2
彼女は固まってる俺の目の前で手をひらひらさせたあと、一拍おいてこういった。
「失礼します」
ぐいっと押しのけて俺の脇を通ろうとする彼女にやっと意識を取り戻した俺は慌てて扉を閉める。
がんっ!
鈍い音が鳴り響いて、扉は半開きの状態で止まった。
「ひっ!」
思わず声が出る。
彼女が扉を押さえていたのだ。ぎぎぎっと扉の隙間から顔を出した彼女は少し眉をひそめてこう言った。
「突然閉めようとするなんてひどいじゃないですか。」
ーこいつマジでやばい女だ。さっさと閉めるんだった。
こうなったら力づくで扉を閉めるしかない。そうして扉の間に挟んでるであろう彼女の足元を見た。そして思わず訝しげな声を出す。
「あんた、靴は?」
彼女は裸足だったのだ。今日は猛暑だ。現にアスファルトに焼かれただろう足は、赤く爛れている。傷跡がいくつもできていて、大きな傷跡からじんわりと血が滲んでいた。
「靴ってなんですか。」
そう言う彼女の顔をまじまじと見る。彼女は初めて聞いた言葉とでもいうように不思議そうな顔をしていていた。
「私には過去に関する記憶がありません。それが生活における必要なものであるなら、それを持っていない私が外で死にかけたのは必然とも言えますね。」
そう続く言葉に目を見開く。力が抜けたのを彼女が確認して、するりと入り込む。
「ふむ。この中はツルツルとして足触りがいいようですね。」
彼女は汗を拭って、周りをキョロキョロと見回す。
「それでもこの気温は本来、人間が過ごすのに適切ではないように感じます。目を覚ました時にはこのような液体は皮膚から湧き出てきませんでしたし。」
それは汗というものだ。思わず口から出た掠れた言葉を彼女は取りこぼさずに聞いてにこりと笑う。
「そうですか。汗。それでしたら、汗というものはどうしたら止まるのでしょうか。」
ああ、本当にとんでもない女を入れてしまった。
日常がガラガラと音を立てて崩れるのが聞こえた。