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18.ご機嫌伺い

 数日後


 コンコンとエリーゼの部屋の扉が叩かれる。


「どうぞ」


 エリーゼの入室許可を得て部屋に入ってきたのは義兄のサイラスだった。


「あらサイラスお帰りなさい。珍しく今日は早いのね」


 彼は現在男爵邸で暮らしている。公爵邸に住まいを移せばよいと思うのだが、こちらの方が良いらしい。


「ただいま。お姫様はとってもご機嫌麗しいようだね」


「ふふ、わかる?ええ、とっても麗しいわ」


 椅子にゆったりと腰掛け上機嫌に笑うエリーゼは著名な画家が絵筆を取らずにはいられないであろうほど美しい。


 座っても?


 もちろん、とアイコンタクト。


 じいやがさっと椅子をサイラスのために引く。


 申し訳ないと思いながらありがとうと腰掛ける。


「何やら愉しいことを始めたみたいだね」


 じいやがカップに注ぐ紅茶を見つめながらサイラスが言う。実に良い香りだ。紅茶の良し悪しがわかるようになるとは……2年前の自分からは考えられない。


 ちらりと紅茶の側に置かれている手紙に視線を送る。全部で6通の手紙。


 3通はヤハ夫人の妹たちからのファンレター。エリーゼの何事にも動じない姿、優雅な所作にほれたとのこと。自分たちも強くなろうと思ったらしいので喜ばしいことである。


 残りの3通は謝罪の手紙だった。


「ああ、それ?先日ね――」


 お茶会での出来事を話すエリーゼは本当に愉しそうで、こちらまで笑みが零れる。内容はやらかしちゃった系の話で笑えるものではなかったが。


「でも、少しやり過ぎだったかしら?お腹の赤ちゃんには悪いことをしてしまったわ」


 そもそも子供の顔が親と同じ顔になるわけなし。顔だけ見て誰の子などと意外とわからないものだと思う。先入観によって色々と見方は変わってくるもの。


 愛されるはずだった子供がエリーゼによってその未来が奪われたとしたらなんとも後味が悪い。


「俺にはイエスともノーとも言えないな。でもそれが夫人のお腹に宿った子の運命だったということだよ」


 尊い命、お腹の子に罪はない。されどそのお腹に宿ったことは運が悪かった。貴族、平民、金持ち、貧乏、どんな親のもとにいくかは運なのだ。


 エリーゼが公爵家に生まれたのも、ジョーやサイラスが男爵家に生まれたのもそういう運命。


「もともと罪を犯したのは夫人だろう?夫を寝取ってその上挑発してくるなんて。やり返されても文句を言える立ち場じゃないよ。ジョーと関係をもったのも彼女の意思。同時期に夫と愛人と行為をしていたら子供がどちらの子かわからないなんて想定できたことだろう?なんで自分の夫の子だなんて思い込んでいたのか俺は不思議だよ」


 まあ多少考えて致していたとは思うが、人間の身体は機械ではない。妊娠しやすい時期や妊娠しにくい時期を100パーセント計算しきれるものではない。


「自分の快楽を優先した末路だね。君の言葉で子供への思いが変わるのなら覚悟が足りなかった愚かな母親の問題だと俺は思うよ。君が何も言わなかったとしてもいずれ誰かが言ったかもしれない。成長する子供を見て自ら悟るときが来るかもしれない」


 ふむ、夫人と他の2人がジョーと関係をもっていることを知っている貴族はそれなりにいたよう。皆エリーゼが何も言わないので見て見ぬふりをしていただけ。ご主人達が知っていたかまではわからないがこの前のお茶会でのことで確実に知ったはず。


 というか、確実に知っている。


 届いた手紙にご主人の名前が書いてあるのだから。


 お茶会に控えていた夫人の出来の悪い侍女がよその家の侍女に話してしまい、噂が広がったそう。エリーゼが動いたことで自分たちに何かあってはいけないと慌てて夫人たちから距離を置き始めたそうだ。


 なんとも勝手なものだと思うのはエリーゼの心が意地悪なのだろうか。


「ま、とりあえずご主人たちに離婚する気はなさそうだし、生活に困ることはなさそうだからいいんじゃないかい?」


「何かこう悪いことをしてしまった気分だわ」


 サイラスは苦い笑みを零す。間違いなく彼女たちにダメージを与える行動をしておいてよく言うものだ。


「サイラス、その目は何かしら?」


 おっといけない、呆れた目を向けていたよう。


 笑って誤魔化すも軽く睨まれる。


「本心なのに、失礼ね」


 だったら余計にたちが悪いのでは? 


「私はただジョーから彼女たちを奪ってやろうと思っただけなのに……。むしろ彼女たちにはあんな男の性欲処理をしてもらって感謝しているくらいなのに……世はままならないものね」


 ぶっと吹き出すのを堪えるサイラス。


 彼女の父である公爵と同じセリフだ。


 顔が似ていることもあり、一瞬公爵と重なった。


「何よ」


「いや、公爵様も同じことを仰っていたなと思いまして」


 えっ……それはちょっと嫌だ。あんな腹黒親父と一緒のことを言ってしまうとは。その嫌そうに歪められたエリーゼの顔を見て、サイラスの身体の震えが更に激しくなる。


「…………ま、願わくば彼女たちに幸あれといったところかしら」


「……っ……そ、そうだな…んっ!エリーゼ俺に何か手伝えることはあるかな?」


 白けた痛い視線になんとか笑いを堪え、話をすり替えるサイラス。


「あら、弟を虐めるのに良いの?」


「自業自得だから仕方ないさ」


「ふふ、ありがとう。でもまだ良いわ。時が来たらお願いするわね」


 その嬉しそうな曇りなき笑顔を見るとなんでもしたくなってしまう気がする。例え弟を地獄にたたき落とすことでも。


「ああ、任せておけ」


 自分に向けられる笑顔。


 それが夫のジョーに向けられることはないのだと嬉しくなってしまうのは自分の心が汚れているからだろうか。


「先に会わないといけない人がいるのよ」


「ふぅん」


 誰だとは聞かないサイラス。


 エリーゼはゆったりと微笑む。


 彼はエリーゼが口出しされるのを、自分でやり遂げたいことを理解している。しかし、困ったことがあれば自分を頼ることをわかっている。だから黙って手だけ出して待ってくれているのだ。


 元婚約者にして義兄姉という間柄の絶対的な信頼。本来であればジョーと築くべきもの。


 そんな関係になることは一生ないだろうけれど。




 エリーゼは冷めた紅茶に口をつけた。




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