第十三章 - 青春時代② 高校生活 Ep.1:結成!ガールズ・バンド?(ヴァルキュリア・セレナード編 始)
非常に密度の濃いサマー・スクールを終えたエリスは、あれからスイスにいる家族や友達と再会し、残りの夏休みをゆったり過ごした。テムバやカイトたちともしょっちゅう連絡を取っていたが、時が経つほど次第にその頻度も落ち着いていった。特にカイトからの毎晩のラブコールは、最初の1週間こそ継続していたが(カイトのサマー・スクール中)、それからは週1、週2とだんだんとペースが落ちていき、最終的に月1ペースで習慣化された。
カイトから『すまねぇ、エリス! あんま君の顔ばっか見てっと、会いたくて会いたくて悶々としちまっからよ、これからは電話のペース落とすわ!( TДT)SOORRYY』というメッセージが来て以降、電話の頻度が落ちていったのだが、これはたぶん建前で、彼もいろいろと忙しいみたいだった(学業とサーフィンを両立しているのだから仕方ない)。
それはそうと、8月下旬からはいよいよエリスも『高校生』である。本章からはその生活の一部始終を描くことになる。ともに彼の青春を1ページずつ捲っていき、世界最高の高校生活を追体験しようではないかっ!
<予備知識① スイスの教育制度>
エリスの高校生活を語る前に、いくつかの予備知識やエリスの置かれた教育環境について説明せねばならない。まずはスイスにおける高校の進路が、主に四つのパターンに分かれることを説明をする。
まず第一パターンが、『職業訓練学校(Berufsschule)』という専門技術や職業資格、職業教育証明(CFC)の取得を目指す学校である。続いて第二パターンが『専門学校(École professionnelle)』であり、職業訓練教育と学業を組み合わせた形式を取っている。スイスでは大学進学率が高くないので、ほとんどの学生は上述のどちらかのパターンに進むことになる。
そして第三パターンが、『ギムナジウム(Gymnasium)』という大学進学に特化した教育機関である。ギムナジウムはドイツ発祥の制度なので、主にドイツ語圏の大学進学に最適化されたシステムとなっている。先の二つよりアカデミックな教育を重視しており、学業優先なので、日本の高校における部活動みたいなものは基本的には存在しない。
ギムナジウムを卒業すると『アビトゥーア(Abitur)』や『マチュリテ(Maturité)』と呼ばれる大学進学資格を取得できる。アビトゥーアは文理が厳密に分かれており、取得するとドイツ、および多くのオーストリアの大学に無試験で入学可能となる。
一方マチュリテは文理混合で自由度が高く、取得するとスイスおよび多くのイタリアの大学へは無試験で入学可能となり、また学校によってはフランスでも、フランス大学入学資格『バカロレア(Baccalauréat)』と同等に見做される場合がある。つまりスイス周辺にある非英語圏の大学に進学したい場合は、ギムナジウムに入学するのが近道なのだ。
最後の第四パターンが『インターナショナル・スクール』である。アビトゥーアやマチュリテだけでなく、国際的な大学進学向けのプログラム『国際バカロレア・ディプロマ(IBD)』を提供しており、世界中の多くの大学に無試験入学することができる。よって英語圏の大学に進みたい場合はこちらを選択することになる。
<エリスが受けた教育⑤ Enseignement secondaire II>
15歳なった彼は中等教育IIとして、オボンヌにある『La Côte International School』に入学した――と言いたいところだが、彼の通っているモーザー学校は小中高一貫校で、スイス・マチュリテ+国際バカロレアのダブル・ディプロマ(Double Diplôme:二重学位)取得が可能な、かなり特殊で貴重な学校(分類するとすれば、インターナショナル・スクール寄りのギムナジウム)なので、わざわざ友達と離れて自転車でも通えなくなる距離にあるインターナショナル・スクール(以後ISと表記する)に転入するメリットは低いと言える。
よってエリスは15歳からも、これまで通り『École Moser Nyon(ニヨン・モーザー学校)』に通うことになるが、この学校も決して一辺倒な進路しか取れないわけではなく、先に示した真正ISほどの多国籍環境ではないにせよ、大学進学資格取得という点では同等かそれ以上の環境であることは間違いない。それに現在のエリスはまだ、『将来こんなことがしたい』という目標は全く定まっておらず、また外国で働こうなどとは微塵も考えていない段階であるので、この選択肢が一番リアリティがあると言える。
もっとも、日本の公立高校しか知らない私としては、さも当たり前のように高校からは別の学校に入学するものと思い込んでいて、当初もそのつもりで書いていてたのであるが、いざエリスの立場になって考えた場合、友達と離れて片道20kmの学校に通って(もっと言えば毎日祖父母に送迎の手間をかけて)まで、家族のいるスイスを出て英語圏で仕事したいとは思えなかったのである。こんな言い訳じみた説明を地の文でしてしまっているのも申し訳ない……。
と、ともかく! エリスは新学期からもモーザー学校で学ぶことになったよ! 新しい友達が増えにくいのは残念だが、見知った友達がたくさんいる高校生活なんて最高ではないか!? きっと素敵な経験が彼を待っているはずだ!
<予備知識② モーザー学校における教育カリキュラム>
通常、ギムナジウムは6学期制を採用しており、資格取得機会としては、6学期目の年の5~6月に『州立マチュリテ』として各高校内で受験する(使用言語はその言語圏に則る)場合が多いのだが、モーザー学校は5学期制の短期カリキュラムになっており、5学期終了後の1月末にローザンヌなどの外部会場で行われる『連邦マチュリテ』の自由受験を、資格取得の受験会場としている。こちらの統一試験では使用言語を、フランス語・ドイツ語・イタリア語から選択できるようになっている一方、州立マチュリテよりやや高めの難易度となっている。
またダブル・ディプロマ制度に関してだが、モーザー学校に通う生徒はギムナジウムの第2学期終了時までに、このプログラムに従うか申告することになっており、従う場合は通常の13教科から選択した6教科において、国際バカロレア(以後IBと表記)用の追加課題(発展的な授業やエッセイ・プレゼン・論文の作成)を行うことになる。またIBD取得にはIBコアという次のような課題もクリアせねばならず、それも学校側が指導してくれることになる。
・CAS(Creativity, Activity, Service):課外活動(芸術活動、クラブ活動、奉仕活動)。合計150時間。
・TOK(Theory of Knowledge):知識の理論。自分の思考や前提を疑い、批判的思考を鍛えるための授業を受け、最終的に英語でエッセイを作成。
・EE(Extended Essay):拡張エッセイ。IBで選択した6教科から一つ選んで独自研究レポートとして提出。実質、卒業論文。
そのうえで、第5学期終了後の5月にモーザー学校内で実施されるIB本試験(6教科全て英語で行われる)を受けることになり、合格すれば晴れてIBD取得となる。このようなことが可能な理由は、モーザー学校が『IB認定校(IB World School)』であるからだ。
<エリスの選択② ギムナジウム・コースとダブル・ディプロマ>
何度も説明ばかりで申し訳ないが、最後にモーザー学校における『三つの教育コース』に関して言及しておこう。そのコースとは専攻言語によって分けられたもので、一つが『フランス語のみ』のコース。これはドイツ語と英語を別々の授業で習う以外は、他の教科全てがフランス語で行われる――フランス語圏では最も一般的な――コースである。
次の一つが『ドイツ語+フランス語』のバイリンガル・コースで、こちらは歴史と地理の授業をドイツ語で行い、マチュリテでの該当科目の試験もドイツ語で受けられるようになっている。もしドイツ語で受けて合格すれば、『ドイツ語バイリンガル認定付きのスイス・マチュリテ』を取得するとこができ、これはスイス国内の高校卒業証明のなかで最高位の資格にあたることから、あのドイツ語圏にある名門『チューリッヒ大学』や『チューリッヒ工科大学』へ進路を取る場合は、有力な選択肢となるだろう。
最後の一つが『英語+フランス語』のバイリンガル・コースで、先ほどとは逆に歴史と地理を英語で習うことになる。同様に『英語バイリンガル認定付きのスイス・マチュリテ』の取得を狙え、またIB試験用に英語力を上げることもできるので、IBD取得を目指す生徒にとって最有力候補となるコースだろう。
エリスはどのコースを選んだのかと言うと……何と意外にも、『ドイツ語』コースだったのである! エリスはフランス語と英語はある程度できていたので(祖父母は元イギリス人なので)、ドイツ語力をもっと伸ばしたいと考えたことから、このような選択に至った――と言っても、この選択は14歳時点の『ギムナジウム準備期間』において行ったものである。
そしてギムナジウム第2学期ではダブル・ディプロマ・プログラムにも申し込むこととなるエリス! よって彼は以下のような授業を受けながら、ドイツ語バイリンガル認定のスイス・マチュリテと国際バカロレアの同時取得を狙うという、過酷なエリート街道を歩むこととなるのだ! はたして彼は無事合格できるのだろうか!?
[エリスの受ける授業]
・フランス語
・英語
・ドイツ語
・数学
・生物
・化学
・物理
・歴史(ドイツ語で)
・地理(ドイツ語で)
・視覚芸術 または 音楽 → エリスは音楽
・横断的フランス語(分野を越えて現代的テーマをフランス語で考える授業)
・選択科目(ラテン語、スペイン語、経済学と法律、科学) → エリスはスペイン語
おいおい! 選択科目までスペイン語とか、どんだけ言語能力鍛えてんだエリス(彼はモーザー学校に入ってからずっと選択科目でスペイン語を選んでいた)! さすがに忙しすぎだろう……頭イカれてしまうんちゃうか……いや、そんなことを心配しても仕方がない。さてさて、ようやく予習が済んだぜ! 早速、青春のページを捲ろう!
<エリスの高校生活① 結成!ガールズ・バンド!?>
「バンドをしよう。バンド名は、『ヴァルキュリア・セレナード(Valkyria Sérénade)』だ」
高校生活が始まって間もなく、エリスの音楽友達――通称『メタルガール』こと――キアラが、唐突にそう言った。その痛快な言いっぷりは、どこぞの野球チーム創設者を想起する……。ランチタイムでカフェテリアにいたエリスは、ちょうど食べていた給食のスパゲッティ・ボロネーゼをチュルッと吸い込んでから、目を丸くして「バン……ヴァル……何?」と聞き返す。うんとねぇ~、ワるちゃんも聞き取れなかったよ!
「だからバンドだよ、お嬢! アタイらでメタル・バンド結成しようぜ!」テーブルに身を乗り出しながら、さも最高のアイディアだという調子で告げるキアラ。エリスはさっきチュルッた麺を咀嚼しながら、その案自体も咀嚼するように天を仰いでから、すぐに「でも僕、楽器やったことないよ?」と返答する。
実際エリスは、学校の授業でピアノは弾いたことがあったが、それも人並み程度しか弾けなかったので、自分のなかで無意識に除外してしまっていたようだ。いきなりメタル・バンドと言われたって、ギターもベースもドラムもやったことがなかったので、彼がうろたえるのも仕方がなかった。キアラは彼に『うんたん、うんたん♪』とカスタネットでも叩けと言うのだろうか?
「なぁに問題ないさ、お嬢はヴォーカルだから!」キアラにそう言われて、一瞬だけ胸が躍ったエリス。サマー・スクールのときのカラオケ・ナイトを思い出す……人前で歌うことの気持ち良さを……。「お嬢、歌好きだろ? この前だってアタイが『Angra』のCD貸した翌日、楽しそうに『Caryy On』を口ずさんでたじゃんか?」エリスが赤面する。以前ついうっかり化学の授業中に歌ってしまって、みんなから笑われて恥ずかしい思いをしたのだ。
「うーん、だとしても、他のパートはどうするの?」そうエリスは食い下がったが、もう内心はノリ気で、たとえキアラとのツーピース・バンドだとしても、やってみてもいいかもって気分になっていた。
「そいつはこれから探すのよぉ!」キアラのノリノリっぷりには脱帽する。「アタイがギターだから、最低あとドラムとベースがいるな? それもできればツインペダルでバスドラ叩けるドラマーがいいし、あと欲を言えばツインギターにするためギターがもう一人と、シンセ使えるキーボードも欲しいな」そのスケールのバンドを、高校という閉鎖空間で組むのは難しいと分かってはいたが、理想を語らねば始まらないとキアラは思っていた。「んで、結成した暁には、オリジナルを2曲こしらえて、10月の学園祭(Promotions)か、4月の春祭り(Fête de Printemps)で披露すんのよ!」
「そんなに、とんとん拍子に行くかな……?」エリスが懐疑的な意見を述べる。それぞれ機材も高額なのに、それを都合よく持っていて、しかもそれも演奏できる人が見つかるとは、到底思えなかったのだ。「とりあえず、学校のみんなに聞いてみようか? まずニコにでも当たってみるみるね? ニコは確かドラム――」
「そのことなんだけどさ、アタイはできれば『ガールズ・バンド』にしたいんだ。バンド名ももう決めたし! さっきも言った『ヴァルキュリア・セレナード』! 北欧神話の戦乙女たち『ヴァルキュリア』に、愛する人に捧げる夜の静かな哀歌『セレナード』を合わせた名前! どうよ、カッコイイっしょ?」
「が、ガールズ? でも僕は男の子だよ?」エリスが当惑する。「それに僕、哀歌なんか歌えるかな……恋愛の経験だって、まだ……」ふと、テムバやカイトの顔が浮かんできて、顔を赤らめるエリス。二人ともどうしてるかな……テムバの言ったように、あれはやっぱり恋じゃなかったのかな……。
「なぁに言ってんのさ! お嬢は『お嬢(Demoiselle)』だろ!?」いかにも当然かのように彼女がそう言うので、むしろ自分の方が的外れなことを言ってる気がしてくるエリスだった。「それにヴァルキュリアって、戦場で傷ついた魂を天界に救済していくんだぜ!? まさにアンタのイメージとピッタリじゃん!」エリスは複雑そうだ。僕、誰の魂も救ったことないんだけど……。
「それにセレナードってのは、まぁ単なる装飾的な言葉というか……ほらっ、『シンフォニー』エックス、『ソナタ』アークティカ、『ラプソディ』オブファイア、摩天楼『オペラ』みたいな? よくメタルバンドの名前にはそんな音楽形式の名前付いてんじゃん? それよ、それ! セレナードは夜の静かな哀歌だから、若干メタルっぽくないかもだけど、そこを補って余りあるのがヴァルキュリアよぉ! な? ガールズバンドだとしっくりくるだろぉ?」
「う、うん……」エリスは少し悩んでいる振りをしたが、悔しいかな、確かにその名前はイケてると思った。『中二病』感満載なのが、返って高校生らしくていいとも思った。
「英語表記でセレネイド(Serenade)にするかも迷ったけど、やっぱアタイらフランス語圏だし、セレナードかなって? あでも略すとき『ヴァルナード(Val-nade)』なのは――」
「うんっ、気に入った!」突如エリスが賛成したので、聞き違いじゃないかと疑っている様子のキアラ。そんな彼女に対してエリスは、笑いながら再度しっかりと伝える。「だからね、『その名前気に入ったよ』って! 他のメンバーが集まるかは分からないけど、とにかくバンド、二人でやってみよっか?」そう言われたキアラは、長年温めていた夢の第一歩が叶うという感動で、目に涙を溜めてワナワナと震えていた。
「お嬢ぉぉぉぉぉー!」堪らずエリスに抱きついて、頬や額をチュッチュするキアラ。エリスの対面席からの机越しによるアプローチだったので、彼の昼食の皿がひっくり返されてしまう。「うわぁぁぁ僕のボロネーゼェェェ!」彼が絶叫が、空しくカフェテリアに響き渡った。
こうして結成された高校生ガールズ?メタル・バンド『ヴァルキュリア・セレナード』! はたしてエリスたちは希望通りメンバーを集めて、二つのオリジナル曲まで完成させられるのだろうか!? 前途多難な『高校生編』が今、幕を開ける!




