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沈黙の異端者

【統合作戦司令本部/コード階層S4 特別査問室】

この部屋には、光がなかった。


光源は存在する。

しかしそれは対象の顔を照らすことを意図しておらず、

むしろ**“見る者たち”がその表情を読み取れないように設計されたもの**だった。


灰色の壁。

無音の空間。

空気さえも静止しているような、完璧に管理された沈黙。


ここは、処理者が“問い詰められる側”に立つ唯一の場所。


 


カイン・レグナスは、椅子に座っていた。

その両手は膝の上に自然と置かれ、

軍服の襟は正確な位置で整っている。


剣は――ここには、ない。


だが、彼という存在そのものが、“剣”だった。


 


三人の幹部が対面に座る。

テーブル越しに、彼を監視し、審問する。


統合作戦司令本部長 ロルク・ザンデル大将


軍内部門戦術監査官 カリア・ヴェルネス准将


軍中央評議会代表 クラド・ヴァイス元帥


誰もが、一国の軍政を担える立場にある男たち。


だが今、この密室においては――

彼らが“剣を目の前にしたただの人間”に見えた。


 


ザンデルが、口を開いた。


「……アウストリア第8区制圧。報告では、敵性目標すべてを処理。

魔導障壁解除、軍施設破壊、敵将クラス排除。作戦完了時間――予定の半分以下」


「報告に、嘘はないか?」


 


カインは、静かにうなずいた。


「ありません」


 


カリア准将が、ホログラフを展開する。

立体映像に浮かび上がるのは、街の中心区域。


そこに、“妙な空白”があった。


「この座標。

魔導反応・生命反応ともに曖昧。

一時的に“観測障壁”が発生した可能性がある。

中将、ここに“民間人の反応”があった記録、気づいていたか?」


 


カインは沈黙。

そして、短く答える。


「……任務の範囲内で確認したすべては、排除済みです」


 


クラド元帥の目が細まる。


「“任務の範囲内”――か。

つまり、貴様自身が“命令に従ったこと”を根拠として、

存在の有無を認めない、ということか?」


「命令は絶対だ。

だが、“命令を盾に隠す”のは……剣の本懐ではないはずだが?」


 


空気が、ぴしりと張り詰める。


重圧をかけているのは、審問する側だ。

本来は、カインがその圧力に耐える構図であるはずだった。


だが――違った。


圧が逆転したのは、その直後。


 


カインが、椅子に座ったまま――

意識的に“力”を放った。


気配でも、魔力でもない。


“存在そのもの”を空間に刻みつけるような、威圧。


それは、彼がかつて戦場で見せた

“灰の剣”としての殺意なき殺気。


ただ、座っているだけ。


ただ、呼吸しているだけ。


それだけで、この部屋の“温度”が下がった。


 


ザンデルの瞼が、微かに震えた。


(この空気……この感覚……)


(かつて、戦場にて敵軍最高戦力が壊滅したあのときと、同じだ)


 


クラド元帥は、無言で喉を鳴らす。

彼ほどの男でも、直感が警鐘を鳴らしていた。


(この男は今――言葉で説明するのをやめた)

(“力”で示す気か……?)


 


カリア准将は座り直し、背筋を強張らせる。


(まずい。この空間に閉じ込めたのは、我々のほうだ。

ここで彼が“剣”になったら、誰も止められない)


(どうする? 本当に――こいつを“追い詰める”べきなのか?)


 


だがカインは、何も言わない。

彼の目が、三人を淡く見渡す。


感情は――ない。


だが、それこそが逆に、

**“彼が本気になった時の証”**だった。


 


そのとき。

ザンデル大将が、視線を逸らさずに、言葉を放つ。


「……灰の剣。

お前が戦場で剣を振るうことに、我々は疑問を持たなかった」


「だが、今……その剣が、“選ぶこと”を始めたのではないか。

そう言っているのだ。

命を奪うことと、生かすこと――

どちらを選ぶか、お前の中に基準があるとしたら、それは……危険だ」


 


カインの目がわずかに動いた。

まるで――初めて“人”の声に耳を傾けたかのように。


だが、その返答は、短かった。


「危険なのは――

“何も選ばずに振るう剣”の方です」


 


部屋の空気が凍った。


そして、ザンデル大将がはっきりと理解する。


(この男は、確実に変わり始めている)


(だが……同時に、“未だ最強の剣”でもある)


 


沈黙が数秒続いた後、クラド元帥が椅子から立ち上がった。


「本件については、記録保留とする。

ただし、再発の兆候があった場合は――


“第零命令”の発動を含め、議論に入る」


 


カインの眉は、微かに動いた。


“第零命令”――それは、

連邦にとって“制御不能な存在”を“消去”するための最上位命令。


彼に対してそれを検討する、ということは、

事実上の“処刑予告”だった。


 


それでも、彼は一歩も引かない。


 


カイン・レグナスは、立ち上がった。

そのとき、部屋にいた全員が、背筋に冷たい汗を流していた。


なぜなら――


彼は剣を抜いていないのに、“戦場の空気”がそこにあったからだ。


 


敬礼をし、無言で退室するカイン。


閉じられた扉の先。

誰もが、言葉を失っていた。


 


ザンデルが、ようやく息を吐く。


「……やはり、“神話の剣”は、

人には握らせてはならないものだったのかもしれんな……」


 


そして、誰も口に出さなかったが、

心の中では、こう呟いていた。


 


(あの瞬間、もしカインが“敵”だったら――

この部屋にいた全員、死んでいた)

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