第十五章 - 青春時代② 高校生活 Ep.3:集結!ヴァルキュリア!
<エリスの高校生活④ 君には負けない!>
「ごめん、ソフィー。昨日の件なんだけど……やっぱり僕、君の『奴隷』にはなれないよ」
次の日の午前、1限目の『物理』が終わった後すぐにエリスは、ロッカーで次の授業の準備をしているソフィーとコンタクトをとった。彼女は一度ピタッと動作を止めてから、エリスには見向きもせずに「そう……好きにしなさいな……」と応える。目的の教科書を取り出した彼女は、そのままロッカーを締めてダイヤルの鍵を回し、すぐさま立ち去ろうとする。「ではワタクシはこれで――」
「でも君とバンドすることは諦めないよ、ソフィー!」エリスの強気な姿勢が彼女の足を止める。「命令に絶対服従ってわけにはいかないけど、代わりに君のお願いをできるだけ叶えるよ! だから……一緒にバンドしよ?」
「願いを……叶えるですって……」ソフィーが彼にギロリと睨みを利かせ、堪らずにズンズンと迫っていく。あぁクッソ! こいつの顔を見てしまった……今日も美しすぎてムカつきますわ――。「ワタクシの願いは言ったはずですわ! あなたがワタクシに身も心も差し出して、屈服する姿が見たいのですわ!」あぁぁぁ汚したい、壊したいぃぃぃ! こいつの全てを奪いたいぃぃぃぃ! 接近した二人の足元に、ソフィーのノートブックや筆箱が散らばった。
「どうしてそんなことを言うの?」彼女に両手で首を掴まれたエリスは、悲しみを押し殺しながら決然とした態度で反抗する。「そんなの……友達のすることじゃないよ……本当にソフィーは『そんなこと』がしたいの?」
「あなたには分からないでしょう! 『下民』の気持ちなんて!」憎しみに歪む彼女の目が潤む。「あなたは毛ほども気づいていないでしょうけど、あなたの美しさは『暴力』よ! その鈍感さも純粋さも優しさも、全部ぜんぶ暴力なのよっ! そんなあなたの隣で『プリンセス』を自称してる自分が馬鹿に思えてくるほどにっ!」騒ぎを聞きつけた生徒たちが集まってくるも、もはや彼女の暴走する激情は制御不能だった。
「毎日まいにち悔しいのですわ、屈辱なのですわ……できることならワタクシだって、あなたのようになりたい……なれたらどんなに嬉しいか、素晴らしいか――でもそんな本当の願いなど決して叶わないのですわっ! 無能な神がこの世界をそう創ったのですからっ!」これまで心の奥底に封じ込めていた言葉が次々と、涙とともに外に飛び出していく。それに伴って力み始める両手……。「だからお願いよ、エリス……ワタクシの物になって……でないとワタクシ、あなたを殺してしまいそうなのよ……」両親指が頸動脈を圧迫し、短い爪が皮膚に食い込みかけたそのとき、二つの声が同時に同じセリフを言い放つ――。
「やめろっ!」
一方の廊下の端から聞こえた声はニコラのもので、もう一方の端から聞こえた声はダニエルのものだった。ダニエルは2年前にエリスと遊んで以降、筋トレとダイエットに励んでおり、今では見違えるほどの逞しい身体をしている。彼はエリスから言われた『素敵な男の子』って言葉がすごく嬉しくて、実際にそうなろうと決心したのである。
ニコラとダニエルは廊下の向こう側にいる互いに気づいて、一瞬ムッとしてから(当然彼らはライバル意識を持っている)、すぐにエリスを救出するために廊下中央に駆けつけてくる。さすがに二人の男子相手にパワープレイには走れないソフィーは、エリスをロッカーに突き飛ばしてから、足元の荷物を拾い集める。
「いいわね、『ナイト』が二人もいて……」
歩き去る彼女の後ろ姿を見ながらエリスは、自分がこんなにまでソフィーの心を傷つけていたことに、言い知れぬ罪の意識を覚えた。そしてニコラとソフィーが擦れ違う――。
「お前ついに本性現したな」とニコラ。
「お黙りなさい、愚民の分際でっ」とソフィー。二人の目が一瞬合って、激しい火花が散る。
「大丈夫、エリス?」ダニエルが、ロッカーに身を預け立ち竦むエリスを支え、彼の首元や後頭部に怪我がないかと確認する。幸い目下、血は出ていないようだった。「何をされたの?」
「大方予想はつくけどな」ニコラが加わる。「昔からあいつ、エリーのことを使用人とか家来みたいに扱ってたし……今回その欲望が爆発したんだろうさ。魔女だぜ、あいつ……醜悪な魔女――」
「ソフィーをそんなふうに言わないで!」エリスが反発する。傍から見ればそんな印象だったかもしれないけれど、これまでは上手くやっていたし、二人の間には確かに友情があったのだ。だから親友である彼女を悪く言われるのは嫌だったし、同時に無意識にでも彼女を傷つけていた自分が許せないのである。「ごめん二人とも……来てくれてありがとう……でも――」
ちょうど「ポーン♪」という電子音が鳴って、校内スピーカーが次の授業の開始時刻を知らせた(スイスの学校では予鈴を採用していないことが多い)。それまで見物していた生徒たちが足早にそれぞれの教室へ向かっていくなか、エリスもすぐに自分のロッカーへと歩き出す。「二人ともお願い、これは僕とソフィーの問題だから、これからは彼女のことで僕を助けたりしないで」そう言われた二人は到底納得できていない様子だ。今のソフィーは危なすぎる! もはや学校側に通報するべきではないか? と思わずにはいられなかった。
ロッカーに着いてダイヤルを回し始めるエリスは、激しい動悸に襲われながらも、次の休み時間にもソフィーに立ち向かうぞと決意する。もはやバンド勧誘など関係なく、彼女との関係を修復しない限り、一歩も前に進めない気がするからだ。ソフィー、いっぱい傷つけちゃってごめんね。君がどんなに僕を嫌いになっても、僕は逃げないから、君には負けないから――。
彼の苦痛を伴う戦いはまだ続く。
<エリスの高校生活⑤ この手を取って!>
次の休み時間、エリスはソフィーとともに校長室へ呼び出されていた。先ほどのやり取りを重く見た生徒の誰かが、先生にチクってしまっていたのだ。二人は校長から喧嘩の理由などを聞かれたが、とても簡単に説明できるような事態ではなかったので、エリスは「お騒がせして、すみませんでした。ちょっとした行き違いがあったんです」と、謝罪の気持ちだけを伝えた。
ソフィーも「えぇ、右に同じですわ」と頑なに発言を拒否していたので、困った校長は「次何かあれば注意だけでは済まされませんよ?」と釘を刺すのみに留めて、今回は二人を解放する他なかった。「失礼します(ごめんあそばせ)」と二人が退室した後、さっさと次の授業へ向かおうとするソフィーの右手を掴んで、エリスがこう囁く。
「次のお昼休み、12:45に音楽室に来て」
ちなみにニヨン・モーザー学校では各教室の扉に電子ロックが装備されているのだが、与えられた生徒証(IDカード)を持っていれば自由に入退室可能だった。もっとも音楽室や美術室などの貴重品を有する特別教室はやや管理が厳しく、別途IDカードを持っていなければ入れないのだが、エリスとソフィーは『音楽』の選択授業を取っていたのでその限りではなかった。
よってエリスは二人きりで話ができる可能性が高い音楽室を、決着の舞台に選んだのである。ソフィーの「気が向いたらね」という返事を聞いてから、彼はそっと彼女の手を放した。
*
「ピピッ」音楽室の電子ロックにカードキーを翳したエリスは、そのまま堅牢なドアを開いて静かな室内へと足を踏み入れる。その静けさは吉兆であり、彼はその答え合わせをするように、室内にくまなく目を走らせる――幸い今日は誰もここを使っていないようだった。
時刻は12:45ピッタリ。午後の授業まではまだ45分ある(スイスの学校は昼休みが日本よりも長い場合が多く、モーザー学校では12時から13時半までが休憩時間だった)。エリスはほの暗い音楽室の中、グランドピアノの椅子に腰かけて、ほのかに香るワックスと金属の匂いを嗅ぎながら、じっとソフィーの訪れを待った。
何て言おうかな? また首を絞められたらどうしよう? いやそもそも、ここに来てもくれないんじゃ? いろんな不安が頭をよぎるなか、5分、10分と時は流れ……13:05になってようやく、ドアが電子音を鳴らして彼女の到着を知らせた。
「来ましたわよ」不服そうな表情で姿を現すソフィー。あの様子では彼女なりに相当葛藤してここまで来てくれたのだろう。「それで、ワタクシは何を言われるんですの?」冷淡な態度を装ってはいたが、その実ソフィーはビクビク怯えていた。彼女はエリスからどんな反撃が来ても甘んじて受け入れる覚悟だったのだ。エリスがピアノ椅子から立ち上がる――。
さぁ言ってみなさいよ! ワタクシの醜い内面を知って、さぞ失望したでしょ? 愛想が尽きたでしょ? ならその気持ちを全部吐き出しなさいな! ワタクシ同様に壊れたように本性剥き出しにして、汚い言葉でワタクシを罵りなさいよっ――。そんな彼女の期待までも裏切られてしまうのだ。
「ごめん」
まさかそんな言葉が返ってこようとは、彼女は予想だにしていなかった。ご、ごめんですって……? どうしてそんな……ワタクシがあなたの存在を『暴力』だと責め立てたから……? そんな勝手な言い分をしたワタクシに対して、あなたは謝るんですの……?
「ごめんソフィー。僕、自分のせいで君がそんなにも苦しんでいたなんて、夢にも思ってなかったよ……君が言った通り、僕って『鈍感』だね」そう言って申し訳なさそうに笑うエリスは、一世一代の告白をするかのごとく顔を赤く染めて、続ける。「だって君みたいな『綺麗な女の子』が、まさか自分の外見のことで悩んでるなんて、思ってもみなかったんだ……今だって信じられないよ」これにはソフィーの顔からも火が出る。はっ? このワタクシが綺麗? そんなこと言うなんて……卑怯ですわ――。
「あなたが異常すぎるのですわ……あなたさえいなければ、ワタクシだって愚直にずっと『自分を綺麗だ』って思っていられたのよ……」声を震わせながら、言葉を絞り出すように告げるソフィー。悔しさと遣る瀬無さと恥ずかしさが入り混じって、穴があったら入りたい気分だった。
「そ、そのことなんだけどさ……」エリスも同じ気持ちに苛まれているようだ。声の調子がソフィーすら聞いたことないほど上擦っているのだ。その理由はすぐに分かった。「僕ってそんなに、か、か、可愛いかな……?」彼は新しい領域へ関係性を進展させたいようだった。もっともっと深いところまで自己開示し合って、互いを認め合えるそんな関係を目指して……。彼の緊張が伝わってきてソフィーの胸は、堪らないほどドキドキと締め付けられた。
「か、可愛いですわ……」溶けていく。ソフィーの冷たく凍てついていた心が……。「少なくともワタクシの知る限りでは……世界一可愛いですわっ!」もう言い訳できませんわ……ワタクシは負けを認めたんですの……どんなに憎んでも恨んでも、それ以上にこの子を愛してしまっているのですわ――。
「じ、実は僕もね……自分で自分のこと、か、か、可愛いかなって……ちょっぴり思っちゃってるんだ」エリスはこれまで誰にも打ち明けたことがなかった胸の内を、ここで初めて吐露していた。うわぁぁぁぁぁぁ恥ずかしすぎるよぉぉぉぉぉぉソフィーお願い首絞めてぇぇぇぇぇ!「いろんな人と出会って、いろんな経験をして……みんながそう言うからさ……最近やっと気づき始めたって言うか……」
実際彼は、2年前ダニエルに『ミズホみたいに可愛いよ!』って言われた辺りから、少しずつ自意識を持つようになっていったのだ。そして先のサマー・スクールである。あれだけテムバやカイトからのアプローチを受ければ、さすがに鈍感なエリスと言えど、自分の存在価値に気づいて然るべきである。もっとも、それで彼の今後の行動がどうこう左右されることはない。彼はいつだって優しくて、真に他人を思いやれる『心まで可愛い男の娘』だからだ。ソフィーだってそんなことは分かっていた――。
「ワタクシは羨ましかったんですの! けれどどんなに望んでも、ワタクシはあなたにはなれない……だからせめて自分の物にして、あなたを独り占めしたかったんですのっ!」ソフィーが彼に泣いて縋りつく。懺悔の気持ちが溢れてくる。「奴隷だなんて言ってごめんなさいぃ……たくさん酷いことをしてごめんなさいエリスゥ……」そして彼女の方こそ、一世一代の告白をすることとなる。「ワタクシ、あなたを愛していますわ! 世界中の誰より愛していますわっ! だからどうか、ワタクシと『結婚』してくださいましぃ……」
「ありがとうソフィー。君のその気持ち、すっごく嬉しいよ」エリスが彼女を抱きとめる。「だけどごめん。僕まだ子供だから、結婚のことは考えられないんだ。今は目の前の目標に向かって進みたいなって、頑張りたいなって……そういう一つ一つの大切な日常の先に、初めて結婚っていう目標が見えてくるのかなって――」彼女に向かって右手を差し出すエリス。「だからもう少しだけ、僕と一緒に学校生活を楽しまない? よかったら……この手を取って」それは二人の再スタートを約束するための、仲直りの握手だった。
ソフィーにとって、これはある意味で失恋だった。なのに切なさよりもずっと、嬉しいのはどうしたことか? そんな彼女がどうすれば、この手を取らずにいられようか? 彼女は左手で口を押さえて号泣しながら、右手で彼の手をしかと取った。
「はいっ、ですわ」
「へへっ、これで僕たち仲直りだね?」
二人が結んだ平和協定。これで彼らは元の仲良しに戻った。だけどただ前と同じ友達に戻ったのではない。もう一歩先へ進んだ、親友の先の親友になったのである。それはソフィー自身が一番分かっていた――。
「あの……エリス?」泣き顔を隠すように顔を背けたソフィーが、照れたようにどもりながら告げる。「例のバンドの件ですけど……よかったらワタクシも、その……お、お仲間に入れてくださいな」それは彼女なりの贖罪でもあったが、彼とバンド活動をしたいという気持ちに嘘はなかった。その言葉を受けて、エリスの顔が可憐な花のごとくパッと咲く。
「もちろんだよっ! ワーイッ! ソフィーが入ってくれた―! これでバンドメンバーは正式に4人になったんだぁー!」
気が動転していたエリスは、心の声が全部口から漏れ出てしまっていたが、気にしていられなかった。胸のつかえが同時に二つも下りたのだから!
「じゃあじゃあ、放課後キアラのところに一緒に行こうね!」
雨降って地固まる! 凄腕ピアニストのソフィーがバンドに参戦し、ヴァルキュリア・セレナードはより『戦乙女感』を強めた! きっとキアラも満足してぇ~くれるのだろうか?
<エリスの高校生活⑤ 集結!ヴァルキュリア!>
「で、お嬢が見つけてきたメンバーってのが、この二人だと?」
その日の放課後、空き教室の一つにキアラ、ソフィー、エミリーを呼び寄せたエリスは、早速キアラに彼女らの加入を伝えた。『おぉそうか! 最高だぜお嬢!』みたいな反応を期待していたエリスだったが、キアラの反応はイマイチ振るわなかった。それもそのはず、一人は高飛車で有名なソフィーで、彼女はクラシックに準ずるもの以外音楽とさえ認めていない印象だったし、もう一人のエミリーに関しては楽器に触ったことすらない完全なる素人だったからだ。
「押忍っ! 何でもするよー!」そんなバンドマスターの懸念など意に介していない元気っ娘エミリー。
「何か文句あるんですの?」つれない態度でチームの和を乱すソフィー。キアラは溜息を禁じ得なかった。
「ソフィーがキーボードなのは、まぁいいとして……エミリーはどうすんだい? あと残ってるのはベースとドラムだけんども?」
「だったらアタシは断然ドラムだな!」エミリーが騎馬立ちになって、空手技『正拳下突き』を決める。「パワーもあるし、打ち込むのは大得意だよ! それに――」彼女は下突きを左右交互に繰り出す。「空手の型で鍛えてるから、リズム感も悪くないと思うな!」
「ふ~む、そうだねぇ~」彼女の身体つきや表情を見定めながら、しばらく唸っていたキアラだったが、やがて根負けしたように折れる。「オーケイ。なら決まりってことで! お二人さんよろしく~」早くバンドを本格始動させたかった手前、やる気を出して来てくれている人を突き返すほど、選り好みしている余裕はないと悟ったのだ。「ならあとはベースだな~、どうしたもんか~?」
「あ、あの、ベース! 僕やってみたい……かも?」エリスが控えめに挙手する。新しい仲間を迎えたいという気持ちよりも、このメンバーの楽器演奏に自分も混ざりたいという欲が上回ったのだ。「エミリーと一緒で完全ビギナーだし、歌いながら弾けるかも分かんないけど……」
「そ……」キアラが一瞬だけ躊躇する。ベースは一見地味に思われているが、音楽の要となる重要なパートだったからだ。う~んベースは重くて弦も太いからな~、お嬢の華奢な身体で扱いきれるのかぁ? いやまぁとりあえず、やらせてみっか――。「そうだな! いや~助かるわ~お嬢~! やってみんしゃい! みんしゃいっ!」ここに来て、一番言葉遣いが安定しないキアラ。メタラーらしからぬ異様な雰囲気を醸し出す。
「で、肝心の楽器はどんすんべ?」彼女は、若者の全てを包み込む田舎の優しいおばあちゃんキャラから、畑仕事に勤しむ田舎の好青年キャラにジョブチェンジした。「あんたら親に買ってもらえたりする?」
「あ~そっか~、ウチはちょっとダメかも……ドラムなんて置くスペースなさそう」と言うエミリー。対してキアラが「あー、スペースは気にしなくてもОK。アタイの家を練習の拠点にするから! ウチは去年姉が自立して家出てったから、丸まるひと部屋空いてんだ!」と返答すると、「そっかそっか! で、ドラムっていくらくらいするの?」と疑問を呈する。今度は言いにくそうに呟くキアラ。
「まぁメタル用のやつとなると……中古でも最低600フラン(当時のレートで約10万円)、イイやつだと1800フラン(約30万円)以上、かな……他の付属品類も合わせるともっとかも……」私立校に通っている裕福な家庭育ちのエリスたちにしてみても、簡単に親に強請れる値段ではなかった。案の定、「どっひゃ~高いねぇ~」と仰天するエミリー。がしかし、ドラムに関してはツテがあったエリス。颯爽と発言する。
「えぇっと、ドラムなら何とかなるかも? 実はニコのお兄さんが昔ドラムやってたみたいで、結構本格的なドラムセットが家にあるんだ。それもお兄さんは結婚して家を出ていて、そのドラムセットは今じゃ倉庫の肥やしになってるって、前にニコが……それを安く譲ってもらうっていうのはどうかな?」
「いいな! もし壊れたりしてないなら、ぜひその手で行こう!」エミリーが悦喜する。「アタシもお小遣いの貯金が250フランくらいあるし、あと250フランくらいなら、親に頼めば何とか捻出できるかも!」
「おっしゃドラムは決まりな!」キアラも嬉しそうだ。「それでソフィーとお嬢はどうだい? キーボードとベース、手に入れられそうかい? いちおう値段的には、キーボードは400~500フラン、ベースは200~300フランの物で事足りて、あとは周辺機器でさらに100~200フランかかるかもだけど?」
「まぁワタクシはお父様に頼めば、大丈夫だと思いますわ」とソフィー。
「僕も家族に相談してみるね? きっと大丈夫だと思う!」とエリス。
「ナイス! ならアタイら、本日を持って正式に、ヴァルキュリア・セレナードの仲間ってことで!」キアラがメロイック・サインを掲げる。「ハジけてこーな、『戦乙女』ども!」
「おぉー!(えっ、何ですの? そのヴァル……まぁいいですわ。お、おぉ~)」三人が彼女の激励に呼応したそのとき、教室のドアが開いて一人の見知らぬ女の子が入ってきた。長い黒髪を三つ編みにしていて、オドオドした目元には眼鏡を掛けていて、地味な灰色のカーディガンを着ている女の子。えぇっと、どちら様でしょうか?
「おっ、来たか――」それまで机に座っていたキアラがそこから跳び下りて続ける。「紹介すっわ! 彼女は今年から本校に転入してきた、韓国系スイス人の『ソユル』だ。アタイが昨日見つけた凄腕ギタリスト。彼女が五人目のヴァルキュリアだから」三人は唖然としている。この子が……凄腕ギタリスト?
「ど、どうも。ファン・ソユル(Hwang Soyul)です。よろしく」
頭を垂れる儚げな印象の少女。はたして彼女の内に秘められたものとは?
と、それはさておき、ここに五人のヴァルキュリアが集結した! さぁ戦乙女たちよ、モーザー学校に、スイスに、世界に、メタル旋風を巻き起こせ!




