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ELLIS-エリス- 世界最高の生き方(もっと優しい世界ver.)  作者: 結逸夢弐


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11/18

第十一章 - 青春時代① 第一回サマー・スクール Ep.8:恋のアナフィラキシー

<エリスのサマー旅行記⑳ 恋のアナフィラキシー>

 次の日の水曜日。朝7:30に校内一斉放送がかかった。その内容によると昨日19時頃、非常に危険性の高いスズメバチがカフェテリアに侵入し、一人の生徒が刺されてアナフィラキシー・ショックを起こし、病院に搬送されたとのこと。そのため本日は緊急で駆除業者を手配し、近辺の木々(特に広大な庭の森の中)などに蜂の巣がないか捜索することになったようで、午前中の授業はキャンセルとし、代わりに午後に予定されていたアクティビティ遠足を繰り上げで行う、とのことだった。

 遠足に出掛けない生徒たちは午前中いっぱい自室待機とし(朝食は部屋に支給される)、やむを得ず外に出る場合は黒い服装を避け、また森の方へは決して近づかず、万が一にでも蜂と遭遇した場合は体勢を低くしてジッと動かないように、とのお達しだった。エリスは部屋で独り放送を聞きながら、また同内容のメッセージがスマホに送られてくるのも見て、強い不安感に襲われていた。その刺されたっていう生徒が心配だな……どうか無事でいてくれるといいんだけど――。

 遠足組は朝食を出先で食べるらしかったので、とりあえず出発時刻である8時に向けて身支度を始めるエリス。は~、大変なことになっちゃったな……もし巣が見つかっちゃったら、蜂さんたちもみんな退治されちゃうのかな? 可哀そうだな……。そんなことを考えながら歯磨きしていた彼の耳に、誰かが部屋のドアをノックする音が届いた。「はーい、今出まーす」急いで口をゆすいだ彼が部屋のドアを開けると、そこには血相を変えたキャサリンが立っていた。

 「キャス? どうかしたの?」エリスが尋ねると、彼女は「さっきの放送聞いた?」と質問で返すので、「うん、聞いたよ」と彼が頷くと、彼女は深刻そうなトーンで「話があるの、今いいかしら?」と言う。エリスは彼女を部屋に上げて、使用していない方のベッドに座ってもらった。すると深呼吸したキャサリンが話し始める。

 「これは昨日のカラオケ・ナイトの途中で知らされたことで、まだ上からは口留めされているし、今あなたに話すべきかも分からないけれど、私の独断であなたにだけは伝えておくわ」あの陽気なキャサリンがこれほど前置いて話す内容とはいったい何だろう? と危機感を覚えるエリス。「実は……昨日、カフェテリアで蜂に刺された生徒っていうのは、奉仕作業として夕食の片づけを手伝っていたテムバなのよ」彼の名前を聞いた瞬間、エリスは両耳の後ろ辺りでスーッと血の気が引いていくのを感じた。

 「幸い近くにいたスタッフがすぐ彼の部屋からエピペンを持ってきて、直ちにテムバに投与したらしいんだけど、ショック状態が6分以上続いてしまったらしくって、そのせいで一時、もしかしたら心停止になっていたんじゃないかって……すぐに救急車で搬送された彼だけど、病院に着くまでずっと昏睡状態だったって……」キャサリンが悲痛そうに話す内容が、まるで頭に入ってこないエリス。えっと……キャスは何を言ってるの……?

 そのとき、「チャリーン」という通知音が鳴って、キャサリンが自分のスマホを取り出した。画面をのぞき込んだ彼女は、早々に肩を撫でおろす。「あぁ神様……。聞いてエリス、朗報よ。ちょうど今朝方、テムバが目を覚ましたって! たった今病院から、そう連絡が入ったって! あぁよかった……」そんな彼女の言葉もエリスには届かない。えっ、よかった? よかったって何が……?「エリス? あなた大丈夫?」

 「キャス……僕……」彼が全身を震わせながら応える。「テムバに会いたい……会って自分の目で無事を確認しないと……もう、何も手につかなそう……何も、喉を通らなそう……」彼の様子を見たキャサリンは、深く溜息を吐いてから、覚悟を決めたようにこう言った。

 「分かったわ。だったら一緒にお見舞いに行きましょう」

 *

 今日の遠足は本来、学校から南東方向にある町『ポールゲート(Polegate)』へと出向いて、『The Ordinary Climbers Rock Climbing Gym』という施設で室内ロック・クライミング(およびボルダリング)を行う予定だったエリス。しかし今回キャサリンの計らいで、彼だけはその予定をキャンセルして、テムバの見舞いに行けることとなった。クライミング場からさらに南にある、彼が搬送されたという医療施設『イーストボーン地区総合病院(Eastbourne District General Hospital)』まで、先週みたくバンで送ってもらえることになったのだ。

 2週に渡って彼を特別扱いしたことで、ややスタッフ内での立場が危ぶまれるキャサリンだったが、彼女は「あなたに心労の種を植え付けてしまった代償よ」と、一歩も引き下がるつもりはなさそうだった。バンの運転役には先週と同じ男性が、「どーんと任せなさい」と快く買って出てくれたし、道中後半はお馴染みのメンツによるドライブとなった。今度もエリスは震えていたが、理由が前回とはまるっきり違っていた。

 出発から20分ほどで目的地に到着し、バンを降りたエリスとキャサリンは、上空でセグロカモメの群れが「クォン、クォン」と鳴き叫ぶなか、確かな希望を抱いて病院のメイン・エントランスへと入っていく。まず受付に行き、手こずりながらも患者との面会許可を取り付けた二人は、そのまま示された場所――中央区画(第四ブロック)3Fの『救急救命病棟(Critical Care Unit)』にある『集中治療室(ICU)』へと向かった。そこにテムバがいるようなのだ……。待っててね、今行くから――。

 ちなみに先ほど受付で手こずった理由としては、本来この時間がICUの面会時間外だったからだ。しかし今回、サマー・スクール中の特殊なケースということで、特別に許可されたのだった――目的の病棟へと到着し、窓口で面会許可証を提示した二人は、ナースから教えられた部屋番号を探して、廊下の奥へ進んでいく。すると該当する部屋はすぐに見つかった(ICUは5部屋あり、彼の部屋は2番目だった)。中の様子を隠す、堅牢そうな横引きドアが目に留まる……ここにテムバが入院してるんだ――。

 二人がドアを開け中に入ると、カーテンが閉め切られた薄暗い室内には、人工呼吸器と心電図モニターの作動音だけが静かに繰り返されている。中央にある間仕切りのカーテンを抜けると、大型ベッドに横たわるテムバの姿が見えた。あぁ、ようやく君に会えた。よかった、ちゃんと息してる……。ちょうど彼は眠っているようで、布団から出た左腕には包帯が巻かれている……恐らくそこを刺されたのだろう。

 しばらく彼の様子を見たエリスとキャサリンは、そっと部屋を出て安堵する。これで当初の目的を達成できた。欲を言えば彼と話したかったエリスだったが、今はただ彼が生きていてくれたことに感謝していた。キャサリンが「私、朝食を買ってくるわね」と1Fへ降りていったので、独り部屋前のベンチで待っていることになったエリス。ふと彼はスマホを取り出して、ブラウザで『アナフィラキシー』という単語を検索しようとした。その寸前――。

 一人の看護師が慌ただしくテムバのいる部屋へと入っていく。扉が開いた瞬間、心電図モニターの音が物すごい勢いで「ピッピッピッピッピッ」と鳴っているのが聞こえた。そしてすぐさま、別の音が加わる。「先生! 先生っ! 二相性反応です!」部屋を飛び出した看護師がそう叫ぶと、遠くから別の声が「分かった! すぐにエピペンを投与しろ!」と応える。非常に切迫した空気が伝わってきて、エリスは居ても立っても居られなかったが、今ここにいても治療の邪魔になることは明白だったので、どうにかはやる気持ちを抑えて、その場から離れることしかできなかった。

 く、苦しいよ……テムバが大変なときなのに、僕には何もできないのか――。そんな遣る瀬なさを感じながら廊下を歩いていると、彼の前に神聖なオーラをまとった部屋が現れた。ドアには『Multi-faith Room』と書かれている。それは多宗教に対応した『お祈りの部屋』だった。無宗教者のエリスだったが、もはや藁にも縋る思いでその部屋へと入った。

 そこは案外こじんまりとした部屋だったが、床には礼拝用のカラフルな敷物がいっぱい敷かれ、壁には難しそうな祈りの言葉か書かれたタペストリーが掛かっていた。さらに小さな机には四つの本が置かれており、一つはキリスト教の聖典『The Holy Bible(聖書)』で、もう一つはイスラム教の聖典『The Qur'anコーラン』、さらにもう一つはヒンドゥー教の聖典『The Bhagavad Gitaバガヴァッド・ギーター』、最後の一つは仏教の聖典『Buddhist Sutra(仏教経典)』だった。

 確かテムバはクリスチャンだったよね……。そう思って聖書を手にしたエリスは、そのまま部屋の中央で跪き、一枚の敷物の上に聖書を置く。それから胸の前で十字を切って、そのまま両手を強く組んでから彼は、満を持して祈りを捧げ始めた。

 『天にまします、主イエス・キリスト様。僕は普段お祈りをしないので、無作法なのをお許しください。ですが僕の友達は敬虔なクリスチャンなので、きっとお祈りが上手だったと思います。ご存じの通り、彼の名前はテムバといい、今病で苦しんでいます。どうか彼をお助けください。そして僕たちみんなが無事、サマー・スクールを終えられるようお導きください。アーメン』

 祈り終えた彼は、自分がどうしようもなく偽善者のような気がして嫌だった。普段信仰しているわけでもない神様の力に、都合のいいときだけ頼るのは間違っているようにも思えた。そして神様という存在そのものへの疑いも少しあった。たとえ今テムバが救われたとして、はたしてそれは自分の祈りがもたらした結果と言えようか? 本当に彼を救ったのはエピペンの成分であるエピネフリン(アドレナリン)ではないだろうか?

 それに神様はいい加減だ。人を愛することを説きながらも、一方で同性愛を禁止したり……そのせいでテムバは、僕に『ごめん』って……でもそんなことは全部どうでもいいっ! エリスは床に崩れ落ちて苦しみに咽び泣く。理由なんて何でもいいぃぃ! お願いします神様ぁぁぁぁぁぁぁぁ! テムバをぉぉぉぉ、テムバを助けてぇぇぇぇぇぇぇ! 彼の涙が何粒も、聖書に落ちて沁み込んでいった。

 *

 「ここにいたのね」祈りの部屋の扉を開けたキャサリンが、聖書を抱いたまま椅子で丸くなっているエリスを見つけた。彼女に「朝食買ってきたわよ。さっ、食べて元気をつけましょ」と言われたエリスは、ゆっくりと立ち上がって聖書を机に返すと、生まれて初めて霊的な儀式を行った、彼にとっての聖域を後にする。

 キャサリンが買ってきてくれたのは、卵サンドイッチと、フルーツや野菜のミックスジュースだった。ベンチに腰かけてそれらを受け取ったエリスは、サンドイッチをひと欠片食べて呟く。「ねぇキャス、アナフィラキシーって何なの? どうしてテムバはこんなことに……」すると彼女がゆっくりと説明してくれる。

 「アナフィラキシーっていうのは、一度受けた毒に対する免疫反応として、大量の抗体が体内で生成された状態において、もう一度同じような毒を受けた場合に発現する、過剰なアレルギー反応のことよ。テムバは幼少期に『アフリカミツバチ』の群れに襲われたことがあって、そのときも強いアレルギー反応が起こったようね――以来、彼はエピペンを携帯するようになったの。そういう致命的な情報はちゃんと学校側にも知らされてるし、全スタッフもきちんと認識しているわ。だから今回、テムバの症状に対応したスタッフは焦ったでしょうね。彼、昨日に限ってエピペンを部屋に忘れていたんだもの……」

 そう言えば、彼はお医者さんになるのが夢だって……もしかしてそう思ったきっかけって、ミツバチに襲われた経験から? だとしたら、そんな……これは間接的には僕のせいだ……。テムバはエピペンを忘れるほど思い悩んでいたんだ……。「彼、助かる……よね?」エリスが言うと、キャサリンは「そう信じて待ちましょう! ささっ、手がお留守よ? ちゃんと食べて」と励ました。

 *

 遅い朝食を済ませたエリスが、サンドイッチとジュースの抜け殻をゴミ箱に捨てて戻ってくると、ちょうど居合わせた看護師が彼にこう伝えてくれた。「患者さん、目を覚ましましたよ! 二回目のピークを持ち堪えたのでもう大丈夫です! 会いに行ってあげてください!」急いで病室に行くエリス。やっと……やっと君と話せるんだね――。部屋まで来たところで、ドアを二回ノックすると、奥から「はい、どうぞ」と返事がある。エリスが「失礼します」と入っていくと、ベッドで上体を起こすテムバが目を丸くする。

 「え、エリスッ!? おっどろいた……俺の見舞いに来てくれたの?」彼の様子はすこぶる元気そうだった。よかったぁ、治療が効いたんだ! もしかすると、僕の祈りも……。

 「うん……キャスと一緒に」はにかむエリス。するとちょうどトイレから戻ってきたキャサリンも入ってくる。「彼が目覚めたって!?」テムバの無事を確認した彼女がホッと床にへたり込む。「あぁもう……本当に心配したんだからっ!」彼女もいろんなプレッシャーに襲われていたのだろう。「すぐ学校の方にも知らせるわね! これからどうするか学校や病院と相談するから、二人はしばらくここで待ってて――」部屋を去っていくキャサリン。

 思いがけず二人きりになったエリスとテムバは、お互いに気まずそうな照れ笑いを浮かべる。エリスはテムバのいるベッドの傍まで来ると、近くにあった椅子に座って、静かに「身体の具合はどう?」と聞いた。彼は「絶好調!」と言ったとたんに苦笑いして、「ってわけではないけど、気分はいいよ。君が来てくれたから、もっとよくなった!」と答える。

 「でも、君を苦しめちゃったのも僕なんだ……」エリスが自責の念を吐露する。「君がエピペンを持ち忘れたのだって――」

 「いやいや、それは単なる俺のおっちょこちょい」テムバが彼の肩を持ちつつ、正直な気持ちをもらす。「けどまぁ、君のことで悩んでいたのは、本当かな……。と言うより、たぶんカイトに嫉妬してたんだと思う……」エリスが『えっ、それってどういうこと?』みたいな顔をしているので、テムバは笑って告白する。

 「昨日も言ったけどさ、俺は『君のことが好き』だよ、エリス。どんな『好き』かっていうのは、きっとカイトが君に抱いている感情と同じだと思う……でも、その気持ちの強さでは、たぶん俺が負けているんだと思う……」テムバがベッドサイド・テーブルに置かれた、自分の十字架のネックレスを見つめた。途端に彼の目に涙が滲む。

 「だって俺はさ、あんなにすんなり告白なんかできないし、もちろんプロポーズもできない……ましてや君のためにスイスに移住するなんて、簡単には言えないんだ……。しかもその理由を俺って奴は、ずっと自分の信仰のせいにしてた……けどそんなのは全部言い訳で、本当はただ俺自身が未熟だから……俺自身が弱気で臆病で、すでに心の奥底で負けを悟っている『チキン野郎』だから……」テムバは泣き顔を隠すように手で目元を押さえる。

 「カイトが現れて気づかされたんだ……自分のなかにある、どうしようもない弱さに……。今だってそうだ! 俺は情けない患者の格好で君の前にいる。これでどうやって、カイトみたいなクールな奴に勝てるって言うんだ!? そんな道理あるわけ――」突如、首筋に冷たい物が触れて、驚きで振り向くテムバ。手の目隠しを外したはずなのに、なぜ頭が固定されていて、未だ視界も遮られている……それに甘い匂いがして、唇だって濡れている……えっ、これって……もしかしてキスしてる……? エリスから、俺に……?

 唇を重ね合わせるだけのキスが5秒、10秒と続いていく。これは両者にとって事実上のファースト・キスだった。つまり家族とのキスや偶然のハプニングなどを除いた、正真正銘の恋愛感情を伴うキスだった。初めこそ戸惑いを隠せないテムバだったが、間近に迫ったエリスの瞼と長い睫毛を一度見てから、受け入れたように目を閉じていく……15秒、そして20秒経ってようやく、エリスは彼を解放した。あ、頭がクラクラする……エリスはいったい、なぜこんなことを――。

 「勝ち負けなんてないよ。テムバはテムバ。この世界に一人だけの特別な存在だよ」慈しむように笑うエリス。「だから今日ね、君が死んじゃうかもしれないって思ったら、僕すごく怖かったんだ。確かなことは分からないけど、これもきっと恋なんだと思う。だから……」エリスがテムバに抱きついて耳元で囁く。「僕も君が好きだよ、テムバ……生きててくれて、ありがとう」

 心も身体も温かくなって、テムバは涙が流れ出るのを禁じ得なかった。あぁ君ってやつは……どうしてそんなこと平然と言えるんだ……存在そのものを肯定されちゃったら、誰だって嬉しくて泣いちゃうさ……。でもそれじゃ俺は、やっぱり君にとっての特別にはなれないってことなんだ……そうだよエリス、たぶんその気持ちは本当の『恋』じゃない、一種の『吊り橋効果』なんだ。だって恋には『明確に勝ち負けがある』んだ……君もいつかそれを知るんだろうね? だからごめん……君の優しさに甘えるのは、これが最後だ――。

 「ねぇエリス」テムバが彼のことを引き離す。「俺やっぱり、君のことは諦めるよ。だから君ももう『俺に恋している振り』なんかしないで」そう言われたエリスは悲し気に「どうしてそんなこと言うの?」と返す。「いやぁ~さっきのキスで満足したっていうか、やっぱり違うな~って思ったというか……とにかく、これ以上『恋愛ごっこ』しててもさ、お互い最後は傷つくだけと思うし……」エリスは納得してなさそうだ。

 「考えてもみてよ? 俺たち未成年で一緒にいられるのもあと数日、その数日も接触禁止命令発令中の学校で過ごすんだ。それからは遠い異国で離ればなれになって……そうじゃなくても俺たち人種が違うし、同性同士だし、俺にはそれを咎める信仰まである……もう結ばれない運命としか思えないでしょ?」テムバは自分が口を開くたびに、自尊心が欠落していくのを感じた。そうさ、これすらも俺のワガママなんだ! 言い訳ばかり並べ立てて、結局は自分が傷つくのが怖いだけなんだ――。「正直さ、君を見てると辛いんだ……絶対に手に入らない宝石を見せつけられてる気がして……だからさ、笑ってサヨナラしよう?」もう俺をこの苦しみから解放してくれ、エリス――。

 「僕は……」衣擦れの音を立てて、エリスは服を脱いでいく。「ここにいるよ?」Tシャツ、ハーフパンツ、ブラ……そしてドロワーズ……その間テムバは何もできなかった、何も考えられなかった。この世の物とは思えない美しき情景に、ただ見惚れることしかできなかった……。「過去も未来もない……」彼は靴とソックスも脱ぐと、ベッドに這い上がって、四つん這いになる。「今この瞬間を、全力で『恋』しよ?」彼の大きな瞳が眼前に迫ってきて、意識が吸い込まれていく……そして唇は再び繋がった。

 「はっん、はっむ」互いが唇をはみ合って、唾液を交換すると、テムバの口の中に甘酸っぱい味が広がった。これっ、何だろ……リンゴ、じゃなくてパイナップル……? いや、マンゴーだ……。あぁダメだ……脳がトロける……一回目もすごかったけど、二回目はそれをも遥かに凌駕して――あーもう! これで君のこと、一生忘れられなくなっちゃったじゃんか……。

 途中、心電図モニターの異変を検知した女性ナースが部屋に入ってきたが、彼らは気にせず口づけを続けていたし、彼女の方もベッドに浮いているエリスのお尻を見た瞬間、無言で目隠ししながら引き返していった。はぁ~患者の心拍数がBPM135になってるから何かと思えば……まぁときどきあるのよね、こういうこと! それにしても、いいわねぇ~青春ねぇ~(うっとり)。

 「んっ」二人の唇が離れ、間に唾液の糸がツーっと伸びては、すぐにパチンと弾ける。呼吸を荒げたテムバが「ど、どうしてこんなこと……」と言うと、エリスは彼の胸に身体を預け、こう言う。「カイトが言ってたんだ……裸で愛し合えれば、それが『セックス』だって……僕、君とセックスしたいんだ……だめ?」

 「だっ……」テムバは一生に一度の選択を迫られた。このまま彼の『優しさ』に甘えて、今この瞬間だけに恋して生涯の思い出を作るのか、それとも――。「ダメじゃない、けど……ごめんね――」

 テムバがナースコールのボタンを押した……。

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