本当だよ。新たに抱えた借金を肩代わりすると言ったらすんなりと許してくれたよ?」


「な!?」


 結婚前から執着といえる感情を自分に抱いていた夫。ギャンブル狂いの父親の借金を肩代わりしてもらう条件で結婚したのだが、好きにお金は使わせてもらえるし、大切にしてくれるし、この生活も悪くないと思っていた。


 両親とはこれ以上の借金はしないと約束して結婚したので安心していたのに、新たな借金をしていたとは――自分の親ながら本当に情けない。


「だから安心して僕の側にだけいればいいんだよ。君にとってもその方が幸せだろう?」


 さも当然のように笑う夫に背筋がぞおっと凍る。


 こんな手枷をつけられ、屋敷に軟禁されることが幸せなわけが無い。


「いや、誰か……誰か、助け…………」


 侍女たちは誰も反応しない。


 ああ、ジョーと浮気などしなければこんなことにならなかったのだろうか。


 優越感などに浸らなければ――後悔しても時間は元に戻らない。



 《 ふくよか夫人視点 》


「う、嘘でしょう?」


「いやぁ、無理だよ」


「なんでよ!?酷いわ!」


「いやいや、君があんな醜い豚男爵とやったのがいけないんだろう?」


 それは……でも、でも…………。


「だからといって、な、なんで私のことが抱けないのよ。跡継ぎだって必要なのよ!?」


 夫婦のベッドの上で向かい合う2人。


 義父母から跡継ぎはまだかまだかと催促の嵐なのに。今日は妊娠しやすい時期なのに。


「……君の顔を見ているとちらつくんだよ彼の顔が。彼の顔ってほらあんまりよくないだろ?生理的に受け付けないっていうか気分が悪くなるんだよ。それにプライドっていうものが男にはあるんだよ。あんな不細工な男に妻を寝取られたなんて、やる気も起きないよ」


「でも……」


「君も気が利かないよね。どうせやるならいい男にしてくれよ。自分もなんか同列になった気がするもんなぁ」


 妻が他の男と致していたことに憤る様子の欠片もない夫。それどころか愛人がいい男だったらと呑気なものである。


「いい男が相手してくれるわけないじゃない……」


「ああ君太ってるもんな」


「な!?酷い……」


「なんかさっきからごちゃごちゃ言ってるけど、君が悪いのわかってる?愛人って。しかもエリーゼ様の夫だなんて……普通に手を出していい相手じゃないだろ?エリーゼ様が心の広い方だったからなんのお咎めもなくて良かったよ」


「それは悪かったと思っているわよ!だけど「とにかく!」」


「無理なものは無理だから。ま、その気になるまで気長にいこうよ」


 そう言っていそいそと1人布団に潜り込む夫。


 気長にって……義両親からそろそろ子供ができなかったら離縁だと言われているのに。このままでは離婚されてしまう。


 政略結婚であったものの、おおらかな夫に心惹かれ一生を共にしたいと思っているのに。夫は違うのだろうか。


 夫は度々キツイ香水の匂いをつけて帰ってきたことがある。所詮遊びだと馬鹿にしていたが、このままでは他の女に妻の座を奪われるかもしれない。


 夫が自分にまた触れてくれる日がくることはあるのだろうか。


 気持ちばかり焦るがなるようにしかならぬこの状況。


 自業自得という言葉が頭に浮かんだのだった。




 《 ヤハ夫人視点 》



「あなた……ねえ、あなたどうして何も言わないの?」


「妊娠する時期には関係をもっていないんだろう?ならば私の子だ」


「そ、そうよ!あなたの子に違いないわ!」

 

 お茶会では動揺してしまったがきっと主人の子で間違いない。ちゃんと時期を計算してやっていたし。大丈夫なはず。


 でも違う、今夫に言いたいことはそういうことではない。


「あなた……ねえ……ねえ!こっちを見てよ!私を見て!」


 会話をしながらも一切妻を見なかった男爵の視線がやっと妻に向いた。しかし、その瞳からはなんの感情も見受けられない。


「なんだ?」


「私はあ、あの男と関係をもっていたのよ!なんで責めないのよ!?」

 

「君が誰と関係をもとうが構わないよ。後継ぎさえ産まれればそれ以外は好きにすればいい」


 そう言って興味なさげに視線をすぐにそらされた。


「そんな……妻が、あんな、あんな醜い男と閨を共にしたというのに」


「?何を言っているんだい?君が彼を選んだんだろう?君の好みが彼だっただけのことだろう?私は人の好みにとやかく言いはしないよ」


「あんなのが私の好みなわけないでしょう!?」


「そうなのかい?ああ、エリーゼ様には形だけでも謝罪の手紙を送っておくように……いや、私の名前で送ろう」


「か、形だけ?」


「ああ、別に君にあんな浮気男を寝取られたくらいで怒るような方ではないだろうけれど。公爵家の姫君だから礼儀は尽くすべきだろう」


 話は終わったとばかりにさっさと自室に向かう夫をヤハ夫人は止めることができなかった。



 一人残された夫人はその場に座り込む。


 わ、私はこの子があいつの子じゃないかとか、あなたが嫌な思いをしていないかとか不安で仕方ないのに。 


 私に興味のないあなたが嫉妬してくれたり、家のことを心配して叱ってくれたりとか向き合ってくれると思ったのに。


 夫は全てどうでも良いのだ。



 両親も友人も公爵家の怒りを買いたくないと離れていった。エリーゼが動く前は皆笑っていたくせに。気付かないとでも思っているのだろうか。あんなやつらいなくても構わない。


 だけど


 たった1人の味方であるべき夫は何をしようと無関心。


「ふふっ……ふふふふっ……はははははははっ!」


 心にぽっかり穴があいたようだ。


 いや、元から空いていたものが広がっただけか。

 

 でも友人も失った。


 これが孤独というものか。


 夫人は狂ったように笑い続けた。





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