03 夢か幻か
「ふがっ!?」
「あははっ!」
息が詰まったのは鼻を摘まれたせい。
転寝から目を覚ますと、その犯人と言える人が笑っていた。
「だ、誰?」
僕は思わず目の前の彼女にそう聞いてしまった。
彼女から笑みは消え、僕を真っ直ぐ見つめてくる。
「分からないの?」
訝しそうに僕を覗き込み、然も不満そうな表情を浮かべていた。
僕は本当は誰なのか気づいている。
「み、美雪?」
「そうだよ」
僕は本当は見てすぐに美雪と分かっていた。
にも関わらず、聞き返したのには別の理由がある。
目の前の美雪は、まるで時間が経ってないように僕と別れた時と同じ少女のままの姿だった。
「約束、覚えててくれたんだね」
まだ夢でも見てるのか?
それとも狐にでも化かされてるのか?
僕は起こってる現実の状況を把握出来ないでいた。
「せっかく会えたのに不満なの? 何とか言いなさいよ」
「え、あ、いや、だって……」
「昔っから変わんないなー、そういう抜けた所は」
両方の腕を腰に宛て、身を乗り出すと眉を顰めて唇を尖らす。
僕は固まってしまった。
それはあの頃と全く変わりない、美雪の怒る仕草だった。
「ふふふ。さあ、行こう! せっかくのお祭りだよ」
僕は彼女に手を引っ張られ、訳の分からないままにその場を連れ出されていた。
「ねえ? 陽太は結婚したの?」
「いや、まだだけど」
「嘘。本当に? 彼女は?」
「今はいないよ」
「そうなんだ」
他愛のない会話を交わしていたが、僕はまだ夢見心地。
頬っぺを抓ってみたが、痛みを感じる。
「何してんの?」
「え? あ、何か夢かなって」
「そんな訳ないでしょ!」
確かにそうだ。
僕の意識ははっきりしてる。
これが夢のはずはなかった。
僕らは祭りの人混みの中を歩き出した。
「いっぱい出店が出てるんだね」
並ぶ出店をキョロキョロ見渡す彼女は、どこか危なっかしい。
後ろに腕を組み、どこかお嬢さま風に膝を伸ばして歩く姿は、やはり僕の知ってる美雪と同じ歩き方だ。
僕は美雪と付き合ってた中学時代にタイムスリップでもしてる錯覚に捉われていた。
「すごいね」
「ずいぶん人は少なくなったけどな」
いったい目の前の彼女は誰なんだろう?
彼女は僕を知ってる。
そして、約束の存在も知っていた。
だが、彼女が美雪のはずがない。
問い正せば良かったのに、僕は敢えてしなかった。
出来なかったんだ。
この時間が終わってしまうのが嫌だった。
形はどうあれ、夢にまで見た美雪との再会だ。
抱いた疑問を忘れ、この瞬間を楽しみたいと思い始めてる。
今を楽しめさえすれば、それでいいと感じていたんだ。
「ねえ、聞いてる? 今の見た?」
「え? ごめん、見てない」
「もう! ほら、あれだよ、あれ」
彼女の手が突然僕の腕に絡んできた。
小さくて幼いものの、やはりそこは女性。
柔らかな体が触れた瞬間、僕はちょっと戸惑ってしまった。
「どうしたの?」
「な、何でもない」
恋人同士のように組まれた腕。
恐らく、それ程他意はないだろう。
驚く事でもない。
周りから見たら、今の僕らはどんな風に写っているのだろう。
年の離れた兄妹か?
それとも援交の相手と言った所か?
そんな事が気になる。
「わ! すっごい! あれは何?」
「あれは山車。昔からあっただろう?」
「そうだっけ?」
それにしてもはしゃぎ過ぎだ。
もし美雪本人なら山車の存在はもちろん、祭りの雰囲気は知ってるはず。
久しぶりに見たとしても、やけに反応が過剰過ぎる。
だが、楽しい事には変わりない。
僕は彼女との時間を満喫していた。
離れた時間も感じる事なく、僕らは慣れ親しんだ者同士のように接する事が出来ていた。
「あ、ほら。危ないって。ぶつっかっちゃうだろ」
いつかはと思っていたが、ついに行き行く人とぶつかってしまう。
よろめく彼女の腕を引っ張ると、軽い体は思いの外僕の近くに。
僕はつい抱き寄せてしまった。
「ご、ごめんなさい」
「い、いや、俺の方こそ」
思わぬ形で僕の腕に包まれた彼女は、驚き戸惑ってか、頬が真っ赤になっていた。
その恥らう表情に僕は不覚にもドキドキしてしまった。
これは相手が美雪に見えるからなのか?
それとも単にこの幼い少女にときめいているからなのか?
僕も彼女に呼応するように顔が熱くなっていた。
「……ねえ? いつまで抱き締めてるの? 人が見てるわよ」
「え? あ、ごめん。そんなつもりじゃ……」
恥ずかしながら、僕は彼女を異性として意識してた。
もちろん、本当の美雪なら僕が意識して当然だろう。
だが、それは彼女も一緒だと思う。
「それより、早くあそこに行こう」
「あそこってどこ?」
「決まってるじゃない」
「ここよ、ここ」
立ち止まったのは射的の出店。
「何でここに?」
「決まってるじゃない」
彼女は首に掛けられたチェーンを引っ張り出す。
見覚えのあるロケットが僕に晒された。
「上手かったよね? 射的」
「……」
僕は言葉を失っていた。
僕は彼女が本当に美雪なのか信じられなかった。
だけど、彼女が持ってたロケットは確かにあの時僕が美雪にプレゼントした物だった。