11.身の程知らず
なんで、そのガキを皆そんな目で見ているの。
なんなの……なんなのよ…………
その私以上に憐れみを誘うような涙は……!?
皆の視線の先にはハラハラと可憐に涙を零すエリーゼの姿。誰一人幼馴染のことなど眼中にない。
「ご、ごめんなさいお姉さん。でも、でも……私オリビアが可哀想で……。だって結婚決まってたんだもん。その人と愛し合ってたんだもん。なのに、なのに……なんか急に女の人が出てきて、幸せ壊されちゃうなんて…………嫌だったんだもん。私……私はオリビアに幸せになってほしくて……」
まあ……なんとお優しい。
そもそもあの女が、略奪しようとしているのでしょう?
婚約者がいる相手になんとはしたない……。
彼もなんて優柔不断なのか。
泣かないでくださいませ。
エリーゼ様は何も悪くありません。
悪いのは…………………
幼馴染と婚約者に突き刺さる視線。彼は唇を噛み、黙って受け入れる。その非難は至極当然のものだから。
「いや、いや……!そんな目で私を見ないでよ!悪いのは彼を奪った女よ!それとそこのガキよ!」
ガキ――その言葉に公爵の顔つきが変わる。周囲からヒィッと悲鳴が上がった。一歩踏み出そうとした公爵の足が止まった。
「ごめんなさいお姉さん!でも、でも……きっとお姉さんにもいい人が現れるから!」
エリーゼが幼馴染の首に腕を絡め抱きついたからだ。
幼馴染がなんとか離そうとするが離れない腕。
いや、力強すぎでしょ。
「ちょ…っ…離し「お姉さん」」
ボソリとエリーゼから7歳とは思えぬ艶っぽい声が聞こえて思わず動きが止まる。
「奇行が許されるのは特別な人だけなんだよ?」
そう、こんなパーティでやらかしているのにエリーゼを咎めるものはいない。でも、幼馴染には向けられる侮蔑の視線の嵐。
「命を絶つ?何その脅し。あなたの命はそんなに価値があるの?」
な……。腕の力がぎゅっとしまる。
「あなたの命のために私の大切なオリビアが我慢する必要なんてないでしょう?」
く、苦しい。誰か……。
「ふふ……身の程を知りなよ?」
ドンッと思いっきり腕を突っぱねてやっと離れたエリーゼにほっとする。
しかし…………
「エリーゼ!!!」
「「「エリーゼ様!」」」
倒れるエリーゼの周りに人が集まる。
彼らは幼馴染に鋭い視線を向ける。
視線、視線、視線、異常者を見るような視線。
特に鋭い視線を感じる――――公爵だ。
「あ…………」
この子供は公爵の娘で、自分はただの男爵家の娘で……。
男爵家の娘が、公爵の愛娘を突き飛ばすなど――。
自分がやったことの恐怖から慌てて背を向け逃げ去る幼馴染。
「バイバーイ」
懐からボソリと愉しげに呟かれたエリーゼの言葉に公爵はこの娘は……とため息を漏らした。
うーん…………とその時の出来事を思い出すエリーゼ。最近流行っている本で度重なる恋人の浮気に心を病んだヒロインが恋人のムスコ君をハサミでちょん切って心に平穏を取り戻す話があったので、利用させてもらった。我ながら良いアイデアだったと思う。
ま、結局2人は結婚することになったみたいだし、幼馴染は何やら急に他の人と結婚することになったようだし、めでたしめでたしということで良いはず。
その後なぜかエリーゼは侍女を思いやる優しい子供だと噂されるようになっていたのはちょっと不思議だったけれど。
~現在~
「本当に懐かしい」
蕩けるような微笑み付きで言われた言葉に、本当にと同意するオリビア。本当に(悪夢でしたよ)と同意する子爵。最悪な思い出ではあるのだが、申し訳なく思ったのか公爵が気にかけてくれるようになったし、周囲もあんな女に騙されてと気の毒がってくれたのでハブられることもなく結果オーライだった。
エリーゼはそう言えば、と何かに気づいたかのように目を細めた。
「あなたたちは私を哀れまないのね」
お労しい、お気の毒、可哀想、周囲からはそんな視線が突き刺さるのに2人からは懐かしさと気まずさしか感じない。
「ははははは、別にあんな男どうでもいいと思ってるでしょう?そんな相手からの悪意も暴言も浮気もどうでも良いでしょう?むしろ愛人万歳位に思ってるんじゃないですか?」
子爵よ……正解なのだが、なぜだか腹が立つのはなぜだろうか。
「私ごときがエリーゼ様の心を勝手に推し測るなどという無礼な真似をするわけがございません。そもそもそんなことをする輩がございましたらきっと地獄に落ちることでございましょう」
お、おお。こちらはもう主従関係ではないのだからそこまで眼力を込めて力説しないでほしい。少々引き気味のエリーゼを暫く静かに眺めるオリビア。
「触れてもよろしいでしょうか?」
「ええ、もちろん」
微笑みながら言われたその言葉を聞き、オリビアはゆっくりとエリーゼを抱きしめる。
「本当にご立派になられて…………」
「ふふふ」
その様は再会を喜ぶ感動シーンにしか見えない。周囲の者たちは心の中で拍手を送る。そんな中そっとオリビアは囁いた。
「エリーゼ様、例の者たちを全て呼び集めました」
「ありがとう。無理を言ってごめんなさいね」
「とんでもございません。私はいつでもエリーゼ様の味方にございます」
そんなやり取りをした後2人はゆっくりと身体を離し、視線を合わせる。
その優しげでありながら真剣なその眼差しにエリーゼは12年前のムスコちょん切り未遂事件の後のことを思い出す。
「エリーゼ様覚えていてください」
真剣な顔をしてまっすぐにエリーゼを見るオリビア。
「あなたの言葉や行動は人の人生を変えるのです。あなたにはその力があるのです。そのことを忘れないでください」
それをどう使うかはエリーゼ次第、だが願わずにはいられない。その力がいいことに、そして彼女自身を守ることに使われることを。
「うん、わかった」
その返事は何気ない軽いものだった。
しかしその言葉はエリーゼの心にしっかりと刻み込まれた。
わかっていてよ、オリビア。
私の言葉、行動は人の人生を変える。
私はそれだけの力を持っているから。
でもごめんね。
私はこの力を人を傷つけるために使うわ。
やつを地獄に叩き落とすために使う。
私の誇りを守るために――。