12.似た者同士
オリビアと子爵と別れ、エリーゼは例の者たちを観察していた。
ふむ、あれがジョーの愛人たち――の一部。
ジョーと関係を持っている女性はたくさんいるが、その中に男爵家出身で男爵家に嫁いだ仲良し3人組がいると知ったエリーゼはまず彼女たちを奪ってやろうと考えた。
そんな時にオリビアからパーティーの招待状が届いたのでどんな女性たちか探ろうと思い彼女に頼んで3人組も呼んでもらった。格上の子爵家のパーティーに目を輝かせながら夫と楽しんでいる様子の彼女たちは至って普通の貴族家の夫人といった感じだ。
だが彼女たちの視線は先程からチラチラとエリーゼに向かい様子を窺っているよう。そして今3人は夫から離れ、輪になりエリーゼの方を見ながらクスクスと何か愉しそうに嘲笑っている。
もうそろそろ来るかしらね――。
「エリーゼ様、ずいぶんとお久しぶりですわね」
来た。コツコツと高らかに靴の踵を鳴らしながらエリーゼの元にやってきた3人の女性。
「ええ、お久しぶりですわヤハ夫人」
その中の1人ヤハ夫人の上から目線、且つ親しくない相手の名を許可なく呼ぶという無礼な行為をスルーしエリーゼは悠然と微笑む。
「本当にお久しぶりですわぁ。社交に出ずともその余裕のお姿。お育ちのよろしい方は私達みたいに努力せずとも人脈が広がって羨ましいですわぁ」
ホントホントと騒ぐ他の2人。
エリーゼは一人一人の顔を見た。まあ、それなりに美人だが貴族社会では埋もれるだろうレベル。エリーゼの記憶が正しければ親も夫も特別な才があるわけではないが貴族と呼ばれるに値する生活水準はクリアしているものばかりなはず。
「な、なんですの?」
美しい瞳に顔をガン見され、気圧される3人組。悔しいがやはり美しいものは美しい。でもそんな女の夫と関係をもっている自分たちも捨てたものではないはず。いや、むしろ勝っていると言えるはず。
うろうろと彷徨っていた彼女たちの目が優越感たっぷりの強気な目に変わったのを見て目を細めるエリーゼ。
「いえ……私こそ皆様が羨ましいと思いまして」
「まあ!」
それはそうでしょうとも!目を輝かせる3人組。夫にも愛されず実家は彼女を助けることなく放置。自分の夫にも、あなたの夫にも愛される私たちは羨ましいでしょう!
背中に甘い痺れが走る。
「ほほほほほ!エリーゼ様は男爵家の妻たる自覚が足りないのでは?深窓の姫君は人に頭を下げたり、努力などしたことがないでしょう?色々なところに出向き人脈を広げ、媚を売り頭を下げ主人を出世させるのが私達の大事な仕事なのですよ?そうすることで夫からの愛情や信頼を得られるのです!」
「エリーゼ様はもう公爵家の姫君ではないのですから」
「ええ、周りがいつまでもちやほやすると思ったら大間違いですのよ?」
「もしかしてエリーゼ様は子供気分のままでいらっしゃるのでは?」
「まあ!あなた様……いえ、あなたはもう私達と同じただの男爵夫人なのですから!ちゃんとそれを自覚しなければ」
同じ……ねぇ。
同じと思っていないのはそちらでしょうに。
自分の方が上の人間だと顔に書いてあってよ?
エリーゼの瞳が薄っすらと弧を描き、冷たくなったことに気づいた夫人はいるだろうか。
「まあまあ皆さん、きっと誰も教えてあげなかったのよ」
「ええ!?でも普通ご主人が教えてくれたり、侍女が教えてくれるものでしょう?」
「きっといろいろと事情がお有りになるのよ。可愛そうだからやめましょう?そうだ!よろしければ私達が教えて差し上げますわ!」
「まあヤハ夫人お優しい!」
「良い考えですわ」
「今度お茶会を皆でするのでエリーゼ様も参加なさいませ?」
誘いではなく、ほぼ命令口調。
よっぽど調子に乗っているようだ。
だが良い機会である。
「ええ、是非伺わせていただきますわ」
エリーゼのその言葉を聞いて3人組の顔には醜悪な笑みが顔に浮かぶ。
あらあら、どんなことを仕掛けてくるつもりなのかしら。
エリーゼは思わず本心から薄っすらと微笑んでいた。
その笑みは実に美しく、極上の笑みに3人組だけでなく周囲の者まで固まった。それに気づいた3人組は鼻息荒くギクシャクと無理やり足を動かしながら去って行った。
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夜、エリーゼはなんとも愉しいパーティーだったと自室の椅子に腰掛けながら振り返る。オリビアとも久しぶりに会えたし、3人組の人となりもわかった。実に有意義な時間を過ごせたので満足だ。
「エリーゼ様、こちらを」
「じいや、ありがとう」
渡された物は3人組の調査書。一通り読み終えるとコクリとお茶を飲む。
「楽しい時間になりそうね」
「おや、ご友人になれそうですか?」
「ふふ、あの男の性欲処理機になってくれているんですもの。私はなってもよろしいのだけれど、あちらが嫌がるかもしれないわね」
「左様でございますね」
「それにしても誰一人として無理してジョーと関係をもっているわけではないことに驚いたわ」
失礼ながらよくあんなモラハラ醜男と関係を持つものである。それとも彼はエリーゼ以外の女性には傲慢な態度を取らないのだろうか?
浮気するにも相手を選ぶ権利は彼女たちにもあるだろうに。
「エリーゼ様は最高級のアクセサリー。それを飾っている身体に触れられれば自分も同等、それ以上だと思うのでしょう。まして乱暴に扱われる極上のアクセサリーに対して大切にされる粗悪品。粗悪品にとってそれはそれは甘美なものにございましょう」
そんなものか。確かに羨ましいと言った時のあの歓び様といったら思わず引いてしまった。
ジョーは働く気もないし、事業も商売もしていない。領地もない。人脈を広げたとて何か役に立つわけでない。
社交とは情報、人脈を得る場。顔を売る場だ。既にエリーゼの個人的なお付き合いは最上級のものがあるから不要である。ジョーの為の人脈?どんな人脈を作れというのか状態なのに何をしろと?
だから単純に人脈を作る必要がある状態にあることを羨ましいと言っただけなのだが……勝手に勘違いしていった彼女たち。
ああ、少しジョーに似ているかもしれない。
「類は友を呼ぶ……かしら」
ふふ……と笑うエリーゼをじいやは優しい眼差しで見つめていた。