14.お茶会
サイラスが思いを馳せているエリーゼは黙ってお茶を飲んでいた。
以前参加した夜会でヤハ夫人が自分たちが男爵夫人としての自覚とやらを教えてやると言っていた通り、本当に彼女からお茶会の招待状が届いた。
せっかくなら利用させてもらおうと思い、暖かい陽気のもとエリーゼはお茶会に参加することにした。
「ご機嫌よう」
エリーゼの耳にそんな言葉が入ってくるが、彼女は反応しない。
「ご機嫌よう」
別の女性の声がするがまたも無言のエリーゼ。
クスクス、クスクスと嘲るような笑い声が聞こえてくる。
「あらあら公爵家の姫君が誰にも挨拶されていなくってよ」
挨拶はエリーゼ以外の人に向けられたもの。エリーゼが反応しないのは当たり前だ。
「仕方ないわよ、あんな醜い夫の心さえ掴めないなんて」
「あんなにお美しいのに……。よっぽど心が汚いか、つまらない方なのでしょうね」
こそこそと話しているふりをしてエリーゼの耳に、いやここに参加している全ての人に聞こえるように話す例の愛人3人組。久しぶりに低位貴族の茶会に参加したのだがやる気満々の様子が実に愚かで可愛らしい。
主催者であるヤハ男爵夫人を含めて7人程の小規模なお茶会だ。
ちらりと参加者たちの様子を伺うエリーゼ。
3人組はとっても愉しそうに、こそこそとエリーゼを貶す言葉を吐き続けている。
そして他に参加している3名はぶるぶると小刻みに震えている。顔は青褪めその視線は忙しなく動き、落ち着きがない。
確かこの3人はヤハ夫人の血の繋がらない妹だったはず。父親の後妻の連れ子ということでヤハ夫人から手酷い扱いをされていると噂で聞いたことがある。
3人では格好がつかないので、人数合わせといったところだろう。自分たちに物申せぬ妹を巻き込むとは意地の悪いことである。エリーゼに怯え、姉とその友人に怯えとなんとも哀れな姿に涙が出そうだ。
それにしても、自分が関係を持っている男を醜いとは。わざわざそんなディスるような相手と浮気しなくても良いのにと思うのはエリーゼだけなのだろうか。
エリーゼは心の中でため息を吐く。自分の身を犠牲にしてまでエリーゼに勝ちたいのか。そんなにも優越感というのは甘美なものなのだろうか。彼女たちの性分にはほとほと呆れるばかりである。
「エリーゼ様少しおやつれになられたんじゃございません?お食事もまともにとられていない……と……か…………」
毒々しいほどの真っ赤な口紅を塗った夫人が直接エリーゼに話しかけてきた。挨拶もなしにいきなり不躾であるがエリーゼは気にせず微笑む。
あら、コソコソはやめ直接攻撃ですか?ふふふ、そんなに引きつった顔をなさって、言葉も途切れさせてしまって。
事前にいじめ文句を用意するその努力嫌いじゃなくってよ。
でも実際に使えるかは別問題。ちゃんと相手を見てから言いましょうね?エリーゼは自分の身体を見下ろした後、引きつった顔のままの夫人に視線を向ける。
「まあ、そのように見えますか?最近あまり外出もせず、屋敷にいることが多いものですから少しふくよかになってしまったかと心配していたのですが……。そのように言っていただけるならまだ大丈夫そうで安心致しましたわ」
頬を染めて恥じらいの表情か~ら~の~嬉しさ満点の花がポロポロ出てきそうな微笑みは非常に美しい。髪の毛つやつや、陶磁器のような滑らかな肌は艶ハリ満点、見とれるほど均整のとれた美しいプロポーション。
これでやつれているとか言ってくるやつは節穴である。
マジな話やつれたなんてとんでもない、結構太ったのだ。でもバレていないよう。そっちを突っ込まれたら地味にショックだったかもしれない。
「んんっ……お食事もまともにありつけていないのに、その体型を維持なさるなんてお庭のお花でも召し上がっているのですか?それともその辺を飛んでいる鳥でも捕まえていらっしゃるのかしらあ?」
黙り込んてしまった女性のかわりに話しかけてくる第2の愛人。鼻息荒く、顎を上げてエリーゼを見据えている。上から目線のつもりなのかもしれないが、こちらとしては二重顎が気になって仕方がない。
「あら維持なんてお恥ずかしい。食用花でもお探しなのですか?ですが……その……体型をこうスッとするには向かないかと。鳥……?鳥は捕まえてどうなさるのですか?」
その言葉にカッと顔を赤らめる女性。女性は少々ぽっちゃり体型だった。鳥を捕まえて食べるなんて発想はありません、あなたのように食べることばかり考えていなくてよという嫌味はちゃんと伝わったよう。
それにしても先程からなんで食事のことを……
ああ、ジョーからお金を使わせてもらえていないことを知っているのね。そもそも実家から貰った金をエリーゼが使えないというのもおかしい話なのだが。
ジョー曰く、自分が支援してもらっている金だから使うなとのこと。生活は貴族手当てでなんとかなる。領地もないし事業をしているわけでもない。
この支援というのはエリーゼの生活向上のためのもので、決してジョー自身の為や愛人を囲うためだけに使うものではない。何を勘違いしているのかエリーゼには生活費も一銭も渡さない。
だから彼女たちはエリーゼが金銭的に苦労していると思っているのだ。
「ご覧くださいませ。このサファイアの首飾り。私に夢中なある男爵様から頂きましたの。綺麗でしょう?」
なるほどと腑に落ちるエリーゼにまた別視点から話しかける存在はヤハ夫人だ。役立たずと言わんばかりに2人を睨みつけていた主催者のヤハ夫人はついに動いた。
まあきれい、美しいと目を輝かせる愛人2人とは正反対にエリーゼの顔は強張った。
ついに……!
ヤハ夫人の顔が仄暗い嬉しさと喜びで歪む。