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ELLIS-エリス- 世界最高の生き方(もっと優しい世界ver.)  作者: 結逸夢弐


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第十二章 - 青春時代① 第一回サマー・スクール Ep.9:サヨナラは言わない(英国旅行編 終)

挿絵(By みてみん)

<エリスのサマー旅行記㉑ 一番の願い>

 駆けつけたナースが見たものは、一糸まとわぬ姿で涙を流し患者を仰ぎ見る、絵画のように美しい面会人の姿だった。ちょ、どういう……もしかして破局!? しかも患者側が振ったのこれっ!?「すみません、彼に服を着せてあげてください」患者にそう言われ、ナースはつい従ってしまう。本来なら面会人の介護など業務内容には含まれないはずだったが……。それにしても、えっ、彼……? 男の子なの、この子!?

 「あーえっと、あなた? とりあえずベッドから降りましょ?」彼女が面会人の腰を摩ると――って何これ肌スベスベすぎ――、彼はゆっくりと立ち上がり、呆然とブラを着け始める――って何で上から着ようとするのっ!? ナースが下に目をやると、小っちゃなおチンチンがプラプラと揺れて――あっと、これは観ちゃダメなやつね。「はいっ、足を上げて」彼女は椅子の上に載ったドロワーズを取って、ウェスト部のゴムを広げて床で構えると、面会人が消え入りそうな声で「どうもすみません」と言って、履き口へと足を通していく。

 *

 「これでよしっ」彼女が全ての服を着終えた面会人の肩を叩くと、彼は「ご迷惑おかけしました……」と微かに呟く。ちょうどそのとき面会人二号が登場し、場に似つかわしくないトーンで喋りながら部屋に入ってくる。「二人ともお待たせ~、ようやく話がついたわ! テムバはもう退院できるって! さぁみんなで学校に帰りま――」彼女は室内を満たす葬儀場みたいな雰囲気を感じ取って固まる。「また……次のトラブル?」彼女が震え始める。

 「ごめんキャス、あと少しだけエリスと二人きりにしてくれない? あー、ナースのあなたも……すみません、本当に助かりました」テムバにそう言われて、二人の女性が退室する。扉が閉まったのを確認すると、彼はベッドから抜け出して自身の胸に付いた心電図モニターの端子を外し、途端に喚き出すモニターの電源を落としてから、蒼白な顔で俯くエリスのところに行き、彼と向き合って話し始める。「傷つけてしまって、ごめん。でも君を心から拒絶したわけではないんだ、それだけは分かってほしい」エリスは微動だにしない。

 「いいかい、よく聞いて? 君の優しさは『強力な薬』だ。どういうわけか君は、周りにいる人全員に幸せを分け与える才能を持っている。相手が欲していることを敏感に感じ取ってしまって、君はそれを無意識で叶えようとするんだ。そして君は決して相手を拒絶しない。それは奇跡のように素敵な、君だけに与えられた特別な力だ。でもそれは、ある種の『麻薬』でもあるんだ。相手が使い方を誤れば『毒』にもなる危険な力だ。分かるかい?」エリスが首を横に振る。

 「じゃあもう一度はっきり言うね。君は『俺に恋なんかしてない』んだ、エリス。君がどんなに『そうじゃないって振り』をしても、俺には分かってる。なぜかって? それは俺が君に好きになってもらえるようなことを何一つしてないからさ。強いて言えば偶然ルームメイトだったってことと、君にエセ医者まがいな治療をしたこと、そして君への愛でカイトと喧嘩したことくらいさ。それはこのサマー・スクールを客観的に見てくれた神様の視点からすれば、一目瞭然の事実だと思う。こんなこと自分で言ってて悲しくなるけど、俺は他の人と比べて『特別魅力的』ってわけではないんだ。だから俺やカイトが君に『ひと目惚れ』するみたいに君が俺に惚れるなんて現象は起こり得ないんだよ」光の雫がエリスの膝にポタポタと落ちていく。

 「さっき君が俺に迫ってきたとき、俺はすごく自分が嫌になった。一方的な気持ちを君に伝えてしまったせいで、君にこんな無理を強いてしまってのか、って……。でも一番辛かったのは、君とセックスしたいって願望――いや下心が俺のなかに確かにあるって気づかされたことだ。まるで欲望を映す鏡を見ているみたいに……そうまさに、あのハリポタの『みぞの鏡(The Mirror of Erised)』だよ……言わば君は『スリエ鏡(The Mirror of Ellised)』だ。そこから垣間見えた真実の自分像が、相当堪えた……俺も結局その程度の奴なんだって……カイトのこと悪く言う資格ないんだって……」

 「セックスって、そんなにいけないことなの……?」エリスが涙を拭う。けど拭っても拭っても溢れてきて、どうしようもなかった。「テムバの言ってること、分かんないよ……」

 「愛のあるセックスは決して悪じゃない。だけどそれでも、決して軽々しく行うべき行為ではないんだ。それに――」テムバがエリスの両肩を掴んで、痛切に諭す。「この世界には愛のないセックス、いや『偽りの愛』に基づくセックスが横行している。君がまだ知らない『悪』も蔓延っているんだ! だからここで誓ってほしい、絶対に『さっきみたいなこと』はしないって! 相手の気持ちを優先させるがあまり、易々と他者に身体を許したりはしないって!」厳しく叱られたエリスは、嗚咽を交えながらも「はい……誓います……」と確かに宣言する。テムバは彼を抱きしめてから、愁眉を開いた。

 「ありがとう。最後にこれを覚えておいて、俺やニコラ――そして不本意ながらたぶんカイトも、一番の願いは一つってこと。それはね、もっと『君に自分を大切にしてほしい』ってこと……俺たち、君が『友達』ってだけでも充分に幸せなんだ。そのうえで、君がもっと大人になってから、もし生涯のパートナーを選ぶ段階になったときに、自分が選ばれたら最高! って思ってるだけなんだ……まぁ、ニコラに関しては不明だけど……。少なくとも俺は、今サイコーって気分だよ? だって君と二回もキスできたんだから! 俺は初めてだったけど、もしかして君も……?」エリスが恥じらいながら頷く。

 「すごく光栄だよ。じゃあ俺、君のファースト&セカンドキスを貰っちゃったんだ!? うっはー……」心も声も弾ませるテムバ。「あっ、それに君の『素っ裸』を見たのも、友達のなかでは俺が最初じゃない!?」その質問には答えにくそうだったが、何度かモジモジしてからエリスは「ニコとは幼いときから、何度もプールに行ったり、お泊りで一緒にシャワー浴びたりしてるから……」と答えてくれる。えっ、何度も!? ニコラうらやましっ! けど『幼いときから』だし、きっと無邪気にはしゃいでただけなんだろうな二人とも……。当時の光景が容易に想像できるテムバだった。

 そのとき「コンコン」とノックの音がして、僅かに開いたドアの隙間からヒョコっと、キャサリンの気遣わしげな顔がのぞく。「あの~、まだかかりそう?」するとテムバが「いえ、もう終わりました」と返答して立ち上がる。彼は机から十字架のネックレスを取ると、それをゴミ箱に放ってエリスへと手を差し出す。「えっ、テムバ? ネックレス……いいの?」困惑しながらその手を取って立ち上がるエリス。テムバはいたずらっぽく笑ってこう説いた。

 「うんっ、もう俺には必要のない物だから」彼はエリスの手を引っ張って出口へと歩き出す。「ねぇエリス? 今から俺も正式に、君の『お婿さん候補』に名乗りを上げるよ! いつか必ず立派な医者になって、君にプロポーズしにいくから!」エスコートされるエリスは、彼の大胆発言に面食らいながらも、心のつかえが下りたような表情で「はいっ」と返事する。

 それから二人は、学校へ戻るまでのつかの間の時間、バンの中で一緒に過ごし、学校へ着いてからも互いの姿を見るときは、以心伝心したように笑顔を交わしていた。今朝から感じていた精神的ストレスを解消したエリスは、ようやく昨日の筋トレで負った全身の筋肉痛を思い出し、その日一日痺れびれ~な思いをした。身体が痺れている感覚って、なぜか笑えてくるよね……。

 スズメバチの脅威はどうなったかと言うと、午前中の駆除作業にて学校近隣の樹木からツマアカスズメバチ(Asian hornet)の巣が見つかり、滞りなく駆除が遂行された。よってもう安全に学校生活を営むことが可能となり、このアナフィラキシー事件も雨降って地固まるかたちで終息した。めでたし、めでたし。


<エリスのサマー旅行記㉒ 残された貴重な時間>

 次の日の木曜日、一日ぶりの授業(結局水曜日はお休みだった)が終わった後、エリスはニコラやルカシュ、ミケルらをジムに誘って、早速トレーニングの成果を披露してマウントを取ろうとした(一日休んで充分筋肉は回復していた)。DAPの重さを調節して、得意げにチェストプレスを行うエリスを見て、見物人たちは「おぉ~」と取って付けたようなリアクションをしてくれた。

 しかし「エリス、僕もやる」と言うミケルと交代すると、2歳年下の彼でも難なくこなせる重量であることが発覚して、エリスのみならず見物人たちも、いたたまれない気持ちになった。ちょうど跳び入るべき穴があったので、エリスは嬉々として次のシットアップ・ベンチにみんなを誘導していく。だがそれからも似たような状況が続き、彼は幾度となく己の『か弱さ』を思い知らされることとなった。

 グァーンッ! 僕ってそんな力弱いのぉ!? 昔はニコラたち同年代の男の子とも、同等に張り合えていたのに――。力自慢を目的としたジム・ツアーは大失敗に終わったが、何だかんだ最後はみんな楽しそうに身体を鍛えていたし、木曜午後のひと時はホンワカ・ムードで過ぎていった。

 *

 その日の夜には、ジム横のスイミング・プールを使った『プール・パーティ』が開かれた。これまで使用機会がなかったが、実はエリスはこの旅行に水着を持参しており(先週の遊園地やビーチ旅行ではうっかり忘れた)、今回ようやく水着姿をお披露目することとなったのだ。もちろん彼の持ってきた水着は短パン一丁の男性向け水着だったので、彼がトップレスで会場に入っていこうものなら、驚いてノンアル・シャンパンを吹き出す人や、前屈みでトイレに駆け込んでいく人が続出した。

 すぐさまニコラが駆けつけてきて、「エリー! お前の乳首はみんなには刺激が強すぎる! とっととブラでも着けてこい!」とお説教した。実際エリスの胸はここ1週間で少し成長していて、Aカップ寄りのAAカップといったサイズだった。奥の『しこり』や皮膚の腫れは幾分マシになっているようで、もう患部はそれほど敏感ではない様子だった。

 それでも彼に恋心を抱く者にとっては、想い人が不用意に周囲へ色気を振りまいているような状況に等しかったし、遠目で見ていたテムバは心中複雑そうだった。エリス……頼むからもっと自分を大事に……あっと、やめとけ……昨日のことは考えるなよ……考えるなよって言ってるんだ俺っ――。

 *

 次の日の金曜日の午前中、これまでの学習の集大成となる『最終テスト』が行われ、エリスたち全員は己の力を振り絞り、好感触でテストを終えることができた。そして午後の時間、エリスは動物学コースの生徒たちに混じって、校内動物園へと足を運び、そこにいる動物たちに最後のお別れをすることにした。

 これまで触れてこなかったが、ディッカー校には『動物学&動物管理(Zoology & Animal Management)コース』という、高校2年生・3年生向けのBTECコースもあり、獣医や獣看護師、動物園スタッフ、動物学・自然保護学の学者などを目指す優秀な若者たちが参加していた。そのコースにおける主要施設がディッカー校内の動物園であり、一般公開はされていないものの、生徒は自由に出入りが許可されており、そこでは世界中の貴重な動物たちが飼育されているのだ。

 エリスは先週の火曜日(ブラを買いに行く前の日)の午後や、その他の隙間時間でもちょくちょくこの動物園を訪れており、そこで飼育されているマーモセットやミーアキャット、ウサギ、キンカジュー、リスザル、リングテールキツネザル、ワオキツネザル、シベリアンシマリス、ベランジェジリス、ヨーロッパケナガイタチ、その他の哺乳類・鳥類・両生類・爬虫類・魚類・無脊椎動物などに癒されていた。

 訪問できるのはこれが最後だったので、一頭いっとう一匹いっぴきの動物たちに対して、「じゃあね」「またね」「元気でね」と声をかけていくエリス。今までありがとう、いっぱいいっぱい君たちのおかげで気持ちが安らいだよ。これからも飼育員さんたちに大切にされながら、幸せに生きてね――。動物学コースを卒業する生徒たちが涙ぐむなか、エリスは珍しく泣かなかった。彼はもうこの旅で涙は見せないと決意したのである。


<エリスのサマー旅行記㉓ サマー・スクール修了式!>

 その日の夕方、ついに『修了式(Leavers' Ceremony)』という卒業式典が開かれ、明日帰国する生徒たちやその教師たちが、ディッカー校メイン・ビルディング内のホールに集まった。生徒たちは個別に『出席証明書(各コースの修了証明書)』、『アカデミー・レポート(学習の成果報告書)』、『アカデミー証明書(午後の活動の修了証明書)』などを手渡され、教師から「頑張ったな」などと労いの声をかけられていく。

 エリスたちのグループは最初の週、午後の活動に『陶芸』を選択していたので、彼らは出席証明書とアカデミー・レポートに続いて、そのアカデミー証明書を受け取ることになった(これらアカデミーズは事前予約または現地での申し込みが可能で、エリスたちはみんなで現地申し込みしたのだ)。

 加えて『特別賞』という、特定の生徒の努力や成長を讃えるデジタル証明書の授与式が行われた。著しい進歩を遂げた生徒を讃える『努力賞(Most Improved Student Award)』、創造的な活動での頑張りを評価する『創造性賞(Creativity Award)』、グループ活動での協調性や貢献を認める『チームワーク賞(Teamwork Award)』などがあり、順番に受賞者が発表されていく。

 次に紹介された『リーダーシップ賞(Leadership Award)』を受け取ることとなったのは、何とニコラだった。彼は他の生徒をサポートし、生徒たちの模範となったとして評価されたのである。「やったね!」みんなとともにエリスがニコラを讃えると、彼は「おう! 俺様がリーダーよぉ!」と天に拳を突き上げる。彼はそうやって、周りの人たちにたくさんの笑顔をもたらしたのだ。

 そして最後の特別賞が発表された。それは今回から急遽、導入された賞とのことで、大きな優しさや思いやりを持って、他者への献身や気配りを示した生徒を表彰する賞だと説明された。「栄えある2040年度、第一回『優しい心賞(The Gentle Spirit Award)』に選ばれたのは……エリス・シンクレア! おめでとう!」司会の男性に名前を呼ばれたとき、エリスは自分の耳が信じられなかった。沸き立つ会場のなかで、自分だけ置いてけぼりを食らっているような気分になる。えっ、僕が? でも僕、たくさん学校側に迷惑かけちゃったし……。

 「エリス! 君の温かな人情は、接した人みんなに届いているよ! さぁ胸を張って! この賞に相応しいのは君だ!」司会者が熱くエリスを褒め称える。実際、彼がカイトやテムバの退学を取り消した件や、テムバの病院に見舞いにいった件などは全教員が知っていたし、今回この賞には満場一致でエリスが選定されていた。司会者の言葉を聞いたエリスは、マグマのような感動が胸から湧き上がってくるのを感じたが、もう泣かないぞと決めた手前、全身全霊で涙腺を封じ込めて、笑顔で「ありがとうございます!」と応えるのだった。

 特別賞に輝いた生徒たちには、それぞれ記念品として小ぶりなトロフィーが贈呈された。エリスとニコラは、ともに受け取ったトロフィーで『乾杯』し、その栄光と喜びを分かち合った。こうして、短いようで長かったサマー・スクールの2週間、その最終イベントである修了式典は、大きな拍手に包まれて幕を閉じた。明日はいよいよディッカー校から、イングランドから、そしてイギリスから発つ日であり、同時にそれは、この旅で出会ったかけがえのない仲間たちとのお別れの日でもあった。


<エリスのサマー旅行記㉔ サヨナラは言わない>

 次の日の土曜日の朝。ディッカー校に停まっているバンの前にて、泣きべそをかきながらエリスに抱きついているカイトの姿があった。彼はあと1週間滞在するので、今日は『ロンドン・アイ』というロンドン中心部にある大観覧車への旅行が予定されているのだが、エリスとは別のバンになったことから(接触禁止命令自体は今日から解除されていた)、実質これが彼らに残された最後の時間となり、さすがのカイトもこみ上げてくるものがあったようだ。

 「うわ~ん、エリスゥ~! やっと話せるようになったってのに、もうお別れなんて、あんまりだぜ~!」カイトが不平不満を吐露する。「俺は君とロンドン・アイに行って、大観覧車に乗ってイチャイチャ・デートしたいんだー!」

 彼はこう言っているが、ロンドン・アイはかなり大規模な観覧車なので、カプセル状のゴンドラにはたくさんの乗客が収容される――要するに、あまり人目を憚らず『イチャイチャ』できる空間ではないのだ。それでも『ビッグベン』などのランドマークを一望できるのには変わりないので、恋人とそんな絶景を堪能しようものなら、ロマンティックな気分になること間違いなしだった。

 「うん、付いていけなくて、僕も残念……でも――」共感を示したエリスが、スマホの画面をカイトに向け、最後の言葉をかける。「ジャーンッ! ほら見てっ、僕も『インスタ』入れてみたんだ! これでいつでも君の活躍はチェックできるよ! それにメッセージアプリを使えば、簡単にビデオ通話だってできるでしょ? 離ればなれになったって、僕ら繋がっているんだ! ねっ? だから今この瞬間だけ、ちょっぴり寂しいのを我慢しよっ?」

 「お、おう……」涙を拭ったカイトがエリスを解放する。「なら毎晩ラブコールするからなっ? 絶対電話取ってくれよ?」彼の出した条件に、エリスは「うんっ、約束」と小指を差し出す。二人は硬く指切りをしてから、「また夜にね」と言って別々のバンへと乗車した。カイトが乗ったバンが先行して発進する――窓をのぞきながら後ろを振り返る彼は、心のなかで自らの幸運に感謝していた。本当は不平不満など微塵もなかったのである。

 あぁ、俺この旅行に来てホントよかったな……何たって君に出会えたんだ、エリス……。たとえ『ほんのつかの間』だったとしても、君とルームメイトにもなれたなんて……クソッ、まだ信じらんねぇ……まるで奇跡だ……。ありがとな、俺を成長させてくれて……。いつかWSLやISA(どちらも世界的なサーフィン組織)の大会で優勝して、君を迎えにいくからな! それまでじゃあな、エリス――。

 *

 それからヒースロー空港へと到着したエリスたち帰国組は、それぞれ搭乗する便もバラバラだったので、チェックインカウンターの前で早々に解散することとなった。別れを惜しむ気持ちはあったが、もう充分すぎるほど気持ちは通じていたので、しんみりと別れの言葉をかけ合うでもなく、最後まで楽しく雑談していた彼ら。まるで明日も当たり前に会えるかのように、くだらない冗談を言い合って笑っていた。

 「それじゃ、来年の夏は『アイスランド』集合ってことで!」そんなジョークで離脱していくルカシュ。「アイス、食べたい」と言って後に続くミケル。彼はこれからすぐの便に乗るようで、未成年フライト・サービスの手続きに向かったのだ。「ま、『サハラ砂漠』よりかはマシだな……」と言って去っていくテムバ。彼のフライトはまだまだ先のようだったので、今から空港内で仮眠を取るのだそう。

 残されたエリスと二コラは、そんなさっぱりした別離に拍子抜けしながらも、互いに笑顔を交わしてから帰路に就いていく。ちょうどスイス行の便がチェックイン時刻になったとアナウンスが流れたので、Eチケットを持って自動チェックイン端末へと向かい、そこで搭乗券を発行した二人は、続けて荷物を預けるため、チェックイン・カウンターまで伸びる長蛇の列に並び始める。そのときだった――。

 「エリスッ!」背後から大声で呼ばれて、びっくりしたエリスが振り向くと、そこには身一つで佇むテムバの姿があった。えっ、テムバ!? いったいどうしたの? っていうか荷物は!? 彼がうろたえていると、テムバが早い足取りで接近してきて、そのままドンドンどんどん接近してきて――いつの間にか、二人は接吻を交わしていた。隣にいるニコラや周りの人々が仰天する。だが一番驚いていたのはエリスの方だった。

 「あむっ、あっ――てむっ――は、はげしっ――」彼の貪るようなキッスを受けて、なかなか話し始められないエリス。口の中にテムバの舌が入ってきて、脳がバチバチと痺れていく。「やめれ、この咎人!」ニコラに妨害されるまでの10秒間、テムバは人生で一番集中して、『今この瞬間に恋』していた。記憶に刻み付けるんだ、この匂い、この味、この感触、この子の全てを――。

 「て、テムバ……どうして、こんな……」苦しそうに息するエリス。戸惑いのなかに恥ずかしさもあり、同時に嬉しさもあって、胸のドキドキが止まらなかった。

 「ごめん、君のサードキスまで奪っちゃって……」同じく呼吸を整えながら話すテムバは、「はっ? サード?」と困惑するニコラを他所に感情を爆発させる。「『笑ってサヨナラしよう』って言ったのは俺の方だけどさ、ごめん、そんなの無理だったよ――」彼の目から聖水が溢れ出す。「俺は神様とも信仰とも決別しちゃったからさ……もう心の拠り所がないんだ……これからは自分の信念だけを貫いて生きていかなきゃいけない……だから今だけ、今だけは自分の気持ちに嘘はつきたくない! エリス、君が大好きだっ! ずっと一緒にいたい! こんな『くそったれ飛行機(Goddamn plane)』になんか乗ってほしくないっ!」

 「ず、ずるいよ……こんなところで、そんなこと言うなんて……」エリスが赤面させた顔を顰める。「せっかく泣かずに飛行機まで乗れそうって思ってたのに……そんなこと言われちゃったら……」彼の心の井戸から、命の泉が噴出する。「最後まで僕、泣き虫のままになっちゃうじゃんか!」

 「あぁエリス――」二人が熱く抱擁する。今やカウンターまでの列は十数歩分進んでいたが、誰も彼らを抜いて先に行こうとはしなかった。誰もがその場に立ち尽くし、ただ二人の結末を見届けようとしていた。そしてニコラも……その震える拳を握りしめて、この状況を黙認していた。今回だけだからな、テムバ……お前の愛とガッツに免じて見逃してやるよ――。

 「ねぇ聞いてテムバ」ハグを終えたエリスが話し出す。「僕たちもう行かなきゃ……ごめんね? でも僕この飛行機に乗るよ。大切な家族や故郷の友達が待ってるから」そんな不都合な言葉をかけられているのに、なぜだろう? テムバの心に巣食う不安や混沌が清められていくのは……。

 「僕たちの人生、僕たちの物語はまだまだ序章なんだ。これからもたくさんの『めぐり逢い』が待っているんだと思う。だから『サヨナラ』なんかないんだ! また僕ら、いつかきっと巡り会えるはずだもん! でしょ?」テムバが号泣しながら、この洗礼の儀式に臨んでいる。今度の宗教には神はおらず、定められたルールもない……。それは、ただひたすらに自分自身を信じて、次の未来へと歩んでいくこと目的とした、究極の『無神論』だった。これは、そのための最初で最後の通過儀礼だったのだ……。

 「だからそれまでの時間、ほんの少しの間だけ……僕ら、別々の物語を生きよう?」とエリスが締めくくると、何度も何度も頷いてから、全てを受け入れたようにテムバが言った。「分かったよエリス。長く引き留めちゃってごめん。さぁ行って――」彼はエリスの肩をそっと押してから、その場を離れていく。去り際、振り返る彼――エリスの方も、開いてしまった前列まの間隔を詰めてから、彼の方へ振り返る。

 目が合った二人は、笑顔で手を振ってこう言った。

 「またいつか!」


 第一回サマー・スクール編 完

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