白い犬と黒い犬に導かれ
こちらへ来て幾日過ぎたでしょうか?
旅館を出て朝一番のバスで終点まで行き、そこから道路を歩き、山路に入ります。
白い衣を着て笠を被り、杖をつき登り続けます。
一人だけど一人じゃない。お杖にはお大師さまが宿っておられます。
杖をつくのにもきまりがございます。
橋を渡るときについてはならないのです。
橋の下でお休みになられているお大師さまを起こしてはいけないのです。
いろんな所におられるのですね。
こちらの人たちはみんな親切です。ご接待というものがあります。
お茶、お菓子にみかん。ジュース代としてお金をそのまま頂くことも。
お車のご接待もありました。これはお寺から駅まで、宿からお寺までのように、車に乗せて頂くことです。
ぜんぶ歩く人はこれを断ります。わたしは汽車、電車、バスを使いましたのでありがたくお受けいたしました。
自転車、オートバイ、自家用車でまわる人、観光バスの団体さんだっているのです。
それぞれ長所、短所がございます。
一人は自由ですがさみしいです。大ぜいは皆と合わせなければなりませんが、楽しそうです。
こちらの道路はとってもせまいです。自家用車もたいへんですが、観光バスの運転手さんは物すごく上手ですね。そんけいするしかございません。
この山路はけわしいですが、他にお寺の道路がございます。観光バスは通れませんがタクシーなどの車が走っているのが見えました。
よい景色でしたので、フィルムに収めました。
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お寺でもきまりごとがございます。
最初にかねをつき、ロウソク、お線香、おさい銭。お念珠を持ち、おきょうをあげます。これを本堂と大師堂。最後に納きょう帳です。
達筆で書かれ、はんこを押されます。
これをぜんぶまわると三十日。乗り物を使わない人は六十日かかるそうです。
よい空気を吸いながら弁当を食べておりました。
「そんな所にいないで中にお入りなさい」
お寺さまから声がかかりました。中にも休けいする所があったのです。
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次は反対側の山路を下ります。
ですが、路に迷いました。辺りはだんだん暗くなっていきます。心細くなりました。
犬の声がきこえました。白い犬と黒い犬です。
ふたりはわたしをみて、振り返り歩き始めました。「ついて来て」と言っているようでした。
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着いたところは今朝降りたバス停でした。
ふたりが帰って行くのをみおくり続けました。
口の中は海の味がしました。
手ぬぐいを取り出し、その源にあてました。
空がこんなに明るいんだ。
街とは違い、ここはその数が多いようでした。
バスの行き先が赤くなっておりました。
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そのあとは順調にまわれました。
同じ方法で順にまわる人たちは何度もお会いします。外国から来たお父さま、お母さま。東京から来たお姉さま。
外国の両親にはタクシーに乗せて頂きました。わたしの知らないことばで話してらっしゃいました。
お姉さまは駅のベンチで弁当を食べているわたしをみて「そんなのあーりー?」とおっしゃいました。
わたしは一人ではありませんでした。
また会えるといいな。
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ふたりにはまた会えたのです。
山道に車を走らせ導かれた先は、神社に奉納された御神犬でした。
黒い犬は白いお母さまより強くたくましい男の子でした。
お大師さまの伝説、白い犬と黒い犬の伝説は各地数多にございます。
お大師さまは宝亀五年から承和二年、奈良時代、平安時代に過ごされ、七歳のころからその伝説が残されてございます。
「説い七歳の女流なりとも即ち四衆の導師なり」(高祖承陽大師(道元禅師)著「修證義 第四章 發願利生」より引用)とありますが、数え七歳(満五、六歳)ですごいことをなされております。
わたしは別宗派の信徒ですが、だいじょうぶでした。お大師さまは、どの宗教、どの国の人でも受け入れて頂けます。
普段は「二匹」と数えますが、大和ことばから「ふたり」を選びました。遣わされた犬をペット扱いしているわけではございません。