黒猫ツバキ、ご主人様に感謝玉をおくる
登場キャラ紹介
・コンデッサ……ボロノナーレ王国に住む、有能な魔女。20代。赤い髪で緑の瞳の美人さん。
・ツバキ……コンデッサの使い魔。言葉を話せる、メスの黒猫。まだ成猫ではない。ツッコミが鋭い。
・アマテラス……天照大神。日本神話の太陽神にして最高神。外見は15歳くらい(年齢も、永遠の15歳)。巫女の格好をしている。1人称は「妾」。コンデッサ主従とは知り合い。ツバキからは「アマちゃん様」と呼ばれている。
※設定の豆知識
・コンデッサたちが暮らしている世界は、現代より数億年ほど経ったあとの地球です。
・ボロノナーレ王国の通貨単位は「ポコポ」で、その価値は「1ポコポ=現代日本の1円」になります。
♢
・本作のテーマ(お題)は「感謝」です。
・本文の最後にAI生成イラストを載せています。
ここは、ボロノナーレ王国の端っこにある村。……の隅っこにある、魔女コンデッサのお家。
今日は元日。
コンデッサとツバキは、年始のあいさつを交わす。
「あけましておめでとう、ツバキ」
「あけましたニャン。おめでたいニャ~。ご主人様」
コンデッサは自宅のリビングを和風に改造して、鏡餅を棚に飾った。コタツまで用意して、ノンビリ寛いでいる。
ツバキもコタツの中に、もぐり込んだ。
ぬくぬくしている、1人と1匹。
「寝正月は最高だな! このままズッと、ゴロゴロしていたい……。お正月が、いつまでも続けば良いのに」
「ご主人様はお正月に限らず、春夏秋冬いっつも『働きたくない~。寝ていたい~。明日できることは、今日はやらない~』って言って、ゴロゴロしているニャン」
「そんなことを言う猫には、お年玉をあげないぞ」
「ニャ! ご主人様。アタシにお年玉をくれるにょ?」
「ツバキは、去年も頑張ってくれたからな。〝今年もよろしく!〟な思いも込めて、そのご褒美だ」
「わ~い。嬉しいニャン。ご主人様、ありがとなのニャ」
コンデッサはツバキに、お年玉が入った御祝儀袋を渡した。ちなみにコンデッサが述べたところの『ツバキは去年も頑張ってくれた』は〝ツバキは一年を通して、コンデッサの側に居た〟という意味である。
使い魔に対するコンデッサの〝頑張り評価〟は、実のところ極端なまでに甘々なのだ。
ツバキは大喜びしつつ、御祝儀袋を開けた。
「1000ポコポも入ってるニャ~! 大金にゃ!」
「そこまで喜ばれると……ま、まぁ、ツバキにとっては、1000ポコポは大金なのかな?」
「ご主人様に大感謝なのニャ。1000ポコポもあれば、王都の一等地に豪邸を建てることも可能にゃ!」
「いや。それだけのことをするには、最低でも1000万ポコポくらいの費用を準備しないと無理だぞ」
「にゃんにゃんにゃん~♪ 豪邸のタイプは、猫型移動要塞にするのニャ」
「移動要塞だったら、一等地に建てる必要性が皆無なのだが……」
しばらくツバキは浮かれていたが、やがて何かを思いだしたのか、自分の部屋に戻り、すぐに戻ってきた。
蜜柑くらいの大きさの玉を、手に持っている。(※その気になれば、使い魔のツバキは二足歩行することが出来るのだ!)
「どうしたんだ? ツバキ。その玉、不思議な雰囲気がするな」
「ご主人様へ、アタシからプレゼントにゃん。この玉を、ご主人様にあげるのニャ」
「ツバキからのプレゼントか。ツバキの気持ちは嬉しいが……その玉は、いったい何だ?」
「これは《感謝玉》ニャン」
「感謝玉?」
「アマちゃん様に貰ったにょ」
「日本神話の女神であるアマテラス様か」
ツバキの話によると――
♢数日前
村の中で散歩中のツバキは、アマテラスに出会った。
「あ。アマちゃん様が、落ちてるニャン」
「誰が、落ちてるのじゃ!? 無礼なことを言うで無い、ツバキ」
「ごめんにゃさい」
「妾は落ちたのでは無く……特に目的も無く、天より大地へ降臨しただけじゃ」
「ニャン。それで?」
「それで、やることも無いので、こうして、ただ単に立っている。ボーと立っていたら、意識もボーとしてきた」
「まさしく〝落ちてる〟状態にゃん。意識も落ちかけてるニャ」
「何か言ったか? ツバキ」
「何も言ってないニャン。神様なのに暇なのネ、アマちゃん様」
「冬は日照時間が短くなるのでな。太陽神である妾は比較的、時間が余るのじゃよ」
「そんな暇神であるアマちゃん様に、アタシは相談があるのニャ」
「『ヒマ神』とか言うでない。まるでチリ紙の親戚のようではないか」
「もうすぐ、お正月にゃん」
「うむ」
「この機会にアタシはご主人様へ、日頃の感謝の想いを伝えたいのニャ」
「それは素晴らしい考えじゃ」
「そのためにプレゼントをしたいんにゃけど、何を贈ればいいにょか……」
「コンデッサなら、ツバキが何を贈っても喜ぶと思うぞ」
「ホントに? だったら、非常食として隠しておいたシュールストレミング(ニシンを塩漬けにして発酵させた保存食。ニオイが災害レベルで強烈)の缶詰を、ご主人様へプレゼントするのニャ!」
「やめるのじゃ」
「缶詰を開封して、ご主人様に渡すニャン」
「そこまでいくと、嫌がらせになるぞ」
「シュールストレミングはダメなにょ? それにゃら密林の奥で暮らしている部族の人たちがつくった《カメレオンっぽい謎の巨大仮面》とか……」
「変テコな選択肢しか無いとは、嘆かわしい。そんな〝困ったさんな猫〟であるツバキに、妾が良いものをやろう。これじゃ!」
「にゃに? この玉」
「これは《カンシャ玉》じゃ。贈り主が感謝の心を、この玉に込めてプレゼントすると、その〝ありがとうの心〟が玉を受け取った者へシッカリと伝わり、相手の心の中にも感謝の想いが生まれる……そういう神秘の玉じゃ」
「素敵な玉にゃん!」
「じゃろう? 優しくて親切で賢い神である妾を、もっと崇めるが良い」
「ありがとニャン。お礼にアマちゃん様へ、アタシが大事にしているシュールストレミングの缶詰と、謎のカメレオンっぽい巨大仮面をあげるニャン」
「それは遠慮する」
♢現在
ここは、コンデッサの家。
「……ということが、あったのニャ。ご主人様」
「ちょっと待て。ツバキが玉に感謝の心を込めて、私に贈ってくれるのは良い。けれど、その玉を貰った私のほうも、ツバキに対して感謝の想いを抱くようになるのか?」
「『お互いに感謝の心を持つことが、両者の関係が仲良しのまま長続きする秘訣だ』って、アマちゃん様は言っていたのニャ」
「それは、確かに正論ではある。しかし、なんだか釈然としないな……。あと玉の色が奇麗ではあっても、薄い赤であることに違和感がある。《感謝玉》というからには、もう少しキラキラしていたり、もっと穏やかな色であっても良いような気がする」
そう言いつつ、コンデッサは《感謝玉》を撫で回す。
なんのかんのと、ツバキからのプレゼントを気に入ったようだ。
「どうかニャ? アタシは玉の中に感謝の心をいっぱい込めたんだけど、玉を受け取ったご主人様の心の中にも、アタシへの感謝の気持ちが生まれたかニャ?」
「……え~と」
「ご主人様?」
「いや。あんまり感謝の気持ちは生まれないな。それどころか、この玉を手に持っていると、胸の中がイライラムカムカしてきて……ツバキのことを腹立たしく思うようになってきた」
「ニャ!?」
「マズいぞ。ツバキに対しての怒りが、私の中でドンドン大きく――」
「にゃ~! ご主人様! 玉のサイズが大きくなってきたニャン!」
コンデッサの手の中にあった《感謝玉》は、最初は蜜柑くらいの大きさだった。しかし、すごいスピードで膨れていき、メロンくらいの大きさになり、ついにはスイカくらいの大きさになってしまう。
今では、玉を落とさないように、コンデッサが両手で支え持っている状況だ。あと、玉の色も濃い赤になっている。
「《感謝玉》の大きさ、ヤバくないか? このままだと……」
「ニャ~! 玉が破裂しちゃうニャン!」
ツバキが悲鳴を上げた瞬間、鏡餅の中からボン! と誰かが飛び出してきた。
15歳くらいの少女の姿で、巫女服を着ている……日本神話の女神アマテラスだ。
「コンデッサ! その玉を、妾に渡すのじゃ!」
「ア、アマテラス様!? 分かりました!」
アマテラスがコンデッサから、真っ赤になった大きい玉を受け取る。
するとプシュ~! と音を立てながら、玉は萎んでいき、元の蜜柑くらいのサイズになった。色も薄い赤に戻っている。
「やれやれ、なんとか間に合った。玉が破裂する前に来ることが出来て、良かったのじゃ」
「アマちゃん様?」
「あの~、アマテラス様? いったい、どういう事ですか?」
ツバキとコンデッサの質問を受けて、アマテラスが説明を始める。
「うむ。それがな……妾はツバキに《カンシャ玉》では無くて、間違って《カンシャク玉》を渡してしまったのじゃ」
「ニャ?」
「《カンシャク玉》……つまり《癇癪(激しい怒り)の玉》……ということですか?」
「そのとおりじゃ。この《カンシャク玉》を受け取った者は、その理由や経緯に関係なく、玉を渡してきた相手に怒りの感情を覚えてしまう。そして玉が膨れあがると同時に、その怒りの感情も大きくなり、玉が破裂した瞬間、相手に対してメチャメチャ怒りまくる……手がつけられない、超・激怒状態になってしまうのじゃ」
「怖いニャン」
「なるほど。『我慢できなくなって、怒りをぶちまける』ことを『癇癪玉が破裂する』とも言いますから。まさに慣用句そのままの心理状況になってしまうわけですね」
ツバキは怯え、コンデッサは納得した。
アマテラスが、頭を下げる。
「誤って《カンシャク玉》を渡してしまい、申し訳ない。こっちが本当の《カンシャ玉》じゃ」
「透明でキラキラしているニャン。とっても奇麗にゃ」
「《感謝玉》に相応しい色ですね。〝赤〟だと、どうしても怒りの感情を連想してしまう……」
呟くコンデッサへ、アマテラスは感心している眼差しを向けた。
「それにしても、あそこまで《カンシャク玉》が膨れあがったのに、よくコンデッサは我慢したのう。玉を破裂させなかったコンデッサは、天晴れなのじゃ」
「私はツバキがダメなことをしたら叱りますが、理不尽な理由で怒るつもりはありませんので」
「ご主人様は、優しいのニャ。偉いのニャ」
「ところで、アマテラス様はどうして、鏡餅の中から飛び出てきたのですか?」
「妾のご神体は八咫鏡であり、鏡餅の形も、その八咫鏡に由来しているのじゃ(※諸説あります)。であるからして、妾が鏡餅の中から出てきても、それは当然のことなのじゃよ」
「アマちゃん様は、モチ神様だったにょネ」
「モチ神……その呼ばれ方は正直、微妙に感じる」
「お餅がペッタンペッタン、ペッタンコにゃん」
「誰が、ペッタンコじゃ!?」
そんなこんなで。
アマテラスは今一度、コンデッサとツバキを見つめた。
「それでは《カンシャク玉》を回収して、改めて《カンシャ玉》をツバキに渡したことだし、妾はもう行くぞ。正月なので、初日の出になったり、初詣をしてもらったり、妾も忙しいのじゃ。受け取った年賀状の整理や確認もしなくてはならん」
「年賀状……神様たちの間で、年賀状のやり取りをしているのですか?」
「そうじゃ。内容はだいたい、簡単な定型文じゃがな。これがギリシャ神話のゼウスから届いた年賀状じゃ」
そう言って、アマテラスはゼウスが書いた年賀状をコンデッサたちに見せてくれた。
その文面は――
『高天原 天照大神様
謹賀新年
旧世界では大変お世話になりました
今世界でも、よろしくお願いいたします
オリンポス山 ゼウス』
「〝旧世界〟に〝今世界〟ですか……。さすが神様同士、スケールが大きいですね」
「神様が仲良しなのは、良いことニャン」
「では、コンデッサとツバキ。またな」
「待ってください。これは、アマテラス様へのお年玉です」
「なに! 妾にも、お年玉をくれるのか?」
「ハイ。アマテラス様にも1000ポコポ……いえ、1000円です。せっかくですので、旧世界・日本の千円札を用意してみました」
「ありがたい! コンデッサよ、感謝する。すっごく嬉しいのじゃ」
「アマちゃん様、良かったニャンね」
「1000円もあったら、銀座の一等地に豪邸を建てることも出来るのじゃ~!」
「明治時代の物価ならともかく……『降る雪や 明治は遠くなりにけり』です。アマテラス様は、物価の変遷を勉強してください」
「令和時代の物価の1000円でも、じゅうぶんに嬉しく思うぞ! これで妾は、米が買える!」
「アマちゃん様は、教育係の神様(高木神)の言いつけで、質素倹約を心がけたビンボ~生活をしているものネ。アタシ、にゃんだか涙が溢れてきたニャン」
♢
高天原へ帰ったあと、上機嫌なアマテラスは御祝儀袋を開き、中からお年玉の千円札を取り出した。
「コンデッサは、まっこと親切じゃのう……。ふむ。ところで、この千円札の肖像になっている〝メガネをかけたオジサン〟は誰じゃろう?」
令和6(2024)年に新しく発行された千円札の肖像――そのモデルに選ばれたのは、世界的な細菌学者にして「近代日本医学の父」とも呼ばれる北里柴三郎である。
日本のお札の肖像画となった歴代の人物のうち、その顔を見てアマテラスが名前を思い出すのは、ぶっちゃけ聖徳太子だけだったりする。
アマテラスも日本神話の女神であるからには、日本を発展させた歴史の偉人たちに、もう少し感謝の念を持つべきであろう。
~おしまい~
・
・
・
♢おまけ
「それじゃ、今度こそ、ご主人様へ《感謝玉》をプレゼントするのニャ」
「う~ん。ツバキの温かい感謝の想いが、じんわりと伝わってくる。そして私の心の中にも、ツバキへの感謝の気持ちが湧き上がってきたぞ…………く! この感情の盛り上がりには、なかなか抵抗しがたいものがあるな」
「そこは、抵抗しなくても良いのニャ」
「ツバキ。いつもありがとう」
「どういたしましてニャン。ご主人様とアタシの感謝の気持ちが合わさって《感謝玉》のキラキラがますます輝いてきたニャン。奇麗にゃ~」
「ああ。幸い《癇癪玉》のように、サイズが大きくなってはこないな」
「ニャン」
「あんな風に大きくなられては、持てずに玉を落としてしまう。これがホントの〝おとし玉〟……なんちゃって。ハハハハハ」
「………」
「ハハハ」
「………」
「ハ――」
「…………すごいニャ、ご主人様! 《おとし玉》という単語に〝お年玉〟と〝落とし玉〟の2つの意味を掛けたんニャね。素晴らしい冗談にゃ! 傑作ジョークにゃ! アタシ、面白くて仕方がないニャン! これこそ、初笑いにゃん~! 抜群のユーモアで、大絶賛にゃん! にゃんにゃん!」
「……うう。ダジャレが盛大にすべったのに、ツバキが無理して褒めてくれている。気まずい……いたたまれない……けれど、使い魔の懸命なフォローに、感謝の涙が止まらない……」
「ご主人様、泣かにゃいで~」
コンデッサとツバキは、元日も仲良しである。
最後のイラストはAI生成画像で、かぐつち・マナぱ様から頂きました。ありがとうございます!
※アマテラスが間違ってツバキに渡した《カンシャク玉》は、あくまで〝感情に関わる神秘の玉〟であって、本来の《癇癪玉》――花火の一種・火薬を使用したオモチャ――とは違います。あと《カンシャク玉》の影響を神様は受けないため、アマテラスが触っても問題は起こりませんでした。
※『降る雪や 明治は遠くなりにけり』は俳人・中村草田男が昭和6(1931)年に詠んだ句です。
※令和6~7年の現在、1000円で買えるお米の量は……(涙)。
※お札の肖像になった人物の中には、アマテラスの直接的な知り合い(神功皇后・日本武尊・菅原道真など)も居ます。なのでアマテラスは名前や顔を知らないのでは無く、お札の肖像を見ても「誰か?」ということにピンとこないわけです
近代以前の人物だと、お札の肖像が本人に似ていないですし、写真が残っている近代以降の人物の場合は、その時代の地上世界にあまり関与していなかったアマテラスは、推測の根拠となる詳しい知識を持っていないのです。
それでも「お札の肖像=聖徳太子」というイメージは、天上世界のアマテラスも影響を受けてしまうほど絶大だったりします(爆)。なんといっても、聖徳太子は今までに百円・千円・五千円・一万円のお札の肖像になっていますから(すごい)。
♢
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