第4話 魔法省の暴走
荷台を馬が引いてゆく。
道が悪く、車輪が轍を踏むたびに荷台はがたがたと大きく揺れる。
王都のうちとはいえ、その北端である。
ここから先は魔物が棲むと恐れられる北方大森林が広がるだけであり、そんなところに旅をしようとする者もほとんどいないから、宿なり商店も、人通りもそう多くはない。
だから道を整備する理由も少ないが、ケイティアの兄であるラードリアが素性を隠して潜むにはたいへん好都合であったのだ。
そうしたやや寂しい街道の風景ではあるが、久しぶりに人の暮らしを見るケイティアはなにやら嬉しそうだ。荷台に座り、目深に被ったフードの奥からきょろきょろと街並みを見回している。
「……やっと機嫌なおってくれたみたいだにゃあ」
ケイティアの隣で膝を抱えているのはユーディファ。転生した元聖女である。全身傷だらけ、包帯だらけだ。
「……今度はわしがキカイの身体、必要になるところじゃったぞい……」
ケイティアを挟んでユーディファの反対側で、ラードリアがため息を吐いた。身体を覆う傷の程度はユーディファと変わらない。
長い眠りから目覚め、自分の身体が鋼鉄製に置き換えられていることを知ったケイティアは、叫び、暴れた。
暴れるにあたっては、全身に埋め込まれた各種の兵器が遺憾なくその性能を発揮し、兄の自宅兼研究所は完全に崩壊し、周辺の森は焼けた。破壊行為は、彼女に内蔵された小型の動力炉が燃料切れで停止するまで続いた。
動力を繋ぎ、視覚と聴覚だけを回復させ、ラードリアはケイティアに噛んで含めるように事情を説明した。
ケイティアの死後、魔法省の暴走がはじまった。ラードリアの上司であったゼリル長官は、ケイティアの事件、すなわち不心得者が聖女を殺めて魔法を不正に独占しようとしたことを理由に魔法技術の規制を強め、民間での魔法開発を禁止し、利用も許可制とした。が、その許可すらも徐々になされなくなり、やがて魔法そのものがまったく利用できなくなってしまったのである。
中央で魔法を独占したゼリル長官には、もはや王家ですら異論を唱えることができなくなっていた。彼に靡かない王太子は不慮の事故で落命し、関係者も次々と消えた。ゼリルの手のものが御前会議を主催するようになり、やがて政権は実質的にぜリルのものとなった。
ぜリルの魔法探知をかいくぐり、ラードリアは、ケイティアを異世界の技術で蘇らせた。キカイ、という鋼を組み合わせた仕組みで身体を作る技術。魔法によらず、魔法を超えることができる力を、兄は妹の新しい身体に与えたのである。
いずれ対峙するであろう、ゼリルに対抗し得る力を。
「……宿ってずいぶん、遠いのね」
ケイティアがふいに声を出した。
彼女の破壊活動により住居を失ったラードリアは、町のはずれに知り合いの宿があるからそこへゆく、と、馬を頼んだのである。
「もっと近くにもあるが、信用できんからの。お前の身体、見られでもしたら」
ラードリアの言葉を聞いて、ケイティアが、う、と泣き出しそうに表情を歪めたので、ユーディファが慌ててその背をぽんぽんと叩いた。
「だ、大丈夫にゃ、ケイティアの身体、とってもきれいだし、すごいぴかぴか光ってるし、スタイルいいし、うらやましいくらいにゃあ」
「……ほんと……?」
「ほんとほんと、わたしもあんなすごい光線とか出してみたいし……あ」
ケイティアの肩のあたりの兵装が、がぱん、という音を立てて開いた。その目がフードの奥でぼうと光を宿す。
ユーディファは顔を引き攣らせてにじり退がった。
が、ケイティアの反応はユーディファに対してのものではなかった。
「おい、止まれ」
ゆく手を遮って立ち塞がったのは、三人の男。
町の代官の手のものだった。