機構軍作戦監視記録
【機構軍統合作戦司令本部/監視室・コード階層D6】
全天候対応式の観測空間。
無数のホロスクリーンが宙に浮かび、複雑に交差する戦術情報が流れている。
空中戦艦からリアルタイムで転送される情報は、
軍本部地下のこの場所――監視区画D6で全て記録されていた。
空間の奥にいたのは、ヴァルキリオン機構軍 統合作戦司令本部 本部長――
ロルク・ザンデル大将。
鷲のように鋭い眼光と、白銀の軍服を着た威厳のある男。
軍内でも“鉄の軍神”とあだ名される男は、冷徹にカイン・レグナスの映像を見つめていた。
「……また、早いな。開始から十五分で市街地制圧か」
隣で端末を操作していた女性参謀――カリア・ヴェルネス准将が答える。
「実質的には十三分三十二秒です。
残りは余波による施設連鎖崩壊と、敵通信網の残響反応です。
想定範囲内です」
「そうか。……“斬った”な」
ザンデル大将は腕を組んだまま、無表情で言った。
だが次の瞬間、カリア准将が映像を切り替える。
そこに映し出されたのは、戦闘終了後のカイン――
瓦礫の中にいた少女に水と食料を手渡す姿。
その手は迷いなく、だが、明らかに**“軍人の行動”ではなかった。**
「これは……?」
ザンデルの眉がわずかに動いた。
「個人携行物資を、非軍関係者に自発的に提供。
対象は少女、年齢不明、識別信号なし」
「命令にない行動か」
「はい。任務中において、自発的に非対象への救済行動を取ったのは、
本部の記録上、初となります」
空気が、冷たくなった。
ザンデル大将は、無言で数秒間映像を見つめたあと、静かに口を開いた。
「……感情か?」
カリア准将は首を傾げる。
「現段階では断定できません。
魔導波脈の乱れや術式構造の異常は確認されていません。
しかし、“剣の揺らぎ”は確かに記録されています」
ザンデルは目を細めた。
「つまり、“剣”が――意志を持ち始めた、と?」
答えはない。
だが、その沈黙が何よりの肯定だった。
カリアが冷静に言葉を続ける。
「以後の任務において、感情由来の判断が継続する場合、
演算補正では対応が困難になる可能性があります。
“命令に従う剣”から、**“意志を持つ兵”への変質が進行している可能性が――」
「……それは、最も危険な兆候だ」
ザンデルは椅子から立ち上がると、ホログラム越しにカインの映像を見つめた。
その視線には、冷静さと、ほんのわずかな“苛立ち”が滲んでいた。
「カイン・レグナスは、“剣”でなければならん。
人など要らん。
あれが人間に戻れば……この世界は“再び”戦火に沈むぞ」
カリアが静かに問いかける。
「監視レベルを引き上げますか?」
ザンデルは短く頷いた。
「Dコードに格上げ。監視優先度:最上位へ変更。
以後、“人間性の兆候”が確認された時点で、抹消計画の検討を開始しろ。
……灰の剣は、あくまで“灰”であれ」
映像に映るのは、少女に水を差し出すカインの姿。
それはあまりにも人間的で、
あまりにも“彼らしくなかった”。
だがその優しさこそが、
この後、軍の最大の不安となって広がっていく。
――彼が、人に戻ること。
それはすなわち、体制の崩壊を意味する。
【軍監視記録:コードD6/記録終了】